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第八十三話 みんなで帰ろう

食事を終えたあと、一同はテーブルに広げた新聞に目を落としていた。


紙面には大きな見出しが躍っている。


【王都暴動の首謀者逃亡か 国外へ逃げのびた可能性】

【王国軍、国内外に捜索網拡大 民間への注意喚起も】


ワタルたちは記事を読むにつれ、次第に顔を曇らせていった。


「……こっちはどうすりゃいいんだろうな」


ファングが低い声で呟く。


ラグド王国は暴動の指名手配として相変わらずワタル達の名前を挙げている。


「これじゃ……帰れるわけないわね」


ハウンがため息交じりに言う。


スノーも、スープの匙を置き、黙り込んでしまった。


その重たい空気を吹き飛ばすように、スノーがふいに顔を上げ、明るく言った。


「……じゃあさ、全部解決したら、うちの宿屋でまたお泊まり会しようよ!」


不意に場の空気が動く。


「天泣を倒して、ラグド王国の疑いも全部晴らして……全部終わったら、絶対に!」


スノーは目を輝かせながら、勢いよく続ける。


「今度はサヤちゃんも一緒に!」


隣のサヤに、ぐいぐいと体を寄せながらにじり寄るスノー。


「絶対来てよ? 絶対絶対、来てよ?」


「わ、わかったってば! 近い!」


必死に押しのけようとするサヤ。


ハウンが、静かに眉をひそめた。


「スノー、あまりしつこくすると嫌がられるわよ」


「えー、そんなつもりじゃないもん!」


スノーは軽く頬を膨らませる。


ワタルはそんな光景を見ながら、ふっと目を細めた。


(サヤ……ほんとは嫌がってない)


口では素っ気ない態度を取っているけれど、サヤの表情は、ほんの少しだけ緩んでいる。ワタルには、それがちゃんと伝わっていた。


だけど——


ワタル自身の心は、どこか別の場所にあった。


(……俺は、その時まで、この世界にいられるのかな)


不意に胸をよぎる、得体の知れない不安。


女神レフレの言葉。使命を果たせば、元の世界へ帰ること。

それは確かに約束された未来だったはずなのに——。


「ワタル?」


スノーの声が現実に引き戻した。


「……ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」


はっとして笑い、無理やりにでも明るい声を出す。


「いいね。楽しみだよ、スノー。料理も美味いし、風呂もデカいからさ。……またみんなで、ゆっくりできる日を楽しみにしてる」


「うん!」


スノーがぱっと笑った。


その笑顔に、少しだけ救われたような気がして、ワタルもようやく自然な微笑みを返した。


それから、皆は再び真剣な顔つきに戻った。


新聞に記された“首謀者”という濡れ衣。

このままでは、どこにも戻れない。


「修道院の人たちは……『いつまでいてもいい』って言ってくれてるけどさ」


ファングがぽつりと呟いた。


「でも、甘えっぱなしってわけにはいかないわよね」


ハウンが静かに続けた。


「ここの人たちは、ただでさえ危険な立場に立たされる可能性がある。私たちが長くいればいるほど、リスクは高まるわ」


「……わかってる」


スノーも、そっと手を膝の上で握りしめる。


「いつか…絶対帰ろう!みんなのラグド!みんなの秘密基地!」


スノーは拳をぎゅっと握りしめ、宣言するように言った。


その言葉に、誰もすぐに返事はできなかった。

けれど、心の中ではきっと、みんな同じ想いだった。


(帰りたい。……必ず、帰ろう)


ワタルは強く心に刻み込む。


——ただ、現実は厳しかった。


リンカの策略で民衆から裏切られ、暴動の首謀者として濡れ衣を着せられた。

そして、たとえリンカがいなくなった後も、誰も真実を口にしてくれる者はいなかった。


ワタルは無意識に拳を握りしめる。


(本当に……誰一人、俺たちを庇う声はなかったのか)


それを責める気にはなれなかった。

恐怖に支配されていた民衆に、勇気を求めるのは酷だということもわかっている。


結局この日は何も答えが出ないまま、夜を迎えた。


誰もが心の中に、それぞれの葛藤や焦りを抱えながら、それでも表向きは普段通りに振る舞おうとしていた。


スノーはいつもよりも明るく振る舞い、ハウンは静かに周囲を気遣い、ファングは無言のまま座っていたが、以前よりもほんの少しだけ肩の力が抜けていた。

サヤはそっぽを向きながらも、時折ワタルたちの様子を気にするように目を向ける。


そしてワタル自身もまた、心に重く沈む想いを押し込めながら、夜空を見上げていた。


(そういえばこの世界に来てから星を見上げることが多いな)


「ワタル…万全じゃないんだから夜更かしは身体に障るわ」とハウンは肩越しに振り返った。


そこには、蝋燭の光に照らされたハウンの姿があった。

手にはワタルに渡すためだろう、薄手の羽織が抱えられている。


「ごめん…ちょっとだけ許して。ハウンにはいつもいつも心配かけてばっかりだな」


ワタルは苦笑しながら言い、羽織を受け取った。

ハウンは小さく首を振り、彼の隣に立つ。


「心配するに決まってるでしょう? 私たち……仲間なんだから」


その言葉は、静かで、けれど確かな温かさを持っていた。

ワタルは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、静かに羽織を肩にかけた。


ふたりは並んで、再び夜空を仰ぐ。


広がる星々は、どこまでも静かで、どこまでも遠かった。

この世界に来たばかりの頃、不安の中で見上げたあの星空と、今も変わらない。


(だけど、違う。今は、隣に……仲間たちがいる)


ワタルは小さく息を吐き、少しだけ顔を上げた。


「……ありがとな、ハウン」


「ふふ。感謝するなら、ちゃんと元気でいてよね…今日の貴方はなんだか表情が暗いもの」


ハウンはそう言って、ワタルの横顔をそっと覗き込んだ。

蝋燭のかすかな光が、彼女の表情を柔らかく照らす。


「……そう見えたか」


ワタルは苦笑しながらも、誤魔化すように夜空に視線を戻す。

ハウンの鋭い観察眼からは、どんなに隠しても心の揺れが見抜かれてしまう。


「隠したって無駄よ。ワタル、無理に笑わなくていいの」


ハウンの声は静かだったが、芯のある、優しい強さがそこにあった。

ワタルは少しだけ黙り、それから、ぽつりと口を開く。


「ハウンは…その…みんなに言えない自分だけの秘密ってある?」


ハウンはその問いに、ふと目を細めた。

夜風がそっと二人の間を吹き抜ける。


「……そうね」


彼女は空を見上げたまま、少しだけ考える素振りを見せたあと、静かに答えた。


「誰にだって、あるんじゃないかしら。……言えない秘密。言いたくても、言ったら壊れてしまいそうで、怖くて言えないこと」


その声には、どこか遠い過去を思うような、深い響きがあった。


「だから、私は無理に誰かの秘密を暴こうとは思わないわ。……守りたいなら、守ればいい。その代わり……」


ハウンはワタルのほうへと向き直り、まっすぐに見つめた。


「何かあったときは、絶対に一人で抱え込まないって、約束して」


ハウンはそう言いながら、ワタルをまっすぐに見つめていた。芯のあるその視線に、ワタルは目をそらすことができず、ゆっくりと頷く。


「……ああ。約束する」


その瞬間、ふっと風が吹き抜ける。ハウンの髪がそよいで、蝋燭の光がかすかに揺れた。


「……あら、ちょっと」


ハウンが不意に言って、ワタルに一歩近づく。そして、彼の前髪にそっと指先を伸ばした。


「ここに、何か……草のくずかしら? ついてるわよ」


「え……?」


ワタルは一瞬きょとんとする。ハウンの手が自分の頬に軽く触れる。その距離の近さに、反射的に息が詰まった。


指先がそっと髪を梳く。軽い感触、そして微かな花の香り。


(風呂……入ったばかりだし…というか…えっ…)


そう思ったと同時に、自分の胸が少し早く打ち始めているのに気づいて、ワタルは目を泳がせた。


「……取れたわ。もう平気よ」


ハウンはそう言って、軽く指先を払う仕草を見せる。


「こんな時間まで中庭にいた罰ね。……ふふっ」


(びっくりした…あんなに近くにくるから…)


戸惑うワタルに、ハウンは小さく微笑んで肩をすくめた。


「じゃあ、また明日。ちゃんと休むのよ、ワタル」


それだけ言って、ハウンはそっと背を向けて歩き出す。その後ろ姿は、どこか軽やかで、どこか気恥ずかしそうだった。


ワタルは頭に手をやり、ぽりぽりと掻いた。夜風がまたひと吹きし、彼の髪を揺らした。


頬と髪に触れたハウンの指先の感触が、思いのほか長く残っていた。


ワタルは自分の頬に残る温もりを振り払うように、ひとつ大きく息を吐いた。


(……落ち着け、俺)




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