陽菜×厄介①
今日は忙しかったなぁ。まさかあの時間に搬送依頼があるなんて思ってもみなかった。日勤ももうすぐ終わりって時に。疲れた。早く帰ってお風呂入って、ご飯食べながら溜まってる録画番組観なくっちゃ。って帰ってからの段取りを考えながら、一歩踏み出したときだった。
「永遠君の妹さんの矢崎……陽菜さんですよね?」
私に声をかけてきた人がいた。疑問系で聞いてはきてるけど確実に私だと思って声をかけている。なんとなくそう思った。
「そうですけど、何か?」
兄の知り合いだろうか。ぶっきらぼうだったかもしれないけど、知らない人が急に声をかけてきたのだから、怪しさしか感じられない。
「覚えてないかなぁ? 半年くらい前になっちゃうから忘れちゃったかな? 一緒にご飯食べに行った永遠君の会社の先輩で渡辺千聖です」
確かに以前、兄が病棟まで来てご飯に誘われて、仕事終わりに隣のコンビニの駐車場に行ったら、兄の車に誰か居たなぁとは思い出すけど、この人が誰だったかは、はっきり思い出せない。
「急に尋ねてきてごめんね」
「兄ではなく私に、なにか?」
職員通用口から、勤務終わりの人が続々と出てくる。私達にチラチラと視線を向ける。目立って仕方がない。早く要件を聞いて帰りろう。すんなり帰れる気がしないの気のせいか?
「あれ? 陽菜ちゃん。どうした?」
私の表情で何かを感じ取ったのか、偶然にも通り掛かった藤堂先生が声をかけてくれた。
「藤堂先生……」
困ってるのを目で訴えてみる。察してくれたのか藤堂先生が間に入るように立った。
「陽菜ちゃん、明日のカンファのことでちょっと伝えておきたいことあるから、ちょっとだけ良いかな? ちょっとだけ陽菜ちゃん借りますね」
そう言って、兄の会社の先輩に断りを入れた藤堂先生に感謝し、その場を離れる事ができた。
「すみません。少し外します」
私は渡辺さんに一礼し、藤堂先生と歩き出した。
「陽菜ちゃん。そしたら、隣のコンビニにちょっと行ってくるわね」
渡辺さんはコンビニに向かって歩いて行った。すると藤堂先生に社員通用口を出たところで事情を聞かれ、事細かに話した。
「陽菜ちゃんに、どんな用事があるの? 予想できる?」
「全くわかりません」
「そうだよね。俺はもう帰るだけだから困ったら連絡しておいで。番号交換しようか」
そう言ってスマホを取り出した。私もカバンの中からスマホを取り出し藤堂先生の連絡先を登録した。
「病院用の携帯では、よく藤堂先生の番号呼び出してコールするの慣れてるんですけど、私用のスマホに藤堂先生の連絡先があるなんて、ドキドキしますね」
「同じだよ。困ったらいつでもかけておいで。相談でも愚痴でもなんでも良いから。遠慮しなくていいからね」
「ありがとうございます。助かります。心強いです」
「さっきの人、戻ってくるね。コンビニから出てきたね」
「嫌ですけど、とりあえず行ってきます。何かあってもなくてもメッセージ入れますね」
「いやいや、何かあったらメッセージじゃなくて電話でしょ。緊急コールして。すぐに行くから」
「わかりました。そうさせていただきます」
渡辺さんと入れ替わるようにして藤堂先生が自身の車の方へ歩いて行った。
「もう先生との話は済んだのかしら? それなら少しお時間いいかな?」
こんな職場の通用口の真ん前ではやめて欲しい。院内の喫茶コーナーは流石に足が向かないし、近くのカフェへ行くことにした。




