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バースデイ・カウントダウン7

6/4発売の書籍版『ガリベン魔女と高嶺の騎士』発売まで一週間となりましたので、

これから発売までの一週間、カウントダウンを兼ねてショートストーリーを毎日投稿していこうと思います。

宜しければご覧ください。

本当に短い、数分で読めるようなものですので、移動中などの空き時間にでもご覧いただければと思います。

 レイラ・アラ・ベリャブスカヤは大きな眼鏡の内側の、くりくりしたターコイズブルーの瞳を揺らめかせていた。

 それもこれもどうしようもない自分の間抜けっぷりのせいで、だ。


「ど、ど、どうしよう……。あと一週間しかない……」


 赤毛を艶やかに流したレイラはその頭を抱えて大きなため息を吐き出して今にも倒れそうな様子だった。

 残り一週間で、大切な大切な日がやってくる。

 それは誕生日――。この世で誰よりも祝ってあげたい人の誕生日だ。


 レイラの想い人であるユーリの誕生日がもうあと七日後にやってくるのに、レイラはその準備がまるでできていなかった。

 別にユーリの誕生日を忘れていたわけではない。寧ろ逆で、もう一か月以上も前からこの日のために、ユーリのプレゼントを考えていたのに、レイラはその贈り物を何も決められていなかったのだ。

 ユーリと恋仲になった今年の誕生日、その日はユーリに何か特別なプレゼント渡してあげたいとずっと思っていた。しかし、その想いが空回りをして、恋人に何を上げればいいのかまったく見当がつかなかった。


 それとなく、ユーリに何か欲しがっている物がないかと探りを入れてみたりもしたが、ユーリは物欲があまりない。

 いつだったか、レイラが小さな声でユーリに問いかけた時など、こんな具合だった。


「ねえ、ユーリ。何か、最近好きなもの、ある?」

「ないよ」

「で、でも何かちょっとしたものが必要だったりとか……そういうものがない?」

「お前以上には、欲しいものが見当たらない」


 鼻にかかった声でそう言って、ユーリは、優しくはにかんだ。

 そうして、レイラの眼鏡をそっと奪うと、赤い髪の毛を撫でながら、唇にぬくもりを伝えるようなキスをしてくる。

 レイラはそれであっという間に、ユーリから聞き出さなくちゃならないプレゼントの事を取りこぼして、ユーリの甘いキスに翻弄されてしまうばかりだった。


「ううう……」


 思い出すだけで永久氷壁すら溶かしてしまいそうな熱が顔から吹き出てしまう。

 そもそも、ユーリと付き合っていることは、今現在誰にも秘密なので、ユーリとの逢引は人目を避けて、週に一度、密やかに行われていた。

 ユーリはレイラと逢えない一週間に溜め込んでいた愛情を、その逢瀬の時にこれでもかというほど注ぎ込んでくる。

 だからレイラはユーリの抱擁に捕らわれて、彼の情熱を受け止めるのに必死になることが多かった。それはもう幸せすぎる時間だったし、レイラだって、正直、週に一度の彼とのデートは熱に浮かされてしまう。

 そうして、ついに、ユーリから誕生日に何が欲しいのかを聞き出す機会を失ったわけだ。

 来週は、彼の誕生日にデートの約束をしている。

 何もプレゼントを用意しないわけにはいかない。絶対に、ユーリを喜ばせてあげたいのだ。

 恋人同士になったはじめての彼の誕生日。それはただの誕生日ではない。レイラはそう思う。愛しい人が生まれて来てくれた、一年で一番の祝日なのだから。


「でも……ユーリはほんとに欲がないし……、お給料もユーリのほうが上だし、なんでも買おうと思ったら買えるだろうし……」


 ユーリが好きなものはなんだっただろうと思い返しても、彼との思い出は幼かった少年時代のものが多く、最近の大人になった彼が欲しがるようなものには皆目見当がつかない。


「男の子って……何を欲しがるのかな……」


 最近はレイラも友人のベラやローザと一緒に、小物を見て回ったり、衣装を見て回ったりするくらいにはお洒落に気を遣うようになっていた。だから、ぱっと考え付くプレゼントは自分の基準で、アクセサリーや女性ものの衣服ばかりだった。

 ……これではダメだ。きちんとユーリのことを考えて、彼が大喜びするようなものを渡したい。

 ユーリの飛び切りの笑顔が見たいのだ。


「……し、調べなきゃ」


 レイラは根っからのガリベン根性で、調査を開始することにした。

 ユーリに直接欲しいものを聞く機会はもうない。ならば、男性が欲しがるものを調べるしかない。なので、レイラは王宮内で職務に就く騎士の雑談などに気を配ることにした。

 普段は大柄で声の大きな騎士は苦手なので、あまり近寄らないようにしているレイラであったが、ユーリの誕生日プレゼントの為に、淡雪みたいな勇気を出して談笑している騎士の傍に近づく。そして、そっと聞き耳を立てた。


「今日も冷えるなぁ、相棒」

「ああ、だがもう少しの辛抱で美味い酒にありつけるというものだ」

「たまには良い酒を浴びるように飲んでみたいものだな!」

「うむ、安いバルチカ(ビールのこと)じゃない、上級のウォッカとかな」


 ――お酒――。

 なるほど、お酒は考えていなかったとレイラは眼鏡をくい、と持ち上げて騎士達の話題を脳内に入れ込んでいく。

 レイラ自身がお酒をあまり好まないので、いまいちお酒の種類は何が美味しいかも知らないが、今夜父親に訊ねてみるのも悪くないかもしれない。


(ユーリ、お酒は好きなのかな。前に何度か一緒に飲んだし、嫌いな様子はなかったな……)


 ユーリのプレゼントは良いお酒にしてみようかとレイラは考え……、そして「ううん」と腕を組むことになった。

 そもそも、お酒というのは、誕生日プレゼントに渡すものとして適格なのだろうか。

 レイラはまた自問の為に考え込んでいく。


(お、お酒は飲み干しちゃえばなくなっちゃうし……初めての恋人の……誕生日のプレゼントだから、ずっと残るようなものがいいかも……)


 結局レイラはその日、帰宅途中に酒屋をちらりと覗き見たものの、やはりユーリのプレゼントにするのはどこか物足りないかもしれないという気持ちが勝ってしまった。

 家に帰って、父親がバルチカをゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいる姿を見つめながら、レイラは思った。


(ユーリはたぶん、こういうタイプじゃないなぁ)


 父親が「ぷはー! うまい! 母さんもう一杯!!」と、赤らんだ顔で目尻を緩ませる様子は、まるで愛しの彼には重ならず、レイラはぼんやりとしていた。

 結局、その日も誕生日プレゼントの候補は見付けることができなかった。


 ――誕生日まで、あと七日――。

活動報告をご確認いただけますと、書籍の詳しい説明などを書いておりますので、

こちらもよろしければご確認ください。

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