大した精神力
スカーレットがアムディスに挑んでから、約2分。
「シッ!!!」
スカーレットの鋭い声と共に振り抜かれた左拳が、アムディスの頬を掠める。今のところ、スカーレットは時間を稼げていた。
(この女、よく動く)
それはスカーレットの身体能力と体術が、死闘を繰り広げていたアイトよりも更に上を行っていたからである。
「ーーーこの人間風情が」
スカーレットの鋭い回し蹴りを躱し、アムディスは右手に持つ赤い剣を捩じ込む。だがスカーレットは顔を傾けて回避すると、すかさずアムディスの右手を掴んで膝をぶつける。
「っ!?」
「剣使いとの戦闘は身体に染み込んでいるんだよ」
スカーレットはこれまで、妹のシスティアとの試合を習慣的に行ってきた。生粋の剣士である妹を素手で叩き伏せてきたため、吸血鬼相手でも完全に場数が違ったのだ。
不適に笑ったスカーレットは右手を振りかぶり、アムディスの脇腹を狙う。だがアムディスが咄嗟に左手を割り込ませて防御。
「ふっ!!!」
スカーレットは勢いよく右拳を振り抜き、防御を取ったアムディスを後方へ吹き飛ばす。衝撃を受けたアムディスは剣を地面に落とした。やがて空中で一回転したアムディスは体勢を整え、両足で着地する。
「まだまだ!!」
スカーレットはすぐに距離を詰め、アムディスに猛攻を与える。アムディスは防御に専念し、スカーレットの乱打を一方的に防いでいた。
(あまり手応えが無い。この男は本当に都市の吸血鬼を束ねるほどの存在なのか‥‥‥?)
これまで通ったスカーレットの打撃は先ほどの膝蹴りを含めて3回。アムディスの攻撃はそこまで苛烈ではなく、どちらかと言えばスカーレットが攻めている。だからこそ、スカーレットが感じる違和感。
「ーーーもういい。お前の動きはもう見飽きた」
アムディスが淡々と呟いた言葉が、その違和感の正体を明らかにする。
「っ」
彼女の背後に落ちていた赤い剣から、血の電磁砲が突き抜けた。その衝撃で周囲には煙が舞う。そして彼女の腹を貫通した血の塊は、僅かに帯電している。
「吸血鬼の血は体外へ飛ばすだけではなく、体内へ戻す事も出来る。まるで磁石のようにな。長年生きている身体は、帯電する静電気の量も人間と異なる」
(尋常ではない静電気を血に混ぜて放出させた、のか‥‥‥)
スカーレットは口から血を垂らしながら、嬉しそうに微笑む。そんな彼女の態度に、アムディスは訝しげに目を細めていた。
「何が面白い。勝ち目など微塵もーーー」
ここで、アムディスの言葉が途切れる。勢いよく振り抜いたスカーレットの左足を、躱すことに意識を持って行かれたのだ。
「勝ち目のある戦いしかしない奴は二流なんだよ」
スカーレットは重傷を負っているにも関わらず、いっさい引く事なく果敢に挑み続ける。
「そうか、ならそのまま死に急げ」
今度はアムディスの赤い剣が地面から磁石のように吸い寄せられ、軌道上にあったスカーレットの右手に突き刺さる。
「っ‥‥‥!!」
迸る鮮血。スカーレットは激痛で歯を食いしばるが、攻撃の手を緩める事は無かった。残った左手と両足で、懸命に立ち向かう。
「大した精神力だ」
アムディスは淡々と呟くと赤い剣をスカーレットの右手から引き抜き、再度彼女の右手を突き刺す。何度も、何度も。
もはや、スカーレットの右腕は直視できないほどの惨状になっている。腕の中の、見えてはいけないものが見えているほどに。
「っ、フハハハッ!!?」
だがスカーレットは笑った。高らかに笑って左手を振りかぶる。痛みが感情を狂わせたのか、もともと狂っているのかは分からない。ただ、彼女は一歩も怯まずに挑み続ける。
それはアムディスすら、無意識に悪寒を感じるほどの狂気だった。
「気味が悪い」
アムディスが赤い剣を操作し、右腕に刺さったままのスカーレットを地面に貼り付けにする。
「終わりだ、狂人」
そしてアムディスの赤い剣が、仰向けに倒れるスカーレットの胸元に振り下ろされる。
「ーーー!」
アムディスが突き刺した剣からは、硬い感触しか感じない。人体を貫いたという実感が無い。実際、アムディスが突き刺した所には地面しか無かった。満身創痍で動けなかったスカーレットは、いない。
「‥‥‥光魔法か」
その代わり、アムディスは身体を翻して振り返る。そこには血塗れのスカーレットを抱えて助け出していた、1人の青年がいた。ダークブロンドの髪と中性的な容貌が特別な存在感を放っている。
「まだ歯向かう者がいたか」
アムディスは地面を蹴って走り出し、スカーレットを抱える青年へ剣を振りかぶる。だが青年はその場から動かず、まるで待ち構えてる様子だった。
「【ヴォル・ヴァリ・バースト】」
そしてアムディスが懐まで近づいた刹那、青年の胸元から高濃度の呪力が放出される。アムディスは目を見開きながら咄嗟に躱し、距離を取らざるを得なくなる。
「光魔法に呪力‥‥‥? まさか、貴様はーーー」
青年がスカーレットをゆっくりと地面に下ろすと、巻き込まないようにアムディスへ向かって歩き出す。そしてアムディスは、青年の眼を見て確信した。
「やはり因果は廻るものか。透明な瞳を持つ人間が、ここにもいたか」
そう言われた青年‥‥‥いやセシル・ブレイダッドは何も語らず、光魔法を模倣して距離を詰めるのだった。
「何を言ってるか分からないな」
アイト・ディスローグ、いや『天帝』レスタ復活まで‥‥‥残り3分。




