第五十七話 スラムの乱
外に出ると、スラムの路地は薄暗く、空気が重く緊張感に包まれていた。ファングたちは敵の周囲を取り囲む形となった。
サヤやスノーの魔法で一思いにやってしまえば苦戦もしない相手に思えた。
しかしここはここはスラムの薄暗い路地で、戦いが周囲に与える影響を最小限に抑えなければならない。スラムの住人たちは、騒動に巻き込まれるのを避けるためにこっそりと逃げたり、身を隠したりしている。ファングは敵を早く片付けて、混乱を引き起こさずに済ませたいと思っていた。
そんな心配をよそにスノーは青い霧を纏い、強力な魔力を貯めている様子だった。
ファングと同じ考えを持っていたワタルは彼女がその発想に至っていないのではと心配し、止めようとしたが、氷の魔法は放たれてしまった。
弾丸のように小さな無数の氷の塊が手下達に襲いかかる。チラッと彼女はワタルを振り返り、空いた左手で親指を立ててみせた。
どうやら杞憂だったようだ。その魔法は的確に相手に命中し、周囲の建物などには一切被害は出なかった。
「この技、前に一緒に練習したでしょ?」と彼女は軽く笑いながら言った。氷の結晶がキラリと光る彼女の周りで、冷たい風がわずかに吹き抜ける。
ワタルはその光景を見て、ほっと息をついた。「うん、さすが。完璧。」
そう彼女に微笑み返す。
しかし、油断は禁物だった。突然、遠くから叫び声が聞こえ、援軍がやって来たのだ。武装した男たちが次々と路地に現れ、その数は増え続けている。
「増援か…!」ファングが低く唸り、構えを直した。「気を抜くな、まだ終わってない。」
サヤも強力な魔法を準備しつつ、周囲を見渡す。「ちょっと強引だけど…これで一気に片付ける!」彼女は苦戦しながらも魔力を練り上げ、砂の嵐を巻き起こした。砂嵐が敵を包み込み、視界が一瞬で遮られる。その中で、サヤは力を込めて敵を薙ぎ払った。
「サヤ、いい感じだ!」ワタルは彼女に声をかけながら、すぐにファングの背中に目を向けた。
ファングは前線で近接戦闘を繰り広げていた。彼の双剣は鋭く敵を切り裂き、立ち向かってくる者たちを次々に倒していたが、背後から忍び寄る敵がいることに気づいていなかった。
「ファング、後ろだ!」ワタルは素早く駆け寄り、その不意打ちを仕掛けようとしていた敵を一刀で打ち倒した。
ファングは一瞬振り返り、ワタルに軽く頷いた。「背中を任せられるってのは、いいもんだな。」と彼は呟いた。
戦況が混沌とする中、ハウンはスッと前に出てきた。レイピアを手に、彼女は静かに戦場を見渡し、一瞬の隙を見つけては敵の懐に滑り込む。
「私も…!」彼女の声は冷静そのものだった。敵が大きな武器を振りかぶる前に、ハウンはその細身の剣で正確に相手を突き、また次の敵へと素早く移動する。彼女の動きは風のように軽やかで、どの敵も反応する暇すら与えられない。
ワタルは彼女の流れるような動きを目で追いながら、背後からの襲撃に注意を払いつつ、ファングを援護していた。ハウンが側面から敵を牽制し、ファングが前線を押し上げる。その間、サヤの砂嵐が敵の視界を奪い、スノーの精密な魔法が次々に敵を仕留めていく。
「これで最後か」ファングが剣に付いた血を払いながら呟いた。
彼の言葉通り、残る敵は一人だけだった。その男は、これまで部下たちを先に送り込んで安全圏にいたが、今やその傲慢さも消え失せ、怯えた目でワタルたちを見ていた。
「待ってくれ!」男は急に両手を挙げ、後ずさりしながら命乞いを始めた。「俺はただ命令に従っていただけだ!金で雇われただけで、本気でやるつもりはなかったんだ!」
その場に一瞬の静寂が訪れた。スラムの路地に広がる緊張感の中、ワタルたちは男をじっと見つめていた。
「本当だ、頼む、命だけは助けてくれ!俺には家族がいるんだ!」ボス格の男は必死に言い訳を重ね、地面に膝をついて頭を下げた。
「だったら、奪った金品を今すぐ返せ。それに…もっと上がいるんだろう?そいつらの名前も教えろ」ファングは冷たい声で言い放った。
「わ、わかった!金なら返すし、他の奴らのことも教えるから!」ボスの男は懐から金貨の入った袋を取り出し、それを震える手で彼に差し出した。
「持ち主の場所へ返しに行くんだよ」と鬼気迫る表情でファングは双剣を首元に突き立てる。「言う通りにしないとわかっているな?」
ボスの男は恐怖に震えながら何度も頷き、震える手で袋を受け取り、一同の監視のもと家家を巡って金貨を戻していく。
「これで全部だ!」ボスが最後の一軒に駆け込んだところで、ファングは剣を鞘に収めた。そして彼の口から安堵の声が漏れる。
「まだだ…あるんだろう…?アジト
が……。」とワタルは言った。
その言葉に、男は観念したようにうなだれ、ゆっくりと頷いた。「わかった…わかったよ…案内するから…こっちだ。」
ワタルたちはその後を慎重に追いかけた。スラムの狭い路地を進む中、周囲には陰気な空気が漂っていた。男は何度も後ろを振り返りながら、逃げることができないことを確認しつつ、やがて古びた建物の前で足を止めた。





