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第五十七話 スラムの現実

翌朝、一行はスラムへ向かうため準備を整えた。

昨日歩いた道を再び歩き、ようやくスラムが見えてきた。


「昨日絡まれたところってこの辺だったわね…迂回するしかないわね…遠回りになるけれど安全に越したことはないわ…」とハウンが提案した。

一行はそれに従い、道から大きく外れた場所へと迂回するルートを行くことにした。


「随分と脇道にそれたな……この辺はスラムの奴らもあまり立ち寄らない場所だから、絡まれる心配もない。少し休憩するか。」とファングが言った。

一行は周囲を見渡しながら適当な場所で立ち止まった。そこは廃れた建物の影で、少しばかりの静けさが漂っていた。


ワタルも同じように座り込むと、疲れた体を少し伸ばして、ため息をついた。「スラムって、もっと騒がしいかと思ったけど、案外静かな場所もあるんだな…」


「そうね、でも油断は禁物よ」とハウンが周囲を警戒しながら言った。「何が起こるか分からないし、常に気を引き締めておくべきよ」


スノーはそんな二人のやり取りを聞きながら、少し離れた場所に立っていた。「私、ちょっと先の方を見てくるわね。安全確認してくるから」


「気をつけろよ、スノー」とファングが注意を促す。


スノーは軽く手を振って返事をし、さっと先の道へと消えていった。


「心配だな…」とワタルが呟く。


「大丈夫だろ、あいつは強いし、何かあったらすぐに戻ってくるさ」とファングは安心させるように言ったが、その目はどこか鋭く、周囲を注意深く見ていた。


静かな時間が流れる中、突然スノーの声が響いた。「みんな!急いで来て!」


その緊迫した声に、一行は即座に立ち上がり、スノーの元へと急いだ。


一行がスノーの元へ駆けつけると、彼女は険しい表情で指を指していた。彼女の視線の先には、倒れた人影があった。ボロボロの服をまとった男性が、スラムの隅にうずくまっているように見える。


「彼、大丈夫かな…」とサヤが心配そうに言った。


「様子を見てくる」とワタルが一歩前に出て、慎重にその男性に近づいた。


男性は微かに動いていたが、呼吸が浅く、意識がはっきりしていないようだった。彼の顔は痩せこけ、長い間食事を取れていないことを示していた。


「…これは、ひどいな…」とワタルがつぶやき、男性の脈を確認する。「まだ生きてる…でも、このまま放っておいたら危ない」


「手当てしましょう」とハウンが言い、彼の側にしゃがみ込んだ。彼女はすぐに応急処置を始め、持っていた水袋を取り出して少しずつ男性に飲ませた。



ワタルたちは、倒れている男性を助けるために何とかしなければならないと感じていた。


「このままではこの人が危ない…病院か診療所を探さないと」とワタルが言うと、ハウンがうなずきながら応急処置を続けていた。


「近くに診療所があるかもしれないわ。スラムに住んでいる人に聞いてみましょう」とハウンが提案する。


ファングが周囲を警戒しながら、「じゃあ、誰かに聞いてみるか。早く見つけないと手遅れになるかもしれないしな」と言った。


一行は慎重に周囲を見回しながら、スラムの路地を歩いている住民を探し始めた。しばらくすると、一人の年配の男性がゆっくりと歩いているのを見つけた。


ワタルはその老人に近づき、丁寧に話しかけた。「すみません、このあたりに診療所はありますか?怪我人がいるんです。」



ワタルが年配の男性に話しかけると、老人はちらりと一行を見やり、冷ややかな目であしらった。


「診療所?そんなもの、ここじゃほとんど伝説さ。」老人は不快そうに鼻を鳴らしながら言った。「今のスラムじゃ、まともな医療なんて期待できないよ。ここに住んでる者たちは、怪我をしても放置されるのが普通だ。」


「それじゃ、どうしたらいいんですか?」とワタルが困惑した表情を浮かべた。


「さあな、俺も詳しくは知らんが、そんな状況だから、どうしてもってなら自分でなんとかするしかないだろうな。」老人は冷ややかな目で続けた。


「それじゃ、どうすれば…」とワタルが困惑した表情を浮かべた。


老人は冷ややかな目でワタルたちを見つめ、「それ以上は話しても腹が減るだけさ。」と短く切り捨てた。


その言葉に一同はがっかりしたが、ファングが気づいた様子で言った。「俺たちが持ってるパンがある。これと引き換えに、もう少し詳しい情報をもらえないか?」


老人は目を丸くして、パンを注視した。「いいや、二つだ。腹空かせたガキがいるもんでよ。」


ワタルたちは驚きながらも、状況を見てパンを二つ渡すことに決めた。ワタルがパンを取り出し、老人に手渡しながら、「分かりました。二つ渡しますので、情報をお願いします。」


老人はパンを受け取りながら、にやりと笑った。「それなら、教えてやるよ。この角を曲がって…家6棟ぶんまっすぐ行って、左に曲がった先の市場をずっと真っ直ぐ行け。そこに診療所があるって話しだ…」


ワタルたちはお礼を言って、老人が指差した方向へと走って行った。


「ハウン…回復魔法はどうなの?なんとかならない?」とサヤが心配そうに聞いた。



「やってはみているけれど…私ができるのは傷や体力の回復だけ。全体的な体調や病気に対しては気休めにしかならないわ…」とハウンは首を振った。


「診療所…?行っても無駄だ…誰だか知らないが…親切な人…俺に構わないでくれ…」倒れていた男はうめきながら弱々しくつぶやいた。顔には疲労がにじみ出ており、彼の体は震えている。


ワタルは背負った男に優しく声をかける。「しっかりしてください。治療が必要なんです。診療所に行けば、きっと…」


男からの返答はなかった。再び意識を失ってしまったようだ。


一行は診療所の前へとたどり着いた。

中に人はいるようで安堵し、ドアノブを捻る。


診療所の中は薄暗く、医療道具が乱雑に置かれていたが、患者は見当たらない。


ワタルは少し戸惑いながらも、背負っている男を指さし、「この人が倒れていて…助けが必要なんです。どうか診てください。」と必死に頼んだ。


「その男、額の刺青。下層階級だろう。そんな人間を診る余裕はない。」


ハウンは驚き、「どうしてそんなことを言うんですか?人の命がかかっているんですよ!」と声を荒げた。


「知らないでこの街に来たのか。こいつを治療しては私の立場が危うくなる。当然、君たちもだ…外に投げ捨てておきなさい。異臭騒ぎになっては困るから死体は引き取ってやる。」


ワタルは目の前の男を殴りたくなったが、かろうじてその衝動を抑えた。この男は、いや、この男に限らずこの国の人間は他人を思いやる気持ちが欠落しているようだ。「そんなこと……できませんよ……」と絞り出すのが精一杯だった。


「さぁ!帰った…!帰った…!さっさと帰ってくれ!」と男は捲し立てる。


ワタルたちが黙り込んでいると、医者はその場を見回しながら、突然声を潜めた。


「待てよ…お前たちは、まさか…ラグドで噂されている連中か?」


医者は血の気の引いたような顔をして、ワタルたちをじっと見つめた。彼の声は今までの冷たい態度とは打って変わり、焦りと恐れが混じっていた。


ワタルは医者の鋭い視線に一瞬戸惑ったが、冷静さを保とうとした。「違います、僕たちは無実です。ラグドで起こった騒動には巻き込まれただけで、罪は犯していません。何もしていないのに濡れ衣を着せられただけなんです。」


ワタルの言葉を聞いた医者は、しばらくの間、無言で考え込んでいた。そして、顔を上げると、冷静だがどこか鋭い目つきで一行を見つめた。


「ここのスラムは叢雨むらさめという連中がいる。ただの盗賊団だったようだが、今はここで幅を利かせている…アンタ達が天泣の一味でなかろうとこれ以上の厄介ごとはごめんだ。出ていってくれ」


医師の冷たい言葉にワタルたちは息を飲んだ。背負っている男の体が重く感じられる。スノーが一歩前に出て、穏やかな声で医者に話しかけた。


「お願いです。この人を助けてあげてください。私たちも、無駄な争いを望んでいるわけではありません。」


医者はハウンの言葉に一瞬揺らぐような表情を見せたが、すぐに険しい顔に戻った。「分かってくれ。俺も好きでこうしているわけじゃない。けれど、叢雨に目をつけられたら、診療所どころか、俺の命すら危うくなるんだ。」


「そいつの額の刺青は…奴らに逆らった人間以下の烙印を押された者…。医療を受けられぬなど、まだまだ優しいもんさ…そんな奴らに関わったらどうなるか…考えてもみてくれ…」と残酷に聞こえる言葉を唇を噛み締めながら医師は口にする。


「昨日、話しから察するに俺たちに絡んできた奴らだろうな…どうか治療はしてやってくれないか?」とファングは頭を下げる。


医者は再び深いため息をついた。顔に浮かぶ葛藤の表情は、スラムで生き抜くための現実と、自分の良心との間で揺れているのが明らかだった。


「そうか…。ならそいつらをなんとかすれば、治療してくれるのか?」とファングが低く静かな声で言い放った。


医者は驚いたようにファングを見つめた。彼の瞳には迷いがない。ファングが言っていることがどれほど危険であるか。騒ぎを起こさぬようにと行動してきたために大変リスクが伴う。


「そんな無茶をするつもりか?」医者は一瞬、ためらうように尋ねた。


「大丈夫だよ。私たちはこう見えて強いんだから。」とスノーは笑顔で答えた。


「それに、私だけじゃなくて他のみんなもね…!」と彼女は一同に対して振り返る。全員が頷いた。


「獣人の力は計り知れないが…しかし…」と医師が言いかけたその時、ドアを激しく叩く音が聞こえた。


「ひぃ!」と声をあげて、医師は飛び上がった。


「おうおう、患者入ってるじゃねぇか…こりゃ相当儲けてるみたいだな」とドアが勢いよく開き、目つきの鋭い男たちが乱入してきた。彼らは、スラムで名を馳せている叢雨の一員と思われる。長い鋭い刃を帯びた男の後ろには数人の手下が続いている。


「みかじめ料はどうした?」と、長い鋭い刃を帯びた男が冷ややかな声で言った。彼の目つきは威圧的で、周囲の空気が一瞬にして張り詰めた。


医者は急いで立ち上がり、震える声で「申し訳ありません…今すぐに用意しますから…」と答えた。


「おい待て!」とファングは男の腕を引く。


ファングが男の腕を引いた瞬間、周囲の空気が一層緊張感を帯びた。男はファングの手を払いのけようとしたが、その強い力に少し驚いた様子を見せた。


「あ、こいつらです!こいつら!昨日俺たちに歯向かってきた獣人です!」と手下が慌てふためく。


「少し外に出よう。ここでの騒ぎは医者に迷惑がかかるだけだ。」とファングは周囲を見渡しながら提案した。


「いいだろう、外で決着をつけよう。」男は一瞬の沈黙の後、頷いた。彼と手下たちはファングたちに従い、建物の外へと移動した。


「大丈夫ですか?」と小声でハウンは医師に尋ねる。

「ああ…」と彼は力なく答える。


彼女も倒れた男をそっとベッドに寝かせた。あれだけ助けることを拒んでいた医師はもはやその行動に何も言わなかった。






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