奪還
華美に飾られた廊下をファツィオは息を切らして走っていた。これだけ派手に動けば、この屋敷の使用人が気付きそうなものだが、不思議と人の気配はなかった。
理由はファツィオの屋敷の従者が数名ほど先に忍び込んで、この屋敷にいる人間を全て眠らせていたからなのだが。
ファツィオは目的の部屋に到着すると、勢いを殺すことなく豪華な装飾が施されたドアを蹴破る勢いで開けた。そして探し人を見つけると、そのまま飛び込んで抱きしめた。
「あら、あら。どうしたのよ?」
頭から足の先まで眩いほどの金、銀、宝石と絹で飾られたリアがファツィオの腕の中で微笑んだ。
傷や怪我などはなく、むしろ好待遇で迎えられていたことが着ている衣装と部屋の様子から分かる。
リアが座っている前には他国の珍しいフルーツや菓子が並んでおり、部屋も金を基本に装飾がされており鬱陶しいぐらいの輝きを放っていた。
だがファツィオの目にそんなものは入っておらず、リアの存在を確認するように抱きしめる腕に力を込める。
「あなたに……もしものことがあったらと……」
「そんなことを心配して走ってきたの?まだまだ若いわね。それとも私のことが信用できなかったのかしら?それに、あなたの屋敷の従者も影から護衛していたのだから、危険なんてあるわけないじゃない」
「あなたの実力は知っています。それに屋敷の従者の腕も信頼しています。ですが、それでも世の中には絶対ということは、ありません。そもそも、あなたを巻き込むつもりはなかったのに……すみません。私の失態です」
「まったく。これぐらいのことで取り乱して計画を狂わせるなんて未熟君ね」
「それだけ、あなたの存在が私の中で大きいのですよ」
そう言ってファツィオが少しだけ体を離してリアの顔を見る。そこに飄々とした声が響いた。
「えっと……感動の再会をしているところに悪いんだけど、ファツィオっていつから私の前でも声が出せるようになっていたの?」
その言葉にファツィオが声の主に視線を向ける。
「そういうジン殿こそ、いつからそこにいたのですか?記録はどうしました?」
屍から少し復活したジンがゲッソリとやつれた表情で答える。
「記録は中断。ちょっと休憩させてよ。このままじゃあ、本当の屍になるから。ちなみに、私は君がこの部屋に入ってくる前から居たよ。あのイラーリオ卿が『なんて美しい白金の髪だ!』って一人で盛り上がって連れて来られたんだ。あれだけ一人でお祭りしていたのに縄は解いてくれなかったけどね」
「イラーリオ卿らしいですね」
「だからイラーリオ卿が兵に賄賂を渡して、私を牢屋から出すところは記録に残しといたよ。そういえば、ファツィオはどうやって牢屋から出たの?あの牢屋は魔力封じがされているから魔法での脱出は無理だよね?ファツィオも下っ端の兵に賄賂でも渡したの?」
「そんなことをしなくても出られますよ。魔力封じがされているのは牢屋の中だけですからね。鉄格子から手を出せば魔法は使えました。と、いっても牢屋の中から人がいなくなったら警報が鳴りますから、ジン殿に教えてもらった魔法でイラーリオ卿を身代わりに置いてきました」
「あ、あの魔法が役立ったんだ。良かったね。で、ファツィオはいつから声が出るようになっていたの?」
上手くかわしたつもりだった話題にファツィオが口ごもりながらリアを見る。
「声につきましては……」
ファツィオが話してもいいものかリアに視線で訊ねると、リアは扇子を取り出して顔を半分隠すと説明を始めた。
「ファツィオが私以外の人がいる場所でも話したいと強く思えば、いつでも魔法は解けるようにしておいたの」
「なら、私が通訳として結婚する必要はどこにもなかったじゃないか!」
ジンが立ち上がって抗議をしようとするが、椅子に括られているため椅子をガタガタ鳴らすだけで終わった。
そんなジンを見ながらファツィオが黒い笑みを浮かべる。
「まあ、まあ。ジン殿のおかげで、なかなか良い情報と証拠が集まりましたからね。そろそろ掃除を始めましょう」
「じゃあ、早く縄を解いて!」
喜ぶジンを無視してファツィオがリアに手を差し出す。
「では一度、屋敷に帰りましょう。ドレス姿も素敵ですが、そのドレスは少しばかり趣味が悪いですからね」
「そうね。こんなに存在を主張するドレスは好みではないわ」
リアがファツィオの手を取って椅子から立ち上がる。
「え?ちょっ、まさか、置いて行かないよね?」
ジンの声を無視してファツィオがリアに微笑む。
「では、帰りましょうか」
「えぇ」
ジンを無視して二人が歩き出す。
「待って!置いて行かないでー!」
絢爛豪華な部屋にジンの声が虚しく響いた。




