心の底から
無意識に感じ取ったのは、重たい微睡の中にある僅かな火花。バチバチと脳が何かを訴え、その信号が頭を通って身体に動く。
だが、左腕は微塵も動かせなかった。幾度にも巻かれているのか、何かに固定されている。それが目覚めの際に疎外感を感じた。
「‥‥‥んっ」
人間の生体反応として閉じていた瞼を開けると、ぼんやりと視界が機能し始める。真っ先に感じたのは光、それも人工的な。
「眩し‥‥‥」
少年は無意識に呟くと、近くから聞こえる。腰を机にぶつけたような、そんな音。
「ーーーレスタっ!!」
耳元で叫ばれ、咄嗟に眉を顰めて声を出す。喉は渇ききっていたが、なんとか話すことはできた。
「ター、ナ‥‥‥」
自分を見下ろす相手の名を呼ぶ。すると彼女の隣に2人の少女が駆け寄り、またしても自分も見下ろしていた。
「レスタさまっ‥‥‥お目覚めになったのですねっ」
「よく寝たねー」
そう話しかけてきたのは黒髪おさげの少女と茶髪ポニテの少女。
「‥‥‥たしか、交易都市の」
少年がそう呟いた瞬間、これまでの記憶が脳裏を通り過ぎていく。その記憶の中で、まだ見ていない少女の存在があった。
今も自分の髪を銀髪に維持している、魔石のペンダントが首に掛かっている。
「ーーーカンナはっ!!?」
こうして、アイト・ディスローグは鮮明に目を覚ました。包帯を巻かれて動かせない左腕には気にも留めず、少女の名を叫んで起き上がったのだ。
「カンナはどこだ!? っ、ゴホっ‥‥‥!」
「ご安静にしてください! 大声を出しては負担がっ!」
渇いた喉で大声を出して突然咳き込んだため、ディルフィが心配そうに支える。
「‥‥‥落ち着けレスタ。左を見ろ」
冷静に呟いたターナの言葉を聞き、すぐに顔を左に向ける。
「良かったレスタくんっ‥‥‥無事に目が覚めて本当によかったっ‥‥‥」
するとそこには、震えた声を出して、感激のあまり嗚咽を漏らすカンナがいた。アイトは安堵の息を吐き、意気揚々と話しかける。
「カンナこそ、無事で本当にーーー」
だが、アイトは言葉が続かない。壮絶な過去を持つ少女を救い出せた。皆も無事だった。それでも、心の底から喜べない。
「‥‥‥うんっ。本当にありがとね、レスタくん!」
そう言って微笑んだカンナが、両眼に包帯を巻いた状態だったからである。
「ーーーダメだレスタっ!! 絶対に魔力解放はするなってシャルロットさんの忠告だ!!!」
その後、ターナの怒声が室内に響き渡る。アイトが取ろうとする行動を、絶対に止めるために。
「魔力解放状態じゃないと治癒魔法が使えないんだよ!!」
アイトはすぐに魔力解放を行おうとした。治癒魔法を駆使してカンナの両眼を治すために。
「お前は10日前の死闘の後遺症が残ってる!! だから魔力解放を行えば、その負荷に耐えられずに死ぬ‥‥‥シャルロットさんの言葉だ!!」
「10日、前‥‥‥?」
アイトが彼女の話の中で真っ先に気になったのは、その言葉だった。
「魔力解放と魔燎創造は最低でも1ヶ月禁止‥‥‥それを破れば許さない。シャルロットさんがお前に伝えろと」
アイトが困惑して黙り込んでいる間に、ターナは次々と理由を述べて静止を図る。だが、アイトは止まらなかった。
「‥‥‥そんなの関係ない!! 俺が魔力解放をすれば、治せる可能性がーーー」
「もうやめてレスタくんっ!!!」
思わず口を止めてしまうほどの大声を出したカンナが、ベッドから立ち上がる。
「カンナさんっ」
不安定な足取りを懸念したディルフィに支えられながら、やがてアイトの前に立つ。
「誰かにやられた訳じゃないの。これは私の意思を貫き通した結果なの。どんな代償も払うって決意した結果なの」
そして、自分の口から誰も知らない詳細を話し始めた。
「都市崩壊の瞬間、私はシャルロットさんの魔法を模倣した。既に限界近かった自分の眼を無視してね‥‥‥皆で生き残って、日常に戻りたかったから」
「カンナっ‥‥‥でも」
アイトが口を挟もうとすると、カンナは倒れ込むように抱き着いて続きを言わせない。
「もう充分すぎるよ‥‥‥君がいなかったら、私は生きてなかった。自分の境遇を呪って死んでた」
「カンナ‥‥‥」
「でもね、今こんなに幸せなの。こうして君の体温を感じられるだけで、私の決意は正しかったって気持ちしか湧いてこないの」
カンナは抱擁の力を強め、アイトの背中に手を回す。首筋に顎を置いて囁く。
「だから今は無理しないで‥‥‥それだけが今の私の願いなの」
「‥‥‥ああ、わかった。カンナがそこまで言うなら、もう何も言わない」
そして、アイトも納得せざるを得なかった。カンナの覚悟と願いを尊重することが、今の自分にできることだと察したのだ。
「‥‥‥本当に、無事でよかった」
「うん‥‥‥本当に、ありがとう」
アイトとカンナは、互いに抱き締めたまま言葉を紡ぐ‥‥‥3人がいる前で。
「うわあつあつー」
「ーーーぴにゃぁ!!?」
ネルの素直な感想によって、カンナは脱兎のごとく後退してベッドから転げ落ちるのだった。
「ふっ‥‥‥何をやってるんだ」
一部始終を眺めていたターナが、嬉しそうに独り言を呟いて。
◆◇◆◇
アイトが目を覚ます2日前。交易都市ベルシュテット、南地区。
「‥‥‥はい、食べて」
システィアが右手に持ったスプーンが、スカーレットの口元に運ばれる。そして彼女が口に含んで喉を鳴らすのを確認すると、システィアは呆れた様子で息を吐いた。
「ったく‥‥‥なんで私が食べさせないといけないの」
重傷のスカーレット、疲労困憊のシスティア。ソードディアス姉妹は無事に意識を取り戻していた。システィアは重い怪我はしていないため、もう世話をする側にまわっている。
「仕方ないじゃないか。右手はこれなんだし、他の3人にこんなことさせられないだろ」
スカーレットは視線を落とし、右腕に注視する。何重もの包帯に巻かれて固められた痛々しい右手を。
「正直今も眠れる気がしないほど痛い」
「無茶するからよ‥‥‥ったく世話が焼けるんだから」
システィアは小言を漏らすが、なんだかんだ積極的に姉の食事を手伝っていた。
「いつもの2人に戻って何よりだな」
そんな2人を見ていたジェイク・ヴァルダンが安堵の息を漏らすと、スカーレットの隣を見つめた。
「クジョウはまだ目を覚まさないな‥‥‥」
そこには、今も意識が戻らないアヤメ・クジョウが仰向けに寝ていた。彼女も胸元を強打し、動けないほどの重傷を負っている。
「お前も無理せず休んだらいい‥‥‥ディスローグ」
ジェイクは隣にいる黒髪の少年へ話しかける。するとその少年は僅かに首を横に振って、3人を見つめていた。
「ーーー大丈夫。俺の怪我は大したことないから」
「‥‥‥そうか」
少年の言葉に、ジェイクは少し間を空けてから反応する。そして少し神妙な顔付きで、少年を見つめた。
「なんだよジェイク。俺の顔に何か付いてる?」
するとアイト・ディスローグは、苦笑いを浮かべながら話しかけるのだった。




