待つ者達
エルド国の待機組。里菜視点です。
回転しながら宙を飛ぶ短剣を長巻が払い落とす。長巻は勢いを殺さず横薙ぎに振るわれ、間合いに飛び込んで振るった薙刀の刃を弾いた。
「やあっ!」
気合いの声と共に、薙刀を一回転させる。石突きの部分で手首を狙うも足を引く事であっさり避けられた。更に追撃しようと足を踏み込んだ瞬間、目の前に魔法陣が展開された。
「ヤバッ」
何度も痛い思いをさせられたそれに反射的に足が止まる。そのまま止まるのは危険だと咄嗟に後退したのに合わせるように、魔術が発動する。五本の茨が複雑に絡み合い、私を捕らえようと伸びてくる。
茨は薙刀で切り伏せられるんだけど、切っても直ぐにまた伸びてくる。苦戦しながらもなんとか三本を根から切り捨てたというのに、二本が腕に絡みついた。
「里菜!」
奥に控えていた詩緒里の声と共に、風の鏃が茨を切り裂いた。直ぐに飛び退いて着地すると同時、巨大な氷を創りだした。
突風が吹き抜ける。氷を削るように渦巻いた詩緒里の風魔術は、鋭い氷刃を含む凶器となって相手へと吹き付ける。
王宮の防護魔術かかってる壁くらいなら簡単に吹き飛ばせる攻撃を、障壁があっさりと受け止める。同時に魔法陣が視えたかと思うと、何かの魔術が氷を巻き込んで派手にスパークする。
「きゃあ!」
不意打ちの閃光で目がちかちかする。視界を塞がれてイメージが不十分になったか、魔術が維持出来ず消えた。その瞬間を狙い澄ましたかのように、炎が私達を分断する。
視界が戻った。まずは炎を相殺して合流しようと、視線を合わせるまでもなく詩緒里と同時に動いた。けど、それは失敗だったみたい。
意識を引きつけようと足を踏み出した瞬間、床に亀裂が走り陥没する。思い切りバランスを崩してしまった私の目の前に、長巻の切っ先を突き付けられた。
ほぼ同時に、炎を風で吹き消そうとしていた詩緒里も魔術で捕まったのが、何となくの感覚で分かった。……何度もやられてるからね、魔力の流れだけでもそれくらい分かる。
私達2人を1人でさらっと完封してくれた旭先輩が、ふっと息を吐いて長巻を引いた。
悔しくて悔しくて、けど八つ当たりに相手してくれる人でもないので、取り敢えず地団駄を踏んで喚く。
「——ああああああっ、まーたー負ーけーたぁあああ!」
「り、里菜……そこまで喚かなくても」
詩緒里がこっちに歩いてきた。苦笑気味に宥めてくる詩緒里を、きっと睨んだ。
「だって! 全勝全敗はともかく手も足も出ずして半月以上! これを悔しがらずに何を悔しがる!」
「それは……うん、そうだね」
悔しがる私と宥めつつも悔しそうな詩緒里、ここ半月全く同じやりとりを繰り返す私達に、旭先輩が淡々と「指導」する。
「2人の戦術は単純すぎる。目の前の攻撃を捌くばかりで、裏をかこうともしない。こちらの注文通りの動きをするばかりで、一対二の利点が活かされていない」
「うっ……」
物凄く的確な指摘が耳に痛い。旭先輩の戦い方が意地悪いだけです、なんて言ったところで、戦闘経験の少ない俺にも一目瞭然だ、と言われるだけだ。うん、前に言われたの。
「相手の攻撃がどういう意図を持つのかを考えろ。それだけでも対応の仕方が変わってくるはずだ」
がっくりと項垂れた私に更に付け加え、旭先輩が見慣れた魔法陣を展開した。全員の手から武器が吸い込まれる。
「移動するぞ」
「はーい」
踵を返して促す旭先輩についていく。図書館に行き、めいめい魔術の研究を始める。
私も詩緒里も、自分の属性に関わる魔術書は全部読み終わった。他のも最低限読み終わったので、ここからは自分が使う魔法を研究しろと告げられたから、最近ではひたすら自分の魔術のバラエティを増やそうと研究中だ。
……「一体どんなペースで魔術書を読んだのですか」とサーシャさんに呆れられたのは、椎奈達のお陰ですとだけ答えたら、あっさり納得された。どうも、私達は自覚している以上にスパルタな教育を受けているようだ。
それにしても、魔術の研究って思った以上に難しい。魔術はイメージありきって言うけど、現代人の私にそうそう魔術のイメージが湧くわけがない。ラノベもそこまで読み込んでるわけじゃないので、知識も寂しいものだ。
……そう考えると、ラノベもファンタジーも読まなさそうな椎奈って、どうやって魔術考えてるんだろう。基本は術だけど、その気になれば概念魔術——完全にイメージだけで創る魔術——だって出来ちゃうみたいなんだけど。
ともかく、そんな理由でもう1つ思い付かない私は、サーシャさんにお願いして集めて貰った物語や伝記物と魔術書を並べて実行出来そうなものを地道に探していた。中々見つからないけどね。
地道に物語の文字を追って、これ良いなと思ったらメモをして。あれこれ考えた結果、ふっと「この方法なら出来るかも」と思い付く。
そしたらそれが理論的に可能なのか、魔術書を引いてみる。範囲が広すぎてどの魔術書を調べるべきか分からない時は、サーシャさんに相談して魔術書選びを手伝って貰う。
引っ張り出した魔術書を調べて、メモ書きと見比べて。可能っぽいなと思って、けど理論がちょっと曖昧で弱い部分は、勿論魔術の専門家の——
——専門家なんて、いたっけ?
ページを繰る手をそのままに固まる。唐突に浮かんだ馬鹿げた問いを笑い飛ばそうとして、出来ない。
……魔術に詳しいサーシャさん。研究者のレナさん。レナさんは今いなくて、サーシャさんにはさっきまで相談していたし、今探してるのはその人じゃない。あの人、と思い浮かべようとして、顔が、出てこない。
(……誰……?)
サーシャさんと、詩緒里と、私と。今図書館にいるのは3人しかいない筈で、だから、私が相談するとしたらこの2人のどっちかだ。それなのに、さっき私が呼ぼうとした人は、そのどちらでも無いとしか思えなくて。
この場に在る筈の無いひと、それでいて私が知っているはずのひと。レナさんでもない、魔術の専門家って、一体誰だろう——
「——古宇田、どうした」
いきなり居ない筈の男のひとの声がして、びくっと肩が跳ねる。咄嗟に視線を巡らせた先、静かな闇色の瞳とかち合った。
「あ……」
「何か質問があるのか?」
無意識に漏らした声には反応せず、その人が尋ねる。抑揚のない落ち着いた声に、頭が冷えた。一つ呼吸を置いて、ゆっくり声を押し出す。
「——はい、旭先輩」
このお城で誰よりも魔術に詳しい、椎奈の彼氏で私達の魔術の先生をしてくれている、旭先輩。私達の為に、椎奈を追わずに、お城に残ってくれたひと。
この人以外に、魔術を聞く相手なんているわけがない。
「この魔術についてなんですけど」
立ち上がって、旭先輩に歩み寄った。分からない所を訊けば、すらすらとややこしい単語を織り交ぜながら解説してくれる。
最初は一から十まで理解しようとしてパンクしてたけど、結論だけを抜き出せば分かるって気付いてからは効率が上がった。曖昧な部分だけ細かい質問をして、納得したら奥で試そうとお礼を言って移動する。
(……これで、何回目かなあ)
こっそりと溜息をつく。最初の方はたまに影が薄いなって思うだけだった違和感は、最近では気のせいなんかじゃ済ませられないものになってきていた。これだけお世話になっている旭先輩を「存在ごと」忘れてしまうだなんて、普通だったら自分の頭を疑うレベルでおかしい。
けど、私じゃなくて旭先輩が変だって思う理由は、旭先輩が全然訝しげだったり不思議そうな態度をとらないから。さっきだってあからさまに声をかけられて驚いたのに、旭先輩はそれが当たり前みたいな態度だった。
……というか、最近では存在を忘れている前提で話しかけてるんじゃないかって思うような言動を見せる。
「古宇田、分からない事があったら合図代わりに書を閉じるか水球を作れ」
(ほら、こういう感じ)
明らかに「誰を頼るべきか」が分からなくなってるのを察している物言いに、どういう反応をして良いのか、私は結構困っていたりする。
「分かりました」
取り敢えずそう返事して、私は魔術の練習に集中した。どうせまた魔術の質問したくなったら思い出せなくて焦るんだろうなあ……と思いながら。
その日の魔術の研究を終えて、私達は部屋に戻った。サーシャさんが準備してくれた夕食をみんなで食べている最中、唐突に旭先輩の傍らに魔法陣が浮かんだ。
驚いた私達の視線が集中する先、旭先輩は目を細めて魔法陣に手を伸ばす。しばらくそのまま魔法陣に集中する様子を見せていた旭先輩は、やがて魔法陣に軽く力を入れるような仕草をした。魔力が魔法陣に流れ込み、魔法陣が一瞬強く輝いて、消えた。
旭先輩が小さく息を吐き出す。嘆息に込められたものに気付くより先、旭先輩が無言の問いかけを視線に乗せていた私達に告げた。
「椎奈から連絡だ。明日昼頃に王都に到着する」
その連絡に、私達は思わず歓声を上げる。
「わ、本当ですか!」
「椎奈、怪我とかしてませんか?」
私の確認に頷いた旭先輩は、詩緒里の心配そうな問いかけに直ぐ答えた。
「本人に聞いた限りでは無事そうだ。魔力にも異変はないから、大きな怪我がないのは確かだろう」
そう答える旭先輩は、少しだけ顔を顰めている。うん、小さな怪我は分からないなら心配だよね。
「旭先輩が元気だって思ったなら、きっと大丈夫です」
詩緒里がそう言って笑う。旭先輩は少し目を細めて、けれど否定はしなかった。
「……相変わらず、非常識な連絡手段ですね。それにしても……」
呆れ気味のサーシャさんが言葉を濁らせる。自然続きを待つ形になった私達に、サーシャさんは少し迷った様子で続けた。
「……いえ、行きよりも数日到着が早いので。良い事なのですが、何故かと思いまして」
「あ、確かに」
言われてみればその通りで、詩緒里と顔を見合わせる。同時に旭先輩を見れば、無表情で淡々と食事を摂っていた。
「魔物の発生の元凶を断ったのならば不思議ではない。戦闘の足止めは大きい」
「あー……」
旭先輩が椎奈から受けた簡単な報告や、王宮への報告経由でサーシャさんから伝わった情報で、椎奈がスーリィア国で魔族の企みを潰す手伝いをしたらしいっていうのは知ってる。サーシャさん曰く実際に魔族を撃退したのは別の国の勇者らしいけど、まさかあの椎奈が無関係なはずがない、というのは全員の意見が一致している。
原因である国が落ち着いたから魔物と遭わなかった、というのは筋が通っている。現にサーシャさんも、あっさりと頷いて引き下がっていた。
(それにしても、旭先輩……安心した?)
魔法陣で連絡を受けた時の旭先輩の溜息を思い出す。思わず漏れたようなそれは、椎奈の安否が確認出来たからと思えば、不自然はないけど。
ちらっと詩緒里を見ると、詩緒里が視線に気付いてこっちを見た。その瞳にちらつくものに、ちょっとほっとする。詩緒里も、同意見みたい。
どうにも旭先輩の安堵は、それとは別の……それこそ、旭先輩を好きな詩緒里でさえ旭先輩を忘れてしまう、あの異常にある気がするんだ。
「古宇田、神門」
旭先輩に名前を呼ばれて、同時に振り返る。考えの読めない黒の瞳が、私達を静かに見据えていた。
「俺は明日、城門付近にいる。2人はどうする」
「行きます」
考えるまでもなく返事が口をついて出る。
「私達も、椎奈を迎えに行きたいです。……街の入口まで行かないのは、敢えてでしょう?」
旭先輩が頷く。
「王宮側に連絡がないのは、騒ぎにしたくないからだろう。街の入口で待てば目立つ」
「椎奈も、長旅の後でお城を目の前に大騒ぎは疲れますよね」
詩緒里の尤もな言葉にみんなで頷いた。詩緒里がちょっと息を吸い込んで、言う。
「でも、ここで待つのは嫌です。お城の入口で、みんなに見つかって騒ぎにならないところで、待っていたいです。何時になるのか分からないなら、夜まででも」
詩緒里のきっぱりした言葉を眩しく思いながら、わざと戯けてみる。
「ご飯、持ってきてもらおっか」
「もう里菜ったら、ご飯の事ばっかりだよ?」
「だって、ずーっと待ってたらお腹すくじゃない」
笑い合う私達の様子を微笑んで見守っていたサーシャさんが、それでは、と声をかけてくれた。
「お昼からずっと待つのなら、今日はもう休んだ方が良いですよ」
「はーい」
素直に返事をして、立ち上がる。
「いこ、詩緒里。旭先輩、お休みなさい」
「うん。旭先輩お休みなさい」
「ああ」
返事を貰ってほっとする詩緒里と一緒に、私達は自分の部屋へと戻った。




