番外編「シチューと不器用なサプライズ」
サウスとの一件が落ち着き、北国にも遅い春の足音が聞こえ始めた頃のことだ。
最近、ガルドの様子がおかしい。
執務が終わるとすぐに姿を消し、夕食の時間まで戻ってこないことが増えたのだ。
マリアに尋ねても、「さあ、陛下のお考えは分かりかねます」と、どこか含みのある笑顔ではぐらかされてしまう。
もしかして、私に飽きてしまったのだろうか。
そんな不安が頭をよぎるが、夜になれば彼は必ず私の寝室へ来て、愛を囁いてくれる。だから浮気ではないと信じたいのだが……。
ある日の午後。
私は意を決して、彼の後をつけてみることにした。
ガルドは執務室を出ると、人目を避けるようにして廊下を進み、地下へと続く階段を降りていった。
地下?
そこには貯蔵庫や、古い調理場があるはずだ。
私は足音を忍ばせて後を追った。
階段を降りると、香ばしい匂いが漂ってきた。
肉を焼く匂い、野菜を煮込む甘い香り。
調理場の扉が少しだけ開いている。
隙間から中を覗くと、信じられない光景が広がっていた。
ガルドが、エプロン姿で鍋に向かっていたのだ。
あの巨大な体には小さすぎるエプロンを着け、真剣な表情でおたまをかき混ぜている。
横には、料理長らしき老人がいて、何やら指示を出している。
「陛下、もう少し火を弱めてください。焦げ付きますぞ」
「……む、難しいな。剣を振るう方がよほど楽だ」
ガルドは額の汗を拭いながら、悪戦苦闘していた。
まな板の上には、不格好に切られた野菜たちが転がっている。
私は思わず吹き出しそうになるのをこらえ、その場を離れた。
見てはいけないものを見たような、それでいて胸が温かくなるような気持ちだった。
その日の夕食。
いつものように食堂で待っていると、ガルドがワゴンを押して入ってきた。
顔には煤がつき、指には小さな絆創膏が貼られている。
「……今日は、俺が作った」
彼はぶっきらぼうに言い、私の前に皿を置いた。
それは、ホワイトシチューだった。
具材は大きく、形も不揃いだが、湯気と共に優しいミルクの香りが立ち上っている。
「サウスの料理ではないが……お前が、寒いと言っていたから」
ガルドは視線を逸らし、耳を赤くしている。
「俺は料理などできん。だが、どうしてもお前に……温かいものを食わせたくて、料理長に頼み込んだ」
そうか。
彼は最近、ずっとこれを練習していたのだ。
私を喜ばせるためだけに。
王としての公務で忙しい合間を縫って、慣れない包丁を握り、火と格闘していたのだ。
胸がいっぱいになり、視界が滲んだ。
「いただきます」
私はスプーンでシチューを掬い、口に運んだ。
熱い。
野菜は少し硬かったり、逆に煮崩れていたりしたが、味付けは驚くほど優しく、濃厚だった。
彼の不器用な愛情が、そのまま味になったような、世界で一番美味しいシチュー。
「……どうだ」
ガルドが不安そうに聞いてくる。
「美味しいです。本当に、美味しい」
私が涙ぐみながら微笑むと、彼はほっとしたように息を吐き、そして照れくさそうに鼻の下を擦った。
「なら、いい。……また、作ってやる」
「はい。楽しみにしています」
私たちは並んでシチューを食べた。
外はまだ雪が残っているけれど、この食堂の中は、どんな南国よりも暖かかった。
不器用な王様の、最高の手料理。
それは、私にとってどんな宝石よりも価値のある、愛の味だった。




