勝利の女神か、不幸な姫か
「吸血鬼の始祖、リリス‥‥‥?」
アイトは素直な疑問を示す。死んだはずのカンナが動き出し、しかも別人かもしれない。そんな今の状況があまりに飛躍しすぎて、全くついていけない。
「れぉ‥‥‥んふ、美味しいのう〜♪」
そう呟く間も、額の傷口から垂れた血をカンナに舐められながら。
「ーーー舐めるのやめてくれる!?」
アイトは思わず叫んでいた。するとカンナ‥‥‥いやリリス(?)が訝しげに睨み付ける。敵であるアムディスも彼女を警戒し、その場から動けない。
そのため彼は聞きたくもないアイトとリリスの会話を聞かされることになる。
「おぬし、立場を弁えんか。妾に声を張り上げるなんて首が飛んでもおかしくないぞよ?」
「え、いやそんなこと言われても‥‥‥そもそも俺の立場ってなに」
「妾の下僕じゃ」
「違うけど!?」
アイトは結局、大声を出して否定してしまう。すると当然、リリスは不機嫌になって顔を近づける。
「なんじゃおぬし。もしかして不満なのか?」
「いやそんなことより、カンナは‥‥‥」
話が脱線する前に、アイトは1番聞きたかったことを尋ねる。カンナは今、どうなっているのかを。するとリリスは自身の胸に触れて口角を上げた。
「この小娘の身体には、妾の因子が僅かながら含まれていたようじゃ。此奴の先祖が妾と関係あるのか、意図的に組み込まれたものかは知らんがの」
「そういう詳しい説明はーーー」
「いいから話を聞け。首に齧り付くぞよ?」
そう呟いた彼女が信じられないほどの膂力で首を掴み込んできたため、アイトは頷くしかなかった。リリスは話を続ける。
「妾は吸血鬼の始祖じゃ。誰よりも修復能力を有している。僅かな因子でも、こんな風にな」
そう言ってリリスが手をかざした瞬間、近くに転がっていた凄惨な身体が‥‥‥瞬時に修復されていく。
「‥‥‥ん。ぇ、私は切り刻まれて‥‥‥」
そこには、完全に復活したニーナの姿があった。アイトが目を見開いて驚く間も、リリスは話す。
「まあ今のは小娘が腐っても吸血鬼で、僅かながらに生きておったからじゃが。死んだ者を蘇らせた訳ではない。他人にここまで施せる妾の因子が、小娘の身体に作用すればどうなるか分かるじゃろ?」
「あ、あのレスタ様‥‥‥状況に全くついていけないのですが、カンナ様はどうされたのですか? どこか雰囲気が異なるようなーーー」
「黙っておれ。また肉片に戻りたいのか?」
リリス(外見はカンナ)による変わった言葉遣いでの一喝に、ニーナは困惑しながらも従う。
「話を戻すが、そろそろ分かったかの? 小娘の身体に、妾の因子が作用したらどうなったか」
リリスの言葉には説得力があった。切り刻まれて瀕死状態だったニーナを瞬く間に復活させるほどの因子が、カンナの身体に宿っているならば。
「‥‥‥死の間際に、身体が勝手に修復された?」
「その通りじゃ。その過程で妾の因子が作用したことで、身体の主導権が妾に移ったというわけじゃの。こんな貧相な身体、普通はこっちから願い下げじゃ」
リリスはそう呟くと、自分の胸を遠慮なく揉みしだく。残念そうに身体に視線を落としたまま、溜め息をつくほどに。
アイトは思わずその光景から目を逸らしながらも、話しかけた。
「‥‥‥願い下げなら、カンナに主導権を返してもいいってことだよな」
「そうじゃなあ。妾を利用しておいて小娘が死を免れるのは癪じゃが、現世に戻る気は無かったぞよーーーおぬしの匂いを嗅ぐまでは」
「‥‥‥は?」
突然の名指しに、アイトは戸惑う。リリスは顔を近づけ、卑しく微笑んだ。
「魔力がたんまり籠った血は妾の大好物でな。妾が現世にいた中でここまで美味しい血は味わったことがない。おぬしを心底気に入ったぞよ。だから下僕にしてやると言っておる」
「は?」
アイトが素っ頓狂な声を漏らすと、聞きたくなかった言葉をリリスが口にする。
「妾はこのまま現世に残ることにした。おぬしが死ぬまで、ず〜っとな?」
それは一種の、愛らしい告白のように聞こえた。
「ーーーッ!!」
だが次の瞬間、アイトは聖銀の剣を掴んでリリスの‥‥‥カンナの首に引き寄せる。
「‥‥‥なんの真似かの?」
リリスは目を細め、くだらなそうに呟く。そんな彼女の視線に、アイトは対抗するように睨み付けた。
「それはカンナの身体だ‥‥‥彼女に返せ」
「ほう? たかが魔力が多いだけの人間が吸血鬼の始祖である妾に指図すると? あの無礼な子供にすら苦戦しているおぬしが」
リリスも不機嫌そうに睨み返し、アイトの手首を掴んで捻じ上げようとする。だが、アイトは負けじと力を込めて対抗していた。
「相手が誰とか関係ねえよ‥‥‥」
「はぁ? なにかの?」
「あんたが今占領している彼女は、天真爛漫な良い子でね。そんな子の代表であるからには、ここで諦めるわけにはいかねえんだよ」
アイトは全く臆さず、リリスをまっすぐ見つめている。
「そもそもあんたは今回の件に全く無関係だろうが。俺の問題に割り込んでくるなよ」
そして、完全に言い切った。明らかに挑発とも言える、自分勝手な発言を。
「‥‥‥ふ」
沈黙していたリリスは、ふと笑う。
「ふひっ、あははははっ!!!」
そして、吹き出すような笑い声を上げた。アイトの手首を放し、少し艶っぽく笑う。
「クソ生意気な小童のよう。だからこそ、そんな奴を下僕にして飲む血がたまらんぞよ‥‥‥♪」
「へ、変態だ‥‥‥」
そしてアイトは思わず口に出してしまった。だがリリスは特に怒ることなく、目を合わせて口角を上げる。
「だったら証明してもらおうかの。おぬしは、妾が御せぬほどの器であることを」
そして、譲歩とも言える条件を突き付けたのだ。
「‥‥‥なに?」
「今から決して魔力を使わずに、あの無礼な男を倒してみせよ。もし成し遂げれば、この身体の主導権は小娘に譲ろう」
リリスは少し離れた位置で警戒を続けているアムディスを指差す。彼女の条件はかなりの縛りで、傲慢なものだった。満身創痍のアイトに、苦しめと言っているようなものである。
「あの男は妾から見れば子供同然であるが、今まで見てきた子供の中ではかなりマシな方かの。今まで魔力ありきで戦ってきたおぬしに、果たして成し遂げられるかの?」
「‥‥‥」
アイトは目を合わせたまま何も言わず、ただアムディスの方を見つめている。アムディスが疲労困憊の自分に襲いかかってこないのは、始祖リリスが近くにいるからだと再認識していた。
そんな彼女から提示された条件。生半可なものであるはずがなかった。アイトが何も反応しないため、リリスは少し小馬鹿にしたように笑って話を続ける。
「そういえば、おぬしはこの都市も救おうとしていたのう。この小娘を取り戻すために妾の条件を呑めば、たたでさえ不明瞭な勝利がますます遠のくのぉ?」
リリスは、まるで追い込むかのように笑いかける。
「妾の条件を飲んだことで、この都市の人間は全滅するかもしれない。おぬしが死ねば、この小娘は地獄の淵に立たされる。そんな傲慢な選択を、果たしておぬしにーーー」
「約束は守れよ」
すると、アイトがはっきりと呟いて彼女の話を遮った。その態度と口調から、確かな覚悟が見えている。リリスでさえも、少し目を見開いて驚いていた。
「借り物の身体でよく見とけ。自分の発言で後悔する瞬間をな」
そしてアイトは、はっきりと承諾を決定づける言葉を呟いた。
「‥‥‥確かおぬし、この小娘の他にも仲間がおったよの? その者たちの首を絞めかねない選択を、本気で選ぶつもりかえ?」
リリスが馬鹿にするように話しかけると、アイトは剣を強く握って淡々と言い返した。
「勘違いすんな。ターナたちは俺がどうなろうと絶対に生き延びる‥‥‥『エルジュ』の構成員を舐めるな」
アイトはゆっくりと歩き出し、リリスから離れていく‥‥‥アムディスとの距離が近づいていく。
「それに今、俺がここにいる理由は最初から1つだ」
話を聞いていたアムディスが歯を食いしばって怒りを露わにすると、アイトは正面に立つ。
「カンナを吸血鬼どもから助ける。それだけだ」
「ーーーこの小僧がぁッ!!!」
魔力を使わずに戦う。自分が舐められていると感じたアムディスは、怒り狂って剣を振り下ろす。
(どっちみち、今魔法使えないしなッ!!!)
アイトは心の中で叫び、聖銀の剣でアムディスの一撃を受け止める。お互いの剣圧に、周囲に突風が巻き起こる。
「‥‥‥ふひひっ、面白いのぉ!? おぬしの覚悟、しかと受け入れようぞ。この小娘を助けたいのなら、そのくらいの逆境‥‥‥乗り越えて見せよッ!!」
リリスが嬉しそうに叫ぶと、ふと意地悪な笑みを浮かべて顔を下げた。
「おぬしの結末がどうなるか、特等席で見てもらうぞよ。果たして勝利の女神か、災いを呼び寄せる不幸な姫かのぉ?」
そう宣言した瞬間、リリスの顔が不自然に下がる。そして数秒後、元に戻ったかのように顔が上がった。
「ーーーれ、レスタくんっ‥‥‥」
そこには、目を潤わせてわなわなと震える‥‥‥カンナの姿があった。リリスに身体を奪われていた間も意識があったのか、今の状況を理解したように涙を流す。
「か、カンナ様っ!! 私には何が何だか全く分からないですっ!!」
一部始終を見ていたニーナが、両手で頭を掴みながら錯乱する。アイトは必死にアムディスの猛攻に対処しながら、大声で叫ぶ。
「カンナっ!! お前は泣かなくていい! これは俺が勝手に選んだ選択だ!!」
「で、でもっ‥‥‥私のせいでッ!!」
カンナが叫んで涙を溢れさせると、アイトは一瞬だけ目を合わせて不敵に笑う。
「ーーーお前を、勝利の女神にしてやる」
アイトは不敵に笑って堂々と宣言し、ますます怒るアムディスとの死闘に真っ向から挑む。カンナは、その勇姿から目が離せない。
「‥‥‥私たちでは、あの吸血鬼に近づくだけで細切れです。ここはレスタ様の言う通り、見届けましょう」
両頬を手で叩きまくって無理やり落ち着かせたニーナが、主であるカンナに話しかける。
「ーーーうん。もう、私は逃げない。私はレスタくんを信じてる」
カンナはそう答えて涙を拭うと、真剣な表情でアイトを見つめる。
(‥‥‥私って、こんなに幸せ者だったんだね)
カンナは自分の行く末がどうなろうと、じゅうぶんな幸せを感じていた。




