第五十八話 アルマ
「ここだ……ここがアジトだよ。俺たちの隠れ家だ……」男は低い声で告白した。
ワタルたちは警戒しながら建物を見上げた。「隠れ家にしては、随分と手入れが行き届いているな…」ファングが眉をひそめた。
「んふふ、それが気に入らへんのやったら、もうちょっと散らかしておこうかしら?」突然、背後から柔らかな声が響いた。ワタルたちは驚いて振り返った。そこには、黒髪を結い上げた美しい女性が立っていた。彼女は優雅な動きで一歩前に出てきた。
「ようおこしやす、お客さん。おおきに、案内してもろうて。」彼女は軽やかに話しながら、目元に笑みを浮かべていたが、その目の奥には冷たい光が宿っていた。
「あなたは一体…」ワタルは警戒しながら問いかけた。
女性はにっこりと微笑んだまま、首を傾げた。「そやなぁ、代表っちゅうほど大層なもんやないけど、叢雨を仕切ってるのは確かやねん。」
「叢雨…」ファングが低くつぶやくように言葉を漏らした。「お前たちが、この辺りを牛耳っている組織か。」
アルマはその言葉に対して、まるで茶化すかのように優雅に笑った。「あら、そんな大袈裟なことやないわ。うちはただ、ちょっとした商売をしとるだけどす。みんなに少しばかりの手助けをしてあげてるだけや。」
その言葉には皮肉と威圧感が込められていた。ワタルは一歩前に進み、アルマをまっすぐに見つめた。「手助け…?盗みや人を脅すことが手助けだとでも言うのか?」
アルマはその問いかけに対して一瞬だけ沈黙し、そして穏やかな微笑みを浮かべたまま答えた。「人それぞれ、手助けの仕方は違うもんや。うちらは、生きるために必要なことをしとるだけ。そないな綺麗事でこの世は動かへんのどすえ。」
「そんな言い訳が通じると思うなよ。」ファングが怒りを抑えつつ言い放つと、アルマはその場に漂う緊張感を楽しんでいるかのように笑みを深めた。
「ほんまに熱い子やなぁ、あなた。けど、そない怒っても仕方あらへん。ここでの勝負はお互いに損しかないんやないか?」
「…何が言いたいの?」サヤが冷静に問いかける。
アルマはサヤの問いに答える前に、少しの間ワタルたちを見回し、冷静な笑みを浮かべたまま言葉を続けた。「そやな、あんたらもラグド王国で暴れとったらしいなぁ。うちにも耳に入ってきたで。特に、その背の高い坊やと、あんたや、金髪のお嬢ちゃん。」
ワタルたちは一瞬驚いたが、すぐに表情を引き締めた。アルマはその反応を楽しむかのように、少し首を傾げた。「まぁ、噂がほんまかどうかはともかく、ラグド王国から追われとるっちゅうのは事実やろ?あんたら、どこまで逃げても無事や思わんほうがええで?」
「お前達と一緒にするな。新聞記事でも読んだんだろうが、俺たちは天泣じゃない。ただのパーティだ。」
アルマはその言葉に対して微笑みを絶やさず、続けた。「んふふ、せやけどな、ここは叢雨の縄張りや。うちらに逆らっても、また追われるだけやで?そやから、ちょっとした提案をさせてもらおか。」
ワタルたちは警戒を強めながらも、次の言葉を待った。アルマは柔らかな声で言った。「うちらと手を組むちゅうのはどうや?あんたらも安全が欲しいやろ?それに、天泣とは敵対してるんや。お互いに助け合えば、天泣ともやり合えるし、ラグド王国からも身を守れるかもしれへん。」
ファングは、アルマを鋭い目で睨みながら低い声で言った。「手を組むだと?お前たちが本当に天泣と敵対しているとしても、俺たちが信じられる理由はどこにある?罪の片棒を担ぐつもりは毛頭ないぞ。」
「うちらを悪とするならば…あんたらこそラグド王国じゃ悪そのものや。」アルマはそのまま、挑戦的な視線を送った。「何を信じるかは、あんたらの自由やけど、ラグドの兵士団までも敵に回って…復讐したいとは思わへんか?」
「復讐だと……?」ファングはその言葉に一瞬たじろいだ。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、低い声で言った。
「この国が言えることちゃうんやろうけど、ラグドは腐敗してるんや。」アルマは静かに、しかし確信を込めて続けた。「上層部が腐りきって、嘘と裏切りで成り立っとる。あんたらも知っとるやろ、追い詰められたんは、そいつらのせいや。」と笑みを浮かべる。
そんなことは出鱈目だとも言い切れなかった。
国に対して疑うだけの余地はある。ただ、しかし、今ここでアルマの言葉をそのまま受け入れるわけにはいかなかった。
「確かに天泣は倒さなければいけない相手だ。国からの疑いだって晴らしたいし、俺たちには帰る場所がある。」
4人はワタルのその言葉に頷く。
アルマはその返答に対して、興味深そうにワタルを見つめた。「ほう…あんた、意外と頑固やなぁ。けど、まぁええわ。せやけど、これだけは覚えとき。いつかその誇りが、命取りになるかもしれへんで。」
その言葉を残し、アルマは静かに立ち去ろうとする。しかし、背を向けたその瞬間、彼女は振り返り、最後にこう付け加えた。「ラグド王国の腐敗が真実やと知った時…その時が来たら、うちらの提案を思い出してや。助けが欲しい時は、叢雨に声をかけなさいな。」
「逃がさないわ。このスラムの人たちがあなたに苦しめられてるのよ。」とハウンがレイピアを構える。
「なんとでも言いや、あんたこそウチを捕まえて何するつもりや?悪いがうちは捕まるつもりはないで?」
アルマはそう言うと踵を返して走り去ろうとした。しかし、その腕をファングが掴む。
アルマは苦い顔をして振り向く。
「なんや?離してくれへんか?」
ファングはアルマを睨みつける。
アルマの表情に一瞬、嫌悪感が浮かんだ。彼女は顔をしかめて、冷たく言い放った。
「痛い目みんとわからんか?わからんよなぁ…野蛮な獣人やもんなぁ。あんたらみたいな連中が、いったいどれだけ多くの命を踏みにじってきたと思ってるんや?」
アルマはそう言いながら、グイッと顔を近づけてきた。その強い眼差しに見つめられると、まるで吸い込まれそうな錯覚に陥る。そして彼女は不気味な笑みを浮かべながら、さらに続けた。
「あんたらみたいな連中がおるせいでな、ウチらはこんな目に遭っとるんよ。」
そう言って彼女は自分の左目を指差した。そこには大きな切り傷の跡が残っており、痛々しい傷跡が残っていた。
「これはな、獣人たち…天泣との抗争でつけられた傷や……。」
「それは皆んなには関係のないことだ…一緒にするな。」とワタルは言い返す。
「あんたは随分肩入れしとるんやな。脅されでもしとるん?」
その言葉にはトゲがあり、ワタルに対する敵意が感じられた。
「俺は…ただここにいる皆んなと手を取って誰もが苦しまない世界を……」
「綺麗事がすぎるんとちゃうか?そんな甘いこと言うて、本当に実現できると思っとるんか? 出来ないなら徹底的に壊すしかあらへんのや。」と彼女の語気はだんだん強くなる。
アルマの視線は鋭く、彼女の口元には冷たさが滲んでいた。「ウチらが生き延びるためには、何が必要か知っとるか?甘い夢語っとるだけじゃ、誰も守れへん。そんな綺麗事が通用するのは、恵まれた奴らだけや。」
ハウンはその言葉に対し、強い口調で反論した。「スラムの人たちから苦しめておいて…恵を奪っているのはあなた達も一緒でしょう?」
アルマは鼻で笑いながら、挑発的な口調で答えた。「そんなにこんな小汚い場所が大切なんか?ウチらはただ生き延びるためにやっとるだけや。お前らが守ろうとしてる奴らも、ウチらに金を払うことでようやく生きていけとるんやで?助けてやってるとも言えるんちゃうか?」
「もういい…話しが通じる相手じゃないだろう。どうだ?お前の部下はあっさり片付けたぞ?」とファングは彼女の腕を再び掴み、強く握る。
その瞬間、わずかに体をひねって衝撃を緩和しながらも、その痛みを押し殺し冷静さを保った。アルマは息を荒くしながらも、目に見えるほどの怒りをそのままぶつけていた。
なんて馬鹿力だ。こんな華奢な体で、どうしてここまでの力が出るんだ?
ファングは、そう心の中で呟きながらも、必死にその攻撃に食らいつき、膝蹴りを相手の脇腹に叩き込む。
ファングの膝蹴りがアルマの脇腹に深く食い込み、彼女は一瞬息を詰まらせた。しかし、その苦痛にも関わらず、アルマは表情を崩さず、彼の攻撃に耐えた。目には鋭い光が宿り、怒りの火がさらに燃え上がるのが感じ取れる。
その時、スノーの氷の魔法が空気を切り裂き、アルマに向かって飛び込む。その鋭さと冷気は瞬時に周囲の温度を下げ、彼女の動きを封じようとするかのように襲いかかった。
「くっ…!」アルマはその一瞬で反応し、身をひねって氷の刃を避ける。しかし、完全には避けきれず、彼女の腕に薄く氷が張り付き、動きを鈍らせた。
サヤも魔力を貯めて構えてる。
り、
「獣人相手にこれは分が悪いわなぁ…
もうええわ。退かせてもらうで。ここにはもう興味もないわ」
そう言うと、彼女は地面を蹴り上げ砂煙を巻き起こした。周囲の視界は一気に奪われ、その隙をついて彼女は去って行った。
「くそっ…逃した…!」とファングは拳を握り締めながら呟いた。
「とりあえずみんな怪我はないみたいだね!良かった」とスノーが胸をなで下ろしながら言った。
「…とりあえず診療所の方に戻りましょう。そこの叢雨の人、あなたも早く仲間を連れて撤退しなさい。」とハウンが厳しい口調で言った。
男は酷く怯えており、震えながらも「は、はい。」とだけ言って立ち去った。
「ハウン、この国の兵士団に突き出さなくていいの?」
「それがね…もう騒ぎを聞きつけて兵士団が来ているみたい。私たちは目立たずにこの先は対処してもらうのが良いと思うの…とはいえ戦ってしまったからこの国にいるのも厳しいと思うわ。」とハウンは答える。
遠くから警笛が聞こえ、アジトの陰から路地の向こうを覗くと、重そうな装備を身につけた兵士団が到着する様子が見えた。
「なら、あの医者に報告してからってことだよな…裏道から行くか」とファングが先頭を行く、兵士団の目の届かない間を縫って。





