第五十四話 砂漠を抜けて
ワタル達は簡単な食事をすませ、眠れない夜を過ごしていた。不安な状況下だが体力の減少が命取りだ。横になってただただ目を瞑る。
「ねぇもうみんな寝た?」
とスノーが小声で話しかけてきた。
「うん、みんなぐっすりだよ」とワタルは答えた。
「そっか……」彼女は少し寂しげな声で言った。
ワタルは彼女の気持ちを察したように声をかけた。「どうしたの?眠れない?」
「うん……ちょっとね……」彼女は小さくため息をついた。「ねぇ……そっちに行ってもいい?」
ワタルは少し驚いたが、すぐに承諾した。彼女がゆっくりと近づいてくる気配を感じながら待っていると、やがて彼女が隣に横になった。彼女の体温を感じる距離だ。
「ねえ、そっちに行ってもいい?」と彼女はもう一度聞いてきた。ワタルは戸惑いながらも小さく頷いた。すると、彼女はゆっくりと近づいてきて、ワタルの腕の中に収まった。
「温かい……」と彼女は安心したように呟いた。その温もりを感じながらも、心臓の音が高鳴るのを感じた。しかし、それと同時に安心感もあった。この状況下では一人でいるよりも二人でいることの方が心強かったからだ。
しばらく沈黙が続いた後、スノーは寝息をたてはじめた。
いたずらのつもりかなと思ったが、その様子を見ていると本当に疲れていたのだろう。ワタルは彼女を起こさないようにそっと布団をかけてあげた。
「おやすみ、スノー」と囁いてから自分も眠りについた。
翌朝、目を覚ますと隣に寝ていたはずのスノーの姿はなかった。
彼女はすでに身支度を整えて出発の準備を整えていた。
「おはよう!よく眠れた?」と彼女が笑顔で言った。
(昨晩一緒に寝たことを気にしているのは俺だけか……)ワタルは赤面しつつも平静を装って挨拶を返した。
「うん!ぐっすり眠れたよ、ありがとう」
スノーもにっこりと微笑み返してくる。彼女の笑顔は最高に魅力的だ。思わず見惚れてしまいそうになる。そしてふと気が付くと彼女の顔が間近にあった。一瞬どきりとしたが、彼女は耳元でささやいた。
「また、一緒に寝ようね……」
「えっ!?」ワタルは動揺を隠すことができずに思わず叫んでしまった。
「冗談だよ」と彼女は悪戯っぽく笑った。その笑顔も魅力的だ。ワタルの顔はさらに赤くなった。
その後一行は馬車に乗り込み、再び出発した。途中休憩を挟みながら進むうちに日は暮れていった。
「そろそろ国境に差し掛かるっす。間違えても声出したりせんでください」
馬車は国境に近づくにつれて、周囲の緊張が高まっていくのを感じた。ワタルたちは荷物の中に身を潜め、息を潜めていた。外からは馬の足音と、近くを歩く兵士たちの話し声が聞こえてくる。
ザインは御者席で冷静に馬車を進めながら、声を低くして言った。「賄賂が効くくらい、この国の辺境は腐ってるっすよ。だから心配ないっす。」
ワタルはその言葉に驚きつつも、ザインの頼もしさに感謝した。この辺境の腐敗ぶりは彼らにとって不安要素でもあったが、今はそれが逆に彼らの助けとなっていた。
「しっかり隠れててくださいっす。すぐに終わるっすから」とザインが言うと、馬車は国境の検問所で止まった。外からは兵士の問いかける声が聞こえてくる。
「おい、何を積んでる?」
「ただの荷物っすよ。ちょっとお裾分けを…」ザインがそう言って、袋の中から小さな包みを取り出し、兵士に手渡した。
兵士は包みを開け、中に入っている金貨を確認すると、ニヤリと笑った。「よし、通れ。」
馬車は再び動き出し、ワタルたちはほっと胸を撫で下ろした。ザインの言う通り、賄賂がうまく効いて、検問を無事に通過することができたのだ。
「その金貨は、村長が用意しておいてくれたんす。いざという時のために、こういう小細工も必要っすからね」とザインが軽く笑った。
ワタルは、その準備の良さに感心しつつも、罪悪感を感じていた。「ザイン、本当にありがとう」
ザインは軽く肩をすくめて答えた。「気にしないでくださいっす。俺もこうして皆さんと一緒にいることが楽しいっすから。それに、俺ができることはこれくらいっすよ。」
一同は再び感謝の言葉を伝えた。
「ここからずーっとしばらく進むとデカい砂漠地帯があるんすけど、今日は寝て朝に出発しましょう。」とザインが伝える。
「馬が暑いのが苦手なら、夕方くらいからの出発の方がいいんじゃない?砂漠なんだし。」とスノー。
スノーの提案に一度頷いたザインだったが、少し思案した後、やや困った表情で答えた。「実は、砂漠だからこそ夜はあまり出歩かない方がいいんすよ。夜になると気温が急に下がって寒くなるっすし、何より視界が悪い。迷子になる可能性も高いんす。」
ハウンがその説明に頷きながら補足した。「そう、砂漠の夜は本当に冷え込むの。昼間の暑さが嘘みたいに急に寒くなるから、ちゃんと防寒対策もしないと危険よ。特に乾燥が激しいから、体調を崩しやすいわ。」
ワタルはその話を聞いて、なるほどと納得した。「そうか…じゃあ、昼間の移動は大変でも、夜に出発するのはやめておいた方が良さそうだね。」
ザインは微笑んで「そうっすね。昼間は暑くて大変っすけど…。夜はしっかり休んで、明日の朝から出発するのが一番安全っすよ」と安心させるように言った。
「じゃあ、今日はゆっくり休んで明日に備えましょう。」とハウンが締めくくり、一同はそれぞれの寝場所に戻って休息を取ることにした。
夜になり、一行は馬車の中で眠りについた。砂漠地帯での過酷な旅路を控えて、体力を回復させる必要があったからだ。ザインも自分の馬の近くで眠りにつき、見張り役を買って出た。ワタルたちは彼の気遣いに感謝しつつ眠りについたのだった。
翌朝目を覚ますと、辺り一面に美しい砂丘が広がり、朝日が昇り始めていた。
「さぁて、行くっすよ…砂漠は魔物
も出るんで油断しないでください」とザインが促す。
一行は再び馬車に乗り込み、砂漠地帯へと進んでいった。道中は暑さに耐えながらも、慎重に進んでいく。しかし、その途中、サヤの顔色が悪いことに気づいたワタルは心配そうな表情を浮かべた。
「大丈夫?」と声をかけると、彼女は弱々しく微笑んだ。「うん……だいぶ暑くて……」と答える声に力はなかった。
「ふふん…」とスノーは何やら思いついたようだ。
「サヤちゃん、私の魔法で涼しくしてあげる。触ってみて!」と得意げに言う。ワタルとハウンが見守る中、サヤはスノーに近寄る。「うん……お願い」
スノーは優しく彼女の頭を撫でるように手をかざした。するとその手から冷気が流れ出し、サヤを包み込んでいく。
「わぁ……!」と思わず声を上げるサヤ。先程までの暑さが嘘のように引いていくのを感じた。
「お馬さんも頑張ってるから、サヤちゃんも頑張って!」とスノーが励ます。
「うん!ありがとう」とサヤは元気を取り戻して笑顔を見せた。
一行はスノーのおかげで快適とは言わないまでも暑さに耐得ることができ、砂漠地帯を進み続け、夜になる前に野営の準備を始めた。ザインのアドバイス通り、夜は冷え込むため、しっかりとした防寒対策が必要だった。
焚き火を起こし、暖を取る一行。ハウンが魔法で火を大きくし、その周りで毛布にくるまって身を寄せ合う。
「暖かいね」とサヤが嬉しそうに言うと、ハウンも微笑み返した。
「ええ、これなら安心して眠れるわね」とザインが言った。一同は焚き火を囲みながら談笑し、夜を過ごした。
夜が更ける中、焚き火を囲んで一同は静かに話を始めた。炎のゆらめきが彼らの顔を照らし、温かい光が砂漠の冷たい夜空に反射していた。
「砂漠の夜って、かなり寒いんだな」とワタルが言いながら、毛布をしっかりと巻きつけた。
「昼間の暑さが嘘みたいね」とサヤが言い、焚き火に手をかざして暖を取っている。
「そうっすね。湿気がないから…寒くなるらしいっすよ」とザインが軽く笑いながら答えた。
「でも、ここでこうしてみんなと一緒にいると、不思議と安心感があるよね」とスノーが焚き火の炎を見つめながら言った。
ハウンも頷きながら、「うん、こうして話してると、少し和らぐわ。これからもっと過酷な道のりが待ってるけど、みんながいれば乗り越えられそう」と微笑んだ。
その言葉に皆が頷き、短い静寂が訪れた後、ワタルが口を開いた。
「フラハイトの街はあれからどうなったんだろう…。無事に避難できたかな……」と心配そうに呟くワタルに、ザインが答えた。
「無我夢中で逃げてきたもんで、こればかりは…次についた街で新聞でも読んだら良いと思うっす。まぁ…あっさりアンタ達を売ってしまう奴らにも報いはあっても良いと思って…」
ザインの言葉に一同はしばらく沈黙した。誰もがフラハイトの街での出来事を思い出し、それぞれが複雑な感情を抱いていた。
「そんなことを言うなって。俺たちがあの街を去るとき、みていた人たちは天泣に逆らえなかったんだ…」とワタルが静かに言った。
「それでも、裏切りは裏切りっす。じゃあ兵士団はどうなんすか?民衆や怪しいそいつの言うことほいほい聞き入れて…アンタ達の素性くらい今までのことで知っていたはずでしょう?」
返す言葉がなかった。
「それで…これはあくまで嫌な想像になるんすけど…兵士団もわかっていたのだとしたら…?」とザインは言葉を濁しながら続けた。
「兵士団も天泣の力に屈したということ…?」とハウンは聞き返した。
「それならまだ救いはある話っすね」とザインは真面目な顔で答えた。「ただの脅しや圧力に屈したってだけなら、まだ反撃の余地があるっす。でも、もしも兵士団が自ら進んで天泣と手を組んでいるとしたら…そっちは本当にまずいっすよ」
まさか…そんなことあるわけが…とワタルは言いかけた。
「天泣討伐に全く動いている感じがしねぇのも辻褄が合うな…本当は考えたくもないことだが…」とファングが重々しく言った。
「そんな……そんなことって……」とワタルは信じられないといった顔で呟いた。
「あくまで想像っすよ?でも、もしもそうだとしたら……本当にやばいっす」とザインも深刻な表情で続けた。
「でもさ、仮にそうだったとしても、私たちはこのまま進んでいくしかないんだよね?」とスノーが問いかけた。
その言葉に一同は再び沈黙した。しかし、その沈黙には決意や覚悟が込められていた。
「……そうだね」とサヤは静かに言った。
馬車は歩を進める。幸い途中で宿があったため、そこで一泊することになった。
新聞には大々的にワタルたちの顔と名前が載っており、彼らが天泣の一味として追われているという報道がなされていた。記事には、フラハイトの街での出来事が詳細に記されており、彼らが街を混乱に陥れた張本人だと非難されていた。
「うわー、すっかり有名人になっちゃったなぁ……」とワタルは頭を掻きながら呟いた。
「いや、それだけじゃないっす」とザインが険しい表情で続けた。「この記事……天泣の一味として指名手配されている俺たちを捕まえれば報奨金が出るって書いてあるんすよ?」
その言葉に一同は再び凍りついた。
「マジかよ……」とファングも絶句した。
ワタルたちが新聞を読んで暗い表情を浮かべている中、ザインが冷静に口を開いた。
「みんな心配するなっす。俺たちが兵士団に突き出される心配はないっすよ」
「どうして?顔も知られてるし、賞金もかかってるんだから、捕まえる方が得策じゃないの?」とスノーが不安そうに問いかけた。
ザインは軽く肩をすくめながら答えた。「確かにそう見えるかもしれないっす。でも、俺たちが目指してるモルザッドって国は、ちょっと事情が違うんすよ。モルザッドとラグド…その間には微妙な力関係があるんすよ」
「どういうことだ?」とファングが眉をひそめた。
「モルザッドは貿易や情報のハブとして重要な役割を果たしてる国っす。特に、砂漠を越えるための物資や情報が手に入るのは、モルザッドの市場だけっす。だから、どの国もモルザッドを無視できない。ラグドも例外じゃないっすね。もしフラハイトの兵士団が俺たちを追ってきて、モルザッドで捕まえようとしたら、モルザッドの政府はどう思うっすか?自分たちのテリトリーで勝手に動かれるのは嫌がるはずっす」とザインは自信を持って説明した。
「なるほど…モルザッドは独自の力を持っているわけね」とハウンが理解した様子で頷いた。
「そうっす。それに、モルザッドは多くの亡命者や反政府勢力の隠れ場所でもあるっす。フラハイトの政府が手を出しすぎると、逆にモルザッドとの関係が悪化するリスクがあるんすよ。だから、兵士団が俺たちを捕まえるためにわざわざモルザッドまで追ってくることは考えにくいっす。そんなリスクを冒すより、フラハイト国内で手を打とうとするのが普通っす」とザインは続けた。
「それに、兵士団が本当に天泣と手を組んでいるなら、アンタ達に他国で手を出すことで、天泣との関係がバレるリスクがあるっすからね」と彼はさらに付け加えた。
「そういうことか…つまり、俺たちはとりあえずモルザッドに着けば少しは安心できるってことだね。」とワタルが納得したように言った。
ワタルの言葉を聞いたハウンが、少し考え込んだ表情で口を開いた。
「確かにザインの言うことは理にかなってるわ。でも、だからこそ私たちもモルザッドでどう動くかを考えないといけない。あそこは亡命者や反政府勢力が多いってことは、それだけ危険な人物も集まってるってことよ。安全に逃げ込める場所じゃないかもしれないわ」
彼女の言葉に一同は再び緊張感を取り戻した。
「それに、兵士団がモルザッドまで追ってこないとはいえ、情報を流して影で手を回す可能性は十分にあるわ。現地の組織や勢力にお金を渡して、私たちを追わせることだって考えられるわ」
ハウンの慎重な指摘に、ワタルもファングも真剣な表情で頷いた。
「モルザッドに着いたら、安心なんてことはないわけだ。」とファングが言った。
「明日朝にここを出れば、夕方までにはそこに着くはずっす。あまり気を抜かないようにしないといけないっすね。」とザインが続けた。
続く





