死闘のはじまり
交易都市ベルシュテット、東地区の最東端に位置する港場。
「‥‥‥クソがッ」
「大丈夫か嬢ちゃん!?」
「くっ‥‥‥」
大会出場者だったバージ、ギラファ、ジェシカの3人はそれぞれ船の前で倒れ込んでいた。3人を痛めつけたのは、今も羽根で宙を舞っている女吸血鬼。
「まるで歯応えがありませんね。もうあなたたちの実力は充分わかりましたし、そろそろーーー」
「トドメを刺すってか?」
新たな声が聞こえ、吸血鬼がその方向を向く。するとその直後、何の前触れも無く彼女の羽根が無惨に折れ曲がった。
「ガッ!?」
そして血を零しながら落下する吸血鬼は、相手の姿を確認する。
「人間がっ、今いったい何をしてーーー」
「あんまり乱暴したくないんだが」
そう呟いた青年が包帯を巻いている左手に何かを纏うと、勢いよく振り抜いて腹を殴り付ける。吸血鬼の腹を貫通した。
「っと。修復不可能なダメージか、首だったな」
青年は飄々と呟くと、右手で吸血鬼の頭を掴みーーー勢いよく引きちぎった。
「な、んで‥‥‥」
青年の言った通り、首だけになった吸血鬼はもう碌な言葉を喋れないまま絶命する。
「お、お前はっ‥‥‥」
バージは目を見開きながら、吸血鬼を難なく倒した青年を確認する。
柔らかい黒髪に切れ長の目が特徴的で爽やかな容貌。そして長身で、左手に巻かれた痛々しい包帯が特に目立っている。
「おにいさんっ!!」
「包帯野郎っ!!!」
ジェシカとバージは大声で叫んだ。青年は2人の呼び方に聞き覚えがあり、嫌そうに目を細める。
「げっ。闘技場にいた奴らかよ」
青年の正体は、闘技大会の出場者『ナマエ』ことジャックだった。彼は心底めんどくさそうに息を吐く。
「今の俺は欲しいもの取られて機嫌が悪いんだ。用もないのに話しかけんな」
そして愚痴を零して睨み付けると、船の方へ体を向ける。
「船の中で金目のものでも漁ってーーーって何すんだ!? 離れろクソガキ!!」
「絶対に逃がしませんぅぅ!!!」
だがジャックは、足元に巻きついて来たジェシカに物理的に止められる。
「もう少し遅く来ればよかったなぁ!!?」
東地区の戦いを終えたジャックは、楽々と別の吸血鬼を討伐したのである。
◆◇◆◇
中央広場。大量の血飛沫が、広場を赤く染め上げる。
「このっ‥‥‥何なのよお前はっ!!!」
だが、それは身体の外傷から漏れ出たものではない。吸血鬼アローラが意図的に、両手から出したもの。
血で作られた数本の槍が、アローラの思うがまま動き回る。
「またそれかよ」
だが『天帝』レスタことアイト・ディスローグは、全く意に介さずに迫り来る槍を躱しきる。そして素早く足を踏み込んで前進し、アローラへ近付く。
「躱した程度で調子に乗るんじゃないわよ!!」
アローラは次に両手から赤い線を射出する。これは吸血鬼イフォリンが使っていた戦法である。
「別に乗ってねえよ」
アイトは冷徹に呟くと、自身に迫る2本の赤い線を瞬時にかき消す。右手に持っていた、黒の魔力を纏った剣を振り下ろす事によって。
「なんなのよっ、その力もお前もっ!!?」
アローラが必死に血を活かした多方面攻撃を続けるが、アイトは全て対応して掻い潜っていく。やがて、2人の距離は剣が届くほど詰まっていた。
「ちょこまかと鬱陶しいのよっ!! 人間ごときがぁぁぁ!!!」
アローラは瞬時に槍を作り出し、勢いよく振り下ろす。また、両手を血で覆う事で更に力を上乗せした一撃を繰り出す。
「ーーー耳障りだ」
そんな声が口から漏れた瞬間、血が飛び交う。次は、傷口からしっかりと溢れ出た出血だった。
「は??」
アローラは自身の両腕から、意思に関係なく血が噴き出している事を視界に捉えた。いや、それよりも‥‥‥肘より先が無い。
槍を持っていた両手は、地面に転がってベチャリと音を立てている。
「そんな、わけ」
その光景が語る事実が受け入れられない。ただでさえ自分は長年生きた吸血鬼、さらに両手の表面は血で覆って力を底上げしていた。
それが下等生物である人間に斬り落とされたと、物語っているのだ。
「な、なんなの‥‥‥?」
そして目前には、何の躊躇も無く剣を振り被る銀髪仮面の少年。アローラからすれば家畜と変わらない‥‥‥ただの人間。
「あまり痛みを感じてなさそうで、残念だよ」
アイトは体勢を低くして剣を薙ぎ払い、アローラの両足を切り裂く。やがて前のめりに倒れたアローラの胸倉を掴み上げ、見下ろす。
つまりアローラは、格下だと思っていた人間を見上げることになる。
「楽に死んでほしくないんだけど」
そして淡々と呟きながら冷酷な瞳を宿す、その少年に何かを感じていた。それは侮蔑ではない。今まで人間には感じなかった、その感情はーーー。
「た、助けーーー」
それを理解した頃には、アローラは既に首を落とされていた。自分の血溜まりの上に、頭が転がる。
「‥‥‥」
アイトは淡々と見下ろしていた。その佇まいが、雰囲気が、目線が‥‥‥頭だけになったアローラを絶望させる。命の終わりを、否が応でも分からされたのだ。
「そんなっ‥‥‥ごめんなさいっ‥‥‥」
彼女が漏らした言葉が、アイトに妙な胸騒ぎを覚えさせる。まるで、誰かを想って謝っているような、そんな言葉が。
「成し遂げられなくて、ごめんなさいーーー」
嫌な予感がしたアイトは、即座にアローラの脳天を剣で貫く。いっさいの躊躇いなくトドメを刺す。
「っ、さ、ま」
頭から血を吹き出した彼女の口は不気味に止まり、絶命した。その証拠に、生命活動を終えた彼女の身体が朽ち始めている。
吸血鬼に指示を出し、カンナを苦しめていた元凶を倒した。これでこの都市も救われ、一件落着となる。
「‥‥‥」
ーーーはずだった。だが、アイトは胸に引っかかりを感じて気分が晴れない。
(この女、何か呟いてた‥‥‥この胸騒ぎはなんだ?)
カンナを苦しめ、この都市を恐怖に陥れた元凶を倒したにも関わらず。あまりにも、手応えが無いのだ。
(何を、謝ってた‥‥‥?)
それに加え‥‥‥さっき聞いたアローラの断末魔の声が、耳から離れない。
『ごめんなさい‥‥‥様』
突如、足元が不自然に揺れ出す。その揺れは、交易都市全体を揺らしているようだった。
「‥‥‥何が起こってる!?」
アイトは声を荒げずにはいられなかった。到底見過ごせない光景を見てしまったからだ。
アローラの血が、朽ちる前に下へ流れ落ちていくのを。
(ーーーまさかっ)
交易都市ベルシュテットの地面は全てレンガが詰め込まれている。レンガとレンガの間に切れ目があるのだ。それがもしアローラの血と同様、多くの血が流れ込んでいるとしたらーーー。
「あの女が黒幕、じゃない‥‥‥!?」
アイトは戦慄した。そしてこれまで感じていた違和感が、1つの仮説へと重なり合っていく。
交易都市の設計、人が集まるような立地、そして闘技大会‥‥‥今、多くの人間が都市内に集まっている。当然、それに比例して血も。
「っ!?」
アイトが声に出すよりも早く、中央広場な敷き詰められていた無数のレンガが粉々に飛び散った。
そこからは地下と言うべき空洞が姿を現し、禍々しい気配が溢れ出ている。アイトは剣を強く握って警戒を強める。
「‥‥‥目覚めたのは何年ぶりだ?」
空洞から響く、男性の声。
「‥‥‥!!!」
アイトは戦慄する。明らかにアローラとは別格の、濃密な殺気の気配。場数を踏んでいない出すことは出来ない、異質な雰囲気。それが、一瞬でアイトに近づいて来た。
「っ!?」
悪寒を感じたアイトは、瞬時に剣を構えて反射的に動く。金属がぶつかる音が数回響いた直後、アイトとすれ違うように‥‥‥男が姿を現した。
「久しぶりの地上だ‥‥‥空気が美味い」
血のように真っ赤な髪が恐怖を煽り、明らかに浮世離れした容貌。タキシードに身を包んだその姿は、まるで紳士ような理性さを感じられる。だからこそ、底が見えない。
「ぐっ‥‥‥!?」
アイトが振り向いた直後、身体から数箇所に分けて血が飛び散る。2人がすれ違う際に、刹那の攻防があったのだ。アイトの右肩、左腰、脇腹付近に決して浅くない傷が出来ている。
「ほう‥‥‥殺すつもりで剣を振ったが、まだ形を保っているとは。アローラでは敵わないわけだ」
アイトは剣を構えて集中を切らさないように呼吸を整える。少しでも気を抜けば、目の前の吸血鬼に惨殺される気配を感じ取っていた。
「私はアムディス。始祖リリスの血を承りし吸血鬼。この都市から地下に染み出した血は、なかなかに美味だった」
「‥‥‥クソッ。別に聞いてないんだよ。どおりであの女が黒幕という手応えが無かったわけだ」
息を呑んだアイトは、都市内に潜む真の黒幕と対峙した。
「アローラの仇なんぞはどうでもいい。身体を慣らすのに付き合ってもらおう」
そして、これからが死闘のはじまりだと無意識に悟るのだった。




