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身代わり生贄のオメガ王子、敵国の強面魔王に嫁いだら「お前が必要だ」と執着溺愛されまして。実は不器用なだけでした  作者: 水凪しおん


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第10話「氷の王と太陽の王子」

 サウス国からの使者がもたらした「宝石と美女との交換」という提案は、私の存在意義を根底から揺るがすものだった。


 父にとって、私はただの不良在庫であり、もっと良い条件で取引できるなら即座に廃棄すべき道具に過ぎない。


 ガルドの腕の中で、私は声を上げて泣いた。


 悔しさや悲しみよりも、ガルドに迷惑をかけてしまうかもしれないという恐怖が勝っていた。


「陛下……どうか、使者の提案を受けてください」


 私は、しゃくり上げながら訴えた。


「私などいなくても、北国には何の損もありません。宝石があれば民は潤います。美女がいれば、強い後継ぎも……」


「黙れ」


 ガルドは私の言葉を遮り、強い力で抱きしめ直した。


 その体は、怒りで小刻みに震えている。


「二度と、そんなことを言うな。お前がいなくて何の損もないだと? ふざけるな」


 彼は私の肩を掴み、無理やり顔を上げさせた。


 金色の瞳が、燃えるように私を見据えている。


「俺に必要なのは宝石でも美女でもない。お前だ、リアン。お前が淹れてくれた茶を飲み、お前と並んで花を見、お前の手で触れられる夜がなければ、俺はもう生きていけん」


「でも……私はオメガで、男で……」


「それがどうした。性別など関係ない。俺は『リアン』という人間を愛したのだ。お前が何者であろうと、俺の隣に立つのはお前しかいない」


 愛した。


 その言葉が、凍り付いていた私の心臓を貫いた。


 ガルドは、不器用で、無愛想で、言葉足らずな男だ。


 けれど、その瞳に宿る熱だけは、どんな美しい言葉よりも雄弁に真実を語っていた。


 私は、彼の胸に顔を埋めた。


 もう、迷わない。


 たとえ世界中が私を否定しても、この人だけが私を肯定してくれるなら、私はそれだけで生きていける。


「……わかりました。私も、陛下のそばにいたいです。ずっと」


「ああ。離さん。絶対にだ」


 ガルドは私の涙を親指で拭い、額に優しく口づけを落とした。


 その唇の熱さが、私に勇気を与えてくれた。


 翌日。


 謁見の間は、張り詰めた緊張感に包まれていた。


 サウスからの使者である男は、豪華な衣装をまとい、ふんぞり返るように立っていた。


 私の顔を見ると、あからさまに軽蔑の色を浮かべ、鼻で笑った。


「おお、これはこれは。まだ生きておられましたか、出来損ないの王子殿下。北の野蛮な暮らしがお似合いのようですな」


 その言葉に、周囲の北国の騎士たちが殺気立った。


 ガルドが玉座から立ち上がろうとする気配を感じたが、私はそれを手で制した。


 これは、私の戦いだ。


 私は一歩前に進み出た。


 震える足を、必死に踏ん張る。


「……言葉を慎みなさい」


 私の声は小さかったが、静まり返った広間にはっきりと響いた。


 使者が目を丸くする。


「は? 何か仰いましたかな?」


「言葉を慎めと言ったのです。私はサウスの王子ではありません。北国ノースの王、ガルド陛下の伴侶、リアンです」


 私は顔を上げ、使者を真っ直ぐに見据えた。


 今までなら、父の代理人である彼に逆らうことなど考えられなかった。


 けれど、今の私にはガルドがいる。背中を守ってくれる彼がいる。


「お前たちは私を捨てた。道具として扱い、最後にはゴミのように処分しようとした。その時点で、私とサウスの縁は切れました」


「な、生意気な! オメガ風情が何を……!」


 使者が顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。


 その瞬間。


 ドォン!


 雷が落ちたような音が響いた。


 ガルドが玉座の肘掛けを拳で殴りつけた音だった。


 彼はゆっくりと立ち上がり、階段を降りてきた。


 その姿は、まさに「魔王」そのものだった。


 全身から放たれる圧倒的な覇気に、使者は腰を抜かしそうになって後ずさった。


「……俺の妻に、何と言った?」


 地を這うような低い声。


 ガルドは使者の目の前まで歩み寄ると、その胸ぐらを掴み上げ、軽々と宙に吊るした。


「ひぃっ! お、お待ちを! 我々は和平のために……!」


「和平? 笑わせるな。貴様らの王は、自分の息子を物のように扱い、挙句の果てに交換条件を出してきた。そんな腐った根性の国と結ぶ手など、俺にはない」


 ガルドは使者をゴミのように床へ放り投げた。


「宝石も美女もいらん。持って帰れ。そして王に伝えろ。『リアンは俺がもらった。指一本触れさせん。もしこれ以上、彼を侮辱するような真似をすれば、北の全軍を率いてサウスを焦土に変える』とな」


 使者は恐怖に顔を引きつらせ、逃げるようにして広間を出ていった。


 静寂が戻った広間に、騎士たちの歓声が上がった。


「王万歳! リアン殿下万歳!」


 その声は、私を「敵国の王子」としてではなく、「北の王妃」として認めてくれた証だった。


 ガルドが振り返り、私に手を差し伸べた。


「……怖かったか」


「いいえ。陛下がいらっしゃいましたから」


 私は彼の手を取り、その温もりに包まれた。


 大きな手。傷だらけの手。


 けれど、世界で一番安心できる手。


 私たちは互いに見つめ合い、自然と微笑み合った。


 言葉はいらなかった。


 ただ、この瞬間、私たちは本当の意味で「夫婦」になったのだと実感した。


 その夜、ガルドの寝室で、私たちは初めて結ばれた。


 彼の手はどこまでも優しく、私のすべてを慈しむように触れてくれた。


 顔の傷も、体の傷も、すべてひっくるめて愛おしい。


 窓の外では吹雪が荒れ狂っていたが、私たちの間には春のような暖かな空気が流れていた。


 氷の国で見つけた、かけがえのない太陽。


 それが、私にとってのガルドであり、彼にとっての私だった。

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