藤堂先生と陽菜の愛⑦ 藤堂先生×守りたいもの
陽菜があの産科医に階段から突き落とされたと連絡をもらった。近くにいた鴻上先生も一緒に教えてもらった場所へと急いだ。
階段の中央に立つ問題の産科医。そして踊り場に陽菜が倒れている。俺はなりふり構わず陽菜の傍へ駆け寄った。
「陽菜!」
──いきなり動かすのはまずい。名前を呼ぶけど返事はない。出血などは見られない。靴が脱げてる。足首を痛めている?
そんな事を思っているとセンター長が指示を出した。
「ストレッチャーを持ってくるよりこのまま急外へ連れていきましょう。藤堂先生、お願いします。なるべく揺らさないように」
「わかりました」
陽菜をそっと抱き上げ救急外来へ急ぐ。鴻上先生が先導して俺に声をかけつつ、平常心を保つよう気にかけてくれた。
「藤堂、陽菜ちゃんを支えてやれよ。俺で力になれる事があれば遠慮なく言ってくれ」
「助かります」
救急外来へは既に連絡が入っていたようで、救急医が陽菜の到着を待っていた。
「こちらへお願いします」
診察台に陽菜を寝かせ、救命医に陽菜を託す。少し下がり鴻上先生と様子を見守る事にした俺は、気になっていた足首のことを救命医に伝えた。
「佐渡先生、左の靴が脱げていて足首が気になるので、そちらの診察もお願いします」
「わかりました」
「高梨先生、MRIと左足首のレントゲンをオーダーして」
「はい」
ウチの病院の救急外来が精鋭揃いと言われる所以はこういうところだろう。動きに一切の無駄がない。
「大事にならないと良いんだがな。怖い思いをしただろうから、実習の時の事もあるし心の方が心配だな」
「心療内科で俺の同期の山下が、陽菜の主治医をしてくれていたので相談してみます」
「必要なら勤務の調整するから声かけろよ」
「ありがとうございます」
そんな話をしていたら佐渡先生に呼び止められた。
「矢崎さんの症状の説明をしたいのですが、ご家族の方は。それから全カルテを確認したのですが、心療内科に受診歴があったので、ご家族にご相談をさせて頂いてからそちらの方へも連絡を入れようと思っています」
「ご家族はお兄さんが近くに。心療内科は俺の同期が担当してくれています」
「そうですか」
そんな会話の中、鴻上先生が佐渡先生に確認した。
「会えますか? 矢崎は藤堂先生の彼女なので心配してます」
「ICUに寝かせてますから傍にいてあげてください。目が覚めてひとりだったら不安だと思うので。何かあれば連絡くださいって言わなくても同業ですもんね」
「そうですね。ありがとうございます」
俺は陽菜の様子を見るためにICUへ入ると、近くにいた看護師に場所を聞いた。
「すみません。矢崎陽菜はどこでしょうか」
「矢崎さんなら、すぐそこですよ」
「ありがとう」
はやる気持ちを抑え陽菜の元へ着くと、その傍らで手を握った。
しばらくすると陽菜が目を覚ました。
「陽菜!」
「大ちゃん、ごめんね」
陽菜は何も悪くないのに俺に謝る。
「全身の打撲と左足首の捻挫だそうだ。しばらくは無理しないで安静にしてるんだ」
「うん、みんなに迷惑かけちゃう」
「こんな時くらい甘えよう。元気になったらまたみんなに笑顔を届けてあげよう。山下にも診てもらおうと思うんだが、いいかな?」
「大ちゃんに任せてもいい?」
「うん、わかった」
佐渡先生に診てもらい、山下にも連絡を入れて診察を頼んだ。しばらく受診することになり、できる限り付き添うことにした。
足首の捻挫は酷く、痛みが強いようだ。仕事も依元看護師長が調整をしてくれた。焦らずゆっくりして欲しいと思っているが、本人はそう思ってくれない。でも無理はしてほしくないので、根気強く話していくつもりだ。
陽菜の捻挫が良くなる頃には、心も落ち着いてくれることを願っている。あの女医は系列の僻地の病院へと異動したと聞いた。もう目の前に現れてほしくない。
一般の産科もあの女医が異動となったことで、病棟が明るくなったと聞いた。それだけ問題の医師だったのだろう。 陽菜が穏やかに過ごせているのならそれを見守る。辛い思いをしているから全力で守ろう。そんな事を考えていると。
「大ちゃん、お水飲みたい」
陽菜が水が欲しいと伝えてきた。
「ちょっと待って、すぐに取ってくる」
ペットボトルを持ち陽菜のところへ戻ると、布団に潜って泣きながら震えていた。
「陽菜」
呼び掛けてみるが泣きながら震えていて俺の声が聞こえていないようだ。陽菜の頭を撫でながらもう一度声をかけた。
「怖かったね。俺がいるから安心して」
すると陽菜がゆっくりと体を起こしたので、背中をさすると俺の腕の中に収まった。
「大丈夫? 陽菜」
「うん」
大丈夫そうには見えないが、気を張っているのだろう。全身打撲のうえ、足首の重度の捻挫。きっと夜には高熱になる。何があっても陽菜だけは守りたい。
今日の当直を服部先生と岩崎先生が代わってくれた。これで陽菜についていてあげることができる。陽菜のお兄さんにも連絡して事情を話した。出張中で今すぐに帰れないとのことだったので、陽菜のことを任された。もしお兄さんがいたとしても、今夜はついているつもりだった。
「痛み止めと安定剤の処方を頼んであげた方が良さそうだ」
しばらく不安定な状態が続いたが、NICUのナースが順番にお見舞いに来ては励まして戻って行った。陽菜もだいぶ落ち着いてきたように思う。
数日後、仕事復帰はしばらく先になりそうだが、今日退院する事ができた。ひとりにしておくと無理をしそうなので、俺の家へ連れてきた。看護することに慣れている陽菜も、看護されることには少々の躊躇いがあるようだった。
「そばにいてくれると安心する」
「俺も同じこと考えてた」
あの嵐のような日がまるで嘘のように、柔らかくあたたかな日差しが、二人を優しく包み込む。
──早く陽菜に心からの笑顔が戻りますように。




