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8 黒い影

この魔物はゲームの展開を知っている。


理由は分からないがそんな存在が

シンシアを殺そうとしているという事実に、わたしはゾっとした。




「…シンシア様逃げましょう

あの魔物は、ただの魔物ではありません」


「人語を解する魔物は確かに上位種と言われていますが

大丈夫。倒せない相手ではありませんよ」


「あれはそういうレベルの存在ではありません」


「…どういう事ですか?クラリス様は何を知っているのですか?」


「説明をしている暇は無いのです!一刻も早くアレから逃げなければいけません」


「しかし、逃げると言っても…」




確かに周りは木々に覆われていて障害物が多く

空間圧縮魔法では逃げ出せそうにもない。

何かあった時の為に、もっとこの魔法に習熟しておけば良かったと

今更ながら後悔する。


「…戦うしかない、という事ですか」


シンシアは無言でうなずく。

既に魔法を発動できるように彼女の魔力は研ぎ澄まされている。

やるしかないのだ。


「…わかりました」


「では、私が先陣を切ります」


わたし達の判断を待っていたパメラは、

そう言ってヒュッと息を吐き、

一瞬で間合いを詰め黒い影を切り伏せる。

信じられない速さの抜き打ちだ。

しかし物理攻撃は効かないようで

影は霧散し違う場所で形を取り戻す。

影はパメラを無視してまっすぐわたしたちに向かう。

が、既にシンシアは詠唱を終えている。


「炎よ!」


シンシアが一声発すると光が目に焼き付くほどの暴力的な熱量が発現する。

さすが公爵令嬢、魔力量も精度も凄まじい

炎の魔女という二つ名は伊達じゃない。


けれど、影には全く効果が無いようで怯む事さえ無くこちらへ向かってくる。

パメラがわたしたちを庇うように立ちはだかり再び切り伏せると、

再び霧散しまた別の場所に現れる。

どうやら、物理攻撃の方がまだ効果があるようだ。


こんな魔物は聞いたこともない。

実態のない幽霊だとでも言うのだろうか?


そう思っていると影の手の辺りが剣の形に変化した。

もしかしてと思った瞬間、パメラが再び影に斬りかかる。

剣の部分は実体化しているようでパメラの剣撃を受け止めた。

パメラが驚愕していると、今度は影が斬撃を繰り出し

剣を交えたパメラの身体が吹き飛ばされ、背後の馬車が粉々になる。


「パメラさんッ!!」


わたしは思わず、敵との間合いなど忘れて駆け寄るけれど

パメラはうめき声をかすかに上げている。

気絶しただけで命は無事なようだ

わたしは思わずホッとする。


魔法も物理も効かず実体化も出来て、

恐ろしい力がある敵が目の前にいる。

私は緊張のあまり硬直してしまう。


それは戦いの最中では致命的な事だった。

遅いとは分かっていても身構える

けれど、影はなんとわたしを素通りした。


まっすぐシンシア一人だけを狙っているようだ。

無駄だと分かっていたが、わたしは苦し紛れにその背後へ黒刃魔法を放つ。



驚いたことに、黒刃は影の片足を切断した。


自分でも驚いたが、影も同様だったようで

はじめてこちらに注意を向けてくる。


「驚いたな。

…なるほど、この者が因果から外れているのはお前のせいか」


身体が欠損したのに黒い影は平然としていてダメージを受けた様子は無い。

足が無いのに傾くことすらなかった。

けれども、わたしを危険要素と見なしたのか

今までのゆっくりとした歩調とはうって変わり

急速にわたしに近づいてくる。


「…まずはお前を殺さないといけないようだ」


「お前は一体、何者なのですか」


「死にゆくものに説明する意味など、無い」


黒い影が剣を振りかざした瞬間、わたしも魔法で応戦する。

今までわたしの魔法で切れないものは無かったが

影の持つ剣は何とその刃を弾いた。


怯まず続けざまに魔法を唱えるが

やはり手数では剣の方が強くすぐに追い詰められてしまう。


「クラリス様には触れさせないわ!!」


その声が聞こえた瞬間、シンシアの魔法が再び炸裂した。

タイミング的には素晴らしいものだったが、目くらましにもならなかった

それどころか影の注意は再びシンシアに向かう。

先に目的を果たそうとしたのだろうか

飛びかかるようにしてシンシアに剣を向ける。

その剣を妨げるものはもうない

シンシアは恐怖で身体が硬直してしまい無防備になる。


私はとっさに空間圧縮魔法を使ってシンシアの前に立ちはだかり

直後に黒刃魔法を展開させようとするが、相手の剣の方が圧倒的に早かった。




わたしは、自分の左腕が切り落とされるのを見た。




脂汗がぶわっと吹き上がり地面に倒れ込む。

切断面に焼き付くような痛みが走るが

アドレナリンのせいかすぐに痛みもよく分からなくなる。


「クラリスッ!!」


シンシアが叫び声をあげるが

腕を切られたことよりも、彼女がわたしを

呼び捨てにしてくれた事が妙に耳に残った。



シンシアが黒い影を睨みつけ魔法で攻撃するがまるで効いていない。

それでもお構いなしに、黒い影は再び剣を振り上げる。

シンシアがわたしを庇うように抱きしめ、ぎゅっと目を閉じる。


もうこれまでかと、そう思った時

横から黒い何かが飛び出してきた。



一瞬影の仲間かと思ったが、大きな剣を構え

わたしたちを守るように間に割って入る。

どうやら黒いマントを着た人間の剣士のようだ。

影は気にする様子も無くそのまま斬撃を繰り出す。

剣同士が激しく擦れ合い、金切り声のような音を立てる。


黒衣の剣士はパメラを吹き飛ばした影の攻撃を剣でまともに受けて平然としている

それどころか受けた勢いを利用し、そのまま打ち返す。

が、影はまた霧散しダメージを与えられない。


「あんた達、無事か!?」


その隙に彼はこちらを振り返り、わたしの姿を見て激しく顔をしかめた。

どうやらわたしの姿はかなり悲惨らしい。

答えを聞かないうちに、黒い影に攻撃を加える為に駆け出していった。




わたしは失血で視界がかすみ、意識が遠のき始めていた。

体温が失われ寒くて震えが止まらない。

もしかしたらこれでもう死ぬのかもしれない。

そんな感触が、現実味を持って迫ってきた。


そんなわたしの様子を見て

シンシアがわたしを抱きしめながら

お願い、死なないで、死なないでと悲痛な声で繰り返し呟いている。

シンシアにこんな顔をさせているのはわたしなので、罪悪感で胸が苦しくなる。


黒衣の剣士を見ると影に対し攻撃を続けているがダメージを与えられず

傷は増えていく一方で長くは持ちそうにない。


このままでは、皆あの魔物に殺されてしまうだろう。

何か対抗できるモノがあればこの状況を打開できるのに。



…いや、ある。



わたしは手を胸に当て、ありったけの魔力を込めて願った。

シンシアを守る力をあの剣士に、と


わたしの文字通り生命をかけた魔法が黒刃を生じさせる。

今までのように不安定にゆらぐことがなく、剣の形をしていて

まるで闇が物質化したようにハッキリと存在を主張していた。



わたしは、この魔法が嫌いだった。

人を殺めることに特化した魔法。

それ以外には役に立たない魔法。

誰かを守る力になるはずのそれは、

わたしが持った為に宝の持ち腐れになってしまった。

それが、何の役目も背負っていないわたしを

象徴しているかのように思えて

この魔法を見るたびにみじめな想いをしてきたから。


…最期に正しい役割を与えることが出来てよかった。

わたしの命の代わりに、シンシアが助かるのなら十分意味がある。




わたしは黒衣の剣士に声をかけその黒い剣を差し出す。

彼が何か話しかけてきたけれど、もう何も聞こえなかった。


剣を渡した瞬間に全身の力が抜け

わたしは深い眠りに落ちていった。




挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 何ですか、あのチートの影!? クラリスさんの魔法は効果有りそうなので、もっと戦い慣れだったら勝てそう。。。惜しい ビビったけど、クラリスさんはマジ超必死で頑…
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