第65話 ミッドナイト横丁(1)
休日。
シルヴィアとロレッタが用事で外出しているため、シルヴィア邸にはフェルとソフィアの二人きりだった。
リビングでゴロゴロしているフェルの隣に、ソフィアが座ると魔王祭について尋ねてみた。
「魔王祭について知りたいの?」
「はい。フェルちゃんは王族ですから、色々と詳しいかなと思いまして」
「それは、まぁ……そうだけど」
珍しく歯切れの悪い返事だ。
魔王祭という言葉に嫌な記憶でもあるのか、ソフィアと視線を合わせようともしない。そんなフェルの態度を訝しそうに見る。
「もしかして、フェルちゃんってお祭りが嫌いなのですか?」
言っていて、それはないかと苦笑するソフィア。
そして、案の定……
「そんなことないよ、むしろ大好物!」
そう言って飛び起きるフェル。
――となると、魔王祭が嫌と言う訳ですか……
フェルの態度から、そう結論付けたソフィア。
おそらく、王族であるが故に何らかの事情があるのだろう。その事情が、フェルにとっては我慢ならない……そんなところだろう。
ソフィアは、ふとフェルのスカートに視線を向ける。
膝上程度の丈のスカートがめくれ上がって、白い下着が露出していた。あまりに無防備な姿で、ソフィアは思わずため息を吐いてしまう。
「フェルちゃん、スカートがめくれ上がっていますよ。シルヴィアにまた怒られますよ」
「やばっ」
指摘されて、自分の姿に気づいた様子のフェル。
周囲を確認しつつ、慌てて身だしなみを整えた。神が作り上げたとさえ思える絶世の美貌を持つフェルだが、残念な性格のせいで微少女である。
「なんか、ディスられているような気配が……」
「気のせいですよ」
フェルの対応も慣れたものだ。
なにせ、学生であるはずが学校に行かず四六時中家でゴロゴロしているのだから、ソフィアとの接点は多い。
自然と、フェルへの対応が慣れるのだ。
「うぅ……。何でか知らないけど、私の扱いが雑になって来る」
「ソ、ソンナコトナイデスヨ……」
ソフィアが視線を泳がせると、フェルからジトリとした視線が向けられる。
居心地の悪さを感じ、ソフィアはコホンと咳払いをした。
「それでですね。フェルちゃんに聞きたかったのは、魔王祭でどのような料理がでるのかということです」
「料理? 何で?」
「研修所の方でお店を開くことになったからです。ただ、どのようなメニューにしようか決めていないんですよ」
ソフィアがそう言うと、フェルは目をキラキラと輝かせる。
しかし、何か懸念事項があるのだろう。いつもであればすぐにでも飛びついてくるが、今回は思案気に手を頬に当てている。
――フェルちゃんには悪いですが、真面目に考えている方が怖いですね。
と、そんなことを思うソフィア。
しばらくして、フェルは考えがまとまったのだろう。「よしっ」と言ってソフィアに視線を向けた。
「それで魔王祭の料理だったよね。それならいい考えがあるよ」
「その前に、フェルちゃんが何を思っているのかを知りたいのですが?」
「うん。じゃあ、行こうか」
ソフィアの質問を天使の微笑みのような表情でスルーしたフェル。
底知れぬ不安を覚えるが、フェルに手を引かれてシルヴィア邸を出ることになった。
◇
フェルに連れられてやって来たのは、第三通りの裏通りだ。
ソフィアの常識からすれば、裏通りは治安が悪いものだ。それこそ、女子供だけで足を踏み入れて良い場所ではない。
しかし、そこは魔国だからだろう。
フェルは慣れた道を歩くように、奥へ奥へと進んで行く。
「いったいどこへ向かっているのですか?」
フェルに説明がないまま連れてこられたソフィア。
いったいどこへ向かっているのか、不安を覚える。しかし、フェルは何も答えることはなく、歩を進め続ける。
「到着!」
「ここ、ですか?」
ソフィアが困惑するのも無理はない。
フェルに連れてこられた場所は、行き止まりだったからだ。目の前にレンガの壁があり、周囲には店一つない。
どう見ても、目的地だとは思えなかった。
そんなソフィアの反応を見て、笑みを深めるフェル。そして、徐に腕をレンガの壁へと伸ばした。
「……っ」
まるで水面にでも手を伸ばしたように、フェルの腕が消えてしまう。そして、そのまま腕だけでなくフェル自身がレンガの壁に消えて行ってしまうではないか。
突然消えてしまったフェルに、驚きのあまり立ち尽くすソフィア。徐に、フェルが消えて行った壁へと近づくと……
「ひゃっ!?」
壁から、腕が伸びて来た。
黒いセーラー服の袖、そして白魚のように綺麗な手……見覚えのある腕だった。そして、次に出て来たのは見慣れた顔だ。
「それじゃあ、レッツゴー!」
「えっ、待って下さい!」
「待たない」
壁から顔と手だけを出すフェルに腕を掴まれて、引きずられるように壁の中へ連れ去られたのだった。
「こ、ここは……」
視界がぐにゃりと歪んだ次の瞬間。
ソフィアの視界に広がって来たのは、昼であるにもかかわらず空には太陽がなく、代わりに月が浮かんでいた。
ミッドナイト。そんな文字がソフィアの視界に映る。
フェルに説明がなく連れてこられたソフィアだが、更に訳の分からない状況に困惑を隠せずにいた。
そして、フェルに説明を求めるように視線を向ける。
「ようこそ、ミッドナイト横丁へ!」
「ミッドナイト横丁?」
初めて聞く名前だ。
この半年で、マンデリン内は全て回った。しかし、今まで一度もミッドナイト横丁なる場所を聞いたことがないのだ。
「知らないのも無理はないよ。ここはマンデリンであって、マンデリンではない場所。初代が作り上げた異空間だからね」
「異空間、ですか……」
確かに、空に浮かぶ満月。
そして、気候も秋のものではない暑さを感じる。空間そのものが違うのであれば、確かに納得できる。
だが、それを受け入れられるかは別問題である。
「お、お姉さん!? 頭から煙が出てる、まさか許容限界!?」
何かフェルが叫んでいるようだ。
しかし、このままこの場に残ってはソフィアの中の水晶のような常識が粉々に砕けてしまいそうな気がした。
いや、魔国に来た時点で、何度も砕けているのだが。
つないだフェルの手を引っ張り、逆にレンガの壁へと進み始める。きっと、この壁から外に出られると信じて……
「きゃっ!?」
「ふぎゃっ」
しかし、そうはならなかった。
顔面をレンガの壁にぶつけて、その場に尻餅をつく。フェルもまたそれに引きずられるようにその場に倒れてしまった。
――いったい何が……
訳が分からず、ソフィアは鼻を抑えながらもペタペタとレンガの壁を触る。
「これは、壁?」
「真剣な表情で悩んでいるところ悪いけど、もうそこはただの壁になっているからね」
ソフィアが、じっくりと壁を観察していると、フェルが呆れたような声を出す。
立ち上がると、フェルもまた壁に触れる。だが、先ほどとは違って、水面のような波紋を出すことはなかった。
「ミッドナイト横丁への入り口は、常に変化するんだ。ちょうど、今が変わる時だったみたいだね」
そう言って、フェルが一枚の地図を取り出す。
それは魔法の地図のようで、常に変化していた。
「えっと、向こう側の壁がマンデリンの第五通りの裏通りに繋がってるみたい」
フェルに指示された場所。
ソフィアは無言で立ち上がると、そこに手を伸ばした。すると、先ほどのように水面に波紋を立てるように腕が沈んでいく。
そこから外に出ると、マンデリンの中央にある電波塔マンデリンタワーが見えた。
そして、再びミッドナイト横丁へと戻る。
「不思議ですね」
にっこりと笑うソフィア。
もう何かどうでも良くなってしまった。ソフィアは、設置されていた自動販売機でお茶を購入すると、ベンチに座って喉を潤す。
そして、空を仰ぐ。
そこには、巨大な満月を中心に星空が広がっていた。
見事な景色である。
――ああ、これが魔国の常識でしたね
そう結論付ける。
もう細かい理由など、どうだっていいのだ。ありのままを受け入れる、それが魔国での生き方なのだから……。
「うわぁ。お姉ちゃんたちが連れてこなかった理由が分かる。お姉さんがポンコツになってる」
フェルは、そう言って肩を落とす。
そして、手持無沙汰なのか、同じく飲み物を購入するとソフィアの隣に腰かけた。
◇
それから一時間の時が流れる。
ようやく気を取り直したソフィアは、フェルの案内でミッドナイト横丁の散策を始めた。イメージ的には夜市といったところだろう。
マンデリンではほとんど見ない露店が立ち並び、多くの魔族が入り乱れている。
アッサム王国の王都の表通りよりも活気があるのではないだろうか。
「ここでは基本的に何でも売られているよ」
「何でも、ですか?」
「うん! スーパーで売られているような物や、魔物の素材、魔法の触媒に、武器もあるよ。それから珍しい魔道具とかもね。後は、本命の飲食店もあるよ」
そう言って、フェルは何かを見つけたのか一直線に向かって行く。
途中、フェルの存在に気づいた人々が、歓声や悲鳴を上げていた。フェルへの認識はマンデリンだけでなく、魔国共通なのだろう。
「おや、姫様久しぶりだねぇ。相変わらずやんちゃしているみたいで、ここまで話が届いてくるよ」
「おばさん、お久しぶり! ここ最近は、大人しくしていたつもりだけどね」
「ひっひっひ……そう思っているのは姫様だけさね」
フェルが声を掛けたのは、妙齢の女性だ。
若々しい肌をしているが、その喋り方はどこか年季を感じさせる。おそらく見た目通りの年齢ではないのだろう。
長い黒髪から覗く朽葉色の瞳は怪しく輝いている。
とんがり帽子にローブという服装で、魔国の御伽噺に出て来る魔法使いのような恰好だ。
「おや、そっちの子は?」
「ソフィアお姉さん。お姉ちゃんのところで一緒に住んでるの」
「ソフィア……。そうかい、あんたが最近マンデリンで話題の人間かい」
人間と言われて、心臓がドキリとする。
しかし、長い前髪の間から見える瞳は、濁ってはおらず、どちらかというと好奇心からの質問だろう。
否定する理由もないため、ソフィアはコクリと頷いた。
「はい、そうです。何故私が人間だと分かったのですか? 自分から口にしなければ、分からないと聞いたのですが」
「ひっひっひ。年寄りの人脈を舐めない方が良いねぇ。ここはある意味魔国の中心に位置する場。魔国中の情報が入ってくるさね」
「うわぁ、相変わらずだね。魔国一の情報通の名は伊達じゃないね」
珍しくげんなりとした表情をするフェル。
すぐに気を取り直すと、ソフィアに紹介する。
「この人は、アリッサ=ウィッチィ。初代よりも昔の時代から生きている本物の魔女だよ」
「初代魔王様よりも……」
「こう見えても、私は八百年は生きているからねぇ」
「はっ、ぴゃく……」
アッサム王国……いや、ソフィアの知るどの国よりも長い人生を送っている人物。
魔族が人間よりも長生きなのは知っているが、途方もない年月に絶句してしまう。
「おばさんよりも若い魔女族の長老でも、もう少しは老けているんだけどね」
フェルは呆れたような表情を浮かべて「本当に化け物だよね」と息を吐く。そして、ソフィアの方へ振り返った。
「パパの奥さんだった人の曾お婆ちゃんに当たる人物だよ」
「だった?」
「あっ、うん。私が物心つく前に亡くなったみたいでよくは知らないんだ。娘が一人いたみたいだけど、実家に引き取られたみたいで顔も知らない」
「そうだったんですか」
魔国の王室は思ったよりも複雑なのかもしれない。
意外だとは思うが、王族であれば珍しいことではないため特には気にしなかった。フェルも特に気にしていないため、すぐに話題を戻した。
「おばさんには昔から良くしてもらってたから、こうして時折顔を出しに来ているんだ」
「そう言えば、買い物に行ってくるって出て行く時がありましたね」
フェルは基本的に自由気ままな猫のような性格だ。
買い物に行く時も、どこへ行くとは決して言わない。というより、途中から目的地が変わるため聞いても意味がないのだ。
そのため、ここを訪れていたとは知らなかった。
意外だという気持ちがあるが、一方で確かにフェルならここにいても不思議ではないと思う自分がいる。
「それで、今日はどうしたのかい?」
「あっ、そうだった。お姉さんが、魔王祭にどんな料理が出るか知りたいみたい。ここなら色々と置いてあるから、何かあるんじゃないかなって。せっかくだから案内してあげようと思って連れて来たんだ」
胸を張って「私偉いよね」などと視線で訴えかけて来るフェル。
それを見たアリッサは、視線をフェルからソフィアに移す。そして、同情するような視線を向けて来た。
「そうかい。あんたも大変だねぇ」
「あははは……」
「ちょっ、それどう言う意味!?」
「思い当たるところなんて、たくさんあるだろうに。あまり振り回さないであげなよ」
――振り回されることは確定ですか……
ソフィアも否定する気は無いが、何とも言えない気持ちだ。
「それで、今日は飲食店の情報が欲しくて来たのかい?」
「うん、そうだよ。先取りしている店も多いと思うから、何か知らない?」
「ああ、知っているとも。にしても、姫様が飲食店の情報をねぇ」
心底意外だと言わんばかりの態度に、ソフィアは首を傾げる。
「フェルちゃんは普段何を聞きに来るんですか?」
「えっ、それは……」
「最近だと、ありさちゃんとやらの情報かねぇ」
「ありさちゃん?」
どこかで聞いたような名前に、ソフィアは首を傾げる。
ソフィアが思い出すよりも先に、アリッサが誰の事か教えて来た。
「魔王が通ってるキャバクラの店員だよ。まったく、娘に名刺を見つけられるなんて、あの悪ガキも成長していないねぇ」
「ああ、そう言えば……」
あまりに居た堪れなくて聞かないふりをした情報だ。
まさかこんなところで再び聞くことになるとは……。思わず苦笑してしまう。
「まぁ、大抵は碌な情報を聞きに来ないから、こうして普通の情報を聞きに来たと思うと成長を感じるさね」
まるで孫の成長でも見るかのような優しい瞳でフェルの事を見る。
フェルがアリッサのことを慕っているように、アリッサもまたフェルのことを可愛がっているのだろう。
それがよく分かる光景だ。
「さて、それじゃあ本題に入るとしようかね。聞くけど、軽食とランチ、ディナーどれが聞きたい?」
「できれば、軽食で。それと、出店ではどのようなものが出るのかも知りたいです」
「なるほどねぇ、ちょっと待ってな」
アリッサは、そう言って端末を操作し始める。
それから数分と経たないうちに、何枚かの写真付きの資料が作成された。
「取りあえず、この五件回ってみると良いさね。だいたいのトレンドは分かると思うよ」
「ありがとうございます! 因みに、お代は?」
「気にする必要はないよ、年寄りの気まぐれだと思いな」
「ありがとうございます!」
ソフィアは、アリッサにお礼を言うとフェルを連れてミッドナイト横丁の散策を始めるのであった。
ハリポタのダイアゴン横丁を参考にした感じです。
こう言った裏路地には、憧れます(笑)




