Chapter 6:Part 06 水よりの刺客
こうして、楽しいバーベキューも終わり(後半は統哉が堕天使達に肉や野菜を『あーん』で食べさせるという奇妙な状況になっていたが)、軽く食休みをとった一行。
「――さーて、それじゃあ腹も膨れた事だし、思いっきり遊ぼうか!」
元気よく立ち上がったルーシーの一言により、一行はいよいよ川遊びへ乗り出す事になった。
「でもルーシー、川遊びって言っても一体何するんだよ?」
統哉が手を挙げて疑問を口にする。
「簡単簡単! こういう事さ!」
ルーシーは叫ぶや否や、川底目がけて勢いよく正拳を打ち込んだ。一瞬の間の後、強烈な水しぶきが統哉に襲いかかった。
「――ぶわぶっ!?」
統哉は思い切り水をかぶり、間抜けな悲鳴を上げた。
「どーよ?」
腰に手を当てて、不敵な笑みを浮かべてみせるルーシー。
「……なるほどな」
統哉は口元をひくつかせながら呟いた。そして――
「上等だ! これでも食らえ!」
叫び、統哉は水をすくい、勢いをつけてルーシーに投げつけた。放たれた水は勢いよく直進し、ルーシーの顔面に直撃した。
「ぶっ!」
顔面に水を受けたルーシーが大きく体を仰け反らせる。それを見た統哉の顔に思わず笑みが浮かぶ。
「……やるじゃない。ちょっとばかり甘く見ていたようだ」
首を振るって水を払ったルーシーも笑う。その時、横から声がかかった。
「お前達、ベル達を忘れてもらっては困るな」
「そーだそーだー」
「勝負だったら、負けるわけにはいかないよね!」
声のした方を見ると、堕天使達がやる気満々という表情で立っていた。ベルは拳銃型を二挺、アスカはキャノン型の水鉄砲を持っている。エルゼは水鉄砲を持っていなかったが、その構えから察するに足で勝負する気が満々だった。
「……いいね。大乱闘スマッシュエンジェルスでもおっぱじめるか?」
それを見たルーシーは獰猛な笑みを浮かべた。
そして、川遊びが始まった――。
川遊びが始まってから約十分後。
「くにへかえるんだね~。べるべるにも、かぞくがいるでしょ~」
「いないぞ!? ……くおぉ! アスカ! ちょっとやめないか! ベルばかり狙うんじゃない!」
「炎タイプに水タイプの技が有効なのって常識~」
「それはどうかな? 現実は、アスカの想像を凌駕する!」
「もーべるべる往生際がわるーい! ほーれ、ギブアップせ~い!」
「だが断る!」
と、アスカとベルが何やら意味不明な言い合いをしながら水鉄砲で銃撃戦を行っている。一方、向こうの方では。
「エルゼ、今日の夕食は一体何だろうな!」
「そんな事を言って、隙を作らせる気でしょ!」
「ふっ……そうでもあるがああぁぁっ!」
ルーシーは妙に気合いのこもった雄叫びを上げながら、あっと言う間にエルゼに一本背負いを見舞った。
(……これ、川遊びなのか?)
堕天使達の様子を見た統哉の脳裏をそんな考えがよぎった。
それから一時間後。
一行はなおも川遊びという名の大乱闘を繰り広げていた。
正直言って、ちっとも勝負が付かない。何せ、明確な負けという基準が決まっていないのだから。
仮にあったとしても、それは自分からギブアップするか、全員が飽きるかという形だろう。
おまけに途中からは水ではなく近接格闘戦がメインになっていた。
現に、ルーシーとエルゼは蹴りの応酬を繰り広げているし、ベルとアスカは魔力弾の撃ち合いを行っている。
その時、休憩がてら堕天使達が遊ぶ姿をカメラに収めていた統哉がそっと戦列を離れた。それを見たルーシーが声をかける。
「んー? 統哉、どうしたんだー?」
「ちょっと喉が乾いたから、飲み物飲んでくる!」
そう言って統哉は一人で川岸に上がった。そして、レジャーシートの上に置いてあったビニール袋からスポーツドリンクを取り出し、ゆっくりと飲み始めた。
「……しかし、あいつら本当に元気いっぱいだな」
どこか年寄りじみた事を言いながら、統哉はスポーツドリンクを飲み込んだ。
(それにしても……)
統哉はペットボトルから口を離し、川で遊んでいる堕天使達を見た。
こうして見ていると、水着を纏っている彼女達はまるで年相応の女子にしか見えない。普段の素行は非常識でぶっ飛びまくっているが、それを抜きにしても、彼女達の姿は魅力的だった。
(こうして見ると、あいつらって可愛いよな……色々と残念なのが玉に瑕だけど)
統哉が年頃の男子特有の思いにひたっている間にも、堕天使達の川遊びはますますエスカレートしていく。そのうちに、川からは数メートルもの大きな水柱がいくつも立ち上り始めた。
「……おいおい」
統哉は苦笑しながら呟いた。
流石にあれは川遊びというレベルではない。ちょっとした水害もいい所だと思った統哉は堕天使達を注意する事にした。
「おーいお前ら、いくら何でもはっちゃけすぎだろー! もう水害みたいになってるぞー」
と、統哉が呆れた口調で叫ぶ。だが堕天使達は統哉の言葉を無視してなおもはしゃいでいる。
(何だよ、無視か……)
無視された事に軽く苛立ちつつも、統哉はもう一度声をかけようと立ち上がった。
「……ん?」
そこで統哉は何かがおかしい事に気が付いた。
まず、堕天使達の表情だ。彼女達の表情は先ほどの楽しそうなものとはうってかわって、どこか焦燥感に満ちている。
さらによく見ると、彼女達は足を動かしているものの、そこまで激しく水が動くような足捌きではない事に気がついた。そう、それは戦闘時における足捌きで――
「……なっ!?」
そこで統哉はようやく、川で何か異常事態が起こっているという事に気がついた。統哉はスポーツドリンクを放り出し、慌てて声を張り上げる。
「おい! みんな一体どうしたんだ!?」
「わ、わからないよ! 急に水の感覚が変わったと思ったら、水が襲いかかってきたんだ!」
ルーシーの叫び声が耳朶を打つ。その間にも水柱はどんどん数を増していった。
「何だよ、これ……」
統哉が呟いたその時、新たに立ち上った水柱が急に直角に折れ曲がったかと思うと、ルーシーめがけて猛スピードで突き進んでくるではないか。さすがのルーシーも完全に虚を突かれた格好になっており、あれでは回避できない。
「――危ないっ!」
叫びつつ、統哉は咄嗟に輝石を呼び出し、魔装・エルゼシューターを呼び出した。
そして、風の魔力によって生まれた力場を利用して水面を滑るように高速移動、その体を抱き抱えた。直後、ルーシーが立っていた所を激しい水流が通り過ぎていく。見ると、その延長線上にあった岩が一瞬のうちに砕け、粉々になっていく。
もしもあれが普通の人間に直撃していたら、あっと言う間に肉片へと昇華されるかもしれない。統哉にそう思わせるほど、水流の勢いは凄まじかった。
「なんてパワーだ……いや、それよりもルーシー、大丈夫か?」
近くに顔を出していた岩の上に着地しつつ、統哉が尋ねた。
「……あ、ああ。助かったよ。ありがとう」
「……しかし、何が起こってるんだ? そもそもあいつは一体何なんだよ?」
襲撃者のついて考えを巡らせる統哉。と、そこへルーシーから遠慮がちな声がかかる。
「……あのー、統哉?」
「ん? どうした?」
「……と、とりあえず、そろそろ下ろしてくれないかな?」
「え?」
統哉は我に返ったように腕の中を見やる。するとそこにはどこか戸惑ったような表情を浮かべ、頬を赤らめているルーシーの姿があった。
(……えーと)
統哉は頭脳を回転させ、状況を分析し始めた。
自分は先程、ルーシーを助けるためにエルゼシューターの力を使って彼女の元へ接近、救出に成功しました。
そして今、自分はルーシーを抱き抱えています。
そう、お姫様抱っこの体勢で。
「……あ」
状況を理解した統哉は、自分の体が急速に熱を持っていくのをはっきりと自覚した。
先日エルゼにも同じ事をやったというのに、立て続けにこんなイベントに遭遇するとは。
しかもこうして触れていると、ルーシーの肌の柔らかさが手を通して伝わってくるわけで。
これは果たしてラッキーと言えるのだろうか?
統哉が他人事のようにそんな事を考えていると――
「あざといな、流石ルーシーあざとい。ベルと代われ」
「こーのラッキースケベ~」
「と、統哉君、堕天使相手にお姫様抱っこをしたくなる性癖でもあるの……?」
堕天使達が口々に呟く。
「ちょっと待て君達、好き勝手言い過ぎだ」
「そうだぞみんな、これは不可抗力だ」
ルーシーと統哉がそれに抗議する。
「もー、二人共仲がいいんだから~」
アスカが二人をからかう。
「アスカ! ……ルーシー、お前も何か言ってやってくれ……ルーシー?」
統哉がルーシーの方を見ると、ルーシーは頬を赤らめながら人差し指同士を突き合わせていた。
「い、いや、お姫様抱っこをされたのって、今のが生まれて初めてだからさ。マンガやラノベでよくあるシチュエーションだとは思っていたが……なるほど、実際に経験すると、これはなかなか恥ずかしいな……でも、貴重な体験をさせてもらったよ。あ、ありがとう?」
「ど、どういたしまして?」
統哉はどもりつつもルーシーを下ろした。彼女を下ろした後も、二人は顔を赤くして何ともいえない雰囲気になっていた。
「二人共、ストロベリってる場合じゃないよ! 後ろ後ろ!」
その時、エルゼが二人の後ろを指さしながらまくし立てる。
「「誰がストロベリってるか!」」
ツッコみつつも二人が背後を振り返ると、そこには――
「……えー」
ルーシーが呆れた口調で呟く。その視線の先には、水でできた竜がこちらを威嚇するかのように口を開閉させていた。
「……もしかして~、とーやくんとるーるーがイチャついていた事に川の主がジェラシー感じちゃったのかな~?」
アスカが首を傾げながら呟く。
「んなわけあるかっ! そんな嫉妬深い川の主なんかいてたまるか!」
統哉がツッコむ。いくら何でも荒唐無稽すぎる。
「理由は何だっていい! とにかくあいつは私達に喧嘩を売った! 売られた喧嘩は買うが華ってな! 行くぞ、みんな!」
ルーシーの声で統哉達は戦闘態勢をとる。堕天使達は一斉に魔力で体を覆い、戦装束を身に纏う。統哉だけ水着姿なのが浮いていた。流石に旅行先で戦闘する羽目になるとは夢にも思わなかったため、ケルベロスコートは自室のクローゼットでおねんね中である。
(……あいつら、いいよなぁ。魔力ですぐに鎧作れるんだから。羨ましい……俺もできればいいのに)
などと、つい場違いな事を考えてしまう統哉。
「統哉、ぼーっとするな! 来るぞ!」
「……ああ!」
ルーシーの叱咤に統哉は頷き、エルゼシューターに魔力を行き渡らせる。
そして、水竜は咆哮するかのように大口を開け、口から高圧水流を吐き出した。統哉達は一斉に散開してそれをかわす。
水流は川底を抉り、大きな穴を開けた。水竜はそれにも構わずに高圧水流を吐き出し続ける。
「何なんだよ、こいつは! まさかこいつも天使なのか!?」
統哉は水竜の吐き出す高圧水流をかわしながら叫ぶ。意識を集中させて相手を見据えると、水でできた体の表面から魔力が放たれているのがわかる。
「わからないよ! でも今は、そんな事はどうでもいいんだ! 重要な事じゃない!」
ルーシーは叫びつつ、華麗なステップで水流をかわしながら相手の懐に飛び込み、パンチやキックを叩き込む。しかし相手は全く堪えていない。
「……くっ! 水でできているためか、天界式CQCのダメージが通らない……! 物理耐性とか卑怯じゃないか!?」
ルーシーが舌打ちする。
「こっちも! いくら蹴りを入れても全然手応えがないよー!」
水竜の首に連続で鋭い蹴りを叩き込みつつも、手応えがない事に焦った声を上げるエルゼ。
「こいつっ!」
統哉はフェザーからビームを放って水竜を攻撃する。すると、水竜の一部が僅かに削り取られた。
「効いてる……こいつ、魔力攻撃の方が効くみたいだ! みんな、魔力で攻撃するんだ!」
有効な手を見出した統哉が堕天使達に声をかける。
それを聞いた堕天使達はすかさず魔力による攻撃に切り替える。
統哉の放つビーム、ルーシーのスフィア、ベルの火球、アスカの魔力弾、エルゼの真空波が水竜に直撃した。
波状攻撃を受け、水竜の体が大きく揺らぐ。
「やったか!?」
ルーシーが叫ぶ。
その時、水竜の体が水に溶けるように消えた。
「消えちゃった……」
アスカが呟く。
「何が来るかわからん。気を抜く……っ!?」
突然、ベルの体がハンマーで殴られたかのように吹き飛ばされた。
「べるべる!? ……きゃあっ!」
「ぐっ!」
ベルの方を向いたアスカとエルゼが、次の瞬間にはなぎ倒されていた。防御する暇もなかった。
三人から少し距離があった統哉とルーシーは何が起きたのかを把握していた。
水竜は水に溶けた後、彼女達の死角から現れ、強烈な一撃を見舞ったのだ。しかも周りは水ばかり。相手にとってはどこからでも姿を消し、かつ現れる事ができる絶好の場所であった。
「くそっ!」
必死に反撃する統哉達を嘲笑うかのように、水竜は水に溶けては死角から現れ、彼ら反撃の糸口を見い出せずにいるのをいい事に高圧水流やその質量を活かした体当たりによってどんどん体力を削っていく。
「――くっ!」
そして、水竜の強烈な体当たりが統哉の体を弾き飛ばし、水面に叩きつけた。その強烈な衝撃に、統哉の意識が飛びそうになる。
そして、動く事のできない統哉の眼前に水竜が現れ、統哉を飲み込もうと大口を開けた。
「統哉っ!」
ルーシーが悲痛な叫び声がどこか遠くで聞こえるように感じられる。
(ここまでなのか……!)
統哉が覚悟を決めた時だった。
バシャッ!
突如、水竜が大きな音を立てて水に還った。ややあって、辺りに先程までの静けさが戻ってくる。
統哉達は呆気にとられながらも、身構えたまましばらく辺りを警戒していたが、どうやら水竜は完全に姿を消したようだ。
「……逃げた、のか?」
周囲を警戒しながらそろそろと立ち上がった統哉が呟く。
「……いや、あれは時間切れという表現が正しいだろうな」
ベルが荒い息をつきながら答える。
「時間切れ?」
「あの竜から放たれていた魔力が急にぷっつりと切れたんだよ。どうもあの水の竜、誰かが川の水に魔力を流し込んでその姿を形成し、操っていたみたいだね。いわゆる遠隔操作型ってやつ……いたた……」
首を傾げた統哉に対し、肩で息をしているエルゼが答えた。エルゼもかなり堪えたようで、大儀そうに首をゴキゴキと鳴らしている。
「……まさか女将の言っていた『水に注意』って、この事だったのか?」
「……わからないな。とりあえず今は少し休んで、傷を治してから宿へ戻ろう。予想外の出来事で疲れてしまったし、女将に事の真相を問い質さなくてはならない」
ルーシーの言葉に、全員が頷いた。




