十一話 できる子ラシール
「で、今日の宿はなくなった訳なんだけど」
シェリーとラシールのやり取りを楽しんだあと、重要な問題を口にする。
僕の今後に関わる詳細が書かれているという本は、既に木に取り込まれてしまっているし、シェリーもこの状況についてはよくわからず混乱していた。
何よりも問題なのは、雨風をしのぐのに使う予定だった洞穴は竪穴へと変化してしまっている事だ。先程様子を確認してみたが、穴はかなり深いらしく、地面のようなものは見られなかった。
せっかく今日の宿を求めてやってきたというのに、これでは移動してきた意味がない。それどころか、無駄にエネルギーを使ってしまったことが悔やまれる。
一体どうしたものかと悩んでいると、ラシールが大きく手を挙げた。その拍子に、低い身長に見会わない豊満な球体が揺れる。
「はいなの!」
「ん、どうかしたの?」
「あの穴のなかは結構深いの! というか、お部屋になってるの!」
……ほう。
「ラシールはあの辺りの事が分かるの?」
「あの辺りっていうよりは、あの木が根を張ってる場所の近くはラシールの知覚範囲なの!」
あの木の大きさから察するに、根の張っている範囲は相当広いだろう。見た目だけなら樹齢千年近い見た目をしているしね。
つまり、この辺り一帯はラシールの知覚範囲内に当たるということになる。
「ラシール、他に何か変わったものはあるの?」
今まで静かに話を聞いていたシェリーが、真面目な顔で口を開く。考えていることは大体僕と同じらしい。
「この辺りは魔力が豊富なの。その魔力の流れの一部が、さっき話したお部屋のなかに流れ込んでいるの。
あと、根の最深部の辺りに硬いものが当たってるの」
魔生の森は魔力が豊富であるという話は、村にいたときに村長さんにも聞いた話だ。それに間違いはないだろう。しかし、それ以外はどういうことなのかさっぱりだ。
「とにかくその部屋に行ってみないと話は始まらないかな。もしかしたら、取り込まれた本もあるかもしれないし」
「分かりました」
「はいなの!」
さて、部屋に行くとは言ったものの、具体的な手段は思い付いていない。竪穴は相変わらずぽっかりと口を開けており、底は見ることができない。シェリーやラシールなら別かもしれないが、僕は落ちたら死ぬだろう。
恐怖に襲われながらも、滑って落ちないように慎重に入り口を探す。しかし、やはり入り口になりそうなものは見当たらない。
「シェリーかラシール。これってどうにかならないかな?」
流石にどうにもならない。自力で降りることを諦めた僕は、後ろで控えている二人に声をかける。
「私ではどうにもなりませんね。もう少し明るければ話は違うのですが」
流石のシェリーでもどうにもならないらしい。高さがある程度分かっていればクッション代わりにして、降りる事もできたのかもしれないが、底が見えないほどの深さではそういうわけにもいかない。
「はーい! ラシール、ラシールが何とかするの!」
ラシールはシェリーの後ろから身を乗り出して大きく手をあげる。可愛い。
「じゃあ、登り降りが楽になると嬉しいんだけど」
「お安いご用なの!」
ラシールはそう言うと、僕たちが見ている前で人差し指をくるりと回す。すると、足元で待ち受けていた竪穴が段々と広がっていく。
ラシールがもう一度指を回す。広がった竪穴の一部がせりだし、長い滑り台のようなものを形成していく。
「まだまだなの」
ラシールが得意気な笑みを浮かべると、滑り台が階段へと形を変えていく。手すりこそ無いものの、降りやすさという点においては、先程と比べるべくもない。
「こーれーでー、完成なの!」
ラシールは、音楽奏者がタクトを振るように指先を大きく振り上げる。すると、先程まで真っ暗だった空間に淡い光が点っていき、階段とその周囲の空間が照らされていく。一体なにが発光しているのだろうと目を凝らせば、こぶし大から頭くらいの鉱石が光を放っていた。
「ふふーん、近くにあった硬いのは鉱脈だったの! だから、それを使ってライトアップしたの!」
ラシールは自慢げな表情でシェリーを押し退け、撫でろとばかりに頭を差し出す。可愛い。
その様子がおかしくて、軽く笑いながら頭を撫でると、ラシールはにへへという萌え系マンガみたいな笑いかたをしてはにかんだ。可愛い。
「こほん」
ラシールの可愛さに夢中になっていると、シェリーが不満そうな表情で口元に手をあて、咳払いをする。
「ご主人様、道ができたのなら早く行きましょう。今だ分からないことも多いんですから」
シェリーは不満そうな表情をそのままに、今やるべき事を口にする。しかしながら、その目は羨ましいから私もという台詞を如実に物語っていた。目は口ほどにものをいうっていうのはこの事だね。
「はいはい、ごめんね。それじゃあ行こうか」
竪穴は立ち上がれるほどに広くなったため、いつまでも屈んでいる必要はない。僕はこらえきれない笑いを必死で押さえつつ、シェリーの頭を軽く撫でてから立ち上がった。
「……ご主人様のばか」
僕はシェリーの可愛さにやられた。一回休み。
さて、日が傾くまでゆっくりとシェリーとラシールの可愛さを堪能していたのだが、頭を撫でられ続けるという羞恥に耐えられなくなったシェリーが涙ながらに怒鳴るという事態になったために、続行を断念した。
僕達は気を取り直して、ラシールの作った螺旋階段を一歩ずつ、転んだりしないように降りていく。
ラシールの作ってくれた階段は思ったよりも長く、降りるのに十分もの時間をかけることになった。
底はエントランスかホールのような形になっており、奥に続く通路が延びていた。通路にも先程と同じ鉱石が等間隔に埋まっているため、足元が見えないということもない。
通路は廊下というより、回廊と呼んだ方がいい長さだった。周囲の地面はラシールの手により固められているらしく、一歩歩く度にコツコツという靴音が響き渡る。まあ、靴音をさせているのはシェリーなんだけど。
最奥の部屋は荘厳な扉によって阻まれていた。
扉には、大きな木がその根をもって大地を支えている事を表した彫刻がなされている。
扉に開閉部は見受けられず、どのようにして開けるのか検討もつかなかった。ドアノブは存在しないし、かといって取っ手があるようでもない。というか、そもそもこんな大きさの扉を僕が開けられるわけもない。
「これってどうすれば開くんだろうね」
僕はシェリー達に話を振りつつ、扉に近づく。何か仕掛けの一つでもないものかと思いながら、僕が扉に触れると、僕の中から魔力が極わずかに抜き取られる感覚を覚える。
「魔力による認証が完了しました。迷宮主の間、開門いたします。また、三十日の間、迷宮全体に《侵入不可》を与えます」
どこからともなく流れてくる、機械じみたアナウンス。それが終わると、目の前の扉は地響きをさせながら横へとスライドしていった。
部屋のなかは、まるで現実とは思えない光景だった。
部屋の壁は水のカーテンで覆われており、その下には滝壺かある。蓮の葉や花が浮く姿は、この場所の神秘性に拍車をかけていた。通路となる場所は地上と同じく短い草が生えており、管理された庭園をほうふつとさせる。
通路の先には玉座と、見覚えのある本があった。絢爛な装飾が施された大部分とは裏腹に、座るための部分は柔らかそうな布地で出来ている。見た目だけでなく、実用性も兼ね備えているらしい。
「すご……」
「綺麗です……」
「なの……」
僕だけでなく、全員が神秘的な光景に圧倒され、言葉を失っている。ラシールに関しては語尾しか言っていない。
僕たちがその光景を眺めていると、先程聞いたのものと同じアナウンスが聞こえる。
「中へお進みください」
一応、魔王から渡されたものによって出来たものだ。 僕たちに害などは無いだろう。そんな予測のもと、中へと足を進めていく。
玉座の付近までやって来た時、開いたとき同に本が発光する。強い光は僕たちの視界を奪い、辺り一面に光が満ちた。それが収まると、僕たちの前に半透明の女性が立っている。
女性はショートヘアにのように短く髪を切り揃えており、後ろ側には尻尾のように髪が小さく縛られている。全体的にボディラインが分かりやすいスーツのようなものに身を包んでおり、モデルのような体型が際立つ。
「お待ちしておりました。私は迷宮の書に搭載された自律式ナビゲーターでございます。以後、お見知りおきを」
半透明の女性はそう言うと手慣れた所作で腰を折り、僕たちに向かって丁寧に頭を垂れる。
「えーっと、状況の説明をお願いします」
流石にもうやってられん。僕の許容量がいっぱいになった瞬間だった。




