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第一話 『図書室の返却期限と、消える押し花』

 

 宮本武蔵郎(みやもとむさしろう)という「自分たちを個として認めてくれる大人」を得たことで、桜と皐月の世界は少しずつ外へと広がり始めていた。

 そんなある日、彼女たちが通う中学校の図書室で、奇妙な事件が起こります。二人が初めて「探偵の助手」として挑んだ、放課後の小さな謎解きのエピソードです。

 

『図書室の返却期限と、消える押し花』

 

 五月の風がカーテンを膨らませる放課後。桜と皐月は、いつものように図書室の隅の席に座っていた。

 そこに、図書委員の一年男子が困り顔でやってきます。二人が「隣の名探偵」の助手をしているという噂は、早くも校内の一部で広まっていたのです。

 

「あの……片倉先輩。ちょっと相談に乗ってもらえませんか?」

 

 相談内容は、ある一冊の詩集についてでした。

 その詩集が返却ポストに戻されるたび、中には必ず「青い押し花」が栞のように挟まっているというのだった。

 しかし、図書委員が確認しても、貸出カードには名前がありません。

 つまり、誰かが勝手に持ち出し、こっそり戻している「無断借用」が行われていたのです。

 

 二人はさっそく、その詩集を手に取りました。

 

「……綺麗な青色。これはネモフィラね」

 

 桜は、その押し花の丁寧な作りを見つめました。

 

「押し花にするには、何日も前から準備が必要だわ。この花を挟んだ人は、この詩集をただ読みたいだけじゃなくて、何かを『託して』いるような気がする」

「でも、お姉ちゃん、不合理だよ」

 

 皐月は、図書室の貸出ログをタブレットで確認しながら首を振りました。

 

「本当に読みたいだけなら、普通に借りればいい。わざわざ無断で持ち出すのはリスクが高すぎる。それに、返却されるのはいつも火曜日の放課後。この時間に、誰にも見られずにポストへ行くのは難しいはずだよ」

 

 

 二人はその日の夕方、隣の洋館を訪れ、宮本にこの件を報告しました。宮本は古ぼけたソファに深く腰掛け、二人が持ってきた押し花の写真(皐月が撮影したもの)を興味深そうに眺めました。

 

「なるほど。桜さんは『心』を読み、皐月さんは『状況』を読んだね。では、私は『本』そのものを読んでみようか」

 

 宮本は立ち上がり、自分の書架から同じ詩集の初版本を取り出して見せました。

 

「この詩集の122ページ。ここにある詩は、失われた恋を歌ったものだ。だが、この学校の図書室にある本には、ある『不備』がないかな?」

「不備……?」

「明日の放課後、もう一度その本をよく調べてごらん。犯人は、本を盗みたかったわけじゃない。『本を直したかった』のかもしれないよ」

 

 翌日、二人は言われた通り、詩集の122ページを精査しました。

 すると、鋭い観察眼を持つ皐月が気づきました。

 

「あ……! 122ページと123ページの間に、極薄の和紙で補修した跡がある。すごくプロに近い、丁寧な仕事……」

 

 そして桜が、そのページに綴られた詩の一節を指先でなぞりました。

 

「この詩……『青い花が散る前に、君に言葉を届けたかった』。このページ、昔は破れていたのかもしれないわ。誰かが、大切なページを汚してしまったのを、ずっと後悔していて……」

 

 二人は火曜日の放課後、返却ポストが見える影に隠れて待ちました。

 現れたのは、いつも図書室の隅で静かに本を直していた、高齢の学校司書の先生でした。

 

「先生だったんですね」

 

 桜と皐月が声をかけると、司書は驚き、やがて穏やかに微笑みました。

 

「数年前、ある生徒がこのページを破いてしまったと泣きながら相談に来たのです。でも、当時の私は厳しく叱ってしまった。その子はそれ以来、図書室に来なくなってしまいました。……最近、その子が植えたネモフィラが校庭に咲いているのを見て、どうしてもあの子に謝りたくなって、本を完璧に直して、彼女が好きだった花を添えていたのです。誰かに見つかったら、彼女にこの想いが届く気がして」

 

 事件は、静かな和解とともに幕を閉じました。

 帰り道、夕暮れの中を歩きながら、皐月が言いました。

 

「宮本さん、最初から分かってたのかな。本の補修跡なんて、普通気づかないよ」

「きっと、本を愛している人の手つきを知っていたのよ」

 

 桜が少しだけ、誇らしげに微笑みます。

 

「ねえ、お姉ちゃん。明日、あの詩集を借りてみない? 今度は私たちが、あの先生に感想を届ける番だと思うの」

「ええ、いいわね。私は情緒担当で、皐月ちゃんは構成担当で感想を書く?」

「ふふ、それじゃあ感想文が二倍の長さになっちゃうね」

 

 二人の笑い声が、春の夜気に溶けていきます。

 かつて二人だけの世界に閉じこもっていた双子は、宮本という導き手を得て、本を通じて他人の心に触れる喜びを知り始めていた。

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