第三十七話 日記
サヤはパーティに加わったその晩に夢を見た。
真っ暗な空間がそこには広がっており、どこからか声が聞こえてくる。
「サヤ。」と呼ばれ振り向くとそこには1人の少女の姿があったのだ。
「貴方は…?」とサヤは恐る恐る尋ねる。
「レフレよ。覚えていないかしら。」
全く記憶にない名前だった。
「ごめんなさい。私は貴方を覚えていないみたい……」とサヤは正直に答えた。
「やっぱりね…でもとにかく思い出した方がいいわ。ワタルたちのためにもね。」
「ワタルたちの……?」とサヤは不思議そうに聞き返す。
「そう、貴女が記憶を取り戻せばきっと全てが分かるはずよ……」と言った。
「確かに私にはサエナ王国にやってくるまでの記憶がないの。でも、記憶を取り戻すって?どうやって?」
「それは……」と言いかけたところで少女は消えてしまったのだった。
翌朝、朝食の場にて。
「ねぇ、みんな可笑しなことを言うようだけれど聞いてくれる?昨日、夢の中でレフレっていう女の子に出会ったの。私が何か重要なことを忘れてるんだってさ。」とサヤは唐突に切り出した。
「レフレって女神の!?どんな見た目をしてた?」とワタルが食い気味で尋ねる。
「見た目?うーん、あんまり覚えてないけど……年齢は私くらい。髪が長くて綺麗だけどだらしなさそうな感じだったかな。」とサヤは答えた。
「偶然かな…?俺の知っている女神レフレそのものだ。」ワタルはそう呟いて考え込んだ。
サヤはワタルの言葉に耳を傾けつつ、自分の夢がただの偶然なのか、それとも本当に何か重要なメッセージが含まれているのかを考えていた。心の中で、レフレの言葉が何度もリフレインする。
「何かを忘れている……それが一体何なの?」サヤは自分に問いかけるように呟いたが、答えはまだ霧の中だった。
「そう。俺も一度夢に見たんだけれど重要なことが聞けなかったんだ。」とワタル。
「い、い、い、今の話し本当ですか!?キャー!レフレ様のお告げだ!」と皿洗いをしていたシスターは大喜びしている。
「あー、シスターさんの耳に入っちまったよ」とパシャリとファングは面倒なことになるぞと早速さと席を立った。ハウンもスノーも続けて会釈をして立ち去る。
そこからはシスターからの質問攻めだった。
サヤもワタルも彼女の熱量に引き気気味である。
結局、シスターは2人に対して長々とレフレについて語り始めたのだった。
「でも不思議なこともあるもんだね。」とようやく解放されて教会から出ると、サヤが声をかけてきた。
「ああ、本当に。でもきっと重要なことなんだろうね。」とワタルは呟いた。
この国に来てから1週間以上が経過している。天泣についての手がかりはまたもや掴めなくなってしまった。
これ以上の長居も迷惑がかかるからそろそろラグド王国へ帰ろうという話になっていた。
神父やシスターは何か情報がわかればすぐに知らせると言ってくれ、さらにはお土産として全員に翡翠色のミサンガをプレゼントしてくれた。
レフレにまた出会えるようにと、願いが込められたものであるという。
ワタルとサヤは、必ずまた訪れようと約束を交わしそれぞれ自分の地へ帰る準備を整えたのだった。
一向は特に大きな問題もなく、拠点である秘密基地に帰り着くことが出来た。
「ここがみんなが暮らしている家なの?」とサヤが尋ねる。
「いいや、ここはパーティの拠点件俺の家でな。野郎2人で住んでんだ」とファングはワタルの背中を叩きながら答えた。
「サヤはどこでこれから生活するの?サエナから通うわけにもいかないでしょう?」とハウンが尋ねた。
「妹が使ってた部屋があるからよ。そこ自由に使ってくれ。そこにあるものは使わないから捨ててくれていい。ただ何年も開けてねぇからホコリまみれかもしれねぇぞ……」と言ってファングはサヤに部屋に行って荷物を入れるように促す。
サヤは感謝を伝えつつ、部屋に入った。
ぐるっと見渡すと、床や窓に埃が溜まり、カビ臭い匂いが漂っている。これは早急に片付けをしなくてはならないだろう。
ぬいぐるみに小さな勉強机、子供サイズの立派なベッドも置かれていた。
床の掃除はサヤの得意な分野だ。真新しい雑巾や箒を探し出して黙々と部屋を綺麗にしていく。ゴミを集め、ホコリを払い、家具や布品を隅々まで拭いた。
1時間程で綺麗になった部屋はまるで新品のようでもある。
勉強机の引き出しからは一冊のノートが出てきた。どうやらファングの妹が書いたものであるらしい。
ゴミとして捨てるべきか迷ったが、サヤは気がつくとそれに手を伸ばしていた。日付はちょうど10年前で途絶えていた。
「ファング…これ、大事なものじゃない?」と声をかけるサヤ。
ファングはそのノートを見て、顔を曇らせた。彼は重い息を吐き出し、視線をそらした。「いや、それは捨ててくれ。」ファングは低い声で言った。
「どうして?内容は出来るだけ読まないようにしたけれど、妹さんの日記。大切な思い出なんじゃ…」とサヤ。
「いらないって言ったよな。ワタルお前が適当に捨てておいてくれ。俺は釣りに行ってくるわ。」ファングは一方的に会話を打ち切り、外へ出て行く。
残されたメンバーの間に重い空気が流れてしまった。
ファングは言動こそ荒いが誰よりも優しい心の持ち主であるという印象を受けていた。だから、今の彼の様子を見て驚いている。
「妹さんなんていたんだね。妹さんも大事だからとっておいてあるんじゃないの?ファングはそんな勝手なことを…」とスノーは呆れながら言った。
「まぁ、ファングに任されたし俺がこのノートなんとかしてくるよ。」とワタルはそれを手にする。
「捨てるつもりなの?」とハウンが尋ねた。
「まぁ、なんとかしに俺も外出てくるよ」と秘密基地を後にした。
「ちょっと!」と3人は追いかけるが、身体強化魔法を使って駆け抜けるワタルには追いつけなかった。
「あのノートね。古くて埃を被ってたの。内容は見ないようにしたんだけれど10年前で止まってた。」とサヤはそう話す。
「10年前といえば…内戦よね…まさか」とハウンは少し考えた後にポツリと呟いた。
「死んじゃったのかもしれないけれど、妹さんの大切な物を捨てちゃうなんてあんまりだよ。」とスノーは珍しく怒りを露わにしている。
「でも本当にいらないなら自分で捨てるんじゃない?」とサヤが言う。
「よし、まずはワタルを見つけて、ノートを持ち帰らせよう。ファングが戻る前にちゃんと話をしなきゃ」とスノーが言い、三人はワタルの行方を追い始めた。
ちょうどその頃。
「釣り人さんよ。隣いいですかい。」とワタルは河原に座る男に声をかける。
なんだか一回り小さくなったようなファングの丸い背中が印象的であった。
ファングはいつも通りにぶっきらぼうに返事をした。
「竿もなしに何しにきたんだよ……」とボソリと言った。
どうやら本気で釣りをしに来たのではない事がファングには既にバレているようだった。
そして、いつも軽口を叩き合う両者に珍しく沈黙が流れているのをワタルはひしひしと感じていた。
「よし、素潜りなら…」とワタルは沈黙を破るも「バカ。流れも早いし深いのがわかんねえのか。」と即座にファングから返された。
竿がしなる気配もなく数分がたつ。集中出来ないから帰れと言わんばかりにファングはワタルに視線を向ける。
その眼を見てワタルは息を飲み、そっと目をそらす。
いつもと顔つきが全く違うのだ。ようするに元気がないのだ。
「ファング…やっぱりこれ読んでみろよ」とワタルはノートを差し出した。
ファングの顔色が一瞬にして変わり、彼は激怒の表情を浮かべた。「何度も言っただろ!それは捨てろって!」
ワタルは動揺しつつも引き下がらなかった。「でも、ファング。これはお前の妹さんの日記だぞ。大切な思い出なんだろ?」
「お前に何がわかるってんだ!」ファングは立ち上がり、ワタルの手からノートを乱暴に奪い取る。「俺の妹のことなんて知った風な口を利くな!」
ワタルは後退りしながら言葉を続ける。「俺はただ、お前が本当にこれを捨てたくないんじゃないかと思って…だからずっと部屋にあったんだろ?」
「どうでもいいんだよ!」ファングはノートを握りしめ、投げ捨てるようにして川に投げつけた。
「お前なんてことするんだよ!あの日記には…!あの日記には……!」ワタルはわなわなと肩を震わせながら言った。
ドボン!と勢いよく川の水が跳ねる音がした。ワタルに迷いはなかった。川に入り、ファングが投げ捨てたノートを追いかけていたのだ。
よし…!追いついた。
しかしその拍子に水を飲みこんだらしい。大量の水を吐き出しながら顔を水面にだすや次第に力の抜けていく…
続く





