どちらが勝者か
仰向けに倒れるアイトは、両手で挟むように自分の頬を叩く。
(‥‥‥さっきまで感じてた恐怖は完全に消えてる。全然戦えてるじゃん、俺)
距離が離れたことで、アイトは頭が冷えた。
さっきは怒り狂って後先を考えておらず、捨て身だった。何を言っていたか覚えてないほどだった。
(なんだ‥‥‥この感じ。さっきは完全に俺の思う通りに行動できた。今までの自分とは明らかに違う。今ならなんでもできそうな気さえしてくる‥‥‥)
アイトは根拠の無い自信が、みるみる湧き上がっていく。
「レスタ様! 私もお手伝いします!!!」
するとエリスが、起き上がったアイトへ話しかけた。
「来るなっ!!」
だが、アイトは拒んだ。エリスと共に戦った方が、勝率は明らかに高いはずなのに。
「で、ですがっ!!」
当然、エリスが抗議の声を上がる。
「こいつは俺がぶっ倒す!! 俺が勝つ瞬間を目に焼き付けろ!!」
今のアイトは、高揚感に支配されていた。そして普段なら絶対に言わないことをエリスに言ってしまう。
高揚感に押されて歯が浮くような言葉を言い、後で恥ずかしくなる黒歴史パターンである。
普段のアイトなら、エリスの手助けを断ることは絶対にしない。そして『目に焼き付けろ』なんて言葉も吐くわけがない。
アイトにとっては間違いなく黒歴史。後で思い出して恥ずかしさで悶絶し転がる未来が確定していた。
だが、そのような言葉が口から自然に出るほどの根拠の無い全能感に、今のアイトは満たされつつあった。
「!!! は、はい♡♡」
そしてエリスは‥‥‥超ときめいていた。
「信じていますっ♡」
エリスはこの時、自分はアイトの部下である事に幸せを噛み締めていた。
「ああ!! 俺は必ず勝つ!!」
そして、アイトは黒歴史を量産していた。だが、ラルドに対して今も劣勢なのは当然変わりない。
先ほどは冷静じゃない故の偶然が重なった事で有利を取れたが、ラルドにはそれが何回も通用するような相手ではない。
(しかも、俺には切り札がない。魔法も生活に役立ちそうなものしか覚えてない。火の玉飛ばしたり雷飛ばしたりできないし)
アイトは冷静に思考し、判断していく。
(でも、どうしてか負ける気がしない。それに倒すための策が思いついたし、今の俺ならそれができる)
アイトは無意識に笑っていた。またもや黒歴史追加である。
「まさかここまでの信念と度胸があるとは。認めよう少年、貴様は強い。手強い。だから野放しにはできない。貴様は、必ずここで始末する」
立ち上がったラルドが賞賛する。アイトもそれに応えるべく顔を合わせた。
「そりゃあどうも。でも決着つけないとな。ターナがいつまで踏ん張れるかわからない。だから‥‥‥これで決めてやる!!」
アイトは大声を振り絞り、ラルドへ向かって全力で走り出す。右手に短剣を持ったまま。
「来い! 最後の悪あがきを見せてみろ!!!」
ラルドは先ほどの足払いを警戒し、蹴りを出してこない。彼は両手に【血液凝固】を施し、淡々と構える。当然、最も警戒するのは短剣を持つアイトの右手。
ラルドの手がアイトの身体に届くまで、残り数秒。つまり、決着が迫る。
(やっぱり警戒すると思ってたよ!! だから俺の先手は必ず刺さるっ!!)
アイトは待ち構える彼を確認し、鋭く息を吸ってーーー左手を突き出した。
「【線香花火】!!!」
ここに来てアイトは、まだ出した事のない魔法を発動させる。当然、ラルドが警戒心を強める。
アイトの左手から、小さな赤い玉が飛び出した。
赤い玉は天井付近、それもラルドの真上に打ち上がる。その赤い玉から、パチパチと火花が散った。
(なんだあれはっ)
ラルドは思わず、自分の真上に設置された派手な赤い玉に、視線を誘導された。
(だが、これからの顛末は分かるぞ)
ラルドは気づいている。これは罠だと。アイトの本命は、短剣による攻撃だと。これまでの攻防でわかっている。
だから罠にかかったふりをして意識はアイトの方に残しつつ、ギリギリまで視線を天井にある赤い玉に向けた。
もしさきほどのように心臓を狙ってきたら右手でアイトの腕を掴み、動揺させようと考えていた。
「ーーー!!」
アイトは上を向いているラルドの心臓へ、右手に持ってる短剣で突こうとする。
「かかったな!!!!」
ラルドは勝利を確信して叫ぶと、心臓に向かってくる短剣‥‥‥いや短剣を持つアイトの右腕を、右手で掴んだ。
あとは残っている左手で攻撃すれば自分の勝ちだとラルドは確信した。
「終わりだっ!!!」
ラルドが何の躊躇もなく左手でアイトの左頬に向かって振りかぶろうとする。
ジュボッ‥‥‥!!
不意に響いた音。
それは‥‥‥天井に残っていたラルドの真上にある赤い玉。火花が止み、その赤い玉が真下にいるラルドの頭に向かって落ちてきたのだ。
「ぬっ!?」
突然の事態に、ラルドは思わず視線が真上に誘導される。
「小癪なことを!!」
そしてラルドは反射的に、自由な左手で顔に振ってくる赤い玉を払う。これが、ラルドにとって痛恨の痛手と知らずに。
「悪あがきはーーーっ?」
ラルドはすぐに視線をアイトに戻すと先ほどとは違う違和感がある。そして、その違和感に気づく。
「短剣がっ!?」
短剣が‥‥‥アイトの右手から消えている。
また、その短剣が‥‥‥自分の腹付近に落ちていることを。
「かかったのは、おまえ!!!」
アイトは右足を振り抜き、飛び込むような膝蹴りを放つ。その右膝が、宙にあった短剣を押し込む。
「ぐぉッ!!?」
そして、押し込まれた短剣は‥‥‥ラルドの腹に深々と突き刺さった。
アイトの作戦は、こうだった。
まず【線香花火】を親玉の真上に打ち上げ、ラルドの視線を誘導する。視線を誘導されようが誘導されまいが、どっちでもいい。
線香花火をラルドの真上に打ち上げたことが、アイトにとっては重要だった。
次に、ラルドの心臓を狙って短剣を刺しにいく。これも本当に心臓に刺さろうが阻止されようがどちらでも良かった。
ここで重要だったのが‥‥‥短剣の阻止のされ方。
ラルドは武器を持っていないため、短剣そのものを素手で弾くとは考えにくい。そのため、自分の腕を掴んでくるとアイトは考えた。そして、アイトの予想は的中。
右腕を掴まれ、短剣は届かない。アイトの狙い通りに。
その瞬間に【線香花火】の終わりを示す、玉が落ちる現象。それを、真下にいるラルドめがけて落とす。
これが、今回の作戦で最も重要だった。
まさか陽動だと思っていた赤い玉が、時間差で自分に向かって降ってくるなんて、ラルドは考えていなかっただろう。
火花が散っていた派手な線香花火を見た時点で、ラルドは視線誘導のための魔法だと考えるはずだと。アイトはそう読んでいた。
その予想外の攻撃に‥‥‥ラルドは空いている手で、自分の顔に振ってくる赤い玉を払う。その一瞬、ラルドは振り払おうとした自分の手によって‥‥‥視界が遮られる。
その瞬間に、アイトは右手に持っていた短剣を放す。床に落下しようとする短剣が自分の膝蹴りで押し込める位置まで来た時点で、アイトの勝ちが決まっていた。
そして短剣を乗せたアイトの膝蹴りが、ラルドの腹に命中。短剣が彼の腹に突き刺さったのだ。
全て‥‥‥アイトの読み通りに。
「ーーーゔらぁぁぁぁッ!!!」
アイトは声を上げながら、短剣を押し込む膝蹴りを最後まで振り抜く。
「ぐっ! がぁぁっ!!?」
声を上げたラルドが後ろに吹き飛び‥‥‥勢いよく背中から壁に激突した。
「このッ‥‥‥」
壁に持たれるように倒れたラルドは、腹に刺さった短剣を抜こうとする。だがあまりの激痛に、自分の手では抜けない。
「これはっ‥‥‥」
また出血することで、ラルドの切り札である【血液凝固】。その継続が不可能となった。
「安心しろ‥‥‥たぶん急所は外した」
どちらが勝者か。それは誰の目から見ても明らかだった。




