第五十九話 安堵
少し歩くと診療所へ到着した。
倒れていた人の容体が心配だ、とスノーは急いで診療所へ入っていった。
中では医者や看護師たちが慌ただしく動き回っている。
「あの…!叢雨の連中を倒して来ました…リーダーは逃してしまいましたが…だから…治療を!」とワタルが開口一番に発する。
「アンタ達が戦っているのを住民が教えてくれたからな…私もできることをしなければと思ってな…」と医師。
倒れていた男はベッドに寝かされ、治療を受けているようだった。幸いにも命の危機からは脱したとのことだった。
「あ、ありがとうございます!」とワタルは深々と頭を下げた。
すると、外がまた騒がしい。
ガチャガチャと少々乱暴に扉を開け、モルザッドの兵士団と思われる集団が、どかどかと雪崩れ込んできた。
「突然の訪問、失礼いたします。モルザッド兵士団長のカイケルと申します。あなた達が叢雨と戦っていた方々で間違い無いでしょうか」と髭を蓄えた中年の男が問いかけてきた。
マズイ…この国では目立たぬよう過ごさなくてはならなかったのに…すぐにでもこの国を出ようと考えていたところだったのだ。
このまま罪人としてラグド王国に引き渡されてしまうのだろうか…。
サヤは覚悟を決めた様子で、前にいたワタルとハウンの袖を掴んだ。
その目には不安の色も見える。
「そう。この辺りで悪いことをしてるみたいだったから」とスノーが先陣をきって答える。
するとモルザッドの兵士団からの返答は最悪の予想に反していた。
「この度はご協力感謝します。。叢雨は以前から目をつけていたのですが…中々足取りが掴めずいて…」髭を蓄えた中年の男は、静かに頭を下げた。
ワタルたちは驚き、互いに顔を見合わせた。サヤは少し緊張が解けたようで、ホッとした表情を浮かべた。
「あなた方民間人にこのような危険を負わせてしまったことは申し訳なく思っています」と髭を蓄えた中年の男は続けた。
「いいえ、私達は当然のことをしたまでで…それにアルマというトップの人間は逃してしまいましたし…」とハウンは答える。
「しかし、あなたたちの助けがなければ、被害はもっと大きくなっていたかもしれない。失礼ながら、その強さは獣人であるからだけではないでしょう?あなた達は一体…?」と男は尋ねる。
「私達はラグド王国のパーティ!人助けの仕事をしてて…」とスノーが得意げに話したところをハウンが口を塞ぐ。
自ら身分を明かしてしまっては、問題が大きくなる可能性がある。ハウンは焦った表情を浮かべた。
「カイケル団長、この5人…まさか」と後ろに控えていた団員の1人が、
恐る恐る声をかける。
(逃げ場はない…認めてしまった方が良いだろう)とファングはハウン耳打ちをする。
「はい、そうです。ラグド王国で騒動となっているパーティとは私たちのことです。」とハウンは静かに答える。
場の空気が一瞬、緊張に包まれた。ワタルやスノー、サヤ、ファングもそれぞれの立場で状況を見守っていた。
「俺はよくわかんねぇけど、その人は悪い人達じゃないよ」と病室の奥から振り絞ったような声が聞こえた。
スラムで倒れていた男性の声だ。目を覚ましたようだ。
「私たちもそう思っている。兵士団長…助けてもらったという事実があるじゃないか。」と医師も説得する。
カイケル団長は少し黙り込み、考え込むような表情を見せた。周囲の状況を把握した上で、ため息をついてから口を開く。
「確かに、あなた方が悪意を持って行動していたとは思えない。助けてもらった人々の証言もある。しかし、疑いがある以上、このまま野放しにするわけにはいかない。とはいえ、拘束することも私としては心苦しい。」
カイケルは一瞬、周囲を見渡しながら続けた。
「処遇については、国と協議して悪い結果にならないよう努力するつもりです。それまでは、外に出て不必要な目を引くようなことは避けてもらいたい。繁華街の宿を手配するので、しばらくの間、そこに留まっていていただきます。」
「そうですか……。わかりました、ありがとうございます」とワタルは静かに頭を下げた。
しかし、その瞬間、兵士団員の一人が少し不安げな顔で口を開いた。「しかし、それでは…」
カイケル団長がその言葉を遮るように手を挙げ、毅然とした声で続けた。「パーティの方々、申し訳ないが、念のために団員を同じ宿に配備させていただきたい。」
その場に緊張が走る。ワタルたちは一瞬驚いたが、カイケルは兵士団員に向けて、優しい表情で安心させるように言葉を続けた。
「お前たちもその方が安心だろう?心配するな。すべての責任は俺が負おう。」と。
一同は彼らの護衛のもと、宿へと向かった。道中、スラムの住民からは賞賛の声が投げかけられる。
自然に声が上がった。
「助けてくれてありがとう!」
「今度は遊びにこいよ!」
疲労がにじむ顔にもかかわらず、スラムの人々は感謝の言葉を惜しまなかった。ワタルたちは少し困惑しつつも、その反応に温かいものを感じていた。スノーが小さな笑顔を浮かべ、「こんなに感謝されるなんて…悪い気はしないね」とそっとつぶやく。
サヤは手を振り返しながら、「私たち、少しでも役に立てたんだね…」と感慨深げに言う。
一方で、ハウンは少し考え込んでいた。「でも…これで問題がすべて解決したわけじゃないわ。まだ、アルマの行方に、ラグドのこと…」
ファングがその言葉に頷き、静かに続けた。「いずれにせよ、暫くは行動出来そうにないからな…吉報を待つしかないさ」
パーティは宿へ到着した。軟禁状態であるものの、護衛が気を利かせて新聞を持ってきてくれたり、簡単な食事も提供してくれる。
「ええと…今日の記事は」と5人が集まっていた部屋でワタルが新聞を広げると他の4人も一緒に覗き込んだ。
▲魔法で労働力を生み出す…モルザッドとサエナ王国が共同で試験的導入へ
▲シジュウ共和国、ラグド王国で連日の豪雨
▲ラグド王国での天泣による暴動…未だ手がかり掴めず
この国目線での注目度は少し落ち着きを見せているようだが、未だその疑惑が完全に晴れていないことを再認識させられる。動向が知られていないことは不幸中の幸いか。
魔法で労働力を…という記事も目についた。どうやら魔法で人間を作り出して労働力として扱おうという試みが行われているらしい。魔造人と呼ぶらしいが、ワタルはそんな技術が本当にあるのかと驚いた。
「魔造人ねぇ…ある国では独裁者の影武者として使われてるって噂は聞いたことあるけど。本当なのかね。」と張り付きの兵士団員が馴れ馴れしく話しかけてくる。
ワタルが感嘆の声をあげていると
魔法で造られた人間を略してそう呼ぶのだとハウンが補足して教えてくれた。
転生してからというもの、あの子を手がかりを得るために、この世界について学んできたつもりだったが、まだまだ知らないことは多いと気付かされる。
場面は宿の一室から夕暮れの街へと移る。街並みは赤みを帯びた光で照らされ、日が沈むころには活気が少しずつ静まっていった。
「結論を知らされるのは明日になるだろう」と兵士団からは伝えられた。
ワタルは窓の外を見つめた。夕暮れの街は、赤みがかった光に包まれ、徐々に静まり返っていく。
「それまでここに待機か…」とファングが低く言う。彼は窓際に立って、遠くを見つめていた。「動きたくても動けない、ってのは辛いな。」
「もしも…捕まるってなったらどうしよう。」とワタルは項垂れる。
その言葉に、スノーが優しく微笑んで肩をポンと叩いた。「大丈夫だよ、ワタル。今までだって何度も危ない場面を乗り越えてきたでしょ?私たち、絶対に大丈夫だから。」
サヤも少し不安げではあったが、無理にでも明るく振る舞おうとして、「捕まる時もみんな一緒だよね?」と口にする。
「縁起でもないこと言うのね…とりあえず、今日はゆっくり休みましょう。兵士団員さんが食べる物を持ってきてくれたわ」とハウンが微笑む。
ワタルたちは食事を済ませ、眠りにつくことにした。
翌日、昼食を終えた頃にカイケルが部屋のドアをノックした。ワタルたちは一瞬緊張したが、カイケルの穏やかな表情に少し安心した。
「お待たせしました。結論が出ました」とカイケルは真剣な顔つきで言いながら、部屋に入ってきた。「あなたたちの功績を国として正式に認めることになりました。スラムの問題解決に貢献したこと、そしてその行動が人々に大きな影響を与えたことを考慮し、この国での滞在を許可します。」
ワタルたちは互いに顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。
「つまり…俺たちはここにいられるってことですか?」とワタルが確認するように尋ねると、カイケルは力強く頷いた。
一同は胸を撫で下ろす。「ありがとうございます。」と全員で頭を下げる。
「いいえ、とんでもない。ただ、これで終わりではありません」とカイケルは少し表情を引き締めた。
「いつ何時、天泣がまた動きを見せるか分かりません。彼らの脅威はまだ去っていないのです。いつまでもこの国にいていただいても構いません。ある程度ではありますが、衣食住の保証もいたします。」
願ってもいない提案だったが、ワタル達パーティを狙う者もいる恐れがあるし、それによってモルザッドが匿っていたことが明るみになれば近隣国との外交問題にも繋がりかねないため、不必要な外出は控えてほしいと伝えられた。
至極当然のことだろう。
カイケルの言葉に、ワタルたちは静かに頷いた。彼らの安全だけでなく、モルザッド全体の安全がかかっていることを理解していた。
「ご理解いただき感謝します。それでは私は失礼致します。しばらくの間は、隣の部屋に交代で兵士団が滞在しますので、何かあればすぐに連絡をください」とカイケルは言い残し、部屋を後にした。





