かつてないほどに
グロッサ王国、王都ローデリア周辺でそれは起きた。
「なんだあれ!?」
「こ、こっちに向かってきてる!!」
謎の巨大生物の大量出現による、国民たちの混乱と恐怖。今まさに、王都周辺にいる人間の大半が阿鼻叫喚となっている。
「何あれ‥‥‥あんなのどうしようもっ」
それは、ルナワ平原も同じ。見晴らしの良い平原だからこそ、遠くに見える異形の大群が恐怖を煽る。当然、一刻も早く離れようと大勢の足が動き出す。
「ーーーお、落ち着いてください!! 今は不用意に動いて体力を消耗すべきじゃありませんっ!!」
エルジュ構成員、序列19位のディルフィが大声で静止を試みる。だが当然、初対面である彼女の言葉を聞く者はほとんどいなかった。それほど恐怖が充満している。
「ど、どうすればいいのっ」
「私に分かるわけないでしょっ」
そして、それは配給を行っていたエルジュ構成員たちにも広まっていた。
「あれさすがにやばくない〜? どうするのディルちゃ〜ん」
それは序列14位のネルも同じ。奔放な彼女でさえも困惑する反応に、ディルフィはますます慌て出す。
「そ、そうだっ! アクアさん!!」
そこで、ディルフィは閃いた。組織の序列が高い人が指示を出せば、他の構成員も落ち着きを取り戻せると。
ディルフィは祈るように名前を呼び、今もネルの膝に頭を乗せる‥‥‥アクアを見つめる。
「ほんといい枕‥‥‥これでうるさくなかったら、なぁ‥‥‥」
ーーーほとんど寝かけていた。こんな状況の中、アクアは瞼が閉じる寸前で欠伸までしている。
また彼女の近くに横向きになっているミアは、今も意識が戻っていない。
(ど、どうしようっ‥‥‥この状況を収められる人が1人もいないっ!!)
ディルフィは更に焦った。多くのエルジュ構成員に多大な影響力を持つ序列10位以内の存在、『黄昏』。
「zzz‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
今目の前にいるアクアとミアは、とても発言できる状態ではない。
そもそも彼女たちは戦闘能力に特化した精鋭。協調性は低く、指示を出す役割を担った事がない。
「よく寝てられるなぁ〜。この胆力、どうやったら身につくんだろ〜」
それはネルも同じ。そしてディルフィ自身、何かを仕切るのは好きだが、始めから指示されたことを忠実に守っているだけ。
(レスタ様やエリスさんが、この近くにいればっ‥‥‥!!)
ディルフィは2人を心の中で呼んでいた。それは彼女自身が憧れている存在でもある。
「‥‥‥えっ?」
すると、彼女は違和感を感じ取った。それは感覚的な話ではなく‥‥‥聴覚的な話。
無数の足音が、急激に聞こえなくなっていく。それは、人の足が止まった事を意味する。
「なんで、みんなの足が止まってーーー」
ディルフィは思わず振り返る。視界の先に映る存在を見て、大きく目を見開いた。
「‥‥‥(ふんす)」
白を基調とした隊服を着た、小柄な少女。彼女の薄桃色の髪は、他にも見間違えるはずがない。
「ーーーシロアさんだぁぁぁぁぁ!!!!」
国民の1人が声を上げ、それに呼応するように皆が声を出して喜ぶ。
「‥‥‥(ぐっ)」
グロッサ王国最強部隊『ルーライト』隊員、シロア・クロート。彼女が親指を立てるだけで、民衆は歓喜する。
「王国屈指の精鋭が助けに来てくれたっ!!」
「無事だったんですねっ!! 初日に行方不明って聞いた時は、もうっ‥‥‥!」
「これで確かに希望が見えた!! マリアさんやエルリカさん、そしてルーク王子が必ずここに来てくれるぞぉぉぉぉ!!!!」
シロアが何も発さなくても、民衆はもう誰1人避難所から離れようとしなかった。
『ルーライト』隊員である彼女がいる今ここが、知り得る限り最も安全だと、無意識に認識していたからだ。
「シロア・クロートっ‥‥‥まさか協力者である、彼女の配置も計算してっ‥‥‥!!」
ディルフィは振り絞るような声を漏らした。感情が口から飛び出たような感覚だった。
「彼女の存在によって、ここを完全な避難所として機能させるなんてっ。ああ、レスタ様っ‥‥‥!!」
ディルフィは確信していた。代表である『天帝』レスタが、ここまで読んでいたことを。
彼女は思わず、涙が溢れ出した。感激のあまり、膝から崩れ落ちそうになる。
だが、今はそんな状況では無い。大量の魔人が、こちらへゆっくりと歩き始めているのだ。
「‥‥‥皆さん! 王都の中も安全は保証されてません。このまま王都まで包囲されたら、いよいよ逃げる場所が本格的に無くなってしまいます!!」
ディルフィはしっかりと周囲を見据えて歩き、シロアの隣に立って力説した。今、ディルフィの言葉は確実に多くの者に届いている。
「今立ち向かえば他の方法が見つかるはず、多くの物資もある!! 王国の精鋭が他にも来るかもしれない!! 今、ここが希望を繋ぐ唯一の光です!!」
瞬間、大勢の掛け声がルナワ平原に轟く。
「ディルちゃん、かっこいい〜」
今、国民たちの士気が上がった。恐怖から逃げるという選択肢しか無かった数分前とは違い、前向きに行動する意思を感じさせる。
その後、多くの者が団結して行動を始めた。武器を持つ者、もしもの時のための逃走経路の確認する者、馬車の手入れをする者など、一人一人が生きるために最善を尽くす。
「あの、ありがとうございます‥‥‥あなたのおかげで立て直す事が出来ました」
ディルフィは近くで深呼吸をするシロア・クロートに話しかけた。
「‥‥‥(いえいえ)」
シロアは無表情のまま頭を横に振って謙遜する。その反応を見たディルフィが苦笑いした後、どこか凛とした表情を見せる。
「こんな形で『ルーライト』の隊員と、共に戦う日が来るなんて‥‥‥思ってもいませんでした」
「‥‥‥」
シロアは何も反応しなかった。彼女が組織の構成員である事を、シロアは既に知っている。
「お互い、思うところはあるでしょうけど‥‥‥今は正直それどころじゃない。大事なのは今ですよね」
「‥‥‥(こくっ)」
秘密組織『エルジュ』。
王国最強部隊『ルーライト』。
これまで何度も激突してきた間柄だが、今は背を預け合う状態にある。
「あの、今しか聞けないから質問します。なぜあなたは‥‥‥レスタ様の提案に乗ってくれたんですか?」
その言葉は、シロアを硬直させるには充分だった。
「もちろん、レスタ様とあなたが取り決めた事なので不満は一切ありませんが‥‥‥単純に気になって」
「‥‥‥‥‥‥」
シロアは何も言葉を返さない(というより、極度の人見知りと口下手であるため、普段も全く話さない)。
「‥‥‥(ぺこっ)」
シロアはただ、小さく頭を下げて歩き出す。それが、彼女なりの返答だった。
「‥‥‥そうですね。私が軽率でした」
何も話せないという彼女の意思は、ディルフィに伝わった。
「今はただ、自分のためにがんばりましょうね」
それは言葉となって、シロアの背中に届く。その言葉を聞いても、シロアは足を止めなかった。
「‥‥‥‥‥‥(すぅ〜、は〜)」
彼女自身、これからの激戦に向けて心の準備をしていた。
『ーーーシロア先輩は、王都の南地区付近でしばらく‥‥‥顔を隠して行動してもらいます』
彼女はふと‥‥‥自分に話しかけてくる、銀髪仮面の少年を思い出す。
『顔を隠すのは、先輩の存在を王都から避難した人たちへ希望を与えるためです。避難所を予定しているルナワ平原に皆が集まった時、シロア先輩の登場が大きな安心感を生む』
まるで今の状況を読んでいたかのような、淡々と話す不思議な少年を。
『それに、避難所に魔物が押し寄せるかもしれない。その時、シロア先輩には敵の対応をお願いします。それを見た人たちはますます士気が上がり、心にも余裕ができると思います』
淡々と理由を話し、遠くを見据える彼を。
『これはシロア先輩にしかできません。まだ学生でありながら王国軍の精鋭として活躍している、先輩にしか』
自分の士気まで上げてくれる、言葉巧みな『天帝』を。
『正直、今回の騒動の余波を最小限に抑えられるかは‥‥‥先輩に懸かってます。万が一襲いかかってきた敵が手強くて、先輩が窮地に立たされたら‥‥‥国民の不安は増すことになる』
決して楽観視せず、どんな場合でも想定している謎多き男を。
『でも、信じてます。シロア先輩は意志が強くて、頼りになりますから』
そして、自分を見てくれている‥‥‥仮面の中にある大切な後輩を。
「‥‥‥私も、信じてる」
シロアは穏やかに微笑み、腰の特殊警棒を取り出す。そして、遠くに見える‥‥‥大量の魔人を見据える。
「‥‥‥アイくんは意志が強くて、頼りになるから」
そして空間魔法の【転移】により、一瞬で距離を詰めーーー魔人を勢いよく殴り飛ばす。当然、狙いが彼女自身に集まる。
「‥‥‥あは♪」
シロアは今、かつてないほどに昂揚していた。




