静寂となった中央地区
「ーーーおい、なんだよ‥‥‥あれ」
魔力を身体に宿さない者は、魔力の気配を感じ取る事は出来ない。それは呪力においても同じ。
だがそれは生物の感覚的な話。例えば自分の近くで火が起これば、身体が感じ取って熱いと判断する。魔力と呪力を感じ取るのも、それと似ている。
「なんなんだっ、あれ!?」
視覚的な話なら、魔力と呪力は目で見る事ができるのだ。遠くからでも見える、大規模な火のように。
「全く魔力を感じない‥‥‥あれはいったい何なの?」
「ギルバートくんとクラリッサに分からないなら、私に分かるわけないです‥‥‥!」
王都ローデリア、南地区。
突然発生した水の濁流から逃げ延びた‥‥‥ギルバート、クラリッサ、ポーラは同じ方角を見つめる。
王都の中央から火山の噴火のように立ち昇る、ドス黒い何かを。
「あ、あ‥‥‥」
そして3人と行動を共にしていたユニカは、冷や汗をかいて絶句する。
(あんな呪力‥‥‥もし少しでも浴びたら、間違いなく死に直結する!!)
魔力と呪力を併せ持つ彼女だけは、黒い物質の正体を理解し‥‥‥恐怖していた。
それを無意識に感じ取る事ができるため、他の3人とは違い、本能が危険を訴えていた。
「ーーーみんなっ、一刻も早く離れるわよ!!」
彼女は眺めたままのクラリッサとポーラの腕を強引に掴み、引っ張りながら足を早める。ギルバートもすかさず後を追う。
「ちょっ、どうしたのユニカ!」
「顔が真っ青ですよ!」
引っ張られて驚くクラリッサとポーラに言葉を返す余裕は、今のユニカには無かった。全身に生暖かい風を浴びていると錯覚し、不安と寒気を覚える。
(あんな法外な呪力を放出できるのはっ‥‥‥あなたまで何かあったというの、ミア!!?)
どんどん変わっていく状況に焦りを感じながら、ユニカは必死に頭と足を動かしていた。一緒に行動している学生の3人を、無事に避難させるべく。
「みんなっ、早く!!」
◆◇◆◇
「いったいどうなってる!?」
「ちゃんと心臓を刺したわよ!? 生きてるはずないわ!!」
ルシフェル四天王の2人‥‥‥魔族ロワと魔族シファが、空を飛びながら声を荒げていた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
完全に事切れた少女から‥‥‥今までとは比較にならない呪力が、まるで洪水のように流れ出ているのだ。
まさに、彼女が発生源の災害のように。
「呪力は呪い。感情の強さで溢れ出すのは知っているが‥‥‥それは生きているから成り立っているものだ!!」
「既に死んでるのに溢れ出すなんて、どう考えてもおかしいわよね!?」
ロワとシファが必死に翼をはためかせ、距離を取りながら会話をする。互いに呪力についての確認を行う事で、1つの可能性に思い当たる。
「まさかーーーまだ死んでない!?」
シファが無意識に大声で発言する。
それを聞いたロワは思わず、今も呪力を垂れ流す少女を見つめて歯を噛み締めた。
「こうなったらーーー跡形も無く吹き飛ばす!!」
ロワがそう叫ぶとシファも頷く。すると2人は阿吽の呼吸で互いの距離を詰め、隣り合って両手を突き出す。それぞれ集めた魔力を、2人は同時に放出する。
「出し惜しみしないわ!!」
「木っ端微塵にするぞ!!」
そして全身全霊をかけて2人の手から放出された全魔力が融合し、更に速度を上げて今も微動だにしないミアへと襲いかかる。その一撃は、王都の大半を消し飛ばしかねない威力を秘めていた。
「‥‥‥‥‥‥」
虚な目で一点を見つめて壁にもたれ込んでいる今のミアに、命は無いように見えた。
「‥‥‥‥‥‥アイ」
ロワとシファに悪寒が走った。まるで人間が発した声とは思えない、不気味で低音で機械じみた音が‥‥‥
「アイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイ」
虚な目をして動かないミアの口から‥‥‥何度も何度も同じ言葉が響き渡ったのだ。
その直後、夥しい量の呪力が彼女の前に集まり、ロワとシファの魔力を真正面から受け止める。
「バカな!! 魔力と呪力は互いに作用しない!! 俺たちが呪力を止められないように、あの女も魔力を止められるはずはない!!」
ロワが大声で叫ぶ。だが彼の発言が間違いである事を見せつけるかのように、魔力は呪力に抑え込まれていく。
「まさか‥‥‥その法則を無視するほどの莫大な呪力量で、強引に抑え込んでる‥‥‥? そんなの、紙で火を消すくらい途方もないことのはずでしょ!?」
シファが驚きを隠せない声色で叫んでいた。自分たちが圧倒して倒した女が、今は得体の知れない不気味な化け物に見えている。
「ーーーァァァァァァァァァァァッッ!!!!」
突然、断末魔のような悲痛な叫び声が響き渡る。それはロワでも、シファのものでもなかった。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ‥‥‥!!」
目を迸らせて頭を抱え込む、ミアの口から発せられた声だった。彼女の口からは、唾液が混じって色が薄くなった血がとろりと流れる。
「なんだっ‥‥‥あの女は‥‥‥」
「まさか‥‥‥生き返った‥‥‥?」
突然の奇行とその光景に、ロワとシファは警戒状態で有りながら寒気が走る。
「ここ、どごなのッ‥‥‥!? わげわがんないし、1つ消えだしっ、ほんどさいあぐッ‥‥‥!!」
ミアは何かに耐えているような濁った声を出し、苛つきが抑えられない。
「‥‥‥あんたたちね。ミアをこんな風にさせたのは」
そして、ミアの目が魔族2匹を捉える。
「死ね!!!」
ミアは何も動かないまま、莫大な呪力を一斉に彼らへと向けた。
「!?」
「こんなの人間の境界を超えてるーーー」
ロワとシファが必死に翼をはためかせ距離を取ろうとするも、今のミアが操る呪力量はもはや津波に匹敵する。
「蝿のように逃げても無駄だからッ!!」
ミアはそれを無数に分裂させ、上下左右から全方位で2人を追従させたのだ。もはや、逃げ場は無い。
「うぷっ!!」
「ロワっ!! ぁあっ!?」
数秒後、ロワとシファは呪力に絡め取られ‥‥‥下半身が呑み込まれる。
「化け物がっ‥‥‥!!」
「でも魔力が、もうっ」
まだ自由が利く上半身を必死に振りながら、ロワが両手を合わせてミアへ狙いを定める。だがシファの言葉通り、魔力は殆ど残っていない。
「諦めるな!! ルシフェル四天王の俺たちがっ、人間に負けるなんてーーー」
声を荒げたロワがふと、目を見開いて言葉が止まる。シファは不可解そうに見つめると、やがて気づく。
「ろ、ロワっ‥‥‥血!!」
下半身を呑み込んでいる呪力の波が、ほんの僅かに青くなっている部分があった。それはロワの周囲、彼が下半身から出血している現れだった。
そして何よりロワ自身、左足を何かに刺された感覚があったのだ。
「ーーーねぇ、簡単に死ねると思ってる? ミアをこんな目に遭わせた事、味わってもらうから」
気づけばミアは呪力の中を潜って移動してきたのか、身動きの取れない2人の前に姿を現した。ロワとシファがほぼ同時に両手を伸ばすが、蔦のように伸びてきた呪力が両方とも拘束する。
「さ、楽しもっか〜♪」
もはや、ミアの独壇場。嬉しそうに笑う彼女に、魔族2匹が息を呑む。
「ミアの花、すっごく元気そうだったよ? やっぱり魔族って寿命長いから栄養多いんだね〜」
ミアは下を指差し、口角を上げて笑っていた。その指先はロワの下半身、血が溢れていた場所に近い。
「花っ‥‥‥まさかっ!!」
シファが声を震わせた瞬間。何か、籠った音が絶えず響き渡る。
「ーーーがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!?」
そして‥‥‥聞くに耐えない絶叫が、ロワの口から際限なく発せられる。
「【百花繚乱】♪」
ミアは自分が作り出した呪力の中で、黒い花たちを咲かせていた。その花はカタカタと不気味に動き、やがて無数の針を伸ばす。
「ぁ‥‥‥ぁ」
つまり、ロワの下半身は‥‥‥無数の針によって串刺しにされたのだ。涙や汗を撒き散らし放心したロワに、もう生きる意思は無いように見える。
「ロワっ、ロワぁぁぁぁぁっ!!!!」
シファは隣で放心する夫に声を掛けるが、全く反応が無い。その事実に悲しみ、彼をこんな目に遭わせた事に怒りで口を震わせる。
「この悪魔っ!!! なんで心臓を潰したのに死なないの!?」
「ふーんミアにそんな事したんだ。だから今も全身が痛いわけね。あーウザ」
ミアはどこか納得した様子で呟く。その反応に腹が立ったのか、シファがキッと睨み付ける。
「ていうか魔族が人に化け物って言うなんて、こんなにも滑稽なこと中々無いよ?」
「お前は人なんかじゃないっ!! 殺すならさっさと殺せばーーーッ」
シファは視界が少し歪み、みるみる赤くなっていく右頬を触る。ミアに引っ叩かれたのだ。
「そんなに煽っても簡単には殺してあげないよ?」
ミアは左手を下ろし、余裕の笑みを浮かべる。だがそれは、ミア自身が見せた隙だった。
「っ!!」
シファが僅かな魔力を右手に込め、全身全霊の一撃を繰り出す。ミアの手が届くという事は、逆にシファの手も届くということ。しかも彼女はミアよりも二回りは大きい。千載一遇の好機となる。
「ーーーぐぁぁぁぁぁぁッ!!!」
右腕を振り抜いた、まさにその時。放心状態のロワが目を見開いて絶叫した。夫の悲痛な叫びに、シファは攻撃を中断して「ロワっ!!」と話しかける。
「あーあ、せっかくのチャンスだったのにね」
淡々と呟いたミアは手のひらを広げ‥‥‥黒い花を咲かせる。その花は意気揚々と呪力の波に入っていき、やがてとある場所に張り付く。
「っ!?」
それはシファの右足、太ももの部分。彼女からすれば目前で花を見せつけられ、太ももに張り付いている。この後何が起きるか、本能で理解し息を呑んだ。
「1本目〜♪」
ミアがご機嫌に話した直後‥‥‥シファの呻き声が響き渡る。
「ぁあっ‥‥‥!!」
そしてロワの時と同じで、下半身を呑み込んでいる呪力の波の一部に、彼女の青い血が混ざる。
「さっきとは趣向を変えて、1本ずつ咲かせるからね〜?」
「は‥‥‥?」
「あと99本、一緒に頑張ろっか♪」
ミアの言葉に、シファは何も言い返せなくなった。先ほどの鋭く刺されたような激痛が、あと99回も味わうことに‥‥‥脳が理解を拒否している。
「それじゃあ、さっそく次ね〜」
「ま、まっ」
ミアは意気揚々と話して、手のひらで黒い花を咲かせると‥‥‥シファが涙を零し、失禁するのだった。
「さすが魔族、どっちも【百花繚乱】を受けて生きてるなんて!」
ミアの弾んだ声が響く。彼女の前には、放心状態で全く反応が無い魔族2匹。生きているかも怪しいほど、微動だにしていない。
だが、彼らは確実に生きている。そう実感させるものがあった。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥ぁ」
それは互いに固く手を繋ぎ、決して離さないことだった。シファが8本目を刺された時に繋いだ手が、今もしっかりと繋がっているのだ。
「あんたたちって夫婦だったんだ〜。子どもの名前叫んでたし、魔族なら必ずミアを殺しにこいとか言ってたし。ほんと魔族の価値観って意味不明〜」
ミアは両手を振って話しかけるも、魔族2匹が沈黙する。というより、ずっと沈黙したままである。
「もう飽きちゃったし、このまま取り込むね。まだまだ戻った分の栄養が足りてないし」
ミアがそう言い始めた頃には、既に2人の身体が沈み始めていた。すぐに腹を過ぎ、胸あたりまで沈む。
「‥‥‥し、ふぁ」
すると身体の変化に気付いたのか、ロワが僅かに声を振り絞って繋いだ手を強く握る。
「ろ、わ‥‥‥」
それに応えるように、シファも微かに口を動かし、手を強く握り返す。ずっと一緒にいるという気持ちが重なっているのか。
「そんな仲良いなら静かに暮らしてればよかったのに。ここって王都っぽいし、どうせ侵略してきたんでしょ?」
ミアがそう話す頃には、魔族2人の頭しか見えていない。耳はまだ呑み込まれていないため、話は聞こえている。
「それでミアを怒らせた自業自得。幸せってね、誰かを不幸にしちゃいけないんだよ〜?」
容赦の無い一言を浴びせたミアは、呑み込まれた2人の跡を見下ろす。
「ごちそうさま〜♪」
ミアの声が、静寂となった中央地区に響き渡った。




