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第五十五話 モルザッドの一行

次の日、まだ朝の涼しさが残る砂漠の空気の中、ワタルたちはモルザッドを目指して出発した。太陽が昇るにつれ、砂の海は次第に焼けつくような熱気を帯び始める。彼らは風に吹かれながらも進み続けたが、砂漠の過酷な環境は体力を徐々に奪っていく。


昼過ぎ、砂の上を歩く足音以外の音がほとんど聞こえない静寂の中、突然ファングが立ち止まった。彼の耳が微かな音を捉えたのだ。


「何かいるな…」ファングが警戒心を抱き、低く言った。


全員が緊張を走らせ、その方向に目を凝らした。その瞬間、砂が不気味に動き出し、砂の中から巨大な生物が現れた。茶色い砂と同化した体色を持つ、まるで岩のように硬そうな外皮をした大きな砂蛇が、うねりながらワタルたちに向かってくる。


ワタルたちは即座に戦闘態勢に入った。「気をつけろ!こいつは砂蛇だ!」とファングが叫んだ。


砂蛇は牙をむき出しにして、ワタルたちに襲いかかってきた。その巨体からは想像できないほどの俊敏な動きで距離を詰めてくる。


「こいつ…早い!」ワタルは驚きながらも、素早く剣を構えた。


ファングは瞬時に双剣を抜き、砂蛇に向かって突進した。鋭い刃が、砂蛇の鱗を裂こうとするが、蛇はその巨体をくねらせて巧みにかわした。しかし、ファングの動きはさらに速かった。彼は素早く体勢を立て直し、片方の剣で砂蛇の尾を狙って切りつけた。


「サヤ、援護を頼む!」ファングが叫んだ。


「任せて!」サヤは素早く両手を地面に当て、砂の魔法を発動させた。彼女の魔力が砂に流れ込み、砂蛇の足元が崩れ始めた。砂の流れが蛇の動きを封じ込め、蛇の動きを鈍らせた。


「今だ!」ファングが叫び、その隙をついて双剣の刃を砂蛇の体に深く突き刺した。


砂蛇は力尽きたように動かなくなり、砂の上に倒れ込んだ。


「これで本当に大丈夫だと思う」サヤが砂の魔法を解き、砂の流れを静かに鎮めた。彼女の魔力が砂から引かれると、砂蛇の体が完全に地面に沈み込んだ。


「あの時よりも段違いに強いっすね…」とザインが感心した様子で言った。


ファングは双剣を振って砂を払いながら、ワタルとサヤの方に向き直った。「ああ、俺たちも成長してるってことだな。それにしても、この蛇、相当危険な獲物だった。」


砂蛇との激しい戦いを終え、ワタルたちは再び歩みを進めた。太陽が西に傾き、砂漠の厳しい暑さが少しずつ和らいでいく。足元の砂が徐々に冷たくなり、空には赤みを帯びた色が広がり始めた。


その時、サヤが先に進んでいた道の向こうを指差した。「見て、あそこ!」


ワタルとファングも目を凝らす。遠く、まだ小さく見えるが、確かに街の輪郭が見えていた。夕日の逆光に照らされた砂漠の向こうに、低い建物の影が浮かび上がっている。塔や城壁のようなものもぼんやりと見え、そこから煙がゆらゆらと立ち上っているのがわかる。


砂漠の向こうから姿を現したのは、高い城壁に囲まれた都市だった。その街は砂漠の中にありながら、緑豊かで広々としていた。石造りの建物や石畳の道があり、市場には多くの露店が立ち並んでいる。人々が行き交い、活気に満ち溢れていた。しかし、その街がただ美しいだけではなく、どこか不穏な雰囲気も漂っていることにワタルは気づいた。


ワタルたちがモルザッドの城壁に近づくと、その壮大な門が姿を現した。高い城壁と厳重な検問が、街の防御を強固にしている。門の前には、装甲を整えた兵士たちが立ち、訪問者の検査を行っていた。


ザインが前に出て、検問所の前で立ち止まった。彼は用意していた通行手形を取り出し、兵士たちに差し出した。手形には、ラグドの印章と彼の名前がしっかりと押されている。


「こちらが通行手形です」とザインが自信を持って言った。兵士たちは手形を受け取り、注意深く確認し始めた。


兵士の一人が眉をひそめて手形を見つめる。「これはラグドの通行手形ですが、最近ラグドからの者でこれを持っている者は少ないですね。確認のため、少々お待ちください。」


ザインは微笑みながらも、身動きせずに待つ姿勢を崩さなかった。数分後、兵士が上司に手形を見せ、何かを確認する様子が見て取れた。やがて、上司が兵士に向かって何か指示を出し、兵士がザインに戻ってきた。


「お待たせしました。確認が取れました。通行手形は問題ありません。どうぞお進みください。」


通行手形が無事に確認された後、ザインはワタルたちと共に街の中心部へ向かい、砂塵の影響を受けない繁華街に位置する貿易商カルフの屋敷を訪れた。カルフはザインの旧友で、信頼のおける人物だが、同時にビジネスの駆け引きに長けた慎重な商人だった。


屋敷に到着すると、ザインは門番に挨拶し、カルフに会いたい旨を伝えた。すぐに案内され、豪華な応接室へ通された。カルフはすでに待っており、懐かしそうな笑顔でザインを迎えた。


「ザイン、久しぶりだな。こんな場所で再会するとは思わなかったよ。」カルフはザインと握手を交わし、ワタルたちにも一瞥をくれた。


「カルフ、頼みが…彼らは今、追われている身で、安全な隠れ家としばらくの間、目立たないように暮らせる場所を探しているんすけど。」ザインは本題に入った。


カルフは一瞬考え込んだ後、真剣な表情で答えた。「ザイン、お前の頼みはわかるが、正直言って、君たちを匿うことにはリスクが大きすぎる。この街でも、影響力のある人間が君たちの存在を知れば、私自身の立場が危うくなる」と難色を示した。


ザインはカルフの言葉を黙って聞いていたが、やがて穏やかな口調で返した。「分かってるっすよ、カルフ。しかし、俺たちはそのリスクを承知の上で助けを求めてて、アンタの助けがなければ、この街で生き延びることは難しいんで。」


カルフはしばらくの間考え込んでいたが、やがて重々しく口を開いた。「いいだろう。スラム街の一角に、私が所有するいくつかの建物がある。あそこなら目立たずに身を隠すことができるだろう。ただし、君たちには私の商売を手伝ってもらう必要がある。」


ザインは眉をひそめた。「具体的には何を求めているんだ?」


カルフは強気な表情で続けた。「スラム街では、私の商売相手が時々問題を起こすことがある。借金の回収や、取引の仲介を君たちに任せたい。場合によっては、少々荒っぽいやり方が必要になるかもしれないが、それも含めて君たちに解決してもらいたい。パーティの噂もかねがね聞いていてな…その実力を見込んでのことだ。」


ワタルは慎重な口調で言った。「カルフさん、スラム街の実態をもう少し詳しく理解してから決めたいと思います。具体的な状況を見てから判断させてもらってもいいですか?」


ザインと別れ、ワタルたちはカルフの提案を保留し、屋敷を後にしてスラム街の実態を確認することを決めた。屋敷から出た後、5人は砂塵の影響を受けない繁華街を抜け、街の外れにあるスラム街へと向かって歩き始めた。


「カルフさんの提案、どう思う?」ワタルが歩きながら仲間たちに問いかけた。


ファングは腕を組んで首をかしげた。「正直、あまり乗り気じゃないな。俺たちにとってはリスクが大きすぎる。」


サヤも頷いた。「そうね。借金を取り立てるとか、取引の仲介をするって、危険も伴いそうだし。」


「ただ、繁華街の宿に泊まるのも、なかなかお金がかかるのよね…しばらくは暮らしていけそうだけれど…」とハウンは頭を抱えている。


ハウンの言葉に、一同は少し考え込んだ。繁華街での滞在は快適だが、長期的には金銭的な負担が大きいのも事実だ。


「そうだなぁ…しばらくは持ちこたえられるとしても、長くここに滞在するなら金策も考えないと…」とワタルが静かに返す。


「他に手段がないかもね…」スノーが慎重に続けた。


ファングがうなずきながら口を開く。「そうだな。俺たちはこれまで正面から敵と戦ってきたけど、脅すような仕事は気が進まないんだよな…もっとも、カルフが俺たちに求めているものはそういうことだろう。」


ワタルたちはしばらく考え込んだが、カルフの提案に応じることへの抵抗感が強かった。スラム街での荒っぽい仕事は、自分たちがこれまで大切にしてきた信念ややり方とはかけ離れている。だが、一方でこの国に滞在し続けるためには何らかの収入源が必要だった。


「繁華街で働くという手もあるかもしれない…」とワタルが提案した。「それなら、穏やかな生活を続けられるかもしれない。」


「うん、そうね。それなら私も納得できるかも。」スノーも賛成し、皆がその方向に思いを巡らせた。


「ただ、身分を隠さないといけないのが厄介だな…」ファングは険しい顔をしながら言った。「俺たちは追われている立場だ。偽名を使うにしても、どこまで通用するか…」


ハウンも同意した。「それでも、試してみる価値はあると思うわ。少なくとも、カルフの仕事よりは心がすり減らないはずだし。」


サヤも微笑んでうなずく。「私も、みんなと一緒に頑張りたい。それに、街の中で少しずつお金を稼ぐなら、それなりに安心して過ごせるかもしれない。」



こうして一同は繁華街でそれぞれ仕事を探すことを決意した。ワタルは商店の荷物運びを、スノーは宿屋の手伝いを、ファングは警備の仕事を、ハウンは市場での売り子を、サヤは雑貨屋での接客を考えていた。


しかし、現実は甘くなかった。街の雇い主たちはどこも慎重で、見知らぬ者に仕事を任せることをためらっていた。特に、ワタルたちのように身元を明かせない者には疑いの目が向けられ、門前払いを食らうことが多かった。


「身分を証明できない以上、雇うのは難しいですね…」

「流れ者はあっちだ…スラムだよ。」

「あなたたち、本当に何も持っていないの?怪しいわね……」


一日が終わるころには、皆が疲れ果てて戻ってきた。どこに行っても同じような反応で、仕事を見つけるのは予想以上に難しいことが明らかになった。


「やっぱり…隠れて生きるのは大変だね。」サヤがつぶやき、皆がうなずいた。


「何をするにも、こんなに大変だとは…」ハウンがため息をつきながらつぶやく。


「思った以上に厳しいね。」スノーも同意し、心なしかその声は沈んでいる。


サヤも憂いの表情を浮かべ、「繁華街は華やかだけど…私たちにとっては、こんなにも遠い場所に感じるなんて…」とつぶやいた。


「このままじゃ、持っているお金もあっという間に底をついてしまう。」ファングが現実を直視し、低い声で言った。


ワタルは皆の顔を見渡した。希望を見つけようと努力しているものの、状況はますます厳しくなっている。誰もが限界を感じ始めていた。


「正直なところ、このまま繁華街にいても解決しないかもしれないな。」ワタルは静かに言葉を紡ぐ。「お金が尽きる前に、別の手を打たないと…」



その時、ファングが静かに言葉を継いだ。「…スラムで仕事を探すしかないかもしれないな。」


一同は一瞬静まり返った。スラム――それは治安が悪く、貧困にあえぐ者たちが集まる場所。カルフの提案を断ったばかりの彼らには、そこに行くことは本当は避けたい選択肢だった。


しかし、現実は厳しい。繁華街での生活が立ち行かない以上、スラムでの仕事探しを避けては通れないかもしれない。


「スラムか…」ワタルがため息混じりに呟いた。「確かに、あそこなら、身分を聞かれることも少ないかもしれないな。」


「でも、あんな危険な場所で生きていけるの?悪い人も多いみたいだし…」スノーが不安げに尋ねた。


「まぁ…金銭のいざこざがある以上関わる人がには気をつけないといけないよな…」ワタルはそう言って、皆に注意を促した。


ファングは腕を組んで考え込んでいたが、やがて決心したように口を開いた。「確かに危険はあるかもしれないが、今のままではどうしようもない。少なくとも、スラムなら何かしらの仕事が見つかるだろう。あそこは、繁華街みたいにきれいごとだけでは生きていけない場所だからな。」


一行はスラム街へ足を運ぶことを再び決意した。不安はあるが、それでも生きるためには行動を起こさなければならないのだ。



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