第26話 ロレッタによるスパイス講義
お昼を挟んで迎えた午後。
昼食を食べ終えて、ソフィアとロレッタが料理について雑談していると、アニータが部屋へと入って来た。
「どこ行ってたの?」
お昼休みの時間、ほとんど居なかったからだろう。ロレッタが不思議そうに首を傾げる。その様子を見て、アニータは苦笑して言った。
「これでも一応多忙な身ね。シュナイダーに頼まれていた仕事を片付けて来ただけね」
言われてソフィアは思い出す。
アニータは、人事部の採用教育係の責任者だ。面接は、シュナイダーが直接見て決めているが、それ以前の段取りはアニータが担当している。
外見年齢は、二十代半ばから後半と若く見えるが、狸の獣人は老化が遅くシュナイダーとほとんど年齢が変わらないらしい。
一日中ソフィアに付き合うことが出来ないのは、当然と言える。
「そうなんだ」
ロレッタも、言われて納得したのだろう。
やはりアニータ自身が一応と付けているためか、忙しくしている姿を見たことがない。悲しいことに、ソフィアは常に笑い転げている印象の方が強かった。
二人の考えを見越してか、アニータが苦笑した。
「これから、夏のインターンシップや秋には合同説明会とかあるね……ロレッタは、三年前に説明会で先輩として話したね」
「そう言えば、がら空きのブースに拉致された」
と、当時の事を思い出し口に出す。
「酷いね!人が集まる両隣のブースに挟まれた私の気持ちを考えるね!それに、拉致とは人聞き悪いね!」
ロレッタの的確に表現された当時の状況を思い出し、アニータは叫んだ。
ソフィア自身、合同説明会に参加したことはない。だが、アニータの言いたいことは大凡想像できる。
お店に例えるなら、両隣の店舗が繁盛しているのに対して、真ん中の一店舗だけは閑古鳥が鳴いている状況だろう。
それを想像すると、居た堪れない気持ちに襲われる。
「あの時の失敗は、チンピラ(アンドリュー)を連れて行ったからね……けど、今年はシュナイダーに頼んだ甲斐あって、ロレッタを連れてこれたね!」
「……」
ロレッタが、アニータの言葉に心底嫌そうな表情をする。
確かに、ロレッタはソフィアが出会った中でも一、二を争う美少女だ。それこそ、対抗できるのはシルヴィアくらいだろう。
儚げな雰囲気のロレッタとクールビューティーなシルヴィア。方向性こそ違うが、ともに男女ともに人気があっても可笑しくない。
ブースに立っているだけでも、自然と人が集まるだろう。
だが……
「集まって来る方は、料理ができるのですか?」
素朴な疑問だった。
ロレッタの容姿に惹かれて来た人が、全員料理を得意としているとは到底思えない。むしろ、料理と無縁な人の方が多いのでは。
そして、本当に求めている人材が、その中に埋もれてしまうのではないか。
ソフィアはそう思っての発言だ。とは言え、採用のプロであるアニータが、気が付かないはずが……
「……盲点ね」
「「へ?」」
アニータから発せられた一言に、ソフィアもロレッタも目を点にする。
おそらくロレッタもソフィアと同じ考えだったのだろう。だが、アニータが何か考えていると思い、今まで指摘しなかった。
ただ純粋に思い至っていなかったとは思わなかったのだろう。
「……えっ、どうするね?」
心底困ったように言うが、それを尋ねられても困る。
アニータの言葉に、来年の新入社員の数が脳裏に浮かび、ソフィアとロレッタは顔を見合わせてため息を吐くしかなかった。
「それじゃあ、勉強を始める」
「よろしくお願いします」
お昼休憩を終えて、午後の研修で二人の姿は会議室にあった。
アニータは今年の学生へのアプローチ方法を考え直しているため、ここにはいない。その結果、広い会議室にはロレッタとソフィアの二人しかいなかった。
無駄に大きなホワイトボードは、もう何年も使われていないのだろう。代わりに、キャスターホワイトボードの方が重宝されているようだ。
対面に座ると、ロレッタが会議室内に用意されたキャスターホワイトボードを近くに寄せる。
「今日はスパイスについて説明する」
そう言うと、ホワイトボードにペンを走らせる。
『生』『乾燥』『抽出』『混合』と文字を並べて行く。一通り書き終えると、ソフィアに向き合って説明を始める。
「スパイスやハーブの形態は、この四つが代表的。ただ、生で扱う場合は、薬味として使う場合とフレッシュハーブとして使う場合がある」
そう言って、ロレッタは、『生』と書かれた下に『薬味』と『フレッシュハーブ』と書き込む。
それを見て、ソフィアは首を傾げた。
「同じ生の状態で扱うってことですよね。その違いは何ですか?」
「薬味は和食でしその葉、花穂を刺身のつまとして使ったりする。フレッシュハーブは料理やソースに使ったりするくらい。どちらも生の状態で使うから、それほど違いはない」
と言って、ロレッタは言葉を区切る。
そして、近くにある紙袋から三つの瓶を取り出した。
「これが、フレッシュハーブ。代表的なものだけど、オレガノとペパーミントにローズマリーを用意した」
「これって、ハーブスパイス焼きに使われたものですよね」
ソフィアが興味を示したのは、以前ブラウンバードのハーブスパイス焼きで使われたオレガノだった。
一見すると、普通の葉っぱにしか見えないが、スパイスとして強い香りを持っている。
「オレガノは乾燥させた方が、香りが立つ。お肉にも合うけど、トマトやチーズに合うからピザに使われたりする」
「普通の葉っぱにしか見えないのですが、凄いのですね……それでこちらの二つは何でしょうか?」
感心したように呟くと、他の二つにも目を向ける。
見た目こそ明確に違うが、どちらも植物の葉っぱの部分だ。
ロレッタによると、ペパーミントは鼻にすっと抜ける冷涼感があるスパイスでデザートによく使われ、ローズマリーは肉や魚の臭い消しに使われるらしい。
一通りの説明を終えると、今度は乾燥の説明に移る。
「スパイスは、ドライの状態で料理に使われることが多い。ホール……原形で使われたり、粗びきやパウダーにして使われる。それは、料理に合わせて使う」
「なるほど……」
言われてみれば、生の状態のスパイスをほとんど見かけない。
スパイス専門店であるカラスキーで見たくらいだろう。一般のスーパーでは、フレッシュハーブを見た記憶がない。
それに、フレッシュハーブは野菜と同じで保存がそれほどきかないのだろう。ドライハーブはその点、長期保存ができるメリットがある。
「後は、抽出とミックス……おそらく抽出よりもミックスの方が分かりやすいと思うから、先に説明する。ミックスで知ってるのない?」
尋ねられて、ソフィアは逡巡する。
――ミックス……複数のスパイスを混ぜる……あれっ?
しばらくして、一つだけピンと来るものがあった。正解かどうか確かめるため、ソフィアは脳裏に浮かんだ料理を口にした。
「カレー、ですか?」
と、ソフィアが自信がなさそうに尋ねるとロレッタが頷く。
「そう。カレーは、スパイスとハーブの芸術品と言われている」
ソフィアは、ロレッタの言葉に納得する。
カラスキーカレーの調合レシピは企業秘密だ。そのため、詳細に何を使っているのかは教えてもらえなかったが、それでも何十種類のスパイスを調合しているのだと聞いた。
数多のスパイスを調合して、あの味を生み出しているのだから、芸術と言われてもおかしくない。
ソフィアが、納得しているとロレッタが言葉を続ける。
「他には、ガラムマサラもミックススパイスに当てはまる」
「ガ、ガラム、マサラ……ですか?」
ソフィアは、初めて聞く言葉だからだろう。とても言いにくそうに言うと、ロレッタが説明をする。
「そう、ガラムマサラ。カレーと似ているけど、調合されるスパイスがだいたい三から十種類。主にブラックペッパーや、カルダモン、コリアンダー、クミン、シナモン、クローブ、それからナツメグが使われる。あとは、チリペッパーで辛みを加えることもある」
多数のスパイスを諳んじるロレッタの姿を見て、ソフィアは驚きと共に凄いと思った。
以前、アニータからロレッタはスパイス料理のスペシャリストと聞いた。スパイスに特化した料理人であり、その点に関してはシュナイダーに追随しているそうだ。
「どうかしたの?」
ソフィアが、呆然とした表情をしていたからだろう。
ロレッタが、心配そうに声を掛けて来た。
「いえ、大丈夫です……やっぱり、ロレッタさんは凄い料理人なんだなと思って」
「……煽ててもなにも出ない」
突然の称賛の言葉に、ロレッタは困ったように言う。
だが、これは世辞ではなく本心からの言葉だ。それを分かってもらおうと、更に言葉を続けようとすると、ロレッタがソフィアに何かを渡す。
――飴ですね
棒付きキャンディーのプリン味だ。
おそらくロレッタ自身が好きなのだろう。魔国では有名なテーマパークのキャラクターの形をしたキャンディーだ。
先ほど煽ててもなにも出ないと言っていたが、ロレッタの顔をよく見ると嬉しそうな表情をしていた。
(先輩としての威厳が保たれた)
と、内心思っていたことはソフィアの知る由もない。
今度は逆にソフィアが困った表情をするものの、素直にキャンディーを受け取る。
「コホン……それで、最後に抽出について。これは、そのままの意味でスパイスやハーブの成分を抽出したもの。インスタントの調味液やキャンディーもそれに当てはまる」
「あっ、ミント味とかがそうですか?」
「そう、あれもハーブから成分を抽出して作られている」
ロレッタはソフィアの言葉に頷くと、言葉を続けた。
「この四種類とは別に、最近だとシーズニングスパイスがある。スーパーでも普通に売られているから、見たことがあると思う」
「えっと、それは何でしょうか?」
ロレッタに見たことがあると言われても、ピンと来なかったのだろう。ソフィアは首を傾げる。
「スパイスに調味料を混ぜたもので……これのこと」
そう言うと、ロレッタが紙袋の中から小さめの袋を取り出す。
パッケージにはハンバーグと書かれており、中にナツメグなどのスパイスと調味料をミックスした物が入っている。
「あっ、それのことだったんですか。見たことはあるのですが、名称は知りませんでした」
「これは、メニュー専用だけど、シナモンシュガーみたいな汎用品もある……以上が、スパイスとハーブの形態について。じゃあ、今日のスパイスの勉強は終わり。次は、実際にスパイスを使ってみる」
その後、厨房でスパイスを扱いその日の研修は終了したのだった。
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氏名 ソフィア=アーレイ 年齢 16 性別 女
固有スキル 料理魔法
汎用スキル
料理Lv10 忍耐Lv9 交渉Lv4 速読Lv7 秘書Lv8 算術Lv5(↑) 指揮Lv6
水魔法Lv1 生活魔法Lv3 睡眠耐性Lv8 毒耐性Lv6 護身術Lv1 舞踏Lv2
作法Lv3 掃除Lv6 乗馬Lv2 農作業Lv6 土木Lv5 錬金術Lv6 調合Lv1(New)
目利きLv1(New)
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ガラムマサラは、インドを代表するミックススパイスですが、
カレー粉は、インドではなくイギリス発祥のミックススパイスみたいです。
どちらも、インド発祥だと思っていました(笑)
次話は、明日更新します!




