第四十六話 龍の意思
ルシアスを目にしたミリアは仇を討たんと衝動的に飛び出そうとするが、ワタル、ハウン、サヤの3人が彼女を必死に落ち着かせる。
「ミリア、待て!」ワタルが低く呟き、ミリアの肩を押さえた。「今はタイミングが悪い。」
「でも…!」ミリアが悔しさを滲ませながら抵抗する。
「冷静になって。」ハウンが冷静な声で諭す。
「ルシアス様、彼にお会いできて光栄です。」エルンが深々と頭を下げた。「しかし、ご命令の龍の首を持ってくる任務は…失敗しました。」
ルシアスは無言でエルンを見つめる。
「龍には到底敵わず、多くの仲間を失いました。」エルンは涙を浮かべて訴えた。「どうか、お許しください。レイジ様に襲いかかった魔物も、龍を討伐するために作った生物兵器でしたが…このようなことになろうとは…申し訳ございませんでした…」
仮面の男をレイジと呼んだか…?
ワタル達に緊張が走る。あのレイジならばあのルシアスという男が天泣のボスということで間違いないのだろう。
ワタルは手をグッと握り締めた。「これは厄介なことになりそうだ。」
「しっかりして。」ハウンが静かに囁いた。「彼らの次の動きを見極めましょう。」
「了解。」サヤも緊張した声で答えた。
すると、レイジが突然手で仮面を押さえ、「もーう!勘弁してくれよなぁ!お前ってやつは!ていうか蒸れるなこの仮面…」と不満を漏らしながら、仮面を外した。
レイジの素顔が現れると、ワタルたちはさらに驚愕した。彼の顔には複雑な刺青が刻まれ、鋭い目つきと冷酷な表情が彼の危険性を物語っていた。
すると今まで黙っていたルシアスが彼を激しく叱責する。「エルン!貴様、一体何をしているつもりだ!?龍の首を持ってこいと命じたのに、失敗とはどういうことだ!?」
エルンは震えながらも「ただ、お許しを…」と答えたが、ルシアスの一瞥で沈黙した。
「無能め!貴様のせいで多くの仲間が命を落としたのだぞ!」ルシアスの声は怒りに満ちていた。「龍には敵わないと判断した?それならば、その判断を下す前に私に報告すべきではなかったのか!」
「申し訳ありません…」エルンは必死に弁解しようとするが、ルシアスは更に怒りを募らせる。
「勝手な判断をするとは!貴様のような者に私の命令を任せるのは誤りだった!」ルシアスはエルンに向かって手を伸ばし、魔法の力を発動させた。エルンは苦しみ始め、地面に倒れ込みながら喘いだ。
「どうか、お許しを…!」エルンが必死に懇願する。
ルシアスの怒りは収まらず、さらに魔法の力を強めようとしたその時、レイジが手を差し伸べてルシアスを制止した。
「まあまあ、ルシアス様。ここで彼を処罰するのは少々やりすぎでは?そのパーティとやらの名前を聞かなくては。」
ルシアスは一瞬考え込み、魔法の力を弱めた。「エルン、どのパーティに依頼したのだ?名前を言え。」
エルンは息を整えようとしながら、声を振り絞った。「ラグド王国で実績のあるパーティ…名は…ワタル…の…パーティ…」
その瞬間、エルンの体から力が抜け、絶命した。ルシアスは冷たい目で彼を見下ろし、「無用な者がまた一人減ったか」と呟いた。
レイジはけたけたと笑い始め、その異常性にワタルたちは戦慄した。「あーあ、エルンったら最後まで役に立たなかったなぁ。でも、ワタルのパーティか…ルシアス様、ここは俺1人に任せてもらえないですか?」
ルシアスは冷ややかにレイジを見つめたが、やがてため息をついて同意した。「良かろう。だが、失敗は許されない。わかっているな?この島の実情がくれぐれも漏れぬように…」
「もちろんです、ルシアス様。」レイジは不敵な笑みを浮かべた。「彼らの始末は任せてください。」
「さぁてと、龍を探しに行くか。」レイジは軽い口調で言い、さっさと歩き出した。
ワタルたちはその場に緊張が走るのを感じた。「まずいことになったな…」ワタルが低く呟いた。
ミリアが決意を固めるように顔を上げた。「パパのところへ行って伝えなきゃ!あの男に見つかる前に!」
「ミリア、移動魔法で俺たちも一緒に連れて行ってくれ!」ワタルが急いで言った。
「分かったわ。」ミリアは頷き、呪文を唱え始めた。
瞬間、ワタル、ハウン、サヤ、そしてミリアの姿が光に包まれ、次の瞬間には別の場所に瞬間移動していた。彼らはミリアの父がいる場所、すなわち龍の元へと到着した。
「パパ!」ミリアが叫びながら走り寄る。
「パパ、急いで!あいつの仲間がこの島に来てるの。パパを探しているのよ!」ミリアは焦りながら説明した。
「うむ…」と龍は
「パパ、この島から逃げましょう。あの男たちに見つかる前に!」ミリアが提案した。
ワタルたちは龍と共に安全な場所に到着した。しかし、すぐにレイジが追いついてきた。彼の鋭い目が光を放ち、ワタルたちの存在を見つけると、薄笑いを浮かべて歩み寄る。
「見つけたぞ、龍。そしてお前たちか。これは面白いことになりそうだね。」
レイジが言葉を発した瞬間、ミリアの父である龍が前に出て、ワタルたちを背後に庇うように立ちはだかった。
「この島から出て行け。ここはお前たちの侵すべき場所ではない。」
レイジが不敵な笑みを浮かべ、龍の言葉を無視するように周囲を見渡す。そして、ワタルたちの姿を見つけると、まるで旧友に出会ったかのように気さくな声をかけた。
「おやおや、こんなところで何をしているんだ?君たち、そんなに怖がることはないさ。殺すつもりはないよ。まだまだ考える直す時間はあるからね。」
ワタルは緊張を隠せずに構えを崩さなかったが、レイジの表情に嘲笑の色を見て取った。彼の言葉が示唆するものに気づくのに時間はかからなかった。レイジが以前、ワタルたちに天泣の側につくようにと要求してきた時の話を思い出したのだ。
龍がその瞬間を油断と見て、レイジに向かって攻撃を仕掛けた。彼の口から巨大な火球が放たれ、レイジに向かって一直線に飛んだ。火球は空気を裂き、地面を焼きながら進んだ。
レイジは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべ、手を広げた。「なるほど、そう来るか。」
彼は手を振り下ろし、地面から大量の水が湧き出した。水は瞬時に火球にぶつかり、激しい蒸気を発生させた。火と水が衝突し、周囲には濃い霧が立ち込めた。
「水の魔法か…」龍は目を細めながら呟いた。「ならば、こちらも全力で応じよう。」
龍は再び火を吹き、今度は火球を連続して放った。火球は次々と水にぶつかり、激しい爆発音が響いた。地面が揺れ、岩が砕け散る中、レイジも反撃を始めた。
レイジは手をかざし、水の刃を作り出した。その刃は鋭く輝き、龍に向かって飛んでいった。龍はすばやく身を翻し、火炎を吹きながら水の刃を迎撃した。火と水の力が激突し、空間が歪むような衝撃が走った。
ワタルたちはその場に立ち尽くし、凄まじい戦闘の中で身動きが取れなくなっていた。火花と衝撃波が四方八方に飛び散り、地面が揺れ動く。
「これは…俺たちには手が出せない。」ワタルが低く呟いた。
戦闘は激しさを増し、周囲の環境はまるで地獄のように変わり果てていた。火と水のエネルギーがぶつかり合い、その激突の度に爆音が響き渡った。
龍はその壮絶な戦いの中で、幾度となくレイジの攻撃を受け、体から血が流れ出していた。それでも彼は一歩も退くことなく、守るべき者たちを背後に庇い続けた。
「ふん、こんななりでも血は赤いんだね」と、レイジは不敵な笑みを浮かべながら龍の流血を見て嘲笑った。
ミリアの瞳に怒りの炎が宿った。「もうやめて!死んじゃうよ!」彼女は拳を握りしめ、震えながら叫んだ。その声は、彼女の心の奥底から湧き上がる激しい感情を表していた。
龍は威厳を保ちながらレイジを見つめ返し、低く重々しい声で言い放った。「お前のような者に私の血の色を語る資格はない。この血は、守るべきもののために流すものであり、お前の嘲笑のためではない。」
その言葉が終わるや否や、龍は全身の力を振り絞り、一撃を放つ準備を整えた。彼の眼には揺るぎない決意が宿り、その爪には炎のエネルギーが宿った。
「覚悟しろ、悪しき者よ!」龍は一気に飛びかかり、その巨大な爪でレイジに向かって猛然と突進した。レイジは驚愕の表情を浮かべ、反応する暇もなく、龍の一撃を受けた。
爪がレイジの防御を突き破り、深く食い込む。痛みに顔を歪めたレイジは、地面に叩きつけられた。
ワタルたちは息を呑んでその光景を見つめ、希望の光が一瞬彼らの心に灯った。
「どうだ、少しは痛みを感じたか?」龍は煽るように言い放った。その声には勝利の余韻が滲んでいた。
しかし、レイジはゆっくりと立ち上がり、その顔には依然として笑みが浮かんでいた。「参ったなぁ…エルンに龍を倒せなんて酷だったな…」彼は肩をすくめながら言った。
レイジの姿はダメージを受けていることを示していたが、彼の態度は全く揺らいでいなかった。その姿に、ワタルたちは再び緊張を取り戻した。
戦闘はさらに激しさを増し、火と水の力が激突するたびに地面は揺れ、空気が震えた。龍とレイジの戦いはまさに壮絶で、両者は互いに一歩も譲らず、激しく攻撃を繰り出し合った。
レイジは再び水の刃を放ち、それを避ける龍は空中に舞い上がりながら火炎を吐き出す。水と火が衝突し、蒸気が立ち込める中、龍は隙を見てレイジに猛然と突進した。
「お前のような存在に負けるわけにはいかない!」龍は怒りを込めて叫び、その爪で再びレイジを攻撃した。レイジは鋭い笑みを浮かべながら、その攻撃を受け流し、カウンターで水の槍を放つ。龍は瞬時に身を翻し、槍をかわしたが、その衝撃でさらに血が流れた。
「ふん、これくらいじゃ俺を倒せないぞ。」レイジは薄笑いを浮かべながら挑発した。
その激しい戦闘の最中、ミリアは冷静さを保ちながらワタルたちに近づき、小声でサヤに耳打ちをした。「サヤ、隙を見て作戦を実行するよ。それはね…」と内容を伝える。
サヤは驚いたように目を見開いた。「えっ!本当に?」
ワタルたちは驚きながらもすぐに理解し、黙って頷いた。
サヤは集中力を高めるために深呼吸をし、魔力を徐々に高め始めた。彼女の周囲にほのかな光が集まり、魔法の準備が整っていくのが感じられた。手のひらに小さな魔法陣が浮かび上がり、その輝きは徐々に強くなっていった。
ミリアはレイジの動きを鋭く見つめ、隙を窺っていた。彼女の眼差しは鋭く、わずかなチャンスも逃さない決意が込められていた。龍とレイジの激闘の中、ミリアは一瞬の隙を見つけ出すために集中していた。
サヤの魔力はピークに達し、彼女の周囲には光のオーラがまとわりついていた。彼女は決意を新たにし、ミリアに向かって小さく頷いた。ミリアもそれを確認し、心の中でカウントダウンを始めた。
「いける…」ミリアは心の中で呟きながら、レイジの動きを見守っていた。
その瞬間、レイジが再び水の槍を放つ準備をしているのを見て、ミリアは一気に動き出した。龍と化した彼女は高く舞い上がり、その巨大な翼を広げた。そして、サヤを背に乗せて高く飛び上がった。
「しっかり捕まってて」とサヤに声をかけるミリア。彼女の声は低く響き渡り、サヤはその強さと決意を感じ取った。
サヤはミリアの背にしっかりと掴まり、視線を前方に向けた。風が彼女の顔を撫で、空気が一層冷たく感じられた。彼女の周囲には光のオーラが揺れ動き、魔力がピークに達していることが明らかだった。
「わかったわ、ミリア」とサヤは答え、深呼吸をした。彼女の心は決意で満ちていた。
ミリアの翼は大きく羽ばたき、二人は空高く舞い上がった。地上の戦いの喧騒が徐々に遠ざかり、空の静寂が彼女たちを包んだ。ミリアの目は鋭く、遠くの景色を見つめていた。
「サヤ、船はどの方向にあるか見える?」ミリアが尋ねた。
サヤは目を細め、遠くの海を見渡した。視線を凝らし、彼女は出航した船の姿を捉えた。「あそこ!右手の方向に少し見えるわ。」
ミリアはサヤの指示に従い、翼を調整して方向を変えた。サヤの心は高鳴り、胸の中で鼓動が速くなるのを感じた。
「了解。敵の動きを見て、最適なタイミングで魔法を使うわ」とサヤは答えた。彼女の手のひらには魔法陣が光り輝き、力がみなぎっていた。
「ここだ!」ミリアは飛び立った位置から船を見下ろし、サヤに声をかけた。サヤは集中力を高め、魔法陣から強力なエネルギーを放出した。
光の槍が彼女の小さな掌から放たれ、ルシアスの乗る船へと一直線に突き刺さった。
ミリアも同時に大きく息を吸い込み、口から炎を吐き出した。巨大な火炎弾がサヤの魔法の後を追うように飛び、船に直撃した。
激しい爆発が発生し、巨大な煙と火柱が立ち上った。ミリアはその場でホバリングし、サヤと共に煙の晴れ間を見つめた。
「やった…」サヤが息を呑んで呟いた。煙が徐々に晴れていくと、ルシアスの乗る船の残骸が現れた。船は完全に破壊され、その破片が海面に漂っていた。
喜びも束の間、それを見たレイジは顔をしかめ、手を振り上げた。「なんてことを…!」
瞬く間に、レイジの水の魔法が放たれ、ミリアの胸を貫いた。彼女の眼が驚愕に見開かれ、サヤの叫びが響いた。
「ミリア!」
ミリアは翼を失い、力を失ったように空中でバランスを崩した。二人は急速に墜落し、地面へと向かって落ちていった。
衝撃と共にミリアとサヤは地面に叩きつけられた。サヤはミリアの身体がクッションとなり、大怪我には至らなかったが、ミリアの状態が深刻であることは一目瞭然だった。彼女の胸からは血が流れ、動かなくなってしまった。
「ミリア、しっかりして…!ハウン回復を!」サヤは涙を浮かべながら、ミリアの顔を覗き込んだ。しかし、ミリアの目は閉じられ、その顔には苦痛の表情が浮かんでいた。
突然、龍の一撃は雷鳴のように轟き、レイジをまともに打ち倒した。レイジは驚愕の表情を浮かべ、避ける間もなくその力に飲み込まれた。彼の身体は宙に浮かび、激しい衝撃により地面に叩きつけられた。
地面に倒れたレイジは、かろうじて意識を保ちながら、目の前の光景を見上げた。彼の顔には苦痛と恐怖が混じり、龍の圧倒的な力に屈したことを悟った。
「これが…力の証か…」彼は呟き、その声は虚ろに響いた。
その時、スノーが氷の魔法を準備し、手のひらから冷気が溢れ出した。彼女の目には冷酷な光が宿り、過去の痛みが蘇ってきた。大切な人をレイジに奪われたことを思い出し、彼女の心には復讐の炎が燃えていた。
「これで終わりにするわ、レイジ!」スノーの声が響き渡り、氷の矢が一斉に放たれた。レイジの身体は再び打ち据えられ、氷の矢が彼の周囲を取り囲んだ。彼は叫び声を上げながら、全身を凍りつかせる冷気に苦しんだ。
「向こう一ヶ月は大きな行動は起こさないって君たちに言ったよね…?情けない話しだがみくびっていたよ…前言撤回だ…」彼の声は荒れ果て、苦しさが滲んでいたが、その目の輝きは失われていなかった。
彼は一瞬黙り込み、息を整えるように深呼吸をした。「…深手を負ってしまったため、さらに時間が必要だ。しかし、覚えておくんだ。強き者が支配し、腐ったこの国…世界を…変えてやるんだ…」
ファングが一歩前に出て反論した。「強き者が支配するだって?それがお前の正義か?俺たちは力を持っているからこそ、守るべきものがあるんだ。」
レイジはファングの言葉に対して意に介さず、狂気の笑みを浮かべた。「君たち獣人は力を持つ者として迫害されてきた。今こそ復讐の時じゃないか?天泣の計画に乗れば、全てが変わるんだ。」
彼は続けた。「君たちがこれほどの力を持つことができたのも、そのためだ。強き者が支配し、この腐った世界を変える。君たちもその力を持っているんだから、共に来るべきだ。」
「それに…この島の惨状があったのに、兵士団なんてやって来やしなかったじゃないか…力があるのに、守る気すらないんじゃないか?そんな世界は正しいと思うかい?」とレイジは語りかける。
確かに兵士団が行うべき治安維持や事件への対処が不十分であることはファングを中心に感じていた。レイジの言葉に一瞬戸惑いが走る。
「そんな話は関係ない!」とファングが叫ぶと同時に、龍とサヤが攻撃を仕掛けた。しかし、レイジの身体が半透明になり、攻撃はすり抜けてしまった。
レイジは不敵な笑みを浮かべながら、「一旦ここは手を引くよ。理想の世界でまた会おう」と言い残し、その姿を消し去った。
一同は、レイジにトドメを刺せなかったことに対する悔しさを感じていた。スノーは拳を握り締め、怒りと無力感に震えた。「あと少しだったのに…!!」
ファングは牙を剥き出しにし、地面に拳を叩きつけた。「逃げられるなんて…これで終わりにするはずだったんだ…」
その間、ハウンはミリアの治療に全力を尽くしていたが、回復魔法をいくら使用しても血が止まらず、焦りが募るばかりだった。「どうして…これ以上、どうすれば…」とハウンの声は震え、冷静さを失っていた
「しっかりして、ミリア…お願い…」サヤも必死にハウンを手伝いながら、ミリアの手を握り締めた。
ハウンは深呼吸をし、全身の魔力を一箇所に集中させた。「お願い…効いて…!」彼女は渾身の力を込めて魔法を放ち、ミリアの傷口を覆うように輝く光を放った。しかし、血は止まらず、ミリアの息は次第に浅くなっていった。
「ダメだ、こんなことじゃ…」ハウンは絶望の表情を浮かべ、視界がぼやけてきた。彼女は必死に自分を奮い立たせ、何度も何度も魔法をかけ続けた。
その時、龍が静かに近づき、深く息を吐いた。「もうよい…娘は…ミリアは…」
ファングが怒りに満ちた目で龍を睨みつけた。「諦めろって言いたいのか?お前はそれでも親か!」
龍は一瞬目を閉じ、深い悲しみを湛えた表情でファングに向き直った。「違う、諦めると言っているのではない。現実を受け入れることも時に必要だ。だが…ミリアは私の娘だ。彼女の命が危険にさらされていることが、私にとってどれほど辛いことか分かるか?」
ファングは俯き「そうだよな…すまない」と謝罪する。
ハウンは必死にミリアの傷口に魔力を注ぎ続けた。「でも、まだできることがあるはず…でももう…私も力が…」彼女の声は震え、疲れ切った体が限界に近づいていた。
龍が深く考え込んだ後、「力さえあれば…救うことが出来るのだな?」と尋ねた。ハウンは「傷が深くて…わかりません」と答えるが、一縷の可能性でもあるのであればそれに賭けようと決心した龍は、魔力を溜め始めた。
「ミリアや島のために戦ったお前たちを信じよう、世界の平和を頼んだぞ…」と言い、えんじ色の光で彼らを包み込んだ。
すると、ハウンの回復魔法の能力が飛躍的に向上し、ミリアの傷口がみるみる塞がっていった。ワタル達も体力が回復するばかりでなく、信じられないほどに力が漲るのを実感するのだった。
「龍の力だ…お前たちの今持てる力の最大限を出してやった…」
龍は力を使い果たし、息絶えてしまった。彼の身体は静かに地面に崩れ落ち、その壮大な姿が、静かな終わりを迎えた。
ハウンは涙をこぼしながらミリアを見つめ、「生きて…お願い…」と祈るように呟いた。ミリアの呼吸が徐々に安定し、彼女の顔に微かな血色が戻ってきた。「ありがとう…ハウン…みんな…終わったの…?」弱々しいが確かな声が、彼女の口から発せられた。
ミリアが助かった喜びを感じる一方で、彼女の視線は龍の亡骸に向けられた。彼女の瞳から涙が溢れ出し、「パパ…」と震える声で呟いた。
一同は沈黙し、暗い雰囲気に包まれた。ファングも、スノーも、サヤも、皆がそれぞれの思いを胸に抱え、哀しみに暮れていた。ハウンはミリアをそっと抱きしめ、その小さな肩が震えていることに気づいた。
ミリアが龍の亡骸を見つめ、涙をこぼしてからしばらくの時間が流れた。夕焼けが島を包み込み、空が深いオレンジ色に染まる頃、ミリアはようやく涙を拭い、強い決意を胸に抱いた。
一同は龍の偉大な犠牲に敬意を払い、その場で静かに別れの祈りを捧げた。ワタルも、ファングも、スノーも、サヤも、それぞれが龍の遺志を胸に刻んだ。ハウンはミリアの傍らに立ち、彼女の肩に手を置いて支え続けていた。
ミリアは深い息をつき、涙をこらえて言った。「天泣はパパを狙っていた。ワタルたちに巻き込まれてほしくないし、龍がこの島にもういないということも知られたらまずいと思っている。パパの意思を継いで、私が龍として生きていくと決心したの。」
ワタルたちはその決意を認めつつ、彼女の安全を案じた。ミリアは続けて、「大丈夫。パパが力をくれたから…いつまでも私の中で生きているから。」と自分に言い聞かせるように言った。
ワタルはその言葉に頷き、「分かった。ミリア、君の決断を尊重するよ。でも、何かあったらいつでも頼ってほしい。僕たちは仲間だから。」と優しく言った。
ミリアは感謝の意を込めて微笑み、「ありがとう、みんな。本当にありがとう。」と答えた。
彼女は一同を見つめ、「きっとまた会えるよ。パパのくれた力が引き寄せてくれるから」と言い、彼らを背中に乗せた。大きな翼を広げ、ミリアは力強く空へと舞い上がった。
龍の力を宿したミリアの飛行は、まるで彼自身が再び空を駆けるかのようだった。彼女の背中にしっかりとしがみつきながら、ワタルたちはその壮大な光景に息を呑んだ。
秘密基地が見えてきた頃、ミリアはゆっくりと高度を下げ、安全に着地した。一同は地面に足をつけると、感謝と名残惜しさが入り混じった表情でミリアを見つめた。
「ありがとう、ミリア。また会おう」とワタルが言うと、ミリアも微笑んで頷いた。「もちろん。またね、みんな。」と彼女は答えた。
場面は天泣のアジトに切り替わる。陰鬱な雰囲気が漂うアジトの奥深く、レイジが荒々しく扉を開け、息を切らしながら中に入った。出迎えたのは、冷静な眼差しを持つ男と、派手な装いの女、二人の獣人の幹部だった。
「お帰りなさいませ、レイジ様。ご報告があるのですか?」と敬語で話す男が冷静に尋ねる。
レイジは肩で息をしながら、「ああ、ルシアスがやられた。あのガキどもにね」と答えた。
「え~、マジで!?ルシアス様やられちゃったの?笑えんだけど~」と女が笑いながら言った。
男は眉をひそめることもなく、冷静に続けた。「それで、次はどうなさいますか?我々はいつでも準備ができております。」
レイジは肩をすくめ、「別に。あいつが死んだところで大した問題じゃない。うるさいしさ。俺たちの計画はまだ進行中だ。次の手を打つだけさ」と言い放った。
「そっか~、まぁ、ルシアス様がいなくても、ウチらの実力でどうにでもなるし~。次のターゲット、バッチリ決めちゃおっか!」と女がノリノリで言った。
レイジは一瞬笑みを浮かべた後、少し気を抜いたような表情で言った。「次のターゲットを決めることについては、しばらく休ませてくれ。ゆっくり考えようと思う。ところで君は上手くいってるのかい?」と敬語で話す男に尋ねた。
男は淡々とした口調で、「ええ、順調ですとも。私の部門は問題なく進行しています」と答えた。その言葉には確固たる自信が漂っていた。
レイジは満足げに頷き、「それならいい。しばらくは各自の作業に専念してくれ。私も少し休息を取ることにする」と言い、椅子に深く腰掛けた。
女は相変わらずの明るさで、「了解~!ゆっくり休んで、次の作戦もバッチリ決めようね~!」と声をかけ、軽やかにその場を後にした。
男も一礼して部屋を出ると、静かなアジトに再び重い空気が漂った。レイジは深く息を吸い込み、しばらくの間、目を閉じて休息を取ることにした。次なる計画が動き出すまで、彼らには少しの休息が必要だった。
一方、ワタルたちは秘密基地に無事に戻り、これからの戦いに向けて新たな決意を胸に刻んでいた。ミリアの決意も固く、龍の力を受け継いだ彼女の存在が、彼らの希望の光となることを感じながら、それぞれの役割を再確認した。
天泣との戦いはまだ終わっていない。彼らはそれぞれの力を合わせ、再び立ち上がる準備を整えていた。





