新たな生活
「‥‥‥ん?」
「アイト様! 目が覚めましたか!」
アイトは目を覚ました‥‥‥上空で。
「ちょっ、エリス」
「もうっ、恥ずかしがらないでくださいよ」
エリスにお姫様抱っこをされ、彼女が空を飛んでいるのだ。
「そういえば‥‥‥ターナの件、どうなった?」
「無事解決しました。組織も上手くまとまりましたよ」
「そうか、良かった」
アイトは安堵の息を吐き、身体の脱力させる。
「‥‥‥(ニコッ)」
「???」
アイトはなぜか全く気づいていない。やけに嬉しそうに微笑むエリスの、真意を。
「それで、あの、アイト様。お話が」
少し慎重に話すエリスに対し、アイトは目を見開く。
「ーーーあっ!!?」
そして、何か閃いたかのように素っ頓狂な声を上げてエリスを驚かせた。
「あ、アイト様? どうしました?」
「まずいぞエリス、もう朝だ!!」
「朝、ですね?」
「両親がもうとっくに起きてる! 俺っ、怒られちゃう!!!」
アイトはあたふたし始める
「‥‥‥アイト様、がんばってください」
エリスが穏やかに微笑み、月並みな言葉を送る。そして慌て続けるアイトに対し、さっきの言葉を飲み込んだ。
それから、ディスローグ家。
「ーーー本当にごめんッ!!」
アイトは、なんとか言い訳を両親に納得してもらえることに成功する。何度も頭を下げて。
「兄さんのバカぁぁッ‥‥‥心配したんだからぁッ!!」
妹のアリサは号泣し、彼女を宥めるのに相当な時間を要したが。
そして、夜。
いつもの鍛錬の日々が戻ってきた。
アイトはいつものように両親と妹に【スプーリ】をかけると、エリスが地下の部屋から出てくる。
「それじゃあ今日も特訓するか」
「アイト様!! 実はお話があります!!」
「お、おう。どうした?」
アイトは押されながら話を促す。エリスが両手を強く握り締めながら、口を開いた。
「私、しばらくアイト様から離れます!」
「‥‥‥え?」
そして、アイトは理解するのに時間がかかった。彼女の言葉が、あまりにも予想外だったからだ。
「‥‥‥どうして? 俺のこと嫌になったとか?」
「そんなことは神に誓ってあり得ません!!」
エリスの言い回しに少し笑うが、アイトは気を取り直して追及する。
「じゃあ‥‥‥なんで?」
「‥‥‥今の私が側にいると、危険な目に遭うからです」
「?? どういうこと?」
それは、アイトにとって無視できない話へと繋がっていく。
「昨日の騒動の首謀者である、あの女。透視したところ、どうやら犯罪組織の一員であることがわかりました」
「犯罪組織‥‥‥」
アイトは無意識に彼女の言葉を復唱する。何かの陰謀が絡んでいた、暗殺組織『ルーンアサイド』壊滅の騒動。
「その組織の名は‥‥‥『地獄行』」
「ゴートゥー、ヘル‥‥‥」
犯罪組織『地獄行』。
(なかなかにダサくて、変な名前だな‥‥‥でも、エリスがこれだけ警戒してるから俺も気を付けないと)
今後‥‥‥何回もこの名を聞くことになるとは、今のアイトは当然知らない。
「世界を混沌に陥れようとしている犯罪組織です。主な目的は不明。ですが聖者の血を悪用しようと計画していることが、あの女を透視したことで判明しました。
「‥‥‥それって」
アイトは無意識に見つめてしまう。エリスに宿る両眼の聖痕を。
「アイト様に助けてもらった時、私が追われていたのも『地獄行』の一員でした」
「そうだったのか‥‥‥」
「だから、私はこの血を引いている限り‥‥‥ずっと狙われ続けます」
そう言ったエリスの表情に恐怖は無い。むしろ、清々しく見つめ返してくる。
「今の私はアイト様に作っていただいた地下の部屋‥‥‥つまりディスローグ家と密接な距離で生活してます」
「まあ、さすがにエリスを連れてきたら両親や妹に何言われたか分かったもんじゃなかったから‥‥‥」
儚げな金髪美少女を家に連れ込んで、家族に紹介する。この字面だけでも犯罪臭が凄かった。
「万が一、私のせいでアイト様たちに危険が迫ると考えると‥‥‥耐えられません」
エリスが唇を噛んで視線を下げる。その気持ちは、痛いほど伝わって来た。
「‥‥‥なるほど。理由はわかった。『しばらく』っていうことは、また会えるんだよな?」
そのため、アイトは止めることはしなかった。エリスの話を最後まで聞こうとした。
「はい! 私、もっと強くなりたいんです!」
エリスが顔を上げてはっきりと話す。
「不安に感じないくらい、安心できるくらい、アイト様についていくために、もっと強く!」
そう言い放つ彼女には、微塵も迷いが無かった。アイトは穏やかに笑い、小さく頷く。
「‥‥‥わかった。それなら俺は止めない。でも1つ聞かせてくれ。どこに行くつもりなんだ?」
「『ルーンアサイド』の本拠地です。実はラルドさんから、訓練に参加しないかと誘われていまして」
「え、すごいじゃん!」
アイトは素直な気持ちが口から飛び出した。強敵だったラルド・バンネールの元なら間違いないと太鼓判を押した気持ちになっている。
「また暗殺組織の本拠地なら、秘匿性も高いですので私の存在も『地獄行』には分からないと思います」
「確かに願ったり叶ったりだな!」
アイトは合いの手を打った。エリスが自信満々に口を開く。
「そこで、強くなりたいと思います」
「わかった。俺は俺から言うことは1つだけだ。エリス」
アイトは彼女の目を見つめて、両肩に手を置く。
「気を付けて行ってこい。そして、心行くまで強くなって帰ってこい」
「‥‥‥はいっ!!」
花が咲いたように笑顔で、エリスが勢いよく抱き着いた。アイトは苦笑いしながら受け止めて、彼女の頭を撫でる。
「エリスは俺の家族だ。どれだけ離れていても、それはずっと変わらない」
「アイトさまっ‥‥‥!!
最初は、勘違いから始まった関係だった。
一緒に鍛錬し、行動し、時間を過ごしていく中で‥‥‥2人には確かに心が通じ合っていた。
「エリス、何か忘れ物とかないか?」
「はい。大丈夫です」
「そっか。それじゃあエリス、いってらっしゃい」
「はい、行ってきます。私、がんばって組織を大きくしますから!」
「がんばれ〜!!」
エリスの旅立ちを、アイトは涙混じりに見送る。見えなくなるまで、手を振り続ける。
(‥‥‥エリスが言うなら『ルーンアサイド』は大きくなるだろうなあ。少し寂しくなる)
ここで今まで史上、最大の勘違いが起きていることに2人は気づかない。
(新組織の立ち上げ‥‥‥絶対に規模を大きくしてみせる)
自分の意思を伝えることに集中しすぎて、組織立ち上げについて全く話していなかったことに気づいてないエリス。
(アイト様、喜んでくれるかな‥‥‥)
だがアイトは以前から了承してくれた(深夜の時の空返事)と思っているため、話さなくても良いかという考えに至る。
そしてそのことに、もちろんアイトが気づくはずもなく。
「がんばれーーー!!!!」
心の底からエリスを応援し、手を振って送り出した。彼女は離れ、新たな生活に足を踏み入れていく。
「エリスには負けられないな。俺も強くならないと」
‥‥‥彼の知らないところで、新組織の立ち上げは始まっていく。




