第五十一話 王の期待と黒い陰
騒動が収束し、ワタルはすぐに治療を受けた。ハウンの回復魔法のおかげで、傷は大事に至らず、数時間後には普通に歩けるようになった。ワタルはその安堵を胸に抱きつつ、少年たちのその後を王に尋ねることにした。
王は深い溜息をつきながら答えた。「罪を犯した以上、捕まるのは当然だ。しかし、彼らは然るべき施設で保護し、天泣の手から引き離す。食べるものに困らないよう、子供たちの安全も保証するつもりだ。ただ…そなたを刺した少年については、同じような扱いはできない。」
ワタルは王の言葉に頷きつつも、複雑な思いを抱えていた。彼らが追い詰められた末の行動であったことは理解していたが、刺された傷跡がその痛みを物語っていた。
ファングは冷静な表情で分析を始めた。「天泣は、子供たちをこんな風に利用するなんてな…恐らく、幹部を失ったことで焦っているのだろう。だから、こんな無茶な手段を取るしかなかったのかもしれない。」
城内に戻ったワタルたちは、王の招きで豪華な宴に参加することになった。
先ほどの件もあり、ワタルたちは最初こそ乗り気ではなかったが、王からのせっかくの誘いを無下にするわけにもいかず、少しでも楽しまなければと考えていた。広間に案内され、宴会が始まると、豪華な料理が次々と運ばれてきた。テーブルには、焼き立ての肉料理、彩り豊かな野菜、芳醇な香りを放つスープ、そして新鮮な果物が美しく並べられている。王が自ら差し出してくれたワインは、この国の名産で、深みのある赤色が特徴的だった。
ワタルたちは最初こそ慎重に食事を進めていたが、王の気さくな態度と、豊富な料理の美味しさに次第に気持ちがほぐれていった。ワタルは杯を手に取り、王から注がれたワインを一口含んだ。その芳醇な味わいとともに、心に少しずつ温かさが広がっていくのを感じた。
「ワタル殿、どうだね?このワインの味は」と王が問いかけた。
ワタルは微笑みながら答えた。「ええ、非常に美味しいです。香りが豊かで、深い味わいが楽しめます。」
「それは良かった!」王は満足そうに頷き、「このワインは、私の父の時代からずっとこの国で愛されてきたものだ。こうして若者たちと共に楽しめるのは、私にとっても幸せなことだよ」と語った。
その後、王は自身の若かりし頃の話を始め、冒険者として旅していた時代のエピソードを次々と披露した。彼の語る内容は、時に大胆で、時にコミカルであり、ワタルたちも次第にその話に引き込まれていった。
「そういえば、私が若い頃、とある洞窟でとんでもないものを見つけたことがあるんだ」と王は笑みを浮かべながら話し始めた。「大きなドラゴンのようなものが目の前に現れてね。私と仲間たちはすっかり腰を抜かしてしまったが、あとでよく見ればそれはただの石像だった。ははは!」
その話に、ワタルやファング、そしてハウンやスノーも酔いが回ってきたこともあってか思わず笑ってしまった。王のユーモラスな語り口が、場を一層和やかにした。
年齢的にお酒を飲まないサヤは彼等の盛り上がりにはついていけず、ただひたすらに食事を続けている。
スノーはそれを察してべたべたと関わろうとするが、大飯食らいな彼女は食事の邪魔をされることを最も嫌うため、手で押し退けたり、露骨に睨みつけたりしている。
「そんなことがあったんですか…」ハウンが微笑みながら話に加わった。「でも、石像と見分けがつかないほどの迫力があったのなら、それも無理はないですね。」とワタルも笑う。
「まあな、あの時は本当に驚いたよ」と王が笑いながら返した。
盛り上がっている最中、ワタルはトイレへ行きたくなった。
しかし、この広々とした宴会場の外からトイレを見つけ出すのはなかなか難しいように思えた。
「おい酔っ払い。私も一緒に行く」
サヤがワタルの耳元に近づき、囁いた。
「もしかして、俺たちだけ酒飲んで盛り上がって…怒ってる?」
とワタルは恐る恐る聞いた。
サヤはふん、と鼻を鳴らして答えた。
二人は宴会場を出て廊下を進み、トイレを探し始めた。
しかし、城内は思った以上に広く複雑であり、無数に部屋がある状態だった。
トイレ探しは難航するかに思われたが、サヤがあっさり「こっちかな」と方向を指示した。
ワタルは驚きながらも、サヤの後について行った。
確かにそこにはそれがあった。
二人は安堵して中に入り、用を足した。
「こんな広いのによく場所がわかったね助かったよ」とワタル。
「なんとなくそんな気がしたの…それに、酔っ払いの面倒も見ないといけないから急いでたし。」
「悪いな……でも助かったよ。流石だよ」
「ふん……」サヤは顔を背けた。しかし、ワタルには彼女が少し照れているように見えた。
トイレを出て宴会場に戻る途中、二人は廊下の窓から中庭を見下ろした。
美しい庭園が広がり、月明かりが優しく照らしていた。「綺麗……」とワタルは思わず呟いた。
サヤは何も言わず、静かに窓の外を見つめていた。その表情からは感情が読み取れないが、どこか遠くを見つめているようにも見えた。
「なんだか、もうちょっとこの光景を見ていたいの。ワタルもそう思わない?」とサヤがワタルに問いかけた。
「うん……確かに、もう少しここにいたいな」
二人はしばらく無言のまま、その美しい光景を眺めていた。
そこまで彼女の心を打ったのか、それとも別の理由があるのか。
ワタルは彼女の横顔を見つめながら、その心情を測りかねていた。
サヤは静かに鼻歌を鳴らし、小声で歌い始めた。
♪
この世界線じゃ
あの日の僕はきっと報われない
それでもいつか君が僕を覚えて
いなくてもいい
会いたいよ
ずっと 願って この空の下で
今も まだ 君を想ってる
この涙も この痛みさえも
もう 忘れてしまったけど
それでも いつか君と 出逢えるから強い心でいよう この空が晴れるように
♪
サヤの美しい透き通った歌声が心地よいメロディーとともにワタルの心に響き、彼は思わず聞き惚れた。
「なんて言う曲なの?」
ワタルの問いかけにサヤは静かに微笑んだ。「よくわからない…ただ転生した時に色々記憶は無くなっちゃったんだけれど、この歌だけは覚えてるの。とても大事な思い出の記憶なのかも」
そう語るサヤの瞳はどこか懐かしそうで、悲しみを帯びているようにも見えた。
ワタルはその歌に込められた想いを想像しようとしたものの、明確な答えは浮かばなかった。
「ねぇ…もうちょっとここにいようよ…皆んな酔ってて騒がしいから。」サヤはそう言いながら窓の枠に手をつき、夜空を見上げた。
「それもそうだね……ただ……少し寒くない?」とワタルが心配そうな声で答えた。
「確かに……でもこうすれば暖かいでしょ?ワタルもおいでよ」
サヤはワタルの手を引き、窓の縁に腰掛けさせた。そしてそのまま彼の身体に寄りかかった。
「えっ!?ちょ……ちょっと……」と慌てるワタルに対し、サヤは悪戯っぽく笑うだけだった。彼女はそのまま目を閉じ、静かに呼吸を始めた。
ワタルはその状況に戸惑いながらも、彼女の体温を感じながら美しい庭園を眺めていた。
「ねぇ…ワタル…?元の世界に帰りたい?」とサヤが唐突に尋ねた。
「いや…今はみんなと一緒がいいよ。
足引っ張らないように頑張るからさ…」とワタルは答えた。
「ワタルはよく頑張ってるよ…
私はワタルの頑張り屋な所とか、優しい所とか……全部…す…すごいと思う……それに……」
サヤはそこで言葉を詰まらせた。ワタルはその続きが気になったが、それ以上尋ねることは躊躇われた。彼女はしばらく沈黙した後、再び話し始めた。「でも私は……転生する前を覚えていないけれどこのままでいいなって気もするんだ。」
「どうして?」とワタル。
「それは…」と言葉を詰まらせた刹那、聞き慣れた声が彼等の耳に近づいてきた。
「あれー?こんなところで何してるの?」とスノーが2人の体に手を回しながら言った。「あっ!もしかしてお邪魔だったかなぁ?」と言ってニヤリとした。
「ちっ、違う!全然そんなこと思ってない!」とサヤは慌てて否定し、「なんだー。つまんないの。」とスノーは残念そうに呟いた。
「スノー、だいぶ顔赤いぞ」とワタルが心配そうに尋ねた。
「うん……大丈夫だよ!全然酔ってないし!」
「本当か?」
「ほんとだよ!ほら、この通り!」と言って彼女は両手を広げた。しかし足元がおぼつかない様子だった。
「全然ダメじゃん……」とワタルはため息をついた。
サヤも呆れ顔で彼女を見ている。
「そんなこと無いもん!まだまだ飲み足りないよ!戻ろ!」とグイグイと
サヤの手を引く。
「ちょっと!引っ張らないでよ!」とサヤは文句を言いながらもスノーに引っ張られて宴会場へと戻って行った。
ワタルはその後ろ姿を追う。
ワタルは、宴会場へと戻るサヤとスノーの後ろ姿を見つめながら、心の中で小さな微笑みを浮かべた。二人のやり取りが少し面白く、また温かさを感じさせたからだ。自分も立ち上がり、少し寒さを感じながらも、そのまま宴会場へと戻ることにした。
広間に戻ると、そこはすでに熱気と笑い声に包まれていた。
「お、ワタル!もう大丈夫か?」ファングが大きな声で声をかけてきた。彼もまた、杯を片手に笑顔を浮かべている。
「うん、大丈夫だよ」とワタルは答え、彼の隣に腰を下ろした。「少し外で風に当たってたんだ。気分転換になったよ。」
ファングは微笑みながら頷いた。「そうか、それならよかった。あの時は少し荒っぽくてすまなかったな。」
「いや、ファングがああしてくれたからこそ助かったんだ。ありがとう。」
二人の間には、深い信頼が流れていた。ファングがワタルの肩を軽く叩き、二人は再び杯を合わせて乾杯した。
その頃、スノーとサヤも宴会に戻り、皆と共に賑やかな宴を楽しんでいた。スノーは、多少酔いが回っているにもかかわらず、相変わらず明るく、周囲を笑わせていた。彼女の無邪気な笑顔が宴会場全体に広がり、皆がその明るさに引き込まれていく。
「スノー、少し飲み過ぎじゃない??」ハウンが少し心配そうに声をかけた。
「大丈夫だってば!私、まだまだいけるよ!」スノーは楽しそうに笑いながら、再び杯を掲げた。「ねえ、ハウンももう少し飲んでみたら?今日は特別な日だよ!」
ハウンは少しだけ笑い、やや控えめに杯を口に運んだ。彼女もまた、この特別な時間を大切に感じていたのだろう。
ワタルはそんな仲間たちの様子を見て、心が温かくなった。彼にとって、この瞬間が何よりも大切だった。困難な旅を共にしてきた仲間たちと、こんなにも楽しい時間を共有できること。それは何にも代えがたい、貴重なひとときだった。
次の日の朝、ワタルと仲間たちは城内の廊下を歩いていた。王が5人を呼び出したのだ。緊張にも似た空気が漂っている。
「何の用事だろうね?」「昨日はちょっとハメを外し過ぎたかもしれないぞ……」「大丈夫だってば。私たち強いもん」
そんな会話を交わしながら歩いていくうち、王の私室の前に来た。王が姿を現した。
「おはよう。昨日は楽しめただろうか?そなたたちのような勇敢な者たちが、この国にいてくれることを誇りに思う」と王は笑顔で言った。「この国を守るために戦う姿は、我々全員に希望を与えてくれた。改めて、感謝したい。」
ワタルは、その言葉に感謝の気持ちを抱きつつも、思わず謙虚な笑みを浮かべた。「私たちも、この国のためにできる限りのことをしたいと思っています。ですが、すべてがうまくいくわけではなく…」
ワタルの言葉が途切れたところで、王が大きく頷いた。「その気持ちは十分に伝わっている。そなたたちがどれほどの困難を乗り越えてきたか、わしも理解しているつもりだ。だからこそ、これからの戦いにも備えてほしいと思っている。」
王の言葉に促され、部下が一同に武具を運んできた。それは見事な鍛錬を施された剣や鎧であり、いずれも最高の職人が手掛けたものだった。特にワタルに手渡された剣は、握るだけで力強い魔力が流れ込んでくるような感覚があり、彼の心を震わせた。
「これらの武具は、そなたたちのために用意したものだ」と王は語りかける。「わしの国の工房で作られた最高の品々だ。これが、そなたたちの旅路を守る助けとなることを願っている。」
ワタルは剣を手に取り、目の前の王に深々と頭を下げた。「ありがとうございます。王様のご厚意に応えられるよう、これからも全力で戦います。」
ファングも、新たな武器を手に取りながら力強く頷いた。「俺たちは必ずや天泣を討つ。そのためにも、この武具は必ず活かしてみせます。」
スノーとハウン、サヤも、与えられた武具をじっと見つめながら、それぞれの決意を胸に秘めた。
王との面会から一週間が過ぎ、ワタルたちは新たな日常に戻っていた。
ファングとワタルは、互いの技術を高め合うために日々特訓を重ねていた。ファングの冷静さと力強さ、ワタルの素早さと戦術的な判断力がぶつかり合い、彼らの戦闘能力はますます向上していった。ファングはその圧倒的なパワーと耐久性を持ちながらも、ワタルのスピードに合わせた練習を行い、ワタルはファングの強力な攻撃を受け止める術を身につけていった。互いの長所を活かし、短所を補い合うことで、二人のコンビネーションは日に日に磨かれていった。
スノーは、武具の特性を活かした魔法の精度を上げるために、さまざまな魔法の組み合わせを試していた。彼女は氷の魔法の幅広い使い方を模索し、氷の盾や氷柱の使い方をより効率的にするための研究を続けていた。特に、戦場での状況に応じて適切な魔法を選び出す能力を高めていった。
ハウンは、自分の戦闘スタイルに合った最適な使い方を探りつつ、新しい技術を磨いていた。彼女は戦闘における判断力を高めるため、シミュレーション戦闘や対人戦のトレーニングを行い、瞬時に戦局を見極める力を鍛えていた。また、仲間たちと連携する際のサポート方法も模索していた。
一方で、サヤは仲間たちの助けとなるために、日々鍛錬を積んでいた。彼女の多彩で強力な魔法は一段と強力になり、特に攻撃魔法の威力と精度が向上していた。サヤは自らの魔法をさらに強化するため、様々な試行錯誤を重ねながら、戦術的な応用力を高めていった。
こうして、それぞれの特訓は仲間たちの結束力を高め、戦闘能力の向上へと繋がっていた。
ここは場面が変わって陰鬱な空気に包まれた天泣のアジトの中、女は軽やかな足取りで廊下を進んでいた。彼女の表情はいつも通り明るく、軽快な笑みを浮かべていたが、その瞳には鋭い光が宿っていた。
「さて、次のステージに進む時間だね」と彼女は自らに囁くように呟いた。その声には、計画が進むことへの期待感と、誰にも止められないという確信が混ざっていた。
アジトを出ると、彼女はすぐさま行動に移った。まず向かったのは、彼女が統率する一団の元だった。彼女の登場に、配下たちはすぐに気を引き締め、彼女を迎えた。
「みんな、準備はできてる?今日は特別な日だから、失敗は許されないよ~」と彼女は、まるで遊びに誘うかのような口調で言った。しかし、配下たちはその言葉の裏に潜む恐ろしさを理解していた。
「行きますかね、サクッとね~」と軽快に言うと、女は配下たちを率いて動き出した。
彼女のターゲットは、街の中心部にある大きな貿易市場だった。そこでの騒動を引き起こし、物資の流通を妨げ、混乱を招くことが目的だった。市場での混乱は、ラグド王国の経済に打撃を与えると同時に、次なる作戦への布石となるのだった。
つづく





