Chapter 3:Part 08 手術室前の死闘
戦闘開始から、およそ二十分が経過した。
「――ひゃっはァ! 疾風三連コンボ!」
また一体、<天使>がルーシーの天界式CQC(足払い、裏拳、上段回し蹴りのコンボ)を受けて、その場に倒れた。
「何だ何だよ何ですかァその不様は!? もっと骨のある奴はいないのか!?」
襲いくる天使達を笑いながら挑発するルーシー。既に彼女の足下には三体の<天使>が突っ伏していた。が、それもやがて光の塵と化して消滅していった。
ルーシーの暴れっぷりに気圧されたのか、他の天使達の動きが心なしか鈍っている。
「ほらほらどうした? ビビってんのか? やる気のない奴はさっさと尻尾を巻いて帰るがいい! それとも、私が帰してやろうか? 土に還るか無に還るか、好きな方を選べ!」
挑発がヒートアップしてきたルーシーを統哉が窘める。
「ルーシー、挑発に時間をかける暇があったら邪魔な奴だけぶっ倒して突破しろ!」
「ラーサ! さあ、次の相手はどいつだぁっ!」
ルーシーは楽しくて仕方がないという表情で地面を蹴って前へと進む。
本当にこの堕天使はどんな時でも調子がいいな、と呆れつつも統哉は彼女の後に続いた。
戦いはさらに熾烈を極めていた。
「おらぁっ!」
ルシフェリオンを構えた統哉が、<権天使>を肩から袈裟斬りにした。<権天使>は肩から体を真っ二つに両断され、光の粒子となって消滅していった。
「はあ……はあ……まだこれで半分ぐらいなのかよ……ルーシー、怪我してるけど大丈夫か?」
「私なら大丈夫だ。このくらいの傷なら、すぐに治る」
二人は次々と襲いくる天使を退け、通路の半分あたりにさしかかっていた。
幸いにも二人が受けたダメージは軽微なもので、戦闘に支障をきたす程ではなかった。
しかし、一息つく間もなく天使達が通路の奥からわらわらと迫ってくる。それどころか、自分達が進んできた通路にまで、天使達が現れている。挟み撃ちの格好だ。
「やれやれ、まだ続くのかよ! しかも挟み撃ち!」
「統哉、折角だからここで撃破数をたっぷり稼いで、ボーナスをいただいたらどうだ? 気力や獲得資金へのボーナスだけではなく、一人ひとりのエースボーナスをもらえるんだ。君のエースボーナスは何だろうね」
「何だよエースボーナスって」
こんな状況でもジョークをかますルーシーを軽くあしらい、統哉はとにかく前へと進む。ルーシーも、やれやれと軽く肩を竦めながら統哉の後に続く。
二人の進撃を阻止せんと群がってくる天使達を、彼らは片っ端から薙ぎ払って突き進む。天使達の数は多いが、個々の戦闘能力は大した事はない。そこに付け入り、手早く一体一体を確実に仕留めていく。それが、二人が自然ととっていた作戦だった。
だが、そんな事は向こうも承知の上だろう。こうなると相手が勝率を上げる方法は一つだ。どちらか一方を倒せば、その戦力は大幅に削がれる。
前へと進もうとした矢先、<大天使>が立ち塞がった。
「……ちっ! やっぱ俺が狙われるか!」
統哉が舌打ちする。
やはり、場数を踏んでいるルーシーと比べ、戦闘経験が浅い統哉が集中的に狙われるようだ。
人とはかけ離れた力を持つ<天士>だが、立て続けに放たれる攻撃は予想できても、事前に察知して回避できるほど統哉はまだ戦闘に慣れてはいない。
それに比べて相手は接近戦に特化した天使だ。その証拠に、たった今統哉は盾で殴られて吹き飛ばされた。
「痛ってえ……」
「統哉っ!」
ルーシーが攻撃の手を止め、統哉の方に振り返った。
「統哉に何をするだァーッ! 許さんッ!」
そして倒れていた統哉に剣を突き立てようとしていた<大天使>を飛び蹴りで吹き飛ばす。蹴り飛ばされた<大天使>は他の天使の群れに激突し、ボーリングのピンよろしくストライクを叩き出した。
「悪い! 助かった!」
すかさず立ち上がり礼を言う統哉に、それを助けたルーシーは微笑みを返す。
「気にするな。堕天使は助け合いだろう?」
「俺、堕天使じゃないし」
「違うぞ統哉、そこは『仰る通りだわあああ!』で返すのさ」
「叫ぶほどのジョークを飛ばす暇があったら、俺を守りながら道を切り開け」
「そいつはハードだな。『道を切り開く』、『統哉も守る』。雑魚如きに両方やらなくちゃあならないってのが辛い所だな」
「いいから、さっさとこいつらを片付けて先に進むぞ! もたもたしていたら、夜が明けてしまう!」
叫びながら、統哉は戦況を分析する。
まず、とにかく敵の数が多い。さらに通路の幅がやや狭いため、統哉は攻撃範囲の面で優れている連結状態のルシフェリオンを思うように振るう事ができない。下手をすれば、壁や天井に刃が突き刺さってしまい、身動きがとれなくなる危険性がある。
その上、ルーシーの破壊力に優れた大技を使わせることもできない。最悪の場合、自分達の放った技で天井が崩落してぺしゃんこ、という事態も有り得る。流石にそんな終わり方では格好がつかない。
そうこう思案している間にも複数の天使が間合いを詰めてくる。先頭には<大天使>、その後には<権天使>が二体追従していた。
後方の<権天使>が杖を構え、火球を放った。
「当たらなければどうという事はない、ってな!」
ルーシーは<権天使>が放った火球を前方宙返りで回避した後、天井を蹴って勢いをつけ、<権天使>達の側まで接近。そしてお返しとばかりに綺麗な弧を描いた回し蹴りで<権天使>達をまとめて蹴り飛ばした。
しかしその隙を突いて、残っていた<大天使>が統哉に肉迫してきた。振るわれた剣を咄嗟にルシフェリオンで防いだのはいいが、相手の連続攻撃によって徐々に押されている。
「こっ……のぉ……っ!」
「統哉、自分の身は自分で守ってくれ! これじゃあ私にばっかり撃墜スコアが加算されてしまうぞ!」
視界の隅に<大天使>と<翼>を二体同時に相手取るルーシーの姿が映った。あれでは、ルーシーに援護してもらうのは不可能だろう。
その時、<大天使>が勢いよく剣を振り上げた。その弾みで、ルシフェリオンを弾き飛ばされてしまった。その隙を狙って振り下ろされた剣を辛うじて後ろに転がってかわす。
「くそっ! まずい!」
視線をちらりと後ろに向けると、ルーシーは<翼>に足止めされていた。そして前方からは<大天使>が無防備になった統哉にとどめを刺そうと、剣を片手に大股で歩いてくる。
しかし、統哉は諦めなかった。<大天使>が近づいてくるこの瞬間も、突破口を開こうと必死に考えを巡らせていた。
(確かにあいつの言う通り、自分の身を自分で守るくらい満足にできないようじゃ、大きな事なんて言えたものじゃないな。俺が足手まといになったらダメだろ! それこそ格好がつかないじゃないか……! 何か今の俺にできる事を……自分の能力を活かす方法は……そうだ!)
その時、統哉の頭にあるアイデアが浮かんだ。
(上手くいく保証はないけど、やってみるか!)
そして、<大天使>が統哉のすぐ側まで迫ってきた。
「うおおっ!」
統哉は身体のバネを使い、<大天使>に体当たりして体勢を崩す。
そこから先の統哉の行動は、自分でも驚くほどのものだった。
<大天使>の体勢を崩した隙に、統哉は弾かれたルシフェリオンに手をかざす。すると、ルシフェリオンが回転しながら統哉の手元に戻ってくる。そしてすかさず、手にしたルシフェリオンに意識を集中、内包しているもう一つの姿をイメージする。するとルシフェリオンは砕け、瞬く間にガンブレードへと姿を変えた。
すかさずそれを上段に構え、体勢を崩している<大天使>を脳天から一刀両断にする。
<大天使>が消滅したのを見届け、統哉は軽く息をついた。
「わお! 統哉、今のは何だ? スタイリッシュじゃないか!」
天使達を倒し、統哉の元へ走ってきたルーシーが、その一部始終を見て、目を輝かせる。
「簡単な事さ。拾ったルシフェリオンに働きかけて、『ガンブレードに変われ』って念じただけだよ」
簡単に言ってのけた統哉だが、実を言うと、統哉自身驚いていた。
あの時は必死だったからやれるかどうかはわからなかったが、駄目元でやってみると予想以上に上手くいってしまった事に。
自分はまだまだ己の力を過小評価していたのだろうか。それともルーシーが<欠片>を一つ取り戻した事で、自分の<天士>としての力がさらに強くなったのだろうか。疑問が頭の中を駆け巡る。
だが理由はどうあれ、好機である。
統哉はすぐにガンブレードを構え直した。
「ルーシー! とにかくこっちは片付いた! 先を急ごう!」
「はいな!」
声をかけると、ルーシーは迫ってきていた<翼>を飛び蹴りであっさりと打ち砕き、すぐに追い付いてきた。
やがて、前方に手術室に通じる大きな扉が見えてきた。
その時、統哉は背後に気配を感じた。見ると、<大天使>が三体、こちらに猛スピードで向かってくるではないか。
「くそっ! もう少しの所だってのに、キリがない!」
「よし統哉、今度は私に任せてくれ! さっき統哉が目にもの見せてくれたんだ! 私だって!」
叫び、統哉のすぐ後ろを走っていたルーシーは立ち止まり、自分の右腕を高く掲げた。それを見た統哉は、何か嫌な予感がするという本能の声を聞いた。
敵がすぐそこまで迫っているのに、何をする気だと言いたかったが、統哉がそうする前に彼女は右手に魔力を集中させ始めた。魔力を帯びた右手がみるみるうちに白い光に包まれていく。
「フフフ……この天界式CQCで、まとめてチリ一つ残さず、消滅させてやろう――死ぬがいい! ルーシーコレダー!」
ラスボスの如く哄笑し、ルーシーは限界まで高めた魔力を宿した右手を思い切り足元の地面へと叩きつけた。瞬間、半球状の爆発が発生し、突撃してきた<大天使>達を全て宣言通りにチリ一つ残さず消滅させた。
だが、それだけでは終わらなかった。爆発の余波はルーシーの背後に立っていた統哉にまで及び、統哉の体は背後に吹き飛ばされてしまった。
「――うわーっ! 何やってんだよルーシー!?」
吹き飛ばされながらも統哉はルーシーに抗議する。が、その体はなおも吹き飛び、手術室に繋がる扉をぶち破り、中へと引き込まれてしまった。
「見たか統哉? これも天界式CQCのちょっとした応用だ!」
敵を殲滅させたルーシーが背後を振り返り、えっへんと言わんばかりに胸を張る。が、そこには誰もいなかった。
「……あれ? 統哉?」
ルーシーがきょろきょろと周囲を見渡す。そして彼女は破壊された手術室への扉が元通りに戻っていくのを見た。やがて、扉が完全に元通りになると同時にルーシーは叫んだ。
「――あーっ! ドジったあああっ! うっかり背後にいた統哉まで巻き込んでしまったーっ!」
ルーシーは急いで統哉の後を追おうとした。だがその時、中空から彼女を取り囲むかのように、天使の群れが現れた。
「……これって、もしかしなくても、大ピンチ?」
ルーシーの頬を冷や汗が伝った。




