Chapter 8:Part 10 我、ボス戦に突入す!
今回の更新で祝100話(エクストラコンテンツ含めてですが(笑))! ここまで来れたのも皆さんのおかげです! 本当にありがとうございます! そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします!
統哉達が<結界>の中で死闘を繰り広げている頃。
時刻は午前零時。辺りは人っ子一人おらず、波と潮風の音だけが響いていた。ただ、そこにいたのは人に非ざる者だった。
レヴィアタン。水の力を司る堕天使にして、七大罪「嫉妬」の称号を戴く者だ。
彼女のルックスときちんとした接客態度、そしてツンデレキャラのおかげで大繁盛し、大幅な黒字を出した上で一日の業務を終えた「潮彩」において、残っていた山のような仕事(食器片付け、掃除、帳簿計算、明日の料理の仕込みなど)を全て終えて外に出たレヴィアタンは水色の髪を潮風になびかせ、波の音に耳を傾けていた。
ふと、海岸の一角から異様な気配を察知し、エメラルドグリーンの瞳を向ける。視線の先にはオーロラを思わせる光の幕が広がり、そこから先は見えなくなっていた。普通の人間には見る事はおろか、感知する事すらできない天使の「結界」だ。
(今、あいつらはあの中で戦っているのね)
ふと、そんな事を考える。そして、海に張られた「結界」から感じ取れる力の気配から、その中に潜む天使は水の力を持っている事が察せられた。
水上及び水中での戦いは自分が一番であるという自信を持っている彼女。しかし自分は統哉に対して「手伝いに行けない」と言ってしまった手前、今頃になって手伝いに行くというのも気が引けた。
「絶対に勝ちなさいよ、八神統哉……アンタはアタシが認めた奴なんだから、負けたりしたら魂魄百万回生まれ変わっても妬んでやるんだからね……」
レヴィアタンは一人ごち、それからはただじっと「結界」を眺めていた。
ゾクッ。
「ん……?」
一瞬、全身に悪寒のようなものを感じた統哉は思わず足を止めた。
「どうした統哉? 急に立ち止まって」
統哉の様子を不審に感じたベルが尋ねる。
「……いや、一瞬だけど何か寒気がしたような」
「大丈夫か? 少し休むか?」
「いや、大丈夫だよ。たぶん気のせいだと思う」
そんな会話を交わしながら海底洞窟のような場所を進んでいた統哉達。すると、視界が急に開けた。
「何だよ、ここは……?」
目の前に広がる光景を見た統哉が思わず呟いた。そこには、海だと錯覚してしまいそうになるほど、とてつもなく巨大な地底湖があった。
統哉は注意を配りつつ、周囲を見渡した。そこは今まで通ってきた海底洞窟と同じように上方から青い光がぼんやりと差し込み、情景を青く照らし出している。
辺りを見渡すと珊瑚を模したオブジェや大小様々な大きさの岩が据えられている。水中には点々と青い光が見える事から、何か発光する物質が存在しているらしい。
まるでレヴィアタンの住居を大きくしたような所だなと統哉は思った。
以前、旅行先で一悶着あった彼女とまさか陽月島で再会できるとは思っていなかった。つくづく自分も堕天使との奇妙な縁に恵まれているなと、統哉が思わず笑みをこぼした時だった。
統哉は何か凄まじい気配を感じ、全身が総毛立った。同時に、水中から何かとてつもないものが急速に浮上してくるのを感じた。「それ」は今までに戦ってきた天使や守護天使とは比べものにならないほど、巨大な気配と凄まじい魔力を放っていた。
そして、「それ」が大きな水飛沫と共に姿を現した。
「それ」はフェリー並の巨体を持ち、金属のような光沢を持つ白銀の鱗に全身を包んだ巨大な魚だった。
鱗は一枚一枚が独立した生き物のようにざわざわと蠢き、体のあちこちには大砲を思わせる長い筒がせり出している。
今までとは明らかに違うその威容に統哉は言葉を失っていた。
「ザドキエル。水上および水中での戦闘を想定して生み出された守護天使だ。こいつはその巨体から繰り出される圧倒的なパワーと頑丈な装甲鱗が厄介だ」
ルーシーが解説する。それを聞く統哉の手に汗が浮かぶ。こんなに巨大な守護天使を相手に勝てるのかという疑問が胸に去来する。
すると、ルーシーが統哉の腰を小突いた。振り返ると、彼女は笑みを浮かべていた。
「統哉、心配するな。君一人で戦うんじゃないんだ。私達も全力を尽くして戦う。安心してくれ。なーに、あんな奴、ただの馬鹿デカい魚だ。余裕余裕、超余裕さ」
ひらひらと手を振り、いつもと変わらない口調で励ましてくれるルーシー。そのおかげで緊張感が解れていくのを統哉は感じた。
「ただの馬鹿デカい魚って、何とも変な表現だな」
軽口を返してやると、ルーシーはニッと笑った。直後、ザドキエルが鯨めいた咆哮を上げた事により一行は即座に戦闘態勢へ移った。
「コンディションレッド発令! 総員、第一戦闘配備! 対鑑戦闘及び砲雷撃戦用意!」
「だから! 艦隊戦じゃないっての!」
こんな時でもユーモアを欠かさないルーシーにツッコミつつ統哉は輝石を呼び出し、エルゼシューターに変換。即座に攻撃端末・フェザーを展開、一斉にザドキエルに向けて放つ。フェザー達がある程度距離を詰めたところで、一斉に緑色のビームが放たれる。しかしビームは命中こそするが、相手の装甲めいた鱗に阻まれてしまい、ダメージにはならない。
統哉は軽く舌打ちし、フェザーを自分の元へ呼び戻す。直後、<神器>が発する力場を利用して高速移動して相手の側面へ回り込む。統哉はエルゼシューターを戻し、今度は魔銃・ベルブレイザーを呼び出した。振り返りざまに銃口を相手に向け、火炎の弾丸を放つ。だがこれもやはり鱗に阻まれてしまう。
一方、堕天使達も遠距離攻撃でザドキエルを攻撃していたが結果は一緒だった。
ルーシーは光球を放ち、ベルは燃えたぎる火球を、アスカはキャノン砲からレーザーを、エルゼは攻撃端末・サーヴァントから放たれるレーザーと足に纏わせた気流の刃を同時にぶつけるが、そのどれもが頑強な装甲鱗に阻まれ、大きなダメージには至らなかった。
その時、体側面に生えている筒が動き、統哉達の方に向いた。
「気をつけろ! あちこちに生えている筒からは高圧の水が放たれる! 直撃したらひとたまりもないぞ!」
ルーシーが叫ぶと同時に、管から高圧の水が弾丸となって放たれ、統哉達に降り注いできた。
統哉達は即座に散開して水弾を回避する。水弾が地面に炸裂する度、巨大な水風船が爆発したような音が響く。
水弾を回避されたザドキエルは一声吼えた。すると、蠢いていた鱗が射出され、誘導ミサイルのように追尾しながら襲いかかってきた。
「おいおい!」
統哉は泡食ったような声を上げつつもベルブレイザーを構え、火炎の弾丸を連射した。
弾丸の連射を受けた鱗は空中で形を崩し、崩壊した。だが大多数の鱗は地面に突き刺さると同時に粉塵を巻き上げ、そして爆発した。
「統哉ー! 言い忘れていたがあいつの鱗はいわゆる誘導ミサイルの役割もある! ご覧のように一斉射出してこちらを追尾、爆発させるんだ!」
「先に言えよそういう大事な事はっ! くそっ! まるで戦艦を相手にしているようだ! このままじゃ押し切られる!」
「ジリー・プアー(訳注・ジリ貧)って奴だな!」
「うっさいわ! ボケてる場合か!」
統哉とルーシーが漫才を繰り広げていると、彼の側にアスカがやってきた。
「とーやくん、わたしに考えがあるよー」
「何だ?」
「とーやくんの言う通り、このままじゃじりー・ぷあーだよー。だからわたしとべるべる、それにえるえるが空から攻撃するから、とーやくんとるーるーはあいつの背中に乗って攻撃してー」
「……なるほど、あちこちから攻撃して奴の全身にダメージを与えていくって事だな?」
「そそ、そーゆーことー」
アスカが嬉しそうに頷く。
「よし、それで行こう。ルーシー!」
「話は聞かせてもらった! しかし問題は誰に奴の背中まで運んでもらうかだが……」
すると、ベルが進み出てきた。
「ベルが行こう。さっさと片付けよう」
そう行ってベルは空中に浮かび上がると、統哉とルーシーの襟首を掴んだかと思いきや勢いよく飛び上がった。
「おいおいベル、安全運転で頼むぞ?」
「問題ない。ベルに任せておけ」
軽口を叩き合う統哉とベル。しかしルーシーは眼下に広がる海面に思わず固まってしまっていた。
そして、ベルがザドキエルの真上にたどり着いた。
「行け、お前達! 鳥になってこい!」
横に大きく回転して勢いをつけ、ベルはハンマー投げの如く統哉とルーシーをザドキエルの背中めがけて放り投げた。
「「――うぉおおわぁぁぁっ!?」」
二人は悲鳴を上げつつも咄嗟に空中で身を翻し、ザドキエルの背中に着地した。ルーシーがベルを見上げながらぼやく。
「……くそ、何て奴だ。鳥になる前に私達がネギトロになるところだったぞ……それはそうと統哉! とりあえず背ビレを破壊するぞ!」
「ああ! 少しでもこいつの戦力を削ぎ落とすんだ!」
統哉は両手にルシフェリオンを呼び出し、滅多斬りにする。一方のルーシーも天界式CQCの構えをとり、背ビレに拳を打ち込み、蹴りを放つ。
そんな二人を狙い、背中の筒から水弾が放たれる。二人は一瞬で視線を交わし、飛び退いて回避。水弾が収まった頃を見計らってさらに猛攻をかける。やがて背ビレを覆っていた装甲が剥がれ、その下にあった赤黒い皮膚が剥き出しになる。その時、二人を狙って今度は鱗が四方八方から飛来する。
「統哉、飛ぶぞ!」
言い終わるや否や、ルーシーは高く飛び上がった。統哉も即座に飛び上がって体勢を整え、チラリとルーシーを見る。
その視線の先で、ルーシーの右足にまばゆい光が集まっていく。
「究極! シューティングスターキック! カッコバージョン5!!」
空中で体を縦に回転させつつ、必殺キックの技名を叫ぶ。そのまま縦回転で生じた勢いで急加速、急降下しながら閃光を纏った跳び蹴りを叩き込む。
必殺キックは飛びかかってきた鱗を全て粉砕し、そのままザドキエルの背ビレへ突き刺さる。だがルーシーはいつものように勢いのまま相手を蹴り貫こうとはしなかった。キックの体勢のまま、空中で静止している。すると、右足に集まっていた閃光が背ビレに吸い込まれていき、次の瞬間強烈な爆発を起こした。ルーシーはその爆発の勢いを利用し、風に舞う木の葉のように軽やかに身を翻しつつ、背中へと着地した。
ルーシーが放ったキックは通常のシューティングスターキックではなかった。
まずはキックによるダメージを与える。さらにそこから足へ集まった強力なエネルギーを相手の内部へと送り込み、それが臨界へ達した瞬間、一気に解き放つ。
外側の防御が固いならば、内部から破壊すればいい。そのコンセプトに基づいて放たれたのがこのバージョン5キックである。ちなみにバージョン5とあるが、この数字に特に意味はない。
だがその攻撃は鱗の下の皮膚が剥き出しになっていた背ビレに決定打を与え、あちこちに亀裂が入り始めた。それを見たルーシーはニヤリと笑い、上を見上げて言い放った。
「――統哉、ウェルダンに焼いてやれ!」
「ああ!」
ルーシーの視線の先では高々とベルブレイザーを構えた統哉の姿があった。その刀身には魔力が注ぎ込まれ、巨大な紅蓮の炎へと変じていた。
「レーヴァテイン!」
統哉は炎の魔力を最大限にまでこめたベルブレイザーを空中落下の勢いも上乗せした上で一気に振り下ろした。獄炎の刃が背ビレを一刀両断する。根本まで切り裂いた直後、刃を横に構え、体を回転させつつ振り抜く。直後、背ビレは付け根から剥離し、激しく燃え上がりながら消滅していった。
「よし!」
統哉が思わずガッツポーズと共に快哉を叫んだ瞬間、ザドキエルは絶叫を上げ、暴れ始めた。足下が激しく揺れ、あまりの勢いに吹き飛ばされそうになる。
「くっ!」
統哉はすかさず足下に出っ張っていた鱗にしがみつき、必死に耐える。そしてすぐ側にいたルーシーに声をかける。
「ルーシー、大丈夫か!?」
「大丈夫だ、問題な――」
その時、ルーシーの手が鱗から離れ、その体がふわりと浮き上がる。そこへ振り上げられたザドキエルの巨大な尾が襲いかかった。
尾はルーシーの体を強烈に打ち据え、彼女は呻き声一つ上げる事さえ許されずに凄まじい速度で吹き飛び、海面に叩きつけられた。二度にわたる衝撃で気を失ってしまったのか、ルーシーはぐったりとしたまま動かない。そして、みるみるうちにその小柄な体が海へと沈んでいく。
「ルーシー!」
統哉の顔から血の気が引き、思わず目を見開いて叫ぶ。すぐに助けにいこうとするが、その時手が滑り、統哉は海へと転落してしまった。咄嗟に体勢を立て直したおかげで溺れる事は免れたが、彼の視線の先でザドキエルの体が沈み始めた。
(まずい! あんな巨体が沈んだりしたら!)
大きな波が発生し、自分など即座に巻き込まれてしまうだろう。そう思った矢先、ザドキエルが潜行を開始した。統哉は慌てて離脱しようとするが、ザドキエルの体は高速で沈んでいく。そして、その巨体が沈んだ事によって大波が発生し、統哉を飲み込もうとする。
その時、何者かが統哉の体を掴み、猛スピードで空中へ持ち上げていった。その真下を大波が通り過ぎていく。
「セーフ! 統哉君、大丈夫!?」
統哉が顔を上げると、そこには心配そうに見つめるエルゼの顔があった。
「エルゼか! 助かった!」
礼を言うと、エルゼはえへへと、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
統哉もそれにつられて微笑みを浮かべそうになるが、深刻な事態に直面していた事を思い出した。
「そうだ、ルーシー! わ、悪いエルゼ、下ろしてくれ!」
叫び、統哉はエルゼに抱えられながらもがく。突然暴れ出した統哉にエルゼは慌てふためく。
「ちょ、そんなに暴れてどうしたの統哉君!? 暴れないでったら! それにルーシーだったら大丈夫だよ! あの子、運動神経は抜群だからすぐに浮かんでくるって!」
その言葉に統哉は思わず大声で反論していた。
「泳げないんだよ! あいつは!」
「と、統哉君?」
統哉の言葉にエルゼは何を言われたのかわからないという顔をした。それを見た統哉は思わず怒鳴ってしまった事を恥じ、エルゼに謝罪した。
「あ、その、悪かった。そうだエルゼ、俺、ルーシーを助けに行ってくる! その間、あいつを頼む! みんなにもそう伝えておいてくれ!」
「え!? と、統哉君!?」
言い終わるや否や、統哉はエルゼの腕を振りほどき、荒れ狂う海へと飛び込んでいった。




