不器用なやつ
「休めって言われても、どうすればいいんだ‥‥‥」
疲労困憊のアイトは、座ったまま独り言を零す。
(カンナたちが、今も戦っているのに‥‥‥)
カンナとニーナが女吸血鬼アローラと、スカーレットが吸血鬼アムディスと戦っている中‥‥‥自分だけ休むという発想が頭に無かった。
「‥‥‥あーちゃん、君にとって仲間ってなに」
すると今も魔燎創造を継続しているシャルロットが話しかけてくる。どうやらアイトの独り言が聞こえていたらしい。
「相手が大切なら守りたいのも分かる。でもね、相手も君が大切だから守りたいんだよ」
彼女にそう諭されたアイトは、無意識に一方向を見つめる。それはアローラと戦う、カンナの勇姿。
「君が一方的に相手を守るだけじゃなくて、互いに守り合う‥‥‥それに信じ合うのが仲間じゃないかな」
「天使さん‥‥‥」
「だから今は彼女たちを信じて少しでも疲労を回復する事が、君のやるべき事だと思う」
そう呟くシャルロットのこめかみから、一筋の汗が流れ落ちる。その様子からアイトは彼女の現状を察して、受け入れた。
「‥‥‥ありがとうございます。理解できました。絶対にあの男を倒すためにも、今は休みます」
アイトがそう話すと、シャルロットは僅かに微笑む。だが次の瞬間、少し目を丸くしてアイトの隣を見つめ始めた。
「ーーー相変わらず不器用だな。お前は」
それは音もなく隣に現れた第三者の存在。アイトは当然驚いているが敵意は無い。あるわけが無い。
「ターナ!!」
「そんな目を向けられるのは心外だな‥‥‥まあボクが余計な心配かけたのは謝る」
現れたのは秘密組織エルジュの序列第2位、ターナだった。黒髪ショートの彼女は少し気恥ずかしそうに目を逸らす。
「都市内の様子を見回りに行っていたから今まで遅れた。レスタ、こっちはどういう状況なんだ」
ターナの単刀直入な言葉に、アイトは少し気圧されながらも説明した。
「ーーーっていうわけなんだけど‥‥‥」
「そうか‥‥‥じゃあボクにもできることがあるな」
すると聞き終えたターナが懐から針を取り出し、アイトの右手ーーー親指と人差し指の間を突き刺した。
「ちょっ!?」
「動くな。痛みを和らげるツボを刺激してる。お前に詳細を話しても分からないから話さないが」
ターナは嫌味っぽく呟きながら、アイトの左手にも針を刺す。
「どう見てもお前は疲労困憊に見える。でもお前は戦うつもりなんだろう? だったらこの針も無いよりマシだ」
「ターナ‥‥‥」
ターナは暗殺者として知り尽くしている人体の仕組みを利用し、回復させようとする。そして針を引き抜くと、アイトの両足を揉みほぐし始めた。
「まさか人体の知識が今になって役に立つとは」
「‥‥‥医者とか、向いてるんじゃないか?」
アイトが少し微笑みながら呟くと、ターナは目を見開いて動揺した。
「暗殺者のボクが、医者なんて罰当たりにも程がある。暗殺術の一環で、医療の知識が身に付いただけだ」
「でも、ターナはどんなことにでも博識だし手も器用だから向いてると思うよ」
「なっ‥‥‥」
ターナが少し頬を赤くして驚く。アイトはそんなこといざ知らず、ただ思った事を口に出していく。
「‥‥‥ボクのことを、何も知らないからそんな事が言えるんだよ」
すると顔を下げたターナが行っているマッサージを両手へと移行する。アイトは目を丸くして口を開いた。
「うん、まだ全然知らない。だからこそ言ってる」
「なっ」
「意見を言うだけなら別に悪い事じゃないだろ? 俺は率直に向いてると思ったから言っただけ」
そう続いたアイトの言葉を前に、ターナは僅かに手の動きが止まる。アイトはそれを少し気にした様子で見つめているとーーー勢いよく手を叩かれた。
「あいたっ!?」
「ほんっとにお前とはそりが合わない。そんな事を自然にポンポンと‥‥‥カンナに並ぶ天然っぷりだよ」
「へ? 俺が天然なわけないじゃん」
「天然は皆そうやって自覚が無いんだよっ!」
ターナが嗜めるように言い放つと、アイトの手のマッサージを終えたのか立ち上がる。すると近くにいたシャルロットが興味深そうに2人を見つめていた。
「やっぱりあーちゃんって面白いね」
「この方に言われるなんて相当だな」
「2人してなんだよ!?」
アイトはターナとシャルロットを交互に見ながら愚痴を零す。だがそんな和やかな雰囲気をすぐに消し去るかのように、ターナがアイトたちを見て口を開いた。
「どうやら果敢にも都市内の船を奪った人たちがいるらしく、大量に詰められてた物資を困ってる人へ渡しているようだった。だから今はまだ都市内の人間の不安はあまり募ってない」
「それは助かる‥‥‥その船に、全員は当然ーーー」
アイトが続きを言おうとするが、それより前にターナが声を発して割り込んだ。
「無理だ。せいぜい都市内の20%が入ればいいってくらいだ。それに限られた人数を乗せるとなれば、他の人の不安と不満は計り知れない」
「‥‥‥だよな」
アイトは少し落胆した様子で受け入れた。分かってはいたが、やはり出来ないとなると落ち込むのは仕方ない。
「つまり吸血鬼の殲滅が1番の生存方法。見たところ残りはあの2体だけ。カンナと共に戦ってるあの黒髪女を含まなければの話だが」
ターナが少しわざとらしく片目を閉じて呟く。シャルロットは「どうなの」と淡々と聞くのみ。応えるのは当然アイトしかいない。
「俺は、大丈夫だと思う。あのニーナという子は、あの女吸血鬼の事が憎くて俺たちの方についたんだ。それにカンナの制御下にある」
「‥‥‥お前が言うなら、とりあえず信じておく」
ターナがやれやれと息を吐き、言葉を続けた。
「今から5分間は動くな。動かせば針による人為的な作用に手足の筋肉が耐えられず、内部崩壊する」
「えっ‥‥‥!?」
アイトが目を見開いて青ざめている間も、ターナの話は続く。
「僕は負傷した人間を見てくる。南地区の一ヶ所に集められてるらしいからな。治してくる」
「ーーーじゃあ、私もいく」
すると突然、シャルロットが割り込むように手を挙げて呟いた。ターナは当然としてアイトも驚く中、彼女の話は続く。
「さっきの君の針の技術に興味ある。私は魔燎の維持でろくに動けないから、ここにいれば足手まといになる」
シャルロットの言葉に、2人は反論などできなかった。
「‥‥‥分かりました。人類の象徴とも言えるあなたがいれば、皆の不安も取り除かれるでしょうし」
「しょうちょう?」
ターナの言葉に対してシャルロットは首を傾げる。彼女は自分に対する世間の評価に疎すぎる。
「それじゃあボクとシャルロットさんは行く。言っても無駄だと思うが‥‥‥無茶はするなよ」
「‥‥‥ああ、わかってる」
ターナの言葉にアイトが笑って返事した事で、各々の決意が新たに固まった。2人はどちらからともなく視線を外すと、それぞれ自分のやるべき事に意識を向け始める。
「ーーー待って。今の私は碌に動けないんだって。肩貸してよ」
「「‥‥‥」」
すると空気を読まないシャルロットの発言に、2人は少し気まずくなってしまう。だがもう会話は済んでいる。
「お、はや」
だからターナは素早くシャルロットに肩を貸し、早歩きで離れていく。その場から動けないアイトは少し苦笑いしながら、体力回復に努める。
「あーちゃんに5分動けないって言ってたけど、針治療って他にも副作用があるの?」
シャルロットが興味ありげに肩を貸してくれているターナに話しかける。するとターナは少し目を丸くし、気まずそうに質問に応える。
「‥‥‥あれは嘘です。ああでも言わないと休もうとしない不器用なやつですから」
彼女のそんな言葉を聞いたシャルロットは、嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。




