エピローグ「春を待つ二人」
北国ノースにも、ようやく春が訪れようとしていた。
厚い雲の隙間から陽光が差し込み、積もりに積もった雪が解けて、あちこちで水の流れる音が聞こえ始める。
城の庭園では、雪の下から小さな芽が顔を出し、生命の息吹を感じさせていた。
私は温室のベンチに座り、お腹に手を当てていた。
まだ目立たないけれど、そこには確かに新しい命が宿っている。
ガルドとの子だ。
医師から告げられた時、ガルドは驚きのあまり固まり、次いで私を抱き上げて子供のように喜び、最後には泣き出してしまった。
あの強面の魔王が、涙を流して喜んでくれたのだ。
その姿を思い出すだけで、今でも笑みがこぼれてしまう。
「ここにいたか」
温室の扉が開き、ガルドが入ってきた。
彼は執務の合間を縫っては、こうして私の様子を見に来てくれる。過保護すぎるくらいだ。
「体調はどうだ? 寒くはないか? 何か欲しいものは?」
矢継ぎ早に質問してくる彼に、私は苦笑しながら答えた。
「大丈夫です、陛下。つわりも落ち着いていますし、今はただ、日向ぼっこをしていただけですから」
「そうか……無理はするなよ。お前はもう、一人ではないのだから」
彼は私の隣に座り、そっと私のお腹に手を添えた。
その手は大きく、温かい。
かつては剣を握り、敵を恐れさせた手。
今は、私と子供を守るための、優しい手。
「春が来れば、花が咲く。この子が生まれる頃には、国中が花でいっぱいになるだろう」
ガルドが穏やかな声で言った。
「ええ。きっと、綺麗な景色でしょうね」
「見せてやる。サウスの花にも負けない、北国の本当の春を」
彼は私の肩を抱き寄せた。
私はその肩に頭を預け、目を閉じた。
サウスでの冷遇された日々、人質として送られた絶望、そしてこの国で知った温もり。
すべての過去が、今の幸せへと繋がっていたのだと思える。
私はもう、「出来損ないのオメガ」でも「人質の王子」でもない。
北王ガルドの伴侶、リアンだ。
そして、この愛しい人の子供の、母親になるのだ。
「愛しています、ガルド」
「……俺もだ、リアン」
私たちは唇を重ねた。
温室の花々が、私たちを祝福するように咲き誇っている。
長い冬は終わりを告げ、私たちの未来には、眩いほどの光が満ちていた。
幸せな春は、もうすぐそこまで来ている。




