第八十二話 扉の外
「お前が来るまで、ずっと怖かったんだ。誰にも会う顔なんかねぇって思ってた。でも……やっぱり来やがったな、お節介野郎」
「まあな。お節介がなきゃ、今ごろお前ここでカビ生やしてたぞ」
「うるせぇ…けどありがとな。」
二人の間に、ほんのわずか前のような軽口が戻りつつあった。
ワタルは部屋の扉を開けて一歩だけ廊下に出る。差し込む朝の光の眩しさが、心の靄を少しだけ晴らしてくれるような気がした。
(大丈夫だ、ファング。少しずつでいい。またみんなで歩いていけばいい)
廊下を歩いて食堂に向かう道すがら、ワタルは胸の内に静かな安堵を感じていた。
ファングが立ち上がった。それだけで、今朝の一歩は十分すぎる成果だった。
その後、ファングが皆の前に姿を現し、口ごもりながらも全てを話した時——
スノーは黙って彼の手を握り、言葉の代わりにその温もりを伝えた。
ハウンはわずかに目を細めながら、「あなたらしいわね」と静かに微笑んだ。
そして、サヤは少し距離を保ちながらも、目を細めて小さく頷いた。
ファングが目を伏せたまま「……すまなかった」とぽつりと呟いたとき、その声に答えるように空気が少しだけ和らいだ。
まだ全てが許されたわけではないかもしれない。だが、それでも一歩ずつ、彼らは歩き直している。
「冷めちゃう!早く食べよう」とカナタ。
彼女の背後からは、元気いっぱいの獣人の子供たちが数人、列になって小走りで食堂に駆け込んでいく。テーブルに置かれた湯気の立つ皿を見て、子どもたちの目がきらきらと輝いた。
ワタルたちも続いて食堂に入ると、あたたかな匂いと、人々の微笑みが迎えてくれた。神父やシスターたちがさりげなく席を整え、まるで家族のように振る舞っている。
ワタルは空いていた長テーブルの端に腰を下ろし、その向かいにスノー、隣にサヤとファング、そして少し離れたところにハウンとカナタが座った。
皿に盛られた温かなスープ、香ばしく焼かれたパン、素朴な野菜料理。
特別なごちそうではない。けれど、そのすべてが心に染みるほどのあたたかさに満ちていた。
「いただきます!」
子どもたちの声を合図に、皆が一斉に手を合わせ、食事が始まった。
スノーはゆっくりとスープを口に運び、ふっと微笑む。
「うん……これ、好きかも。優しい味がするわ」
ハウンは少しだけ目を細め、黙々とパンをちぎりながら、ちらと隣のサヤを見やった。サヤは緊張気味だったが、口にした瞬間、思わず笑みをこぼした。
ファングは少しぎこちない手つきでスプーンを握っていたが、ワタルが何気なく「スープ、熱いから気をつけろよ」と声をかけると、「分かってるっての」と低く返して、少しだけ顔をゆるめた。
食卓には、笑い声と会話、そして時折沈黙が流れる。
そのどれもが、今はかけがえのない時間だった。





