第四十五話 それぞれを信じて
鬱蒼とした森の中には魔物の気配がすっかり感じられなくなっていた。
本土から船で数時間かかる距離では流石にミリアの移動魔法であっても無理があるとのことで、港近くかつ人目のつかない場所へと移動し、そこから船に乗り一旦島を脱出するという算段となった。
ワタルたちは一旦船に乗る準備を整えたが、その心には葛藤が渦巻いていた。
ワタルは思いを巡らせた。「エルンが本当に悪人であるならば、ミリアとこのまま船で脱出するのが最善だ。しかし、もしミリアが悪人である可能性もある以上、依頼人のエルンには島を出ることを知らせておくのが筋だよな?」とミリアに聞こえないよう耳打ちする。
サヤが静かに呟いた。「となるとどうすれば…」
ハウンは落ち着いた声で言った。「でも、私たちが疑っていることを彼女に伝えるのは必要なことだわ。濡れ衣であれば、申し訳ないけれど…私が説得するわ。」
ミリアに向き直ったハウンは、冷静な口調で話し始めた。「ミリア、あなたが悪人でないことを信じているという
前提なのだけど…」とこちらの意図を説明する。
ミリアは真剣に彼女を見つめ、答えた。「ちょっと待ってよ、エルンに兵士団のこと伝えるの?あいつ取り乱して何するかわかんないよ?」
ミリアは目を潤ませながら続けた。「わかってる。あたしを信じきれないのも無理ないよね。でもね…」彼女は涙をこらえながら続けた。「この島、大好きなの。みんなを守りたいの。パパも、島のみんなも、このままじゃエルンに全部壊されちゃうかもしれないんだよ。」
ワタルは一瞬戸惑ったが、ミリアの真剣な表情に心を動かされた。「ミリア…」
「お願い。あたしが何を言っても信じられないかもしれないけど、島を救いたい一心なんだ。どうか、エルンに声をかける前に、もう少しだけあたしを信じてみて。」ミリアは涙を拭いながら懇願した。
ハウンはミリアの言葉に心を打たれ、静かに頷いた。「2人とも…私が責任をとるわ…隙を窺って帰りの船に乗りましょう!」と彼女に手を差し出した。
「ありがとう、ハウン。」とミリアは感謝の言葉を述べながらその手を取った。
「しかし、バレないように船に乗るなんて可能なんだろうか…」とワタルが首を傾げる。
「それなら、私に考えがあるわ。」
ハウンはそう言って、落ち着いた口調で作戦を説明した。
「まず、私たちは船が出発する時間を確認し、港近くの隠れた場所に移動するわ。港の近くには、かつて船を修理した際に使われた小さな倉庫があるから、そこに隠れておくつもり。」
ミリアが不安そうな顔をして尋ねた。「でも、見つかったりしたら?」
ハウンはミリアの不安を和らげるように微笑みながら答えた。
「そうね…もし見つかったとしても、今日は日差しが強いから、少し休みたくて倉庫に入ったって言えば誤魔化せるわ。倉庫の周りには木陰もあるから、そこで待機するのも手よ。」
「なるほど、それなら少しは安心できるかも…」とミリアは頷く。
「それに、見張りが来るようなことがあれば私がなんとか対処するわ…その間にみんなは船に乗り込んで。」とハウンは3人に伝える。
「ハウンは強いけれど…1人じゃ…俺も残るよ」とワタルが割って入る。
「いいえ、兵士団に顔が売れているのは貴方だけなの。」ハウンは冷静に言った。
「だから、ワタルは島を出て兵士団を呼んできてほしい。ミリアもサヤも連れて。」
サヤが真剣な表情で言った。「じゃあ、私が残る。それならワタルも安心でしょう?」
ハウンは一瞬考え込み、そして静かに頷いた。「分かった、サヤ。ありがとう。」
ワタルはサヤに向き直り、少しだけ微笑んで言った。「頼む、サヤ。」
サヤは自信に満ちた笑みを浮かべて親指を立てた。
ワタルは代表し、エルンの姿がないか慎重に確認しつつ、船の時刻表を確認した。
明日…か…?
嫌な予感はしていたが、行きと同じように1便しか出ていないらしい。
ワタルたちは隠れ場所である倉庫に戻り、そこで過ごす準備を整えていた。食料と水は充分に必要なものは揃っていた。
「移動魔法を使って、兵士団を連れてくるのは明日になるわ。それをパパたちに伝えたら、すぐに戻ってくるから、みんなはここで待ってて。」と言い、ミリアは姿を消す。
やがて数分もしないうちに戻ってきたが、どうやら伝えられたようだ。
その頃、ファングとスノーは、龍の元に残り、周囲の動向に目を光らせていた。龍との信頼関係がまだ完全に築かれていないため、緊張感が漂っていた。
スノーが、龍から少し距離を置きながらファングに声をかけた。「ファング、何か気になることはある?」
ファングは鋭い目つきで辺りを見回しながら答えた「いや、特に異常はないけど…油断はできないな。」
スノーは少し微笑んで、「そうだね。でも、こんなに緊張していると疲れちゃうよ。」
ファングは彼女の方を見て、優しく答えた。「そうだな。でも、ワタルたちが無事に戻ってくるまで、ここで待ってるのが俺たちの役目だ。」
スノーは頷き、龍の方に目を向けた。
龍は目を閉じていたが、その全身からは張り詰めた空気が漂っていた。ファングもそれを感じ取ったのか、表情を引き締めて周囲に気を配った。
「ファング、本当に兵士団を呼んでこられるかな?」スノーが不安げに尋ねた。
「ワタル達に関しちゃ、心配いらねぇよ…ただな…」とファング。
スノーはその言葉の続きが気になり、
「ただ?」と尋ねる。
「兵士団はここまでの惨状に気がついてなかったんだぞ…本土から離れていたとはいえな…正直そんな腑抜けた連中は頼りにできねえ…」とファングは眉間に皺を寄せながら呟いた。
「でも……ホリックやナハトと戦ってくれた人たちもいたし…」とスノーは腕を組んで考え込んだ後、顔を上げて言った。
ファングは流すように頷いて、「ああ、そうだな。」と答えた。
一方、ワタルたちは船着場近くの小屋に身を潜めていた。
「それにしても、この倉庫で過ごすのはやっぱり気が休まらないね。」サヤが呟いた。
ハウンが少し微笑んで答えた。「確かに居心地は良くないけど、今はここが一番安全な場所だから。」
「でも、ここにずっといるのもなぁ…」とミリアが不安げに言った。
「それもそうだけどさ、ミリア。こんなところでのんびりしてるのも、ちょっとした冒険の一環だと思えばいいんじゃない?」ワタルが冗談めかして言った。
サヤが笑いながら、「そうね、今度は誰が一番長く倉庫の中で我慢できるかって競争でもする?」と冗談を返した。
ミリアが少し笑いながら、「それはさすがに冗談でしょ。でも、こうやって笑えるのは大事だよね。島を救えるかどうか不安だけど、こうしてみんながそばにいてくれるだけで心強いよ。」と言った。
ハウンも微笑んで、「そうね。でも、笑っている間に何かが起こるかもしれないから、気を抜かないでね。」と注意を促した。
その時、遠くの方で船がやってくるのが見えた。ワタルたちは一斉にその方向に目を向けた。
「船が来る…?」ワタルが驚いた表情で言った。
「こんな時間に連絡船は来ないはず…」ハウンが不審そうに言った。
サヤが首をかしげながら、「もしかして、誰かが新しい遊びを思いついたとか?」と冗談を言った。
ミリアもその冗談に乗って、「そうかもね。でも、その遊びには参加したくないな。」と笑いながら言った。
ワタルが真剣な表情に戻り、「とにかく、今は動かずに様子を見よう。何かあったら、すぐに対処できるように準備しよう。」と指示を出した。
黒い船体が近づいてくる。
ワタルたちは緊張しながら、その様子を見ていた。船の近くには人影がない。
船が港に到着し、錨が下ろされた。
「誰が乗ってるんだろう……」ミリアが小声で呟いた。
船はゆっくりと岸に近づいていく。そして、船が桟橋に着くと同時に、1人の男が桟橋に降り立った。
男は黒いマントに身を包んでおり、顔には白い仮面をつけているため、表情は全く分からないが、体格や身長からすると、まだ若そうな印象を受けた。
「なんだこいつ……?」ワタルが呟いた。
その男はゆっくりと桟橋を歩き、船に近づきながら辺りを見回している。
「ハウン、どうする?」ワタルが小声で尋ねた。
「とりあえず様子を見ましょう。」
ハウンは思考を巡らせていた。
その時、上空から1つの影が現れた。「!!」ミリアとサヤが同時に声を上げた。
羽の生えた巨大な百足が男を襲おうと、空から舞い降りてきたのだ。
ハウンも一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し、あの人を助けなきゃ!と言いかけた刹那…男は剣を鞘から抜き、瞬時に百足の首を切り落とした。
もがき苦しむ魔物をこれでもかというほど切つけ絶命させた。
ワタルたち4人は息を呑み、ただ呆然と立ち尽くしていた。
ミリアが瞬時に反応し、魔法で男の近くに浮かぶ音の波を作り出すことで、彼の声をかろうじて聞き取ることができた。
「全く…躾がなってないね。」男は冷たい口調で呟くと、剣を鞘に納めた。
すると、船からもう1つの影が降り立ち、マント姿の男を出迎えた。
ワタル達はその影に見覚えがあった。
「あいつは…この島を襲った…!」とミリアが声を震わす。
その後からきた男はミリアが見せた過去であるというルシアスという人物そのものだった…





