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第五十六話 スラムとパーティの絆

荒れ果てた建物の壁はひび割れ、至る所に汚れた布や壊れた家具が散乱していた。かつて繁栄していたかもしれない建物は、今や荒れ果てた廃墟と化し、その影の中で何者かがひっそりと身を隠しているかのようだった。建物の間には、細く曲がりくねった路地が幾つも広がっており、その奥は闇に包まれていた。昼間でも光が届かないその暗がりは、危険な者たちの隠れ場所となっているのかもしれない。


スラムは繁華街とは対照的に、荒れた道や、廃墟のような建物が目立つ場所だった。そこには貧しい人々が身を寄せ合いながら生きており、彼らの目には警戒心が強く宿っていた。誰もが生き抜くために必死で、他人を信頼する余裕などなかった。


ワタルたちがスラムに足を踏み入れると、周囲の視線が彼らに集まった。見慣れない顔ぶれがスラムに現れたことに、興味や疑念を抱いた者たちが彼らをじっと観察していた。


臭気が漂い、近くの排水溝からは汚水が流れ出していた。新鮮な食べ物などは望むべくもなく、屋台には腐りかけた果物や安価な酒が並び、力のない手でそれを売ろうとする商人たちの疲れた声が響いていた。


スラム街の奥深く、荒れた道を進むワタルたちは、薄暗い路地で突然、複数の男たちに囲まれた。彼らは粗末な服を着たスラムの住人たちで、鋭い目つきと険しい表情が目立つ。


「おう、待てや!」一人の大柄な男が前に出て、ワタルたちに声をかけた。彼はワタルを一瞥し、次にワタルの仲間たち――獣人の姿をしたスノー、ファング、ハウン、サヤを見て、口元に冷笑を浮かべた。



「へえ、こんな場所に獣人が来るとは珍しいな。」彼はわざとらしく大声で言い、後ろにいる仲間たちも同じように笑い声を上げた。「お前ら、何しに来たんだ?この街じゃ、獣人どもがのさばる余地なんかねえぞ。」


ワタルはムカッとして言い返そうと詰め寄ったが、先にハウンが制止し、口を開いた。「私たちは仕事を探しに来ただけよ。あなたたちの縄張りを荒らすつもりはないから放っておいてくれるかしら?」


「女なら獣人でも娼館で客はとれらぁ。いくらでも紹介してやるぜ?」と別の男が下卑た笑い声をあげる。


その言葉を聞いた瞬間、ハウンの目に冷たい光が宿った。彼女は一瞬で距離を詰め、男の前に立ちはだかる。その動きはまるで一陣の風のように速く、男が驚く間もなく、ハウンは低く冷徹な声で言い放った。


「口の利き方には気をつけなさい。次にそんなことを言ったら、その舌を切り落とすわ。」


男は一瞬たじろいだが、すぐに憤慨した表情に変わった。彼は仲間たちに助けを求めるように目配せをし、さらに挑発的な言葉を吐きかけようとした。しかし、ファングが一歩前に出ると、その圧倒的な威圧感に男たちは思わず後ずさりした。


「もう一度考え直した方がいい。」ファングが低く唸るように言った。「俺たちはただ、仕事を探しているだけだ。邪魔をしないでくれ。」


男たちは一瞬、互いに視線を交わしたが、ワタルたちの気迫を感じ取り、少しずつ後退し始めた。


「チッ、獣人どもが偉そうに…」大柄な男が吐き捨てるように言いながらも、深追いはせず、仲間たちとともにその場を去っていった。


ワタルは安堵の息をつきながらも、拳を握りしめたままだった。怒りが完全には収まっていなかった。そんな彼の肩に、スノーが軽く手を置いた。


「大丈夫、ワタル。私たちは無事だし、相手も引き下がったから。」スノーが優しく声をかけると、ワタルは少しだけ落ち着きを取り戻した。


彼女にはお見通しだったようだ。


酷い言葉を投げかけられようと、彼らは毅然と振る舞っている。それは以前出会った頃から感じていたが、最近はそれが更に強まっているように感じられた。

「でも……やっぱり腹が立つし……」と呟くワタルをスノーは両手の人差し指を交差させてみせ、「でもここで騒ぎを起こしても仕方ないよ。今は我慢…我慢…ね?」

と優しく言い聞かせるような口調で言った。

その言葉はワタルの気持ちを鎮めるのに十分な効果があった。


「でも怒ってくれてありがとう、ワタル。」スノーは優しい笑みを浮かべながら続けた。「それだけ私たちのことを大事に思ってくれているんだって、よくわかったから。」


ワタルは少し照れたように頭をかきながら、「そりゃ、大切だよ…だって…」と下を向き小声で答える。


スノーはニコニコしながら、ワタルにもう一度言わせようと軽く肩を叩いた。「なーに?もう一回言って!ちゃんと聞こえなかったから!」


ワタルはさらに照れくさそうにしながら、少し顔を赤らめた。「…だって、大切な仲間だし…友達…だから……」


「うーん、60点かな」と言いながらも、サヤも満面の笑みを浮かべた。



和気藹々とした雰囲気が続く中、ワタルたちはその日の緊張を少しずつ解きほぐしていった。スノーとサヤの笑顔が、その場の雰囲気を和らげてくれたことは確かだった。ハウンとファングも、そのやり取りを見守りながら、内心の安堵感を隠せないでいた。


「それじゃ、今日はもう疲れたわね。仕事探しは明日にして、今夜は繁華街にある宿に向かって、しっかり休みましょう。」とハウンが言った。彼女は少し疲れた表情を見せつつも、冷静にみんなをリードしていく。


経済事情から少しでも節約をしたかったが、街へやってきた初日でもあるため、一同は疲労困憊であった。

緊張感漂う長旅はそれだけ彼らの心身

に負担をかけていた。


「今日くらいは、息抜いた方が良いもんな!観光客が利用するってことはそれだけこの国の情報だって宿は知ってるだろうし。」とファングは元気を出したように言う。


宿に到着した一行は、宿の暖かい雰囲気にほっと一息ついた。女主人が笑顔で迎え、部屋に案内してくれると、みんなは感謝の気持ちを示しつつ、部屋に入った。


部屋はシンプルながらも落ち着いた雰囲気で、ふかふかの布団が用意されている。疲れた体を休めるにはちょうど良さそうだ。スノーとサヤはすぐに布団に身を投げ出し、リラックスした表情を見せた。


すっかりと陽が落ちた外からはドンと破裂音が響く。


ワタルが窓を開けて外を眺めると、隣の部屋で同じく気になって窓から顔を出していたスノーと目が合う。


「みて、花火」とハウンの声が聞こえる。「わあ、すごい」スノーは子供のように歓声を上げた。

星のちらつく夜空に色鮮やかな花が咲いていた。街の中心から離れたこの場所からは、街並みを見下ろすにはうってつけの特等席だ。星々の光よりも強い人工的な光が星たちと戯れており、宝石のような輝きを放ちながら空一面を覆い尽くす様は圧巻だった。


トントンとワタルとファングの男性陣の部屋の扉がノックされる。

「宿の人がね、屋上あけるからそこで見て良いって!行こうよ!花火みたい!」スノーは身を乗り出し、意気揚々と提案する。

「行ってこいよ」ファングが声を掛けると、ワタルは彼の方を見つめた。


「一緒に行こうよ」と誘うがファングは肩をすくめる。


「こうやって寝ながらでも窓から見えるんだぜ?俺はいいよ…。それに…いやなんでもない。楽しんで来い」と寝そべりながら手を振ってくる。


宿の屋上からの眺めは最高だった。臨場感に溢れ、視線を遮る建物もない。


テラス席が用意されていて、宿からは更にサービスで飲み物とクッキーが出された。スノーとサヤはトレイの上に手を伸ばし、クッキーを食べ始めた。


「あらら…花火そっちのけね」ハウンが飲み物をもって、空を見上げていたワタルの元へやってくる。


「ありがとう」とグラスを受けとる。


「ひとまずはここまで無事で来られて良かったわ…」と彼女はグラスに口をつけ、ほっと息を吐く。


「本当にザインには助けられたな…もちろんみんなにもね…」とワタルも一口含む。


「ザインには巻き込んでしまって申し訳ないと伝えたけれど、ワタル…あなたに対しても同じことだな…と思ったの。」ハウンは静かに話し続けた。


「俺に…?」予想だにしていない言葉にワタルは聞き返した。


「この世界にあなたが来たばかりの頃のことよ…右も左もわからないところからパーティに加わって、ここまでやってきたこと。私たちが今いる場所があるのは、あなたの支えと努力があったからこそだと思っているわ。」


ワタルはその言葉に少し戸惑いながらも、心からの感謝の気持ちを抱いた。「そう言ってもらえると、すごく嬉しいよ。確かに最初は不安だったけど、みんながいてくれたからここまで来られたと思ってる。」


「それでも、今まで命の危険はあったでしょう?行き場のなかったあなたはパーティを組むことを断ることが出来なかったはずよ……元の世界に帰るという目的があるのに…私たちが遠回りさせてしまっているわ…。」ハウンの顔には少し陰りがあり、その胸中にはワタルへの罪悪感と配慮が表れているようだった。

その言葉には、彼女の心遣いを感じ取れた。


彼は咄嗟にハウンの手を取り、真っ直ぐ目を見つめ言った。「確かに…あの子を見つけ出すというゴールはあるよ…でもそれと同じくらい…みんなのことが大切だし…大好きなんだよ」

その瞬間、彼女は彼の顔を見つめ、瞳の奥で彼の顔をしっかりと捉えて、その中に映る自分を意識した。そしてその表情から既に気づいていた。彼が語っている言葉は嘘ではなく本心だということを。


「ふふっ…そうね。80点ってところかしら?」彼女は笑って告げた。



「さっきから…何の点数なの!?とにかく!後悔してるとかそういうのはないよ……!大好きっていうのもそういうのじゃなくて…」とワタルは照れと恥ずかしさのあまり逃げ出してしまった。


そして、冷静を装いファングのいる部屋へと戻った。


「おう、終わったのか…」と目を瞑り、横になったままファングは彼の姿を確認する。


「ファング…いつもありがとな」とワタルはボソッと伝える。


「なんだよいきなり…気味悪いな」とファングは冗談混じりで返した。


「ハウンから言われたんだよ。俺にパーティに入ったことを後悔してないかって…。そんなに俺が辛そうに見えたのかな?」


それを聞いてファングは「確かに無理にパーティに入れたようなもんだったよな!」とゲラゲラ笑い出す。


「あいつはそんなつもりで言ったんじゃないだろうよ。本当に嫌だったらいつでもお前は逃げ出せたはずだ。そうだろう?」とファングは真顔で言いながら、ワタルの方を見た。


「俺は楽しいよ。勿論後悔もしていない…ただハウンに本音を聞かれて、逆にみんなの方がどう思ってるのか気になってさ…戦いにはなかなかついていけないし…」とワタルは俯きながら答える。


「もし、お前よりも強い人間が代わりになってやるって言ってきたらお前はどうするんだ?」とファングは問いかける。


「それは俺なんかより強いやつの方がみんなのためだろ…でもそうなったら凄く悔しいだろうな…」と答えた。


「満点の回答だな…そういうところが、お前のいいところだよ」とファングはニヤリと笑いながら続けた。「悔しいと思うってことは、お前もこのパーティに対するプライドを持ってる証拠だ。それが一番大事なんだよ。大切に思ってくれてんのも伝わってるからな」と笑顔を見せた。


その言葉を聞いた瞬間、視界がぼやけた。


「えっ、どうしたんだ?」とファングが心配そうに近寄る。



「いや…なんでもない…花火のチリが目に入っただけだよ…」とかおを逸らす。


「なるほど…そりゃ目が痛いよな…いや、んなわけないだろ!誤魔化しやがって…顔見せてみろ」とワタルを捕まえる。


「うわ!助けてくれ!」とワタルは慌ててファングの手から逃れようとしたが、ファングの手は強く、逃げ出すことができない。


「ギブ!ギブアップ!」とワタルが言うと、ファングは力を緩めた。


「お前じゃなきゃダメなんだよ。はっきり言われねぇとわかんねぇみたいだな」とファングは真剣な目でワタルを見つめる。


「わかった……わかったよ。」とワタルは観念したように答えると、ファングは手を離した。


「明日は早いからな…もう寝ようぜ」とファングは言う。

「あぁ……そうしよう」とワタルが頷くと、二人はベッドに横になった。

ふと窓の方を見てみた。そこから覗く月の輝きに少しだけ目が潤む気がするのだった。そして目を閉じる前にワタルは心の中でこう呟いた。

(ありがとう、みんな……)


続く



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