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第49話 ベンガルへ向けて

 それから一夜明けて。

 ソフィアは、ここ数日悩んでいた自分が馬鹿らしく思えるほどスッキリとした表情をしていた。

 自分が何をしたいのか。それが掴めたような気がしたからだ。


「それにしても、凄い人気だったな」


 ソフィアが、窓から景色を眺めながら今にも鼻歌を歌いそうなほど気分が高揚していると、不意にシルヴィアが声を掛けて来た。

 それに乗るように、ロレッタが意地の悪い笑みを浮かべる。


「師匠だって」


「っ!? あ、あれはミナちゃんたちが言い始めたことで……」


 ソフィアはロレッタの一言に頬を紅潮させる。

 すると、アルフォンスが会話に混ざって来た。


「昨夜のカレーはとても美味しかったですよ。皆さん、一心不乱に食べ続けていましたから。クルーズたちも美味しかったですよね」


「えぇ、まぁ……。見た目はあれでしたが、あそこまで人を魅了する料理があるとは……。料理の業の深さを知った気がします」


 歯切れが悪いのは、子供たちに混ざって一心不乱に食べていた自覚があるからだろう。それほどまでに魅了したカレーに戦々恐々としている。

 すると、ロレッタが首をしきりに何度か縦に振ると、言って来た。


「ソフィアのスキル上達速度は異常」


「そう、ですか?」


「そう。普通は、一週間くらいでレベルは上がらない。なのに、半月程度でスキルレベルが三も上がるのはあり得ない」


「えっと、四まで上がりました……」


 ソフィアの一言に、スキルについて詳しくないクルーズ以外の者たちの表情が固まる。直感的に、スキルに変化があったような気がした。

 昨夜それを確認したところ、【調合】や【目利き】のスキルが軒並み上がっていたのだ。

 そして、【料理】スキルにも……


――これは、言わない方が良いですよね

 

 ソフィアは、三人の表情からしてこれ以上衝撃を与えられないと思いもう一つの事実を心の奥底に仕舞うことにした。


「ゴホン。聞き違いかもしれないが、四と言わなかったか? 以前話したと思うが、レベル五で一流とされる」


「……はい」


 ソフィアは居心地悪そうに返事をする。

 この反応からして事実だと悟ったのか、ロレッタは首を振って言った。


「もともと下積みがあったから、早い。シルヴィアも、心当たりがない?」


「確かに、槍を鍛えた後に剣を鍛えた時成長速度が早かったが……半月で四というのは、流石に……」


「私も思う。けど、逆に考える」


「逆に?」


「うん。私たちの食事のクオリティが上がる」


 そう言って、ロレッタは勝ち誇ったような顔をする。

 シルヴィアは一瞬呆然とするが、すぐに言葉の意味を理解したのかスキルレベルの成長速度など些事だと言わんばかりに頷いた。

 一方で、人間だが魔国の常識に精通したアルフォンスが、ロレッタに尋ねる。


「スキルに関しては、専門家ではないので何とも言えないのですが、ロレッタさんはなんとも思わないのですか?」


「なんで?」


 アルフォンスの一言に、ロレッタは意味が分からなかったのだろう。首をコテンと傾げて不思議そうな目で見返す。

 ただ、シルヴィアは心当たりがあるのか、説明を加えた。


「料理人も武人も変わらないと思うが、出る杭は打たれるというものだ。自分を越える才能を見ると、どうしても足を引っ張りたくなる」


 ソフィアとしては、料理魔法の影響だと考える。

 そのため、ロレッタ以上に才能があると言われても首を傾げるしかない。

 ただ、ロレッタがどう思っているか気になるため、静観した。


「ああ、なるほど。私は料理を作る方ではなく、食べる方を目指しているから。美味しい料理を食べれるなら、どうでも良い」


「そうなのですか?」


「もともと料理研究家になりたかった。けど、説明会で料理研究家は給料が安定しない。それと、アンドリューに美味しい料理が食べられると騙されたから」


 当時の事を思い出しているのだろう。

 ロレッタの怒りを表わすかのように、馬車の中に魔力が渦巻く。


「確かに、料理の腕が上がれば美味しい料理を作れる。……けど、それは違う」


「なるほどな……美味しい料理を提供するのではなく、自分で作れるようになると言う意味でか」


 ロレッタがどう言う手口で騙されたのか理解し、シルヴィアが納得したような表情を浮かべる。ソフィアも納得はできるが、アンドリューに対して上がっていた好感度が一気に下がってしまう。


「業界研究や企業分析を怠ったのではないのですか?」


「……面倒なことはやらない主義」


「自業自得だな」


 アルフォンスの指摘にそっぽを向いたロレッタを見て、シルヴィアは苦笑する。

 それからしばらく談笑していると、不意に馬車が止まるのに気が付いた。クルーズが状況を確認するため外に出ようとすると、ゴドウィンが訪ねて来た。


「ゴドウィン、何かあったのか?」


「いや、大雨で土砂崩れが起きたようで道が塞がっている」


「通ることは可能か?」


「地盤がぬかるんでいて、回った方が安全だな」


 ゴドウィンの言葉にクルーズは頭を悩ませる。

 ある程度周囲の地図を記憶しているのだろう。だが、ソフィアが知る限りここから道を変えるとするともう一度村の方へ戻らなければならない。時刻もお昼を回っていることから、出発は明日になってしまうだろう。


「因みに聞きますが、他国の方々の到着はいつ頃になりますか?」


「三日前の時点で、既にダージリン領へ入ったと……まるで競うように来たので、予定が大幅に前倒しになっている状況です。まぁ、聖女様と殿下は特に仲が悪いですから」


「あれ、そうでしたか? お二人が談笑している姿を何度か見かけましたが」


「「……」」


 ソフィアは、「それほど仲が悪くないと思いますけど」と付け加えると、二人はどっと疲れたような表情をする。

 それを見て察しが付いたのか、アルフォンスは話題を元に戻す。


「流石に待たせるのはあまり良くないですね。やはり、この道を進んでいった方が良さそうです」


「ですが、かなりの危険が伴うかと……」


「ロレッタさん、土系統の魔法も得意でしたよね」


「うん。けど、フェルの方がこの場合は適していると思う。天変地異を起こすのは得意なはずだから」


 ロレッタの指摘に、シルヴィアは天井を見る。


「普段であればそれで良いのだが、今は拙いだろう。緑を見ていれば気が楽になるかもと言って天井に張り付いているが、ピクリとも動かない」


 そう、フェルは馬車の中にいないのは、乗り物酔いには自然を見るのが一番だと思ったからだ。

 とは言え、効果があるはずもなくしばらくすれば中に戻って来るだろうと思っていた。余計に悪化したようなので、意味がないのだろう。


「まぁ、そう言う訳ですからロレッタさんにお願いしても?」


「分かった……道を造れば良いの?」


「はい、お願いします。それから、シルヴィアさん。フェル様の回収をお願いします」


「分かった」


 そう言うと、シルヴィアとロレッタが外へ出る。

 それに続いてソフィアたち三人も外へ出た。


「確かにこれは危険ですね」


 道の半分近くが土砂崩れによって崩れていた。

 半分はまだ道として機能しているが、馬車が通った瞬間道が崩れても可笑しくない。クルーズの部下たちも引き返すしかないと思っているようだが、ロレッタは散歩でも行くような軽い足取りで近づいて行った。


「本当に道を作れるのかよ?」


 ゴドウィンの疑問は尤もだ。

 ソフィアも似たような気持ちだが、不思議とロレッタならできるのではないかと思ってしまう。

 周囲にもロレッタが何かをする気配が伝わったのか、誰もがロレッタの一挙手一投足に気を配り固唾をのむ。


 すると、途端にロレッタの身から膨大な魔力が解き放たれる。

 緑色の魔力が周囲を包み込む。


「【岩の道ロックロード】」


 簡略化された魔法だが、それで十分なのだろう。

 ロレッタの足元の魔法陣から幅三メートルほどある岩の道が橋のように伸びて行った。


「まじ、かよ……」


 この光景にはゴドウィンは口をあんぐりと開けてしまう。

 人間の常識を持つ者にとって、それはあまりにも出鱈目過ぎた。他の者たちもその現象を前に言葉を失っている。


「これで良い?」


「はい、十分です。ありがとうございました」


 アルフォンスはある程度把握していたからこそ驚きはなかった。

 ロレッタも大して力を使った訳ではないのだろう。疲れを感じさせない歩みでソフィアの方へ近づく。


「どうかしましたか?」


 すると、ロレッタが馬車の方へ指を指した。

 そこには……


「せ、せっかくの、出番だったのに……」


 まるでこの世の終わりとでも言いたそうな表情をしたフェルの姿だ。

 シルヴィアは相手をするのが面倒だったのだろう。まるで物のように肩に担ぐとそのまま馬車の中に放り込んだ。

 そして、仕事を終えたとばかりに手をパンパンと払う。


「どうかしたか?」


「いえ、何でも」


 心底不思議そうにするシルヴィアに、フェルの立場を思い出した者が一様に視線を背けた。


「取りあえず、先を急ぎましょうか?」


 変な空気を払拭するように、アルフォンスが声を出すと誰も反論せずロレッタの作り上げた道を通るのであった。




*****




 ソフィアたちの馬車から少し離れた場所。

 そこには二人組の男性が居た。


「なんだよ、あの馬鹿げた魔力は?」


 一人の男が、先ほど見た光景を思い出し、声を震わせる。

 一瞬で道が出来たことも驚きだが、それ以前に少女から溢れ出た魔力に恐怖していたのだ。


「分からん……だが、足止めに失敗したのは確かだ」


「ってもよ。あんな非常識な方法、誰が考えられるかよ」


「結果がすべてだ。受け入れろ。ただ……」


 男性はまた別のことで危機感を覚えていた。


「やはり、あの少女は危険だ」


 男性が思い出すのは、銀髪の少女だ。

 二人は雇い主から与えられたマジックアイテムで気配を限りなく消している。だと言うのに、あと一歩でも近づけば少女に気配を探られたと本能的に察知したのだ。

 現に、多くの者が魔法に視線を奪われている中、一人だけこちらに視線を向けていたのだ。気づかれたとは思っていないが、違和感を抱かれたのは間違いない。


「何故、マスターはこんな命令を?」


 ふと、声に出してしまう。

 正直言って、今回の命令は疑問点だらけだ。だが、疑問に思っても命令には従わざるを得ない。未だ呆然としている相方を正気に戻すと、再び尾行を始めたのだった。


 その背後にいる人形の存在に気づくはずもなく……









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