絶望
黒魔力と魔燎を混ぜた、アイト渾身の奥義【絶望】が炸裂。その破壊力は【終焉】の比では無い。
「き、さまっ‥‥‥!!!」
黒の魔力で作られた剣が5本も突き刺さったことで、アムディスは素早い動きが取れない。
「いい気味だ‥‥‥」
そう呟いてほくそ笑むアイトは、力が抜けたように前のめりに倒れ込む。
だがそんな状況を、アムディスは確認する余裕が無い。視界いっぱいに広がる異質な黒い質量に、ただ呑み込まれていく。
「ーーーぁ」
そして数秒後‥‥‥まるで大規模災害に等しい魔力の大爆発が起こる。アイトの魔燎空間は、その衝撃を抑え込むかのように崩壊していく。
「‥‥‥やった、のか」
うつ伏せで倒れるアイトの視界には、従来の中央広場と抉れた地面が広がっていた。
◆◇◆◇
東地区の最東端、港場に滞在している船。
(‥‥‥どうなってんだ、これ)
左手に包帯を巻いている黒髪の男、ジャックは積まれている荷物を確認して困惑していた。
(なんで交易船なのに、金貨が碌に無いんだよ‥‥‥しかも食糧と治癒薬しか無いって)
「おにいさーん! バージさんに確認したところ、いつでも船を出せるらしいです〜!」
すると闘技大会出場者の魔術師ジェシカが声を出して近寄った。ジャックはしゃがみ込んで荷物を確認したまま、返事をしない。いや、そもそも話を聞いていない。
「いや、待てよ‥‥‥」
ジャックはただ、顎に手を置いて独り言を呟くのみ。当然、話を無視されたジェシカが不満そうに頬を膨らませる。
「も〜、話聞いてくださいよ! そんなに吸血鬼の荷物が大事なんですか〜!?」
「‥‥‥そうだ、それだよ」
するとジャックが突然、声に反応したかのように呟いた。まるで、何か答え合わせをしているかのように。
「ーーー可能性はあるな」
ジャックは立ち上がると、ジェシカの両肩を掴む。
「ふぇッ、あ、あのッ」
そして目を閉じて口を尖らせる彼女に対し、告げた。
「お前らの命を助けたのは俺だ。だからその恩に応えろ」
「‥‥‥へ?」
「この船で各地区を周り、困っている人に船に積まれてる荷物を配れ。『ジャック』という男がそう判断したと言いふらすんだ」
ジャックは一方的に命令すると、ジェシカの両肩から手を離して一目散に移動を始める。
「頼んだぞとんがり帽子!」
「あ、あのっ!? なんでそんなことするんですか!? ところでおにいさんの名前はジャックって言うんですか!?」
そして、聞こえてくる声に耳を貸さずに船から飛び降りていく。
「もう、おにいさんったら‥‥‥人使いが荒いんですから♡」
自分の両肩を慎重に触るジェシカは、何故か恍惚な表情をするのだった。
◆◇◆◇
そして、中央広場。
「やっと、終わった‥‥‥はぁ、はぁ、はぁっ‥‥‥ぐっ!?」
満身創痍で倒れるアイトは、立ち上がることもできずに悶絶する。まるで頭が割れるような激痛が広がり、全身も酷く寒気が走る。
(やっぱり無茶し過ぎた‥‥‥)
魔力解放と魔燎創造。
表裏一体とも言われる2つの大技は、どちらか片方しか使っていけないと師匠のアーシャやシャルロットに口酸っぱく言われてきた。
その禁忌を犯したアイトは、心臓付近にある魔力を作り出す源‥‥‥『魔核』に相当な負荷をかけた。
「っ、ゔはっ‥‥‥ごはっ‥‥‥」
遂には突然口から吐血するほどの異常状態が身体に訪れ、目が霞む。
(でも‥‥‥死ぬよりはマシ‥‥‥あいつの魔燎空間内であのまま戦ってたら、間違いなくジリ貧で死んでた)
身悶えするような全身の痛みに対し、アイトは自分の行動は正しかったと思い込むことで必死に耐える。そして、不思議と現状に納得していた。
(あいつを倒して生き残るためなら、この苦痛も甘んじて受け入れるしかーーー)
バツンッ。
「がッ!!?」
突然、目元に付けていた仮面が弾き飛ばされる。真正面から飛んできた赤い弾が額に直撃したのだ。
「っ、まさかっ‥‥‥!!」
そして左側の額が深く切れて血が流れる中、アイトは目を見開く。爆煙の中から漏れ出す、濃密な殺気。
「ーーーやっと、思い、だした‥‥‥」
アムディスが、爆煙を切り裂くように姿を現した。
「うそ、だろ‥‥‥」
アイトは思わず絶句する。目が霞んでいるから見間違えたという訳ではなかった。
「ふざけんなよっ‥‥‥この化け物がっ‥‥‥」
嘘であってほしかった。見間違いであってほしかった。だが特徴的な赤い髪と異質な気配で、相手の存在を嫌でも感じさせられる。アムディスが生きていることを、嫌でも実感させられる。
「それはお互い様だ‥‥‥」
アムディスが右肩を押さえて呟いた言葉は、アイトの耳にはっきりと届いた。
「修復機能の7割を費やすまでの痛手を負うとは、思ってもいなかった‥‥‥限界近くまで消耗させられるとも思っていなかった」
アムディスは遅くなった傷の修復を施しながら、ゆっくりと歩く。うつ伏せに倒れ、額から血を流すアイトに向かって。
「そのままぁっ、死んどけよぉぉッ‥‥‥!!」
まだ戦いは終わっていない。
アイトは剣を地面に突き刺し、必死に立ち上がった。だが両足は今にも力が抜けそうなほど震えており、剣の支えが無ければ立っていることもできない状態。
「いいや死ねないなーーー全てを思い出したからには」
刹那、アムディスの指から血で生成された赤い弾丸が放たれる。その弾丸はまるで銃で撃ったかのような速度で、アイトの額を確実に迫る。
「ーーーっ!?」
アイトは咄嗟に首を傾けることで、かろうじて回避。すると弾丸が右頬を掠めたのか、僅かに血が滲む。
「がッ!!?」
だがそれも束の間、まるで追撃のように迫ってきた2発目の弾丸がアイトの右肩を直撃。呻き声を出しながら、勢いに押されて後ろに倒れてしまう。
「運命とは数奇なものだな。私と貴様は浅からぬ因縁があったとは」
そう呟いたアムディスが淡々と歩いて距離を詰め始める。仰向けに倒れるアイトは歯を食いしばりながら上体を起こし、片膝をついた。
「何、言ってるんだ‥‥‥因縁だ? 俺はお前なんて知らねえよ!!」
「そうだろうな。貴様を殺すのは、私の復讐の第一歩だ」
そう呟いて見下ろしたアムディスは、躊躇なく赤い剣を振り下ろす。
「ーーーぐぁぁぁッ!!」
アイトは頭痛を堪えながら手に持っていた聖銀の剣を眼前に引き寄せ、赤い剣の一撃を防ぐ。互いの剣が衝突することで金属音が響き、拮抗のあまり火花さえも飛ぶ。
「そういう、油断も隙もない所がそっくりだ」
「だから何言ってんだっ!? 意味不明なことばっかり言いやがって!!」
「そして何よりーーーその目だッ!!!」
アムディスが大声を出して剣を押し込む。そのあまりの重さに、アイトは遂に剣を弾き飛ばされてしまう。彼の愛剣、聖銀の剣が音を立てて地面に落ちる。
「死ねッ!!」
怒りの籠った声と共に、アムディスが赤い剣を振り下ろす。アイトは咄嗟に身体を逸らして躱し、その勢いのまま回し蹴りを繰り出す。
「ッラァ!!!」
「ぐっ!?」
アムディスは頭に蹴りが直撃し、僅かによろめく。アイトは激しい頭痛に耐え、素手のまま攻撃に打って出る。
ーーーバチッ。
「っ!?」
アムディスの身体に触れた瞬間、アイトの手が弾き返された。痺れて痛い、そんな感覚が手から伝わってきたアイトは目を見開いて驚く。そして驚いていたのは、アムディスも同じだった。
「ーーーそういえば忘れていたな。自分の力に」
するとアムディスが誤算だったと言わんばかりに微笑み、反撃とばかりにアイトを蹴飛ばした。
「ぅっ!?」
地面を何度も転がったアイトは、うつ伏せで倒れ込む。当然、すぐにでも起きあがろうとする。
「ーーーぐっ!?」
だがその瞬間、アイトは口から吐血して倒れ込む。魔力解放と魔燎創造の同時発動による代償で、頭が割れるように痛むのだ。
「くそ‥‥‥くそがっ!!」
無意識に両膝を地面に付けてしゃがみ込んだアイトは、顔を歪ませながら両手で頭に触れる。窮地である状況での激しい頭痛に、荒んだ言葉を出さずにはいられない。
「もう遊びはしない。必ず貴様を殺す」
苦痛で蹲るアイトを見下ろし、アムディスは赤い剣を力強く握り締める。
「ーーーあの女より先に、死ね」
そして、煮え沸る殺意を淡々と振り下ろした。




