表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/150

*研究する者、戦う者*

 外へ出た方が考え事も捗りますよと言うサーシャさんに押し切られる形で、私は魔術研究所へと案内された。


「これから行く研究所は、本当に色々な魔術を研究しています。見ているだけで楽しいものが沢山ありますよ」


 明るい声でそう言ってくれるサーシャさんには悪いけれど、今の私は魔術を素直に楽しめない。


「……でも、攻撃魔術も研究しているん、ですよね」

「ええ、勿論です」

 あっさりと頷いたサーシャさんは、私の言いたい事も分かっている。分かった上で、当たり前の事だと、その口調で伝えてきた。



 ……討伐の時に魔物を殲滅したのは、私が今まで学んだ魔術だ。ゲームのような感覚で身に付けた魔術は、あんなにもあっさりと命を奪うものなんだって、あの時やっと自覚した。

 それに、あの魔物達は人間よりもずっと丈夫だ。それが、意味するのは。



 ——私の持ってしまった力は、容易く他人の命を奪うという事。



 それが怖くて、これからどうして良いのか、分からない。

 戦うのは怖い。けど、元の世界に還っても、こんな力を持ってしまった私が元の生活に戻れるのか。戻って良いのか。……何度考えても、分からない。



「シオリ様、魔術研究部が攻撃魔術を研究しなければ、この国は魔物に簡単に征服されてしまいます。そうならない為の、これは自衛手段なのですよ」



 サーシャさんの言葉に、はっと顔を上げる。真剣な表情のサーシャさんが、静かに私を諭した。


「良いですか、シオリ様。魔術は確かに、凄まじいまでの威力を持ちます。シオリ様程の魔力量ならば尚更です。ですが魔術は、理不尽に命を奪われる力無い人々を、守る為に使われています」


「守る為……」

 無意識に繰り返したその言葉に、サーシャさんはしっかりと頷いた。


「魔術が無ければ、剣を魔物が切れる程に強化する事は叶いません。騎士達の中には、魔力の少ない者も多い。そんな彼等が生きて国を守れるのは、魔術の発展あってこそのものです。非力な人間が生き延びる為に必死で研究してきた成果が、シオリ様がこれまで学んできたものなのですよ」


 その言葉には、サーシャさんの誇りみたいなものが感じられて。小さく息を呑んだ私に、サーシャさんは静かに尋ねてくる。


「シオリ様。貴方は今まで、アサヒ様やシイナ様に魔術を教わってきました。貴方の出来る事は、おふたりにも勿論出来る事です。シオリ様は、彼等を怖いと感じますか?」

「そんな事……」

 椎奈は椎奈、旭先輩は旭先輩だ。2人を怖いなんて、感じる筈がない。そう言うと、サーシャさんはにっこりと笑った。

「シオリ様の周りの方々も、同じように考えるのではないでしょうか」

「え……?」


 心を見透かしたような言葉に、目を見張った。サーシャさんはにっこりを大きくして、丁度辿り着いたドアを開ける。その先に見えた光景に、目を奪われた。



 思った以上に広い空間に、大きなテーブルがいくつも。そこでは数人が額を付き合わせて何事か話し合ったり、実験……かな? をしている。


 端の方には1人用の机に座って、何かを一生懸命書いたり、天秤で石とかを測ったりしている人達もいた。


 奥は開けていて、あちこちに結界が張られている。結界の中で真剣な顔して魔法陣を描いているから、きっと魔術の効果試験みたいな事をしているんだろう。



「我が国の研究部はかなり力を入れております。見事な研究室でしょう?」

 誇らしげなサーシャさんの言葉に、私は素直に頷いた。


 元々私は、理科の実験室が好きだった。薬品が沢山置いてあったり、特徴的な形の実験道具を不思議に思ったり。それを1つ1つ使えるようになるのが、とても嬉しかった。

 この部屋は、更にそれを大きくした感じ。魔術を研究する場所だからかな、学校よりもずっとどきどきする。何だか、小さい頃に憧れた物語の世界に来たみたい。


 そこまで考えて、はっとなった。私、今……?



「おや、サーシャ殿ではありませんか。そちらの方は?」



 唐突に話しかけられて、びくっと肩が震える。サーシャさんが1歩前に出て、視線から守ってくれた。

「シオリ=カンド様に、こちらをご覧になってもらおうと思いまして」

「おお、やはり勇者様でしたか。いや、これは光栄ですね」


 そう言う声は、とても穏やかで。日だまりを思わせるその声につられて、そっと窺う。


「噂には聞いておりましたが、可愛らしいお嬢さんですね。初めまして、この研究所の副所長を任されている、エルリウス=ディアスと申します」

 声と同じく人好きのする笑みを浮かべた、赤みがかった茶髪に緑色の目を持つ男の人は、父親のような目で私を見ている。この人、30歳後半くらいに見えるんだけどな……


「あの、初めまして。神門詩緒里です」

 取り敢えず自己紹介を返すと、エルリウスさんは、ははっと笑った。

「そんなに緊張しなくても、今はおっかない所長もいないですし大丈夫ですよ。ここの人間は変な奴ばかりですが、基本害は無いですし」

「副所長、その言い方は無いんじゃないんですかあ」

 どこからかおどけた声が聞こえて、どっと笑いが湧き起こる。何だか、驚くほどのんびりとした場所だ。


 戸惑いが勝って何も言えない様子を察してくれたのか、サーシャさんがエルリウスさんに声をかける。


「エルリウス殿、しばらく見学してもよろしいですか?」

「サーシャ殿がそのような態度を取るのは、落ち着かないですなあ。いや、ご自由にどうぞ。私も今研究中ですし、あまりお構いできませんが」


 そう言うと、エルリウスさんは私に一礼して、あっさりと自分の机に戻る。そして、そのまま何も無かったかのように作業を再開した。


 ……マイペース……なのかな?


 気まぐれに声をかけてきて、気まぐれに自分の世界に戻る。そのリズムが余りにもお城の人達とかけ離れていて、拍子抜け。あの人達は、勇者と見たら付け入ろうとするばかりだったのに。


「彼等は魔術の研究だけ出来ていれば幸せで、出世には興味ありません」

 私の疑問を読み取ったように言うと、サーシャさんは私を促し、歩き出した。


「先程私の態度について言っていたのは、研究者は戦闘に出る魔術師よりも下に見られやすい為です。戦いを避けて研究だけしている頭でっかち、そう言う者が多いですね」

「でもサーシャさんは、そう思わないのですか?」

「ええ。彼等がいなければ、私達は新たな魔術を身に付ける事も叶いませんから」

 そう言い切ったサーシャさんは、1つの大きなテーブルに目を止めた。


「ああ、丁度良いですね。……レナ!」


 知り合いらしき女の人は、声に気付かないで何事か指示を出している。それを見たサーシャさんはすっと歩み寄って、肩を強く叩いた。


「何よ、今忙しい……あら、サーシャじゃない」

 苛立たしげな顔で振り返った白に近い髪の女の人は、そのピンク色の瞳を見張る。珍しい色合い。アルビノ、って言うんだっけ。


「どうしたのこんな所に。風の噂では、任務しくじって魔術師としてはもう駄目だとの事だけど」

「……相変わらずねえ、レナ。今日の私は案内役よ。この格好を見れば分かるでしょう?」

 この格好、と苦笑混じりにメイド服を目で示すサーシャさん。サーシャさん、やっぱり気の乗らない格好だったんだ。


「ん? そっちの子、誰だっけ……どこかのお姫様?」

「違うわよ。勇者のシオリ=カンド様。闘技大会で見たでしょ?」

「生憎と、あたしは出てもいないわ。人の目に晒されるの鬱陶しいし。……ああそういえば、うちの連中が騒いでたっけ。制御力が尋常じゃないとか何とか。ふうん、この子がねえ」


 まじまじと見られて、1歩後ずさる。言葉のきつい人は苦手だ。凄く嫌われているような気がしてしまう。


「別に取って食いやしないわよ。言葉がきついのは生来のもので、悪意は無いわ。で、何の用なのサーシャ。こっちは研究が大詰めなんだけど」


 睨むような目つきのレナさんに、サーシャさんは笑うだけ。こんなに態度の砕けたサーシャさん、初めて見た。よっぽど仲が良いのかな。


「レナ程あれこれと研究を抱えて、いつでも大詰めな研究者も珍しいわね。ちょっとあれ、見せてくれない? パフォーマンスは貴方のお家芸でしょ」

「はあ? 何で今……ああ、その子に見せたいと。分かったわよ、全くもう」

 吐き捨てるようにそう言うと、レナさんは後ろのテーブルを振り返った。


「あれ、やるわよ。勇者様のお目に入れるらしいから、張り切りなさいよね」


 途端、テーブルにいた人達の目が爛々と光る。今までずっとテーブルの前にいたのが嘘のような素早い動きで、さっと奥の開けた所へと向かった。


 10人が均等な間隔で並ぶ。その中心に、レナさんが長い杖を突き立てるようにして立った。


「……五芒星?」

「はい。二重陣ですね」


 魔術師さん達の並びは、五芒星を逆さ同士に重ね合わせたもの。魔法陣や五芒星を2つ重ねたのを二重陣、それより多く重ねたのを多重陣って言うんだって、前に旭先輩が言ってた。


 魔術師さん達は祈るように手を組んで、低い声で詠唱を始める。良く聞き取れないけど、何となく古い感じの響きだ。


 詠唱によって、魔力が細い糸のように編まれていく。幾重にも編まれた魔力が絡み合い、二重陣を模る。魔力の光ははっきりとしていて、けれど無色だ。


「色が無い……」

「理魔術師達ばかりですから、魔力が偏っていないのですよ」

 サーシャさんの説明に、頷く。旭先輩の魔法陣に色があるのは、先輩が1から魔法陣を描いている為、魔力の特性が強く出ているから。普通は無色なんだそうだ。


 幾重にも重なった二重陣をなぞる魔力は、中央に立つレナさんの杖に集まっていく。杖の先に付いているびっくりするくらい大きな晶華が、うっすらと輝き出す。


 目を薄く閉じて何かを待っているように見えたレナさんが、すうと息を吸い込んだ。固唾を呑んで見守っていると、レナさんのはっきりとした詠唱が響く。



『踊れ、彩れ、見栄っ張り共の虚栄心を満足させろ!』



 詠唱と言うにはかなり乱暴な物言いに、目を見張る。サーシャさんも苦笑しているから、レナさんが特別なんだと思う。……多分。


 けれど、その詠唱がもたらした魔術は、本当に見事だった。


「わあ……!」


 色とりどりの螢が乱舞している。言葉にするならそんな感じだった。数え切れないほどの色付いた光がほんのりと輝いて、ふわふわと舞う。複雑に飛び交う光達は、その残像も使って、部屋を大きな舞台のように彩った。


「あの光達の制御は、全てレナが行っています。光全てを生み出すには魔力が足りないので、ああして複数人の力を借りているのですが」

 サーシャさんの説明に、成程と頷く。この部屋は本当に広くて、学校のグラウンドくらいある。全体にこれだけ沢山の光を飛ばすのだから、10人くらいは必要になるだろう。


「光を作ってるだけじゃないってば。魔法陣の制御だって1人では出来ないし。それに色だって——」

「レナ、私達は研究者ではないから、詳しく説明されても分からないのよ」

 魔術を終えて戻って来たレナさんが不満顔で反論するのを、サーシャさんが途中で遮った。

「ったく、これだから戦うしか能の無い魔術師は。よくもまあ、その仕組みもちゃんと分からず使えるもんだわ。命知らずよね」

 更に不満げになったレナさんがぶつぶつと漏らす文句に、思わず尋ねた。


「……命知らず、に、見えますか」 


 サーシャさんとレナさんの視線が集まる。少し怯みかけたけど、きちんと答えを聞きたかったから、目を逸らさずに答えを待った。


「そりゃまあ、魔物相手に魔術だけで突進していくんだから、命知らずでしょ。魔術師なんて基本、魔力切れたらただのへなちょこよ?」

「ちょっとレナ、へなちょこはないでしょう?」

「事実。魔術師は、魔術っていう大火力を扱えるだけで万能になったような気になってる、頭でっかち。仕組みも理解してない上に、リスクも忘れてね。魔術に頼っているから身体を鍛えることもないし」


 サーシャさんの反論もあっさりいなすと、レナさんは少し屈み、真っ直ぐ私の目を覗き込んだ。ウサギによく似た色合いの瞳が、探るように動く。


「戦うのが怖いの? だったらあんたは正常よ。そりゃあ怖いでしょうよ、いつ死ぬか分からないんだから。怖くないのは自殺志願者だけだし、そういう連中は誰も救えない」


 思わず瞬くと、レナさんは瞳に真剣な色を宿して、はっきりと言った。


「でもね、命知らず共はそれでも戦うの。大事な者に死んで欲しくないとか、国の為とか、まあ色々理屈付けるけどね。実際の戦場では、そんなものは忘れてる。あいつらが強く強く思うのは、死にたくない、たったそれだけ」


「……死にたくない」

 言葉を繰り返す。それは確かに、あの時私が思った事だった。


「そ。大事な人の所に戻りたいとかまだやりたい事があるとか、あれこれ理屈を後付けしてるけどね。あれはもっと根本的な、生存本能ってものよ。だから危なっかしい魔術をバカスカ打てる。死ぬよりゃマシって事ね」


 そう言って身体を起こすと、レナさんはサーシャさんを親指で示した。


「サーシャはそれを分かってるから、強くなったの。死なずに勝つ方法を、ひたすら模索したからね。だから認めてる。……それにね」


 そこで皮肉げな笑みを浮かべて、レナさんは自嘲気味に言った。


「あたしらは戦うのが怖くて、こんな後ろの方でコソコソ研究してる。サーシャみたいな命知らずがいなければ戦えずに殺される臆病者よ。だから彼女らには尊敬の念を向けるし、低姿勢にもなる」


 ね、とレナさんが視線を向ける先には、さっきの魔術師さん達。苦笑しているけど、否定はしない。でも、自分を軽蔑しているようにも見えなかった。


「でも、だから、戦えない分、戦う奴らが死なずに済むような魔術を研究するの。それがあたし達の仕事。ほら、適材適所って言うでしょ?」


 そう締めくくったレナさんは、とても誇らしげだ。自分のするべき事をちゃんとしているから卑屈にはならない、そう態度で示していた。



 ……サーシャさんがここに連れてきた理由、分かったよ。



「はい。ありがとうございました」

「いーえ。勇者様に偉そうな事言っちゃったわね」

「詩緒里です。名前で呼んで下さい」

「今度会った時、あんたが名前を呼ばれるくらい、私に認められたらね」

 そう言ってウインクしたレナさんは、ぱっと振り返って魔術師さん達を怒鳴りつける。

「いつまでそこで突っ立ってんの、さっさと作業に戻るわよ!」


 慌てたようにテーブルに戻ってくる魔術師さん達に指示を飛ばすレナさんは、もう私達を振り返らない。


「……良い息抜きになりましたか、シオリ様」

 そっと尋ねてくるサーシャさんに、私は頷いて、笑顔を見せた。

「はい。ありがとう、ございます」


 何も言わずににっこりと笑顔を返してくれたサーシャさんと一緒に、私は研究所を去った。これまでとは違う気持ちで、いろいろと考えながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ