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第六十八話 アルマと出会い

姿を消す移動魔法でアルマが逃れた先は故郷ラグド王国であった

周囲を歩く人々の姿が目に入る。労働に追われ、疲れた表情を浮かべる人々。その中には懐かしい顔もあったが、アルマは声をかけることをためらった。彼らにとって、アルマはすでに過去の存在。今さら戻ってきたところで、自分がここに居場所を見つけられるとは思えない。


「こんな形で戻るなんて、皮肉やな…」

彼女は独りごち、ふらつく足取りで広場の片隅に腰を下ろした。かつて家族と笑い合いながら歩いたこの道も、今では別のものに感じられる。復興の兆しが見える街並みを見ながら、アルマの心は複雑な思いで揺れていた。


幼い頃、父親が教えてくれた魔法の記憶が頭をよぎる。彼が口にしていた「この力は守るためにある」という言葉。その言葉は、今のアルマにとって重く響く。守るべきものを失い、自分自身を見失った今、その意味を見つけられずにいる。


「こんな場所に戻ってきたところで、ウチには何もないやん…」

アルマは苦笑しながら呟いた。しかし、街の一角から聞こえる子供たちの笑い声が、ふと彼女の心に触れた。その純粋な笑い声は、彼女の中に眠っていた何かを呼び覚ました。


(…この街も、少しずつ生き返ってるんやな。)


アルマの中に小さな感情が芽生え始める。どんなに壊れてしまっても、人々が少しずつ積み上げていく姿。それは、かつての彼女が持っていた「守りたい」という思いと重なった。


「…ウチにも、まだできることがあるんやろか。」

アルマは立ち上がり、遠くに見えるかつての家の跡を見つめた。


「ヤア、ヤア こんな荒地にも一輪の花が咲いているものだね」


振り返ると、そこには奇妙な二人組が立っていた。一人は、年若い少年で、どこか無邪気な笑顔を浮かべているが、その瞳には底知れない冷たさが宿っている。整った顔立ちに不釣り合いなその視線が、不気味な印象を与えていた。


隣には魔女らしい風貌の女性が立っており、長いローブに身を包み、落ち着いた雰囲気をまとっている。彼女はため息をつきながら、少年の腕を軽く叩いて諌めた。


「こら、すぐ口説こうとしないで。ごめんなさいね。悪い子じゃないんだけれど、世間知らずなところがあって…」と女性は頭を下げる。


少年は少し肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。「あー、怒られちゃった。世間知らずだなんてひどいなぁ師匠。」


「ウチになんか用事でもあるんか?」と少し睨む。


女性はアルマの疲れた表情を見て、ほんの少しだけ柔らかな表情を浮かべた。彼女は少年に一瞥を送り、少しだけ息をついてから、優しい声で言った。「あなた、少しお疲れのようね。見てわかるわ、、大変なことがあったのね。」魔女らしい女性の声は、どこか癒しを感じさせるものだった。


アルマは眉をひそめつつも、女性の言葉に少し気を緩めた。「…そやけど、それがアンタらに関係あるんか?ウチに何の用や?」


アルマは魔女の言葉に疑いの眼差しを向けながらも、どこかその優しい声に引き込まれる自分を感じていた。疲れ切った心と身体が、無意識にその癒しを求めていたのかもしれない。彼女はつい、つっけんどんな口調で返事をしてしまう。


「ウチが疲れとるんは、アンタらに何の関係もないやろう。どうせ、ウチを利用しようって魂胆なんちゃう?」


魔女はその言葉に動じる様子もなく、静かに微笑んだ。「疑うのも無理はないわね。でも、私はただあなたの苦しみに共感しているだけ。内戦が生み出す痛みは、どんな人にも深い爪痕を残すものよ。あなたみたいに悲しいを見ると、放っておけないの。私はただ、助けになれればと思っているだけよ。」


アルマは魔女の穏やかな声を聞きながら、その真意を探ろうとするようにじっと目を細めた。「…ほんまかいな。そんな綺麗事、誰でも言えるやろ。ウチは人を信じる気なんて、もうとうに失くしてしもたんや。」


彼女の言葉には、これまで背負ってきた苦しみや裏切りへの警戒心が滲み出ていた。しかし、それでも魔女は微動だにせず、穏やかな目をアルマに向けていた。


「そうね、信じられないのは無理もないわ。私も、いろんな人に疑われてきたから、わかるの」と彼女は静かに言った。「でも、誰かがあなたの疲れた心に寄り添うことはできる。私はその一歩を踏み出したいだけ。あなたの選択次第だけれど、私があなたを害するつもりがないことだけは、心に留めておいてほしいわ。」


アルマはその言葉を聞き、しばらくの間黙り込んだ。目を伏せて考え込む彼女の様子に、魔女も無理に言葉を続けることはしなかった。ただ、静かに待つ。


やがてアルマはゆっくりと顔を上げ、薄っすらと微笑みを浮かべた。「…アンタ、変わっとるなぁ。普通なら、ウチみたいなやつにここまで親切にする理由なんてないやろうに。」


その表情を見て、魔女はわずかに口元をほころばせた。「微笑むと、とても素敵な顔になるのね。心が傷ついても、それを乗り越えられる強さが、きっとあなたにはあるわ。」



アルマは一瞬目を丸くしたが、すぐに照れ隠しのようにそっぽを向いた。「べ、別に…褒められたって、何も出えへんけどな。」


そのやり取りを横で聞いていた少年は、何かに気を取られて会話には加わらなかった。ただ、周囲をきょろきょろと見渡しては何かを探しているようだった。そんな彼の様子に気を取られることもなく、アルマと魔女はしばし静かな交流を続けた。


アルマは、ラグド王国で新たな生活を始めることになった。過去の戦いの余波が消えない中で、彼女は久しぶりに「普通の生活」を体験することになる。


彼女は新しい環境に少しずつ馴染み始めた。ラグド王国の片隅にある仮住まいは、小さな一室だが清潔で住み心地が良い。魔法使いの女性が準備してくれたその場所は、これまで激しい戦いの日々を送ってきたアルマにとっては、「穏やかな時間」を提供するものだった。


最初の数日は、静寂が逆に不安を呼び起こした。これまで常に戦闘や逃亡を意識していたアルマにとって、何も起こらない日常は得体の知れない違和感を伴った。それでも、仮住まいに置かれた生活用品や、棚に並ぶ本を眺めながら、彼女は少しずつ自分の新しい生活に向き合い始めた。


魔法使いの女性とは、日常の些細なことで顔を合わせることがあった。例えば市場での買い物の仕方や、ラグド王国での流行りの料理の話題。そんな他愛もない会話の中で、アルマの人生は光を取り戻しつつあった。


ある日、女性がさりげなくアルマに問いかけた。「アルマ、これからどうしたいの?新しい生活に慣れるのも大事だけど、あなた自身の目標や夢があれば教えてほしいの。」


アルマは一瞬黙り込んだ。これまでの彼女は、戦いと逃亡だけが目的だった。そんな彼女にとって、「これからどうするか」という質問はあまりにも漠然としていて答えに困るものだった。


「…ウチには、まだ分からんわ。これまでの人生、ずっと戦うか逃げるかしか考えたことあらへんかったからな。でも…」と、アルマはそっと視線を窓の外へ向けた。「こんな静かな場所で、普通に生きるのも悪くないんかもしれんな、って最近思い始めたとこや。」


魔法使いの女性は優しく微笑み、アルマに温かい飲み物を差し出した。「それでいいのよ。やっぱり貴方の笑顔って…」


「せやな…最近は心から笑えるようになった気がするわ。ほんまに魔法みたいやわ。」とアルマは微笑み返した。


魔法使いの女性は一瞬、少し驚いたような顔をしたが、すぐに穏やかな表情に戻った。「……そうね。笑顔は魔法なの。」と彼女は静かにつぶやいた。


「そういや、あの弟子はどうしたんや?最近見かけへんけど。」


アルマの問いかけに、魔法使いの女性は少し困ったような表情を浮かべた。「あの子はね、普段から何を考えているのか分からないところがあるの。好奇心旺盛で、自由奔放な性格だから、ふらっとどこかに行ってしまうことも多いのよ。」


「…ふらっと、って。ほんまに心配とかせぇへんの?」アルマは眉をひそめて尋ねた。


女性はため息をつき、カップを手に取りながら静かに答えた。「心配していないわけじゃないわ。特に最近は…天泣がまた動き始めているという話を耳にするから。あの子が、そういった危険なことに巻き込まれないかと気が気じゃないのよ。」


天泣…その名前を聞くだけでアルマは表情を曇らせた。彼女にとって、天泣はただの組織以上の存在だった。過去の痛みや後悔、そして避けられない因縁が絡み合った存在だ。


「天泣…」アルマはカップを握りしめ、小さなため息をついた。「あいつらのせいで…ほんまに、許されへん。獣人の奴らを見るだけで虫唾が走るわ。」アルマの声には怒りと憎しみが滲んでいた。その感情は、彼女が抱えている深い傷を物語っている。


魔法使いの女性はアルマの憤りを受け止めながら、静かに口を開いた。「アルマ、あなたの気持ちは分かるわ。天泣が何をしてきたのか、あなたにどれだけの苦しみを与えてきたのかも…。でも、獣人すべてを憎むことは、あなた自身を苦しめるだけじゃないの?」その女性は真摯な瞳でアルマを見つめながら続けた。


「それはそれとして考えられるほど、ウチは器用やない…。アンタが獣人にも手を差し伸べてるって話を聞いてな…とにかくもうウチには関わらんといてくれや。獣人全てを滅ぼしてやるなんて馬鹿な真似はせえへんから…」


気がついたら走り出していた。女性がアルマのことを呼ぶ声がしたが、アルマは振り返らずにその場を走り去った。


「はぁ……はぁ……」息を切らしながら、アルマは街の通りを走っていた。何も考えずに走り続けていた。自分が何から逃げているのかも分からないまま。ただ、あの女性から離れたい一心で走り続けた。

彼女はふと立ち止まり、空を見上げた。空は雲に覆われており、今にも雨が降り出しそうな天気だった。その空を見ているうちに、自分の心の中のモヤモヤが少しずつ晴れていくような気がした。


(…なんで、こんなにも嫌な気持ちになるんやろう…) アルマは自問した。

怒りや憎しみが渦巻く一方で、胸の奥に小さな違和感が芽生えていた。


振り返ると魔法使いの姿はない。


随分走ってきたようだ。彼女とは街で偶然居合わせるばかりなのだ。連絡先も知らない。次に会える保証もない。


(不義理なことしてもうたわ…今度会った時に謝らなあかんな…)


アルマはしばらくその場に立ち尽くし、激しく鼓動する胸を押さえながらゆっくりと息を整えた。




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