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*防衛戦、終結*

 大きく開かれた鋼竜の口に、赤い光が覗いた。咄嗟に地面に霊力を流し、予め描いておいた魔法陣を発動させる。


 赤い光の奔流が不可視の壁に衝突し、轟音が鳴り響いた。


「……長くは保たないか」

 僅かに揺らぐ結界を見て、魔法陣に霊力を追加で流す。強度は戻ったが、この威力を連発されれば補強が間に合わない恐れがある。


 竜の様子を伺う。鈍色に輝くそれは、攻撃が通じなかったせいか苛立たしげに翼を打ち振っていた。そう遠くないうちに再び攻撃が来るだろう。


 結界と竜に注意を向けたまま、後方に声をかける。

「サーシャ、こいつを相手に出来る者はいるか」

「……他を削りながらとなると、不可能かと」


 低い声に一瞬目を向けると、魔術師達も首を横に振っていた。単体ならばどうにでもなれど、他にこれだけの数がいては、という事か。


「古宇田と神門はどうだ」

「やってみていいですか?」

 僅かに不安げな表情ながら、古宇田が問い返してきた。経験が少ない以上試すのが確実だろうと首肯する。


 2人は顔を見合わせて頷くと、手を繋いだ。魔力が高まり、精霊魔術が構築されていく。


(イラ、ユウ、手伝って)

(イストとミキもお願い)


 思念が幽かに聞こえ、唐突に魔力の波動が大きくなった。大精霊と神霊の加護。通常ならばあり得ない後押しに、魔術が強化される。


 数え切れない程の氷塊を含んだ竜巻が、鋼竜を閉じ込めた。激しく渦巻くそれは、鎌鼬としても氷刃としても、容赦なく魔物を切り刻む。


 かつて神門に教えた魔術の応用だが、古宇田と力を合わせる事で威力は数倍に押し上げられていた。大抵の魔物なら消滅させられるだろう。

 現に10秒程竜巻が続く間、近くにいた魔物達が余波によって消し飛び、地に墜落している。墜ちた魔物は騎士達が堅実な戦い方で止めを刺していた。



 ——だが。



「うそ……」


 神門の呆然とした呟きに被さるようにして、竜の咆哮が響き渡る。鈍色の鱗には傷が無数に存在するが、致命的なものは1つもない。


「斬撃に強いのか」

 考えが口をついて出たのを聞いた古宇田が、鋼竜を凍り付かせた。爆砕しようしかけたところで、氷が砕け散る。翼を開く事で打ち砕いたようだ。


「どんな馬鹿力!?」

 驚愕の叫び声に答えるように、鋼竜が再び閃光を放ってきた。衝突より先に結界の強度を上げた為、先程よりは揺らぎが少ない。


 苛立ったような吠え声が響いたと思うと、竜は凄まじい速度で接近してきた。結界で押し止めようとするも、鱗の強度に任せた突撃にあっさりと破られる。

 無数に棘の生えた尾が、結界目掛けて振り下ろされた。


「……っ」


 反動に、僅かに奥歯を食いしばる。結界の強化は間に合ったが、打撃と斬撃が同時に来た為、危うく破られるところだった。


 もう1度振るわれた尾を見て、衝撃波を放つ魔術を行使する。防御が疎かになっていた竜はもんどり打って吹き飛ばされ、元の位置よりも後方に下がった。


 賭だが、迷っている暇は無い。そう判断して、鋭く指示を飛ばす。

「全員、数を削る事に専念しろ。区域内に入る数になり次第魔術を発動する」

「あれはどうするつもりですか?」

 サーシャの問いに早口で即答した。時間が惜しい。

「俺が相手をする。と言っても、勘付かれて逃げられないよう意識を引きつけるだけだ。防御態勢は手を尽くす」


 言いながら、予め用意していた魔法陣全てに霊力を流した。大量の晶華を用意しておいた為、これしきの魔術行使は負荷にならない。

 1秒後、全ての防御魔術が発動した。これだけの時間で、敵方は既にかなり近くまで来ている。


「レナだったか」

「……ああ、何? 出番?」


 呆けたように地面の魔法陣を眺めていた研究者が、我に返って返事をする。その間すら惜しく、言葉を重ねるように告げた。


「待機状態を維持してくれ。俺が左手を挙げたら直ぐ発動出来るように」

「……あんた、それがどれだけ難しいか知らないでしょう」

「そう思うか」


 言いつつ、待機状態にしていた5つの魔法陣を一気に展開する。先頭の魔物の集団、およそ50が全て消し飛んだ。


「あんた、ほんっとうに無茶苦茶ね……でも」

 どこか嬉々とした声を訝しく思い視線を向けると、レナはフードの奥で不敵な笑みを浮かべていた。後ろに控える魔術師達も、瞳に宿る光が強い。


「ひょっと出のあんたにここまでやられて、出来ませんとは言えないわね。こっちの心配はしなくて良いわ、任せなさい」


 強い矜恃を感じられる言葉に頷き返し、視線を前方に戻す。既に古宇田や神門が複数の魔術を発動し、爆煙が立ちこめていた。

 視界が悪い事に気付いたらしい神門が風で煙を吹き払ったその時、煙に紛れて接近していた鋼竜の尾が振り下ろされる。


 結界にそれが当たる直前、何とか演算が間に合った。


 唐突に尾の動きが止まる。今にも振り下ろさんとしていた力のベクトルが暴走し、耐えきれなくなった尾が砕け散る。


 苦痛の叫び声が轟いた。魔術師達の驚愕の視線を肌で感じつつ、再び衝撃波で魔物を後退させる。


 右手を掲げ、生存集団の規模を測った。後5メートル四方。


 鋼竜が閃光を放とうとしているのを視認し、口の中に方形の結界を構築する。結界に弾かれて閃光が乱反射し、竜の口内で爆発した。

 苦痛の叫びに、憤激が混じる。激しい殺意の込められた視線が、俺1人に狙いを定めた。


「せ、先輩……」

「意図した事だ。続けろ」

 怯え声で話しかけてきた神門にそう告げ、竜に火炎の魔術をぶつける。金属質の体表ならば効果があるかと思ったのだが、あっさり弾かれた。


 閃光が今までの倍の太さで飛んでくる。結界に魔術を重ねがけして、攻撃のベクトルを反転させた。


 真っ直ぐ跳ね返った閃光が、距離を縮めていた魔物達を掻き消す。同士討ちに近い状況に、群れの統制が崩れた。瞬間、サーシャが詠唱破棄で魔術を発動する。


『稲妻!』


 無数の落雷が魔物を燃やし尽くした。一拍おいて、他の魔術師達が追撃する。更に数拍後、古宇田と神門の魔術がかなりの数の魔物を削った。

 火力はともかく、直観では古宇田や神門は大きく後れを取っている。俺も椎奈以外とは高度な連携は出来ないだろう。魔術師達の中でもサーシャが頭1つ抜けている事を考えると、やはり経験の賜物か。


 戦いの中で得た情報を今後の為に分析しつつも、魔術の為の演算は続ける。理魔術を使うのに必要最小限の演算力しか持ち合わせていないが、その能力をいかんなく行使して、範囲内に収める為に削らねばならない数を逆算する。


「後30」


 こちらに飛来しようとしていた竜に濁流をぶつけつつ告げると、魔術師達の攻撃が激しくなった。中でもサーシャはこの時の為に魔力を温存していたのか、今までを遙かに上回るペースで魔術を使っている。



 ——彼女から学び取る事はまだ沢山ある。



「15」


 古宇田が巨大な氷柱を召喚し、複数の魔物を叩き落とした。質量に負け、全て押し潰されている。事前にサーシャが警告の光を地上に送ったため、巻き込まれた人間はいない。



 ——それはおそらく、今後椎奈と肩を並べて戦うのに何よりも必要な事だ。



 竜の目の前に炎を召喚して意識をそちらに引きつけつつ、残り数を告げる。



「10」

『焼却せよ!』

『炎陣!』


 魔術師達の魔術をサーシャが強化し、20を超える魔物を燃やし尽くした。



 ——それが分かったという点だけでも、この戦には価値がある。




 ————後は、終わらせるだけだ。




「全員、下がれ」

 指示を下すと、魔術師達が素早く下がる。安全域に入ったのを横目に捉えつつ、魔物の群れの両脇から挟むように結界を築いた。中央は、勿論鋼竜だ。


 1つ息を吸い、一気に結界の幅を狭める。途端に魔物の存在密度が上がり、互いに互いの動きを邪魔し合う状況となった。


 同じく上下を覆う。飛行系の魔物が1番に回避として選ぶ上昇・下降を妨害した事で、魔物が一斉にこちらを向いた。


 退路を塞ぐ。途端俺へと攻撃を放とうとしているのを視界に入れながらも、落ち着いて左手を掲げた。



『踊れ、舞え、奴らの目を眩ませろ!』



 詠唱にしては珍しい物言いの言霊を発動の鍵として、小さいながらも輝度の高い光が無数に現れ、魔物達の周りを舞い始めた。


 飛行系の魔物といえど、今回は視力を当てにしているものばかりだ。視界を当てにする鳥の視力は人を遥かに凌ぐという。それは魔物も同じだろう。光源が間近にある状況は、かなりのダメージな筈だ。

 予想は的中し、魔物達の動きが急に不安定になった。墜落しかかって、結界に衝突しているモノすらいる。


 結界を、残り一面である俺達の側に築く。これで完全に閉じ込めた。


 怒りの咆哮が響く。鋼竜だ。殺意に満ちた様子で吠え猛り、結界を体当たりで破ろうとしている。だが、助走を妨げられている故に結界は破れない。



 その様子を静かに見つめながら、戦いの始まる前から準備していた魔法陣を起動する。中心に円形の魔法陣を置き、周囲を立方体に三角錐を各面に加えた立体で覆う。



「それは一体何ですか!?」

「研究の成果だ」


 驚愕の声を上げるサーシャに答えつつ、形状に狂いはないか目で確認した。


 椎奈に銃を手渡して以来ずっと研究して、ようやく実用化出来たそれ。試験運用もしていなかったが、周囲に最高強度の結界を重ね掛けして、この魔物達を対象に出来るのだから都合が良い。



 椎奈に出来るならば俺にも出来る筈と、それ——立体魔法陣に、慎重に霊力を流していく。



 咆哮が響く。どこか怯えが混じって聞こえるのは、この魔法陣に蓄積されていく霊力量を感知しているのか。


 結界を信じて魔物達から半ば意識を逸らし、魔法陣に霊力を流しきる。


 魔法陣は1度金色に輝くと、成功した時特有の感覚を返して消えた。顔を上げ、魔物達を目視する事で座標を設定する。



 生じた閃光に、目が眩んだ。咄嗟に腕で目を庇いつつ、かつて感じた事のない強力な魔術の波動に成功を確信する。



 およそ3秒後、光は収束した。腕を下ろせば、魔物達は結界ごと跡形もなく消え失せていた。威力だけに特化させた為、痕跡すら残らなかったか。

 そう思った瞬間、背筋を冷たいものが駆け下りた。考えるより先に腰に手が伸び、長巻を抜き放つ。



 上方に振るった刹那、莫大な質量が衝突する。後一瞬でも遅ければ、押し潰されていただろう。



 顔を上げれば、満身創痍の鋼竜がそこにいた。



「く……」


 声が漏れる。尚も圧力をかけてくる竜は、最期の力を振り絞っているのだろう。強化魔術は最大出力なのに、押し負けつつある。


 このままでは潰される。そう感じて魔法陣を展開しようとしたその時、竜巻が竜の鼻面に衝突した。長巻の刃から竜が離れる。

 神門の精霊魔術。そう気付くのが早かったか、魔法陣を展開するのが早かったか。どちらにせよ、長巻を引いた時には、魔術は完成していた。



 電圧を極限まで引き上げた、黒に近い電。金属に効果のあるそれを放つと同時に、サーシャの振り絞るような詠唱。



『紫電!』



 黒紫の雷が、全く同じタイミングで鋼竜を貫いた。



 大きく跳ね上がる身体。飛び退くと、腹に響く音を立て竜が墜ちた。地面に倒れ伏す竜は、動かない。



「……生体反応、ありません。完全に死んでいます」



 息を潜めて様子を確認していた一同の耳に、ナトリーの静かな声が届く。その意味を理解するのに、少し時間がかかった。


 鬨の声が下から湧き上がる。地上戦も勝利で幕を閉じたようだ。



「……終わったぁ」



 気の抜けたような古宇田の力無い声が、場の空気を如実に現している。それに頷き返し、ゆっくりと息を吐きだす。



 ——防衛戦が、ようやく終わりを迎えた。

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