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二十一話 準備中

「うーん、やっぱりだめか」


 翌日、僕はヴァルハラの転移用の魔法陣と、地下の迷宮主の間を行き来していた。一見無意味に見えるが、これにはちゃんと意味がある。

 僕が行っていたのは、調度品の調査だ。

 とある日、シェリーの一言からふとした疑問が浮かんだ。


「調度品って、どんなものまでなら作り出せるのでしょうか?」


 言われてみればその通りである。例えば、僕が観葉植物として、迷宮に毒の霧を撒き散らす植物を置きたかったとする。これは、果たして調度品の範囲に含まれるのか? 答えはノーだ。実験してみた結果、植物や生物などを調度品として作り出すことはできなかった。

 となると、その定義はどのようなものになるのか? それを知るのが今回の実験の目的だった。

 結果から言うと、生物や危険物は作り出せないと言うのが、今回の結果だ。先程の植物もそうだが、ネズミや牛などの動物も作り出すことはできなかった。

 次に、危険物の呼び出しだ。剣や槍などはもっての他で、いくら魔力を集めても、欠片も反応しなかった。では次に、包丁を作り出すとしよう。これは簡単に作ることができた。しかし、その包丁を誰かに向けると、途端に消え去り、ただの魔力に戻ってしまう。お皿を割ってみれば破片は消え去るし、ドラマで使われそうな重厚な灰皿なども、本来以外の用途に使おうと考えると、その姿を消してしまう。

 一体、どんな基準でそうなっているのかはわからないが、とにかく危険なものや生物が作り出せないのは分かった。

 次は、どれくらいの間、物が維持できるかという実験だ。

 ヴァルハラ中の調度品を確認してみたが、今のところ失われているものは存在しなかった。ということは、少なくとも短時間での消失は起こり得ないと言うことだ。では次に、外に持ち出そうとするとどうなるのかだ。

 試しに、調度品として木製のステッキを作り出し、それを持ったまま迷宮の一層に降りてみた。すると、不思議なことに持っていたはずのステッキは消え去っていた。他の様々なもので調べてみても結果は同じ。コップに水をいれたまま移動したときは、制服のズボンが濡れるはめになってしまった。

 調度品は有効活用できるもだと思っていたのに、ここに来て思うようにいかない事態が発生してしまう。計画が頓挫すると言うほどのものでもないが、恐らく不便にはなるだろう。

 僕は腕を組むのを止め、ストレッチで筋肉の疲労を和らげる。そんなことをしていると、転移用の魔方陣が輝き、中からラシールが現れた。


「ご主人様! 頼まれていたことが終わったの!」

「ああ、ラシール、お疲れさま。思ったより早かったね」


 調度品の調査をする前に、全員に頼み事をしてあった。それが終わるまではしばらくはゆっくりとできる予定だったんだけど、ラシールが予想を遥かに超える早さで仕事を終わらせてきたため、僕の休憩は無くなってしまう。僕はラシールを連れて、迷宮の地下へと転移した


「これが、今の迷宮の範囲にあった鉱石なの!」


 ラシールはそう言って、誇らしげに胸を張る。その豊満なバストの先にあったのは、文字通り山のように積まれた鉱石の数々だった。


「ずいぶんと沢山あったねぇ……」

「迷宮を最初に整備したときから、すでに鉱脈に当たってたの! 元々根を伸ばすのには邪魔だし、ちょうどいいから掘り出したの!」

「ああうん、そっか」


 僕がラシールに頼んでいたこととは、地下に存在する鉱石資源の採掘だ。残念なことに、この迷宮は植物以外の物資が枯渇している。僕がこれからどのように動くにしても、物がなければ動きようがない。と、なると、まずは資源の確保を最優先に行うべきだ。その一環として、まずは地下に存在していた鉱石の掘り出しを頼んだ。

 幸いなことに、ラシールは生まれつき、《地魔法》を習得しているらしい。簡単なことなら行えるようで、何かと重宝している。外のクレイマンや、迷宮の地下入り口を作ったのもこれのおかげだ。

 さて、掘り出された鉱石についてだが、僕が考えていたよりも遥かに質の高いものが産出されたらしい。


「金、銀、銅、鉄、それに魔石まで見つかってるの! 量は少ないけど、魔鉄鉱も掘り出せたの! 大漁なの!」


 挙がる名前といえば、元の世界でも貴重な貴金属として有名なものや、名前も知らない異世界の鉱石ばかり。が、何となく希少そうなことは分かる。


「へー、そんなに色々採れたんだ。ありがとね、ラシール」

「えへへ、もっと褒めてくれると嬉しいの!」


 ラシールはそう言いながら、いかにも撫でてほしそうに頭を差し出す。生憎ながら僕はそれほど背が高くないので、体を伸ばしながら頭を撫でる形になる。カッコつかない。


「よしよし」


 僕がラシールの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑顔を見せる。これくらい素直に喜んでくれていると、カッコ悪いところを見せたのも忘れるほど、胸の中が暖かい気分になる。


「とりあえず、これはヴァルハラの倉庫にでも入れておこうか。運ぶのはお願いできる?」

「もちろんなの! ご褒美も忘れないでほしいの!」

「はいはい、分かってるよ」


 鉱石の加工は、僕が魔法を覚えてからだ。




―――――




「こちらが、ご主人様がお食事を作られる厨房になります」


 私は今、迷宮の案内を受けている。

 果たして、世の中に迷宮の案内を受ける冒険者など存在するのだろうか。いや、いるはずがない。

 迷宮に入ったら人質を取られた。分かる。人質をだしに脅迫されて、命令を聞かされている。まだ分かる。しかしだ、その迷宮のなかには豪邸があって、今まで見たこともないような豪華な食事でもてなされたなど、聞いたことがない。その上、迷宮の中を魔物に道案内されているなどと、口に出したところで誰が信じてくれようか。今まで幾度となく迷宮に潜ってきたが、こんな扱いを受けるのは初めてだ。いや、不満がある訳じゃないけど、形容しがたい屈辱感を味わっている。

 しかし、だ。案内される先は、どこも私たちでは思い付かない技術で溢れている。取っ手を回せば水が出たり、ボタンを押せば火がついたり。あげくの果てには魔法でもないのに、冷気で満たされた箱が存在したり。もう訳がわからない。

 果たして、私は本当に必要だったのだろうか? 最初は慰みものにされるものだと覚悟していたが、今では不要だったのではないかとさえ思う。


「――、聞いていますか?」

「え、いや、ごめんなさい。ボーッとしていたわ」

「……はぁ。人間の方は皆同じことをするのですね」

「えぇっと、よく分からないけどごめんなさい?」


 私が混乱している間に、彼女の心の傷をえぐってしまっていたらしい。謝りはしたのだが、彼女は私の言葉も意に介さず、案内を続けていくようだ。


「では、次は書庫にご案内を」

「……は?」


 歩き出そうと前へ出した脚が止まる。彼女は今、書庫といったのだろうか? 本と知識が詰まった、あの書庫だろうか。


「いかがなさいましたか」


 彼女は呆れたようにため息をつく。


「この迷宮には書庫があるの? 本棚じゃなくて?」

「そうですが……。ああ、一般には見られない物でしたね」


 当然だ。一般に普及されていない本をひたすら集めるなど、金持ちのやる事だ。未だ手作業で写す以外に有効な手立てが見つかっていないのだから、その価値は非常に高い。それを集めるほどの力が、あの迷宮主に存在しているということか?


「ご安心を。御主人様からは、自由に閲覧していただいて構わないと言われております」


 自由に、閲覧して、構わない?

 私がその言葉に涎をこらえていると、いつの間にか目的の部屋に到着していたようだ。部屋に入ると、乾いた紙の臭いが肺一杯に入り込む。一年前は同じ空気を吸っていたというのに、少し期間が開いただけで久しぶりに感じるものだ。

 書庫とは言っていたものの、その様相は図書館に近い。中央には複数人が囲むことを想定している大きな木製のテーブルと椅子が置かれていた。それ以外のスペースは、地面から天井まで続く巨大な本棚が並んでいる。だが、そのほとんどに、本は置かれていなかった。


「あれ、クリスさん? それに、ライラでしたっけ」


 テーブルの前にはシェリーと名乗ったスライムが、人の形を成して座っていた。周囲にはペンや、何かが書かれた紙が置かれている。相変わらず、接している限りは彼女がスライムであるということを忘れそうになる。だが、その体内は人間と全く異なる構造をしているというのだから、見かけによらない物だ。


「シェリーもお疲れさまです。作業のほどはいかがですか?」

「あと少しといったところです。クリスさんは案内ですか」


 クリスさんが静かに肯定の意を返すと、シェリーはこちらを睨むように見つめてくる。その視線からは、殺意こそ感じはしないが、十分な害意を感じる。

 怯えてはいけない。ここで軽視されては、迷宮主は別としても、それ以外からどんな目に遭わされるのか分かったものではない。


「なんでご主人様があなたを手元に置いたのかは分かりませんが、何かあれば容赦はしません」

「分かってるわ」


 残念ながら、私の《風魔法》や《火魔法》と、彼女の《水魔法》は相性が悪い。加えて、隣に立っているクリスという精霊や、《地魔法》を使うであろうドリアードが同じ迷宮にいる以上、この迷宮内で事を荒立てる訳にはいかないだろう。その時は、私の命をもって、始末をつけなければいけない。


「ところで、それは何をしてるんですか? 何か書いてるみたいですけど」

「これですか? ご主人様の為に――」


 ――魔導書を書いているんです。


「……え?」




―――――




「クソッタレ!」


 ろうそくの儚い明かりに照らされる中、殴られたテーブルが耐えられず、破片を散らして原型を失う。殴りつけた手には血がにじむが、怒りからその痛みを感じることはない。彼女は、そんな様子の俺に気遣わしげな声を掛ける。


「ごめん、本当にごめんね」

「だからっ! お前は悪く……クソっ!!」


 自分はなにをやっているのだろう。レニィはなにも悪くない。守る力の無かった自身が悪いだけなのだ。だが、その事実が許せない。それゆえに、自身の内で消化することもできず、周囲に傷をつけていく。

 ……自分は、何をしているのだろう。

 重苦しい沈黙のなか、部屋のドアがノックされる。


「グレン……」

「出るよ」


 もしも迷宮の使者(あいつら)であるなら、対応しないわけにはいかない。心を落ち着け、怒りを押し殺す。魂が燃えるような業火を自身の内に感じながら、ドアノブを回す。


「こんばんは。皆様にはお力を貸していただきたいのですが?」


 外には黒い神父がたっていた。

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