第6話「後宮という名の空虚」
看病の一件から数日後、私は突然の部屋移動を命じられた。
ガルド王はあれからすぐに公務に復帰したと聞いたが、私には一度も会いに来なかった。
それどころか、顔を合わせることすら避けているようだった。
「こちらへ」
案内されたのは、城のさらに奥、別棟にある「後宮」と呼ばれる場所だった。
サウスでは、後宮といえば何十人もの側室や愛人が住まい、煌びやかな衣装をまとった美女たちが王の寵愛を競い合う場所だ。
嫉妬と陰謀が渦巻く、華やかで残酷な鳥籠。
ついに、私もその一部になるのだ。
ガルド王は私に飽きたのかもしれない。
あるいは、あの夜の失態を見られたことで、私を遠ざけようとしているのかもしれない。
重い扉が開かれる。
私は、待ち受けるであろう側室たちの冷ややかな視線を想像し、身構えた。
しかし。
「……え?」
目の前に広がっていたのは、静寂だった。
広大なホールには、誰一人いなかった。
豪華なシャンデリアには埃が積もり、床の絨毯は色褪せている。
人の気配が、まったくない。
まるで、長い間時が止まっていたかのような廃墟の静けさだ。
「ここは……?」
案内役の老兵士に尋ねると、彼は淡々と答えた。
「後宮です。現在は使用されておりませんので、リアン殿下が唯一の住人となります」
「唯一の……住人?」
意味が分からなかった。
一国の王の後宮が、空っぽ?
側室も、妾も、誰もいないということか。
「陛下は即位されて以来、どなたもここへ入れようとはなさいませんでした。女性やオメガを侍らせることを、良しとしないお方ですので」
老兵士の言葉に、私は呆然とした。
あの強面で、野獣のような男が、禁欲的な生活を送っていた?
それとも、誰も愛することができないほど、心が冷え切っているのだろうか。
案内された部屋は、かつて正妃が使っていたと思われる、城内で最も豪華な部屋だった。
窓からは雪に覆われた中庭が一望できる。
けれど、その広さが余計に孤独を際立たせた。
私は、この広い後宮で、たった一人。
鳥籠には私という一羽の鳥しかいない。
その事実は、嫉妬に狂うライバルがいないという安堵よりも、言いようのない寂しさを私にもたらした。
夜になり、広いベッドに入っても眠れなかった。
耳を澄ませても、聞こえるのは風の音だけ。
ガルド王の手の熱さを思い出す。
あの時、彼は確かに私を必要としていたはずだ。
震える手で私を求めていたはずだ。
それなのに、なぜ私をこんな場所に閉じ込めるのか。
言葉足らずな彼の真意が読めず、私はただ、暗闇の中で膝を抱えるしかなかった。
その時、コツコツと窓を叩く音がした。
風のいたずらかと思ったが、音は規則正しく続いている。
まさか。
私はベッドから飛び起き、カーテンを開けた。
バルコニーに、黒い影が立っていた。
月明かりに照らされたその巨体は、間違いなくガルド王だった。
彼はガラス越しに私と目が合うと、バツが悪そうに視線を逸らし、手に持っていた何かを掲げた。
それは、一輪の花だった。
あの温室で見た、紫色の小さな花。
極寒の夜に、わざわざバルコニーから侵入してくる王。
常識では考えられないその行動に、私は驚きを通り越して、胸が高鳴るのを抑えきれなかった。




