千載一遇の機会
「吸血鬼はいない、みたいね‥‥‥」
「いても君は戦えないだろ」
「アイトくん、いったいどこにいるのっ」
システィア、ジェイク、アヤメの3人はいよいよ北地区を抜ける。3人の視界に映ったのは、この都市の象徴とも言える中央広場の噴水。
「ねぇ、あれって‥‥‥」
するとアヤメが突然、微かに声を震わせながら指を差す。疲労困憊で動けないシスティアと、彼女を抱えたジェイクがほぼ同時に反応する。
「まだ、あんな化け物がいたの‥‥‥」
「吸血鬼の親玉は赤い髪の女じゃなかったのか‥‥‥?」
2人の視線は、男吸血鬼アムディスへと向けられていた。システィアは唇を噛み、ジェイクは冷や汗をかいて青ざめている。
だが、アヤメが真っ先に気になったのは別だった。
「そ、それも気になるけど吸血鬼と戦ってる人‥‥‥後ろ姿しか見えないけど、銀髪にあの格好って」
アムディスと果敢に戦っている、相手の男に注目していた。それはアヤメたちが生活しているグロッサ王国内で、噂になっている人物と特徴が一致していたから。
「‥‥‥まさか、『天帝』レスタなのか?」
真っ先に反応したのはジェイク。目を見開いて男が戦う姿を見つめている。するとシスティアが、突然ジェイクの腕を振り解いて降り立つ。
「やっぱり、そうだったのよ!! アイト・ディスローグの正体はレスタだったのよッ!!」
まるでシスティアは活気を取り戻したと言わんばかりに握り拳を作ると、驚いている2人に話しかけた。
「普段はグロッサ王国で暗躍するレスタが、この都市内で戦ってるのは偶然とは思えない!! 彼が、私たちと一緒に来たからこの都市にいるのよ!!」
そして意気揚々と大声を出し、喜んでいる。
「気持ちは分かるが大声を出すなっ。あの吸血鬼に気づかれたら、とてもじゃないが僕たちに勝ち目は無いぞ」
ジェイクが至極当然な注意を投げかけると、システィアは舌打ちしながら詰め寄る。
「お前もディスローグくんがあんなに強い理由を、散々知りたかったんでしょうが。なに今さらになって善人ぶってるの?」
システィアは不機嫌そうに言葉を並べると、ジェイクは諭すように話をする。
「状況が状況だ。僕たちは今、生きるか死ぬかの瀬戸際と言っても過言じゃない。ディスローグがレスタかもしれないと議論してる場合じゃーーー」
「こんな状況だからこそ!! あの男の秘密を暴けるかもしれないでしょ!?」
システィアは少しも引く気は無かった。魔闘祭の時‥‥‥自分を完膚なきまでに打ち負かしたアイトの強さの理由を、知りたくてしょうがないのだ。
「それは‥‥‥確かに千載一遇の機会かもしれないが」
ジェイクは、強く否定することができなかった。彼もまた、魔闘祭でアイトの力を目の当たりにした事で、知りたいという気持ちが存在していたからだ。
そんな彼の言葉に、システィアはほくそ笑む。そして、自分の作戦を話し始めた。
「今、レスタは吸血鬼との戦いに意識が向いてる。あそこに仮面も落ちてるようだし、少しでも近づけたら顔を見ることがーーー」
「ねぇ、恥ずかしくないの‥‥‥?」
すると、これまで何も発言していなかったアヤメが割り込む。システィアが訝しげに顔を合わせると、アヤメは負けじと睨み付ける。
「見て、あれ」
アヤメが指を差した先には、レスタの戦いを見届けている2人の少女の背中があった。
「たぶんレスタはあの子たちのために、あんな化け物と戦ってるんだわ。それなのに、私たちは手を貸さないどころか正体を暴くって‥‥‥恥を知りなさいよ」
アヤメの言葉は、疲労困憊のシスティアの胸に深々と突き刺さった。
「っ、私は他の吸血鬼との戦いで碌に動けないし、お前らだってあの吸血鬼と戦うつもりなんてないでしょ!?」
目を見開いて動揺したシスティアは、喉を詰まらせながら必死に言い返す。そんな苦し紛れの発言に対し、アヤメはしっかり頷いた。
「‥‥‥そうよ。遠目から見ただけで寒気がするような化け物を、倒せるわけないから。でも今戦っている彼は違う。全く臆さず、あの吸血鬼に挑んでる」
アヤメは、システィアとジェイクを交互に見て話を続ける。
「もしかしたら、あそこで戦ってるのはアイトくんかもしれない。でも今の状況を利用して正体だけ知って、そのまま安全な所へ逃げたら‥‥‥彼とは二度と顔を合わせて話せない気がするの」
「クジョウ‥‥‥」
「‥‥‥」
ジェイクが呟き、システィアが無言で見つめる。アヤメの話はまだ続く。
「2人がアイトくんに固執する理由は、私には分からない‥‥‥でも、彼の人柄は分かってるでしょ? どう見ても悪い人間じゃないって、分かるでしょ」
アヤメは2人に詰め寄り、深呼吸してから言い放つ。
「アイトくんは、あなたたちにとって友達じゃないの‥‥‥?」
彼女の言葉に、2人はしばらく反応せず黙り込んだ。そして、先に声を発したのはジェイクだった。
「‥‥‥そうだな。気に食わない所もある不思議な男だが、友人と言って差し支えない」
彼は少し気恥ずかしそうに呟いてシスティアを見つめると、彼女は歯を噛み締めて自分の両頬を叩く。
「気に入らない所だらけよ、あんな奴‥‥‥でも、あいつがいないと私の学園生活に張り合いが無いわ。それに、正々堂々とあいつに勝つって前に誓った」
自分を戒めるように言葉を発すると、彼女はアヤメの方を向いてーーー頭を下げた。
「‥‥‥感謝するわ、アヤメ。大事なことを思い出せた」
「システィア‥‥‥」
アヤメは驚きのあまり、無意識に彼女の名前を呼ぶ。そんな2人を見たジェイクは目を閉じて笑い、声を出した。
「僕たちは、自分たちにできることをやろう。状況把握できていない周囲の人たちに、レスタとあの吸血鬼が戦っている中央広場へ近づかないように呼びかけるんだ」
「ーーーは? お前が仕切るんじゃないわよ」
だがシスティアが普段の気の強さを取り戻したのか、不機嫌そうに言い捨ててゆっくりと歩き始める。
「‥‥‥ほんっと、めんどくさい友人ね」
「‥‥‥もはや、友人を辞めたいんだが」
ジェイクがやれやれと息を吐くと、アヤメは不満そうに目を細めて話しかける。
「あなた、あれと同じクラスでしょ? じゃあもっとあれを制御できるようになってよ」
「なぜ僕が責められる??」
「少なくとも1番あれと関わりあるのはあなたじゃない」
「同性の方が共感できることもあるんじゃないか」
そして2人はまるで押し付けるかのように小言を言い合いながら、システィアの後を追うのだった。レスタとアムディスの死闘に、いっさい近付くことなく。
◆◇◆◇
「私が止めるまでもなかったか‥‥‥良い友人を持ったじゃないか‥‥‥」
そんな3人を物陰から見届けていたスカーレット。彼女は東地区で出会った夫婦を安全そうな場所へ送り、システィアたちと合流しようとしていた。そう、少し前までは。
「これで、出なくて済む‥‥‥」
壁にもたれながら呟くスカーレットは、自分の腕を見つめる。赤い線が何本も身体へ侵食していく、もう碌に動かない腕を。




