十七話 想定外
「クソが!」
グレンが雄叫びと共に、手に持った鉄塊を振るう。一般とはかけ離れた胆力によって振るわれたそれは、周囲の大気を巻き込みながら強引に敵の肉体と周囲の草木を切断する。
「《ヴァルム》!」
魔法の詠唱が終わり、名前と共に魔法が発動する。目標地点の大気が消滅し、元に戻ろうと周囲の空気を飲み込み、物質を巻き込む。
薄汚い布切れをまとった魔物は、私の狙い通りに真空の空間に突撃し、断末魔をあげる暇もなく切り刻まれる。しかし、敵の数が目に見えて減ることはない。
レニィも必死に短剣を振るってはいるものの、どこに、どれだけの数がいるかもわからない敵に歯がゆい思いをしているようだ。
「わらわらとわいてきやがって!」
「一体どれだけいるのさ!?」
次々と表れるゴブリン達を、確実に葬り去っていく。だが、周囲の草木の揺れが収まるようには思えない。
私は唇を噛みながら、また次の魔法を放つために詠唱を開始した。
―――――
「あーあ、すっかり罠にハマっちゃってるね」
モニターを前にして、にやにやと嫌らしい笑いを浮かべる。手のかかったトラップだけに、苦戦している冒険者たちを眺めているのは実に気分がいい。
「仕方のない事かと。それに、この陰湿な罠を作り上げられたのは御主人様ではありませんか」
そんな風に笑う僕を、クリスが冷たい目線で咎める。まあ、気分が良くても褒められたことではないのは間違いない。
シェリーは苦戦する冒険者たちを食い入るように見つめ、観察している。何のためなのかは分からないが、冒険者たちの情報を集めているようだ。ラシールはヴァルハラの自室で寝てるので、ここにいるのは僕たち三人だけだ。
ちなみに、冒険者たちがいるのは未だに二層目の一階、入口にあたる部分のニダヴェリール。
この階は全面亜熱帯のジャングル的なフィールドになっている。森という閉塞感や暑さなどの自然的な暴力が集中力をそぎ、判断力を鈍らせる。
そんな階層に表れる敵は、ただのゴブリンだ。
ゴブリンは決して強い敵ではない。冒険者が最初に相手をする魔物であって、熟練者にとっては脅威とは程遠い。その理由の一端として知能の低さが挙げられる。彼らはそれほど個体が強いわけでもないし、その上それを補おうと考える知能も持っていない。これでは、脅威どころか前に立った瞬間に三枚に下ろされるのは請け合いだろう。
しかし、彼らは小柄で、その上繁殖力が非常に高い。もしも彼らが圧倒的物量で攻め寄ってくることがあれば、熟練者たちであっても苦労するし、場合によっては苦戦を強いられるかもしれない。
だから、僕はそういう盤面を用意した。
この階層とは違う階層に、魔物たちの繁殖場を用意したのだ。そこから、他の階層に向かって魔物たちを転移させる罠を設置する。すると、今までは知能が足りず、戦力に数える事すら難しかった魔物たちが一転し、凶悪な群体に早変わりする。大発生したイナゴの様に。圧倒的な物量でその場のものを食らいつくす。そういう階層として作り上げた。
そして、目の前の冒険者たちはその沼に転がり落ちた。
「さて、そろそろいいかな」
僕はそれなりに苦戦した様子の冒険者達をしばらく眺め、迷宮の書を使ってゴブリン達を供給していた転移の罠を停止させる。これで、あの冒険者たちが相手にしなければいけないのはあの階層にいるゴブリンだけだ。
「御主人様、いかがなされたのですか?」
「なにが?」
クリスは僕の行動の意図が読めないらしく、驚きの表情で僕の顔を覗き込む。
「なぜ転移を止めたのですか? あのまま放置すれば、あの冒険者たちはそう遠くない時間で息絶えたと思われます」
「だって、あのまま殺しちゃったらマズいから」
「マズい……ですか?」
「ご主人様、そこから先は私が説明します」
僕が解説をしようと説明事項を頭に思い描いていると、シェリーが解説役を名乗り出る。僕としては今後の経営方針に関わるし、クリスさんには迷宮の基本的な管理を頼もうと思っている手前、解説自体は僕の方からしておきたい。……が、シェリーが僕の意図を汲んでくれているかも気になるところだ。
もしも解説が間違っているのなら僕の方から補足を挟んでおけばいいし、そうでなければ僕の意図を完ぺきに読めるようになったことを褒めるべきだろう。変態だから褒めた後の反応が心配だけど。
と、言うわけで、僕はシェリーの方に視線を動かし、ニッコリと微笑むことで了承の意を伝えた。
「まず、前提として先程ご主人様が言った通り、あの冒険者達は殺してはいけません。生かして返す必要があります」
「そこが理解できません。そもそも御主人様は、現在安全な暮らしを最上として行動しています。でしたら、あの冒険者達は抹殺し、その数を減らすべきではありませんか?」
クリスは淡々と説明するシェリーに対し、冷淡な表情で質問を投げ掛ける。二人の様子が修羅場のようで、それを目撃しているようでこっちが怖い。
シェリーは軽く首を振り、説明を続ける。
「冒険者は人間です。放置したとしても勝手に増えますし、増える速度よりも早く殺し続けるのは難しいでしょう」
シェリーの言った通り、彼らは職業の一つとして冒険者をやっている。冒険者を殺し続けるのは難しいし、そんな労力をいちいちかけていられない。ならば、来ないようにすればいい。
「だから、冒険者は殺さずに返してしまえばいいんです。生きて帰った冒険者たちは、必ずといっていいほど迷宮に関する情報を流します。そこで、この迷宮の情報を流してもらうんです」
「あえて迷宮の情報を流すことで、この迷宮の危険度を知ってもらい、冒険者達を遠ざけると言う訳ですか」
「その通りです」
知っての通り、この迷宮は陰湿かつ危険度も高い。だと言うのに、現在迷宮の中には宝らしい宝も設置されていないのだ。
そんな旨味の無い迷宮に、命を賭けてくる者がいるのだろうか? いや、いない。いるはずがない。所詮は冒険者なんて、命あっての物種だ。それをわざわざするなんて、馬鹿のすることでしかない。
「で、あってますよね? ご主人様」
シェリーはクリスに完璧な解説を終えて、きらきらと輝いた目で僕の方を見つめる。
「バッチリ」
「やりました!」
僕は明らかに褒めてほしそうにするシェリーに対して、親指を立てて満点であることを伝える。それを見たシェリーは嬉しそうに笑顔を浮かべて、少しだけ緩んだ笑顔を浮かべる。可愛い。
「勝手な憶測で、差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした」
クリスは丁寧なしぐさで腰を折り、首を垂れる。僕としてはそんなことをして欲しくないし、してもらっても全然嬉しくはないから止めたいところだ。……が、彼女の表情は冷たいというよりも真剣そのもので、自分で自分の行動を悔いているようだった。だとしたら、僕は彼女の行動を受け入れるべきだろう。
「別にいいよ。今後、僕も間違った行動をとると思うから、そういう時はさっきみたいに止めてほしいし、躊躇わないで欲しい」
「かしこまりました」
頭を上げる頃には、クリスの表情はいつも通りのものになっていた。表面上だけかもしれないが、それだけ取り繕える余裕があるのなら、後は自身の問題だ。
僕は気を取り直してモニターの方に目をやる。
うん、ゴブリン達もほどんどいなくなって、冒険者たちも次の階層に進むらしい。道も間違いなく次の階層への通路を進んでいるし、放っておけば次の階層に進むだろう。
いやー、それにしても隠してあった緊急用転移魔法陣に近づかれた時は焦った。バレることはないと思っていたけど、魔法で隠しておいて正解だったね。暑さと湿気で隠されていたことにも気づかなかったみたいだし、本当に良かった。次までにきちんと隠す方法を考えておこう。
そういえば、まだ魔法陣についての細かい話は聞いてなかったな。そういうものがあるって話は聞いたけど、今度しっかり聞いておかないと。
「……ご主人様」
「ん、どうかしたの?」
僕が早くも見つかった欠点の改善案を考えていると、シェリーが青い顔で話しかけてくる。
「ら、ラシールが」
「ラシール? ラシールがどうかしたの?」
シェリーは震える唇でラシールの名をつぶやく。今はヴァルハラでお昼寝タイムを堪能しているはずのラシールの名前が、どうしてここで出てくるのだろうか?
「冒険者の進行方向上に――」
「――なんだって?」
僕が慌ててモニターを確認すると、冒険者達が数分ほど進んだ位置に、ラシールが立っている。寝ぼけているのかなのか知らないが、近くにある木に寄りかかってなにやら会話をしているようだ。
「待て待て待て待て!」
ここからラシールに話しかけることはできない。この階層には緊急用転移魔法陣がいくつか配置されているものの、そのどれかにたどり着くよりも冒険者たちがラシールの元に到着する方が絶対に早い。
間に合わない? ダメだ。許さない。僕を信頼してくれている者を、意味もなく殺させるわけにはいかない!
「御主人様、私と一緒であれば、迷宮内のどこへでも自由に転移できます」
「それだ!」
僕は即座にクリスの腕を掴む。クリスが全身から淡い光の粒子を立ち上らせる。
「私も!」
「シェリー?!」
危ないからダメだ。そういうよりも早く、クリスの光が僕らを覆い、僕たちをニダヴェリールへと転移させた。




