夢のような時間
交易都市ベルシュテット。
「なんか良い匂いしてきた〜!」
「お腹も空いてきたし、行ってみるか」
アイトがカンナの手を引っ張り、ゆっくりと歩く。崩れた建物が騒動の事を呼び起こすが、それ以上に再開した店が活気よく商売している。
「はむっ‥‥‥んぅ〜!! おいし〜!!」
「うまっ!? 手が止まらん!!」
始めは出店を回り、次々と食べ歩き。
「この魔導具ってこんなに値段が‥‥‥」
「じゃ〜ん! これどうかな!?」
「ウサ耳ですか!?」
次に魔導具や装備店で、ショッピングを楽しみ。
「落ち着いてて、とっても和むね〜」
「コーヒーもすごく美味しい。誰が淹れてるんだろ」
「むぅ〜! 私だって上手に淹れられるもん!! エリスにだって負けないんだからね!?」
やがて休憩がてらカフェでまったりと過ごし、楽しく談笑する。2人のデートは、すぐに時間が経っていく。
「うわ〜風つよ〜!! でも気持ちい〜!」
「ほんとだっ。しっかり掴まってて」
景色の良い展望台に登り、海の風を身体に浴びる。当然、カンナは両眼が見えないため景色が分からない。
「ここからの景色、どう?」
「‥‥‥とても、綺麗だよ」
アイトは高所からの景色ではなく、隣を見て呟いた。風で靡く煌びやかな銀髪。染色魔法で色を変えている自分とは根本的に異なる、彼女の象徴。
笑顔が絶えない彼女が身に付けている白いワンピースは、眩しいほど輝いていた。肌も白くきめ細やかで、今の彼女の佇まいはまるで絵画のよう。
「やっぱり〜? ちょっと見てみたかったな〜」
例え両眼を包帯で覆い隠していようが、カンナという優しい少女は変わらない。
「‥‥‥そうだよな」
ここでようやく、アイトは視線を前に向けて景観を眺める。だが、心は晴れない。
「ありがとね、レスタくん」
するとカンナが手を離して向き直り、話し出す。
「君と何かするのは本当に楽しくて、まるで夢のような時間だった」
「そんな大袈裟な」
「ううん、大袈裟じゃないよ」
カンナは微笑み、両手を後ろに組む。僅かに、力を込めて。
「こんなに幸せなら、もう何も望まないって。これからも平気だって‥‥‥」
だが言葉と反比例するように、彼女の顔は少しずつ下がっていく。
「後悔はしてない‥‥‥いつもの日常に、戻れるならって‥‥‥でもッ!!」
カンナは、アイトの胸に顔を押し付ける。
「もっとッ‥‥‥君の姿を見たかった!!!」
カンナの震えた声が、周囲に響く。アイトは何も言わずに彼女を見つめる。
「美味しいもの食べて喜ぶ君をっ、魔導具の値段に驚く君をっ、楽しそうに話す君を見たかったっ!! これからの君を、もっと見たかったよぉぉッ‥‥‥!」
涙が流れない彼女は、嗚咽を漏らして身体を震わせる。彼女から伝わる寂しさが、悲しさが、悔しさが‥‥‥アイトの胸に届く。
「‥‥‥カンナ」
アイトは一呼吸おくと、力強く彼女の両肩を掴んで引き離す。そして彼女の顔と距離を詰め、口を開く。
「【スプーリ】」
それはアイトがこの世界に転生して、初めて使った睡眠魔法。
「えっ‥‥‥‥‥‥」
相手が油断している時にしか掛からないが、虚を突かれたカンナは抗う間もなく眠りへと落ちた。
「‥‥‥あとは俺に任せてくれ」
そして脱力した彼女を抱き抱えたアイトは、確かな覚悟を持って宣言する。
「ーーー何してんだお前はァァァ!!!!」
「あぶなッ!!!?」
するとどこからか姿を現したターナが、勢いよく短剣を振るうのだった。
◆◇◆◇
数時間後。北地区の最北端にある地下室。
「ふぅ‥‥‥」
アイトは椅子に腰を下ろしたまま、その時を待ちきれずに息を吐く。
「‥‥‥ん」
するとベッドに眠っていたカンナが目を覚ます。なぜ自分が寝ていたのか、いつのまに地下室に戻ってきたのか分からない。
「ぇっ‥‥‥」
だが安堵して息を吐くアイトの姿が視界に入り、理解が追いつかない。カンナは何度も両手で目の付近を触りながら声を漏らす。
指の隙間からは、もう二度と叶わないと思っていたアイトの姿が‥‥‥はっきりと見えていた。
「見えるっ‥‥‥見えるよぉぉッ‥‥‥!!!」
感極まったカンナは涙を流した。涙は止めどなく溢れて、頬を伝う。その事すらカンナにとっては嬉しく、涙がさらに溢れ出す。
「ったく‥‥‥見てるこっちがヒヤヒヤしたぞ」
そんな彼女の背中を、後ろから現れたターナが優しく摩る。端で見ていたディルフィも涙を流し、ネルも感心した様子で眺めている。
「やっぱり‥‥‥レスタくんのおかげなんだね」
カンナが両手を顔から離し、1人を見つめる。自分のために何か行動したという確信がある、仮面をつけた銀髪少年へと。
「‥‥‥今から説明するよ」
アイトは仮面を外すことなく、『天帝』レスタとして話し始める。
「「っ‥‥‥」」
するとターナとディルフィが、少し気まずそうに視線を逸らすのだった。




