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第35話 アッサム王国へ向けて(下)


「では、ソフィア……貴方はどうしますか?同行をお願いできるでしょうか?」


 アルフォンスから告げられた一言に、ソフィアは瞑目する。

 自分に何ができるか。助けるどころか、足手まといになるのでは。ネガティブな思考が脳裏をよぎるが、ソフィアは迷わない。


「それが許されるのであれば、こちらからお願いします」


 と、ソフィアは深く頭を下げる。

 アルフォンスは、おそらく魔国へ至るまでの経緯の報告を受けているのだろう。ソフィアの行動に、軽く息をのむ音が聞こえて来た。

 そして、ソフィアが頭を上げると真剣な表情でソフィアの様子を窺う。


「よろしいのですか?……貴方にとって、すでにアッサム王国は縁もゆかりもないただの隣国でしかありません」


 念のために確認をしてくるが、ソフィアの意思は揺らぐことはなかった。感情を窺わせないアルフォンスの瞳をソフィアは逃げることなく見つめ返す。


「縁もゆかりもない……確かにその通りです。正直なところ、アッサム王国自体に関心はありません」


「では何故?」


 アルフォンスの問いに、一拍の間を空ける。


「私であるためです……私が大切に思うのは、アッサム王国で出会った人々やその思い出。それを何もせず失っては、私と言う人間が消えてしまう。だからこそ、アッサム王国へ向かうことは私の意思であり望みでもあります」


 ソフィアが毅然とした態度で自身の胸の内を明かすと、しばらくの間アルフォンスは無言でソフィアの瞳を見つめる。

 まるで、ソフィアの意思を見定めているようだ。だからこそ、シルヴィアもロレッタも何も言わない。フェルでさえ、真剣な表情でこちらを見ているのだ。

 そして、アルフォンスは息を吐き表情を緩めるとソフィアに告げた。


「……その意思、尊重させていただきます」


「では?」


「はい、ソフィアには同行して頂きます……とは言え、こちらが頼む側なのですがね」


 と、アルフォンスは苦笑する。

 先ほどとは、打って変わった態度にソフィアは安堵すると微笑み返した。


「これでも、国外追放された身ですから。私を連れて行くのは色々と大変かもしれませんよ」


「それを言うなら、私は国を捨てた身です」


「ふふっ、互いに苦労しそうですね」


 ソフィアとアルフォンスが笑みを交わす。

 そして、アルフォンスはソフィアから視線を外すと、蚊帳の外であったため居心地が悪そうな表情をしていた三人へ視線を向ける。


「では、今後の計画について説明させて頂きます。目的地は、アッサム王国王都もしくは、ダージリン領のどこかになるかと。そこで、アッサム王国宰相のセドリック=ダージリンと会談をする予定です」


 すると、ここでシルヴィアが一瞬ソフィアに視線を向けてから尋ねる。


「国王と、ではないのですか?」


「ええ、まあ。私情を挟むようで申し訳ありませんが、国王との会談は時間の無駄だと考えております。と言うよりも、余計に話をややこしくするだけでしょう。それに記憶が正しければ……」


 そう言って、アルフォンスはソフィアに確認を求めるような視線を向ける。

 その視線の意味を理解したソフィアは、苦笑交じりに頷いた。


「はい、相も変わらず国外へ出たことはありませんので、強気の姿勢を見せるかと」


「やはり、そうでしたか。まったく、兄の苦労が絶えませんね」


 フェノール帝国とカテキン神聖王国。

 この二か国が後の戦争に備えて、アッサム王国を重要視している。そのため、どちらの国からも煽てられ、お山の大将となっているのだ。

 セドリックが再三忠告しても取り合うことはせず、同様に甘い蜜を吸っている国王派の貴族たちが邪魔をする。

 九年前と変わっていないと失望したようにため息を吐くと、フェルたち三人に向かって言った。


「それに、あの方は女好きですから。会えば必ず強気な姿勢でアプローチを掛けて来ると思いますよ。それでも、お会いになりますか?」


「「「……」」」


 厄介ごとに発展するとしか考えられない一言に、シルヴィアたちは首を振る。嫌な予感でも覚えたのか、三人とも鳥肌が立っていた。


「そこであなた方四人にお願いしたいのですが、変装をして頂けませんか?」


「変装、ですか?」


 突然の話に、ソフィアは首を傾げる。

 一方で、シルヴィアやロレッタはアルフォンスの言っている意味が分かったのだろう。分からないのは、ソフィアと口を押さえられたままのフェルだけだ。

 すると、シルヴィアが、何故分からないと言いたげな視線を向けて呆れたようにため息を吐く。


「私たちの容姿を見て、何も思わないのか?」


「確かに三人とも人間離れした美しさ、ですが……あっ、人間離れしてますね!」


 ソフィアは、言葉の途中でシルヴィアの言っている意味を理解し、手をポンと打つ。そして、視線をシルヴィアの耳や尻尾、ロレッタの薄羽、フェルの黒翼に順次向ける。


――超人的な容姿を抜きにしても、これは目立ちますね


 そう思いつつ、何度も頷く。

 そんなソフィアの様子を余所に、ロレッタがアルフォンスに尋ねる。


「どうやって、変装するの?一応言っておくと、出し入れできないから」


「承知しております。ですから、これを提供させて頂きます」


 そう言って、アルフォンスは見るからに高価そうな箱を取り出すと、四人に配る。早速、封を開けて中から取り出すと……


「これは何?」


「見た目はブレスレットだが……おそらく魔道具だろう」


「ふごっ!」


「けど、色は違いますけど、皆でお揃いですね」


 入れ物から出て来たのは、順に金、青、白、黒の四種類のブレスレットだ。ソフィアは、お揃いであることが嬉しいのか、黒色のブレスレットをじっと見つめる。


「それは、魔王軍で開発された固有スキルの変装魔法が込められた魔道具です」


「固有スキルの研究が進んでいるとは聞いていたが、ここまで進んでいるとは……」


「うん、驚いた」


 アルフォンスの説明に、ロレッタとシルヴィアは研究成果を見て目を見張る。それだけ信じられない物なのだろう。

 驚く二人を見て、アルフォンスは笑みを深めると早速装着を促した。


「これで、良いのでしょうか」


 促されるままに、ソフィアは黒のブレスレットに腕を通す。ごく微量だが、魔力がブレスレットに吸い込まれたような感覚を覚えるが、特に変化があるように思えず首を傾げる。

 そして、他の三人に視線を向けると……


「大したものだな、本当に尻尾が消えるとは」


「羽が消えているから、空飛べない」


「本当に翼がなくなっているよ……何か違和感が凄いんだけど」


 そこには、自分の姿を見て感嘆の声を上げている三人の姿があった。因みに、シルヴィアがブレスレットを装着する際、フェルの口は自由を得ている。

 最初は半信半疑。実際に変化が分かると、面白いのだろう。三人とも、声が弾んでいるのが分かる。


 三人の変化は一目瞭然だ。

 銀狼族の特徴である耳と尻尾は消え、妖精族の特徴である薄羽や、黒翼族の特徴である黒翼はなくなっていた。

 三人の変化に驚き、パチパチと何度も瞬きをしていると不意にシルヴィアと視線が合う。


「ほぅ、黒髪も似合っているな……まるで大和撫子みたいだぞ」


「うん、確かに」


「私とお揃いだね!」


「あっ、本当です。黒髪になっています!」


 微妙な変化であるものの、変化に気づいたソフィアは嬉しそうな声を上げる。

 その変化を見る前は、自分だけが仲間はずれなのでは。そう考えて気落ちしていた分、喜びが大きかった。

 各々が喜びを顕わにしていると、アルフォンスが咳払いをしたため、視線が集中する。


「効能については、実感された通りです。あなた方には、魔国を出た後それで変装をして頂くつもりです」


 そう告げてから、一拍置くと本筋に戻る。


「既に、クルーズたちがアッサム王国へ戻っております。セドリックにい……ダージリン公爵へ言伝を届けてもらうためです。なので、日程につきましては後日改めて、ご連絡させて頂ければと思っております」


「あれ、すぐに行くんじゃないの?」


「お前、相手は宰相だぞ。お前と違って忙しいのだから、アポなしで面会できるはずもないだろう」


 途中、口を挟んだフェルにシルヴィアは呆れた表情を浮かべる。


「フェルちゃんは、王族ですからね……ローレンス様、アッサム王国の王太子に当たる人物なのですが、アポというより一方的な事前連絡でしたから」


「なるほど、王族故にアポを取ったことがない」


 ソフィアの言葉に、ロレッタは納得したように頷く。

 だが、これには異議があるのだろう。フェル……よりも先に、シルヴィアがソフィアたちに視線を向け言い放つ。


「王族でも社会人の常識は身に着ける必要があるぞ、単にこいつが出来ていないだけだ」


「その通り!」


 シルヴィアの一言に、フェルは胸を張る。どこにも誇れる部分はないように思えるが、その声からは自信のほどが窺えた。

 その姿を見て、シルヴィアは何かを言う気さえも失せてしまったのだろう。フェルの言葉を聞かないふりをして、アルフォンスに視線を向ける。


「コホン、時折会話の腰を折ってしまい申し訳ありません」


「いえ、お気になさらず……一応、大まかな話はこれで終了です。詳細については、ダージリン公爵から返信があってからお話します。他に、何か質問はありますか?」


 アルフォンスは、現状ではセドリックからの返事待ちだと申し訳なさそうに告げると、質疑応答に移る。

 そこで、早速手が上がったのは予想通りフェルだった。


「因みに、お菓子はいくらまで?」


「分かっていると思いますが、遠足ではありませんよ。お菓子については各自の判断にお任せします。ただ、移動手段が馬車になりますので、あまり荷物を用意されると大変ですよ」


「え、馬車なの?」


 馬車という単語に、フェルが目を瞬かせる。

 だが、徐々にその表情は喜色に彩られ声が弾みを得る。一方で、シルヴィアとロレッタは嫌そうな表情をしていた。


「お前は、楽観的で良いな……」


「えっ、だって、馬車だよ!普通乗りたくなるよね!」


「隣の芝生は青い……きっと、後悔する」


 ロレッタの端的な指摘に、フェルは首を傾げる。おそらく一度も馬車に乗ったことはないのだろう……と言うよりも、車や電車が普及している魔国で馬車に乗ろうと考える者は極僅かなはずだ。

 ソフィアは苦笑して補足説明する。


「アッサム王国は魔国と違って文明のレベルが違いますから、決して楽しいものではないと思いますよ。道路の舗装もしっかりとはされていないので、かなり揺れますし」


「それに、馬車は天候や調子などの要因で移動ができない日もありますから。仮にダージリン公爵領だとすれば、最低でも三日ほどは馬車で移動になります」


 ダージリン公爵領は、クリスタルマウンテンからアッサム王国を挟んだ向こうに位置する領地だ。馬車での移動ということは、当然予定にも狂いは生じる。

 最低三日という言葉に、シルヴィアが眉を顰めるとアルフォンスに視線を向けた。


「その間の宿はどうするのですか?」


「えっ、宿ってホテルじゃないの?まぁ、温泉が付いているなら、旅館でも平気だよ」


「「「「……」」」」


 フェルのあまりにも楽観視した発言に、誰もが言葉を失う。

 間違いなく、フェルは魔国の感覚で物事を考えているが、実際はその遥か下……一度魔国の生活を知った者には、耐えられないような水準の生活だ。

 エアコンの下で陣取っているフェルには到底馴染むことが出来ないだろう。


「なぁ、お飾りなら必要ない気がするのだが」


「うん、絶対我慢できないって文句を言っている気がする」


「フェルちゃんは、お留守番をしてもらった方が……」


 と、各々がフェルを連れて行かない方向で話を進めていると、アルフォンスが解決済みだと笑みを浮かべて言った。


「問題ございません、陛下よりマジックテントを預かっております。これであれば、不平不満を延々と聞かされることはありません」


 その言葉に、シルヴィアとロレッタは心から安堵する。一方で、ソフィアは何の魔道具なのか理解できず首を傾げていると……


「簡潔に説明すると、持ち運び可能な一般住宅です。テントの形をしていますが、中は時空魔法によって魔国の平均的な住宅と同等の設備が整っております」


「それって、かなり高価ですよね」


 ソフィアは、自身の腰につけているアイテムポーチを触る。

 シュナイダーより与えられた魔道具で、非常に重宝している一品だ。それにも、マジックテントと同様に時空魔法が込められており、その価値は測り知れない。


「ええ、魔国でも数点しか存在しない一品になります。とは言え、非常にコストパフォーマンスが悪く、死蔵していた一品です。点検のつもりで、使ってくれと魔王様より仰せつかりました。……他に、質問はありますか?」


 だが、すぐには疑問が思い浮かばないのだろう。

 ソフィアたちは顔を見合わせるものの、特に質問は思い浮かばなかった。その様子を見て、アルフォンスは言った。


「では、私はマンデリン支部に当分はお世話になりますので、何か聞きたいことがあるようでしたら、直接質問してくださって結構です。それと、連絡があるまでは、普段通りに生活を送っていただいて結構ですので」


 その言葉に、それぞれが了承するとアルフォンスは一礼をするとこの場は解散となった。


 それから、一週間後。


 クルーズたちが再び魔国へ戻って来たことで、ソフィアたちは五カ国を交えた極秘会談にダージリン領へ向かうことになった。







三章の前編は、『調査隊の報告』を入れて終わりです。

そこまで、もうひと頑張りしようと思います。


※四章の投稿は八月初旬を計画しております。


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