第七十七話 死闘
地面に落ちた腕が、静かに転がる。
一瞬の静寂が、戦場を支配した。
「アルマ……!?」
スノーが悲鳴のような声を上げる。
ワタルも、サヤも、ハウンも、そしてファングも——誰もが息を呑んだ。
「う、あ……」
アルマの体が、震える。彼女の肩から血が噴き出し、瞬く間に服を赤く染めた。
「——っが……ぁ……!!!」
彼女は膝をつき、かすれた息を吐いた。
「ふふっ♪ やっちゃった♡」
リンカは悪びれもせず、ケラケラと笑う。
「ごめんごめん、お姉さん、つい勢い余っちゃってさ♪」
「……お前……」
アルマは震える手で、残った片腕に短剣を握りしめる。
「だって、これが戦場ってやつだからさ。」
「……!!」
ワタルは怒りに駆られ、剣を構えたままレイジに突進した。
「ははっ、やっと本気になった?」
レイジはニヤリと笑い、再び水の剣を振るう。
——ガキィンッ!!
刃と刃が激しくぶつかり合い、火花が散る。
ワタルは怒りのままに剣を振り下ろすが——
「遅いなぁ。」
レイジの剣が滑るように動き、ワタルの脇腹を深く斬り裂いた。
「……っ!!」
ワタルの体が傾ぎ、鮮血が宙に舞う。
「ワタル!!」
サヤが叫びながら、砂の魔法を巻き起こし、ワタルを庇おうとする。
「邪魔なんだよねぇ。」
レイジが手を振るうと、水の刃が弧を描き、サヤの胸元を斬り裂いた。
「——あ……」
サヤの視界が一瞬ぐらつく。
ワタルは倒れ込みながらも、剣を杖代わりにして立ち上がろうとする。だが、傷の深さに膝が震え、うまく力が入らない。
「もう動けないでしょ? ねえ、どうするの?」
リンカがケラケラと笑いながら、チャクラムを指先で回した。
「まだ足掻く? それとも……」
彼女の目が冷たく細められた瞬間、ワタルの背筋が凍りつく。
「みんな逃げるで……!」
血を滴らせながら、アルマがよろよろと立ち上がった。
「……アルマ……」
「……待ってあなたが死んでしまうわ!」
彼女の顔は蒼白だったが、その目には確固たる意志が宿っていた。
「ウチの魔法で、逃がしたる……!」
彼女が残った片腕をかざすと、空間が微かに歪む。
ハウンがアルマに駆け寄ろうとする。
「待って! すぐ治療を——」
「今やない!!」
アルマが、荒い息のまま叫ぶ。
「治療は、うまく逃げ切れてからでええ……!」
「でも……!」
「魔法はすぐ近くにいないとあかん……! ウチは……ええから……!」
アルマの体が、がくりと揺れる。
「ハウン…残った子供達をなんとか守ってくれや…」
「でも……!」
ハウンは叫びそうになったが、アルマの視線がそれを制した。
「……頼むで……」
その言葉に、ハウンは拳を握りしめた。
「……わかった。」
彼女はすぐさま獣人の子供たちの元へと駆け寄り、残った者たちを抱えるようにして後退する。
しかし、その間にも、レイジとリンカは着実に追い詰めようとしていた。
「へぇ……まだ逃げるつもり?」
リンカがニヤリと笑いながらチャクラムを指先で回す。
その軽い口調とは裏腹に、目は鋭く獲物を狙う猛禽のようだった。
「いい加減、終わりにしよっか?」
レイジも冷ややかに微笑みながら、再び水の剣を構える。
「さて、誰から斬ろうかなぁ?」
「……誰も、お前たちの好きにはさせない。」
その声が響いた瞬間、空気が一変した。
「……スノー?」
ワタルが顔を上げると、スノーが両手を前に突き出し、魔力を解放しようとしていた。
彼女の全身から立ち昇る冷気が、周囲の温度を一気に下げる。
「……もう、許さない。」
スノーの瞳は、これまで見せたことのないほどに鋭く光っていた。
怒り——そして、決意。
「あなたたちが、どれだけの人を傷つけてきたか……。今ここで、絶対に足止めしてやる!!」
——ザァァァァァァッ!!
一瞬の静寂の後、轟音と共に氷の魔法が爆発した。
——ゴォォォォッ!!
猛烈な冷気が一気に広がり、戦場全体を包み込む。
——バキバキバキィッ!!
氷の槍が地面から無数に突き出し、巨大な氷の壁がレイジとリンカの行く手を阻んだ。
「うわっ!? なんだこれっ!」
リンカが驚き、思わず後退する。
「……っ!」
レイジも素早く身を引いたが、完全には避けきれず、鋭い氷の欠片が腕をかすめ、血が滲む。
「ちっ……!」
レイジは舌打ちしながら腕を押さえる。
「まさかここまでやるとはね……。」
リンカは眉をひそめ、目の前の氷壁を見上げた。
「……これ、壊すしかないねぇ。」
彼女はチャクラムを逆手に持ち替え、大きく振りかぶる。
——シュンッ!!
空を切り裂く音と共に、チャクラムが氷壁へと一直線に飛んでいく。
しかし——
ガキィン!!
鋭い音と共に、チャクラムが氷の壁に食い込んだ。
「……ん?」
リンカの動きが止まる。
——ギギギ……ッ!!
刃が壁に深々と食い込んだまま、砕けることなく止まっている。
「……なにこれ?」
リンカが引っ張るが、チャクラムはびくともしない。
「っ……おかしいなぁ……?」
リンカが力を込め、もう一度引く。
——キィンッ!!
次の瞬間——
ガシャァァァァン!!
リンカのチャクラムが、刃こぼれを起こし、欠けた。
「……え?」
その瞬間、リンカの顔から余裕の笑みが消える。
「……嘘でしょ?」
彼女が愛用するチャクラム——幾度となく敵を斬り裂いてきた武器が、砕けた。
リンカの呟きが戦場に響く。
彼女の手の中で、刃こぼれしたチャクラムが光を反射しながら小さく揺れた。
しかし、スノーはそれに答えなかった。
彼女はすでに次の攻撃の準備を進めていた。
「……まだ終わらない。」
スノーの言葉とともに、戦場に張り詰めた冷気がさらに濃密になる。
——ザァァァァァァッ!!
氷の魔法が再び炸裂し、轟音とともに冷気が爆発的に広がった。
「くそっ、またか……!」
レイジが目を細め、後退する。
「チッ、これはマジでやべぇやつじゃん……!」
リンカもチャクラムを握り直しながら、スノーの様子を警戒した。
だが、スノーの放つ魔力は、これまでとは違う——。
限界を超えて、さらに上を目指すかのような勢いだった。
「あなたたちを……絶対に生きて帰さない!」
スノーの叫びと共に、さらに強烈な冷気が爆発する。
——ドォンッ!!!
戦場全体が白く染まり、氷の槍が無数に舞い踊る。
「くそっ……!!」
レイジは水の魔法で防御するが、それでもいくつかの氷が腕や足をかすめ、傷を負う。
「……チッ……!」
リンカの瞳に、一瞬の動揺が浮かぶ。
「……やばっ……」
彼女は爆風で地面にたたきつけられ、咄嗟に身を引こうとするが、スノーはすでに次の魔法を放とうとしていた。
「——これで終わりだ!!!」
——ゴゴゴゴゴ……!!!
地面が大きく揺れ、巨大な氷の刃がレイジとリンカの頭上に出現する。
「……ッ!!」
レイジが素早く反応し、水の魔法で防ごうとするが、スノーの魔力の密度がそれを上回る。
「クソッ……!!」
リンカもチャクラムを取り出そうとするが、刃こぼれしたままの武器では防ぎきれない。
「……ッのヤロウ!!」
「……スノー!!!」
その時——
「もう十分やった!! けど……倒しきれねぇ!!」
ファングの怒鳴り声が響く。
スノーが振り返ると、そこには駆け寄るファングの姿があった。
「えっ……?」
「バカ野郎!! ここは引くぞ!!!」
ファングはスノーの腕を掴み、その場から強引に引きずるように後退する。
「ちょっ、待って!! まだやれる!!」
「やれるかバカ!! もうお前の魔力は限界だ!!」
ファングの叫びに、スノーはハッとする。
そう——自分の足元を見れば、震えている。
「倒れでもしたら、命はないぞ!」
「……っ!」
スノーは悔しさに奥歯を噛みしめた。確かに、足が震えている。指先もかじかみ、思うように動かない。それでも、まだ戦える気がしていた。
「私、まだ……!」
「……すまない。」
その言葉に、スノーは息を呑んだ。
ファングは歯を食いしばりながら、必死にスノーの腕を引く。その顔には、悔しさと無力感が滲んでいた。
「俺が弱いばかりに…そのくせ身勝手なばかりに…本当に申し訳ない…」ファングの声は、悔しさと自責の念に満ちていた。
「だから……頼むから…お前がここで倒れたら、俺は……」
ファングは言葉を詰まらせ、奥歯を噛みしめる。
スノーは彼の言葉を聞きながら、視線を落とした。
(私が……ここで倒れたら……)
彼女はようやく、自分の限界を認めざるを得なかった。足は動かず、指先も冷たくなり、意識も薄れかけている。これ以上、戦い続けることはできない。
「……わかった。」
スノーは悔しさを押し殺しながら、小さく頷いた。





